イゼル動乱 その3
「ケインさん、ケインさん、ケインさん…… 」
「いいから、もっと早く走ってレイン!! 」
うつむいて涙を流しながら、全力で疾走するボブヘアの神人族の少女。
そして少女を叱咤激励しながら走るロングヘアの神人族の少女の姿がそこにあった。
二人は、隊長からの指示で爆発の原因調査に来た騎士団の一員だった。
「ケインさんは、ケインさんは無事に逃げれたでしょうか…… 」
涙をその大きな瞳から溢しながら走るレイン。
その顔は蒼白だった。
「大丈夫だって、あのおっさん、いつもフラッと現れるて私たちからいつもうまく逃げきるじゃん!? だから今度だって絶対無事だって!!」
アウロトはそう叫ぶと、必死に走った。
内心では『ケインはもうダメかもしれない』と思っていたが、それを口にすることは憚られた
「そうよね。あの人のことだもの! きっと、どこからともなく現れるわよね?」
レインはアウロトの言葉で最悪の想像を振り払うことが出来た。
アウロトはさらに言葉をつづけた。
「はぁ、はぁ、 それに、あのおっさん! いつも私たちのお尻撫でまわすセクハラしてくれてるんだから…… はぁ、はぁ、 今度会ったら折檻の一つや二つはしてやらないと気が済まないわ!! 」
アウロトは、げんなりした顔つきで悪態をついた。
その表情を見てレインはさらに落ち着きを取り戻した。
「ふふ!はぁはぁ、そうね! はぁ、はぁ、ひどいお仕置きをしてあげないとね! 」
そうレインは息を切らして、答えた。
レインの表情に少し笑顔が戻った。
「……とにかく急いで隊長……レイジィ・クレイ様の下にたどり着きましょう」
「そうね。わかったわ…」
息をきらして疾走する二人の身体は悲鳴を上げていた。
心臓は早金のように鳴り響き、鼓動は、体を引き裂きそうだった。
二人は急いだ、隊長が待つ場所へ。
―――カツカツカツ――――
―――コツコツコツ―――
時が少し経った時、ミッタマイヤの下にフランとロイエル達が現れた。
ロイエルの両脇には神人族の男性と女性が拘束具でしっかり拘束されて抱えられていた。
二人ともまだ意識は戻っていないようだった。
それをみた、ミッタマイヤがロイエル達に声をかけた。
「おう! ロイエルどうだ! これだけの騒ぎなら完璧だろう?」
得意顔でサムズアップするミッタマイヤ。
ロイエルに向ける表情は自信にあふれていた。
「ミッタマイヤ……確かに、我らが水門並びに軍の頭を押えるまで陽動しろと言ったよ……ただ陽動行動と破壊は全く別だからな! ココまでド派手に正門を壊す必要が無かったんじゃないかとは思わないのかミッタマイヤ」
ロイエルはいまだ黒煙を上げるイゼルの正門をみて、ため息を吐きながらミッタマイヤに告げた。
「そんな堅苦しいこと言わなくてもいいじゃないか。 目的は騒ぎを起こしてお前たちが動きやすくするってことなんだからな。 それに次は策の通りに行動するからな。 そっちも頼んだぞ」
ミッタマイヤは頭を垂れたあとに首を大きくあげ、カラカラと笑いながらロイエルに次の行動を告げていた。
「わかった、わかった。 では陽動役頼んだぞ。 」
「おう!まかせろ。 では皆の者、行くぞ!! 」
「「「「「オオオオーーー!!!」」」」
そう告げるとミッタマイヤ達は雄たけびを上げながら、街の中を走り出した。
「じゃ、ロイエル。 私たちも行動開始ね」
フランはロイエルの腰をポンポンと叩きながら行動を促した。
心なしかトレードマークの丸メガネが鈍い輝きを放っているようにロイエルには見えた。
「フラン殿もご武運を! さてと……こちらの思惑通りに動いてくれれば良いが……まずはミッタマイヤの行動に期待するか」
独白したロイエルは魔人族の戦士たちを引き連れて動き出した。
―――バン!―――
「隊長、斥候に出していた者が戻りました。 」
レイジィは発令所で指揮を執っていた。
その服装はケイトによって、上下白色で統一されたアンダーアーマーの上に胸部と背部に薄めのメタルプレートへ着替え完了していた。さっきまで下着姿で廊下を歩いていた時とは全く違う騎士の正装に。
ヒールの付いた軍靴を履き、肩からは赤いマントを掛けていた。
レイジィの服は神人族の騎士服としては軽装備だった。
これは指揮官が後方から指揮を執るときに、重武装は不要と考えられた為、機動力を重点的に高めた結果だった。
「はぁはぁはぁ、レイジィ様……ケイン班騎士……レインとアウロト戻りました。 はぁはぁ…… 」
玉のような汗を流しながら二人の少女騎士が帰投したことを報告した。
「ご苦労! どうだ、何か情報はあったか? あの爆発は何かわかったか? 」
隊長は副官のケイトと共に二人の少女騎士に問いただした。
「はっ! 正門は完全に破壊されていました。 そして、それを実行したものはおそろしく強い赤い獣人と魔人族達でした」
「赤い獣人は降伏勧告に対して従わずに、私たちの小隊長が私達を逃がすために戦いましたが……」
そう告げる二人の少女の顔は蒼白だった。
「そうか……ではお前たちの小隊長はどうした? 」
少女たちは悲しそうな顔で隊長をみて告げた
「小隊長は…… ケインさんは…… 」
「私たちを逃がすために敵の毒牙に掛かりました。生死は不明です…… 」
二人の少女は俯て報告した。
「そ…そうか……わかった。よく知らせてくれた。 すこし休むがよい」
「「はっ!」」
レイジィは二人を労うと下がらせた。
「少なくとも、敵はある程度の人数が居るという事か。 さてどう対応すべきか…… そうだ、ケイト。いま直ぐ動ける騎士たちは何人いる?」
「レイジィ、今動けるうちの騎士は20人くらいよ」
ケイトはクレイに隊の現状を伝えた。
「そうか。 ならケイト、半数を率いて正門に向かってくれないか? もし敵が居れば対応してもらうことになるだろう」
「了解! 隊長」
そう告げるとケイトは副官と共に部隊内の半数を引き連れて魔馬を駆り飛び出した。
「グラミス、ロシル。 私たちは正門に向かいます」
「ハッ! ケイト様。 」
ケイトはグラミスと呼ばれたロングヘアの女性騎士とロシルと呼ばれた青年騎士に告げた。
そして夜間に魔馬はありえないほどのスピードで走り抜けていった。
―――ダッダッダッダッ―――
魔馬の足音が夕闇に響いた。
「……あの爆発は一体何だったのだろうか……」
まるで漆黒の闇があたりを塗りつぶしているのではないかと思うほどの静寂がそこにあった。
「……ケイト様、正門を破壊した者とは一体どのような奴らなのでしょうか?」
その間、重苦しい空気を打ち消すように、ロシルと呼ばれた青年騎士が話し始めた。
「さぁね……あの二人の話では少なくとも、化け物……賢人クラスとみて間違いないでしょうね。 まったく、とんだ貧乏くじを引いたものよ…… 」
素手で魔槍をほんろうできる者たちと言うとケイトの脳裏に浮かんだのはただ一つだった。
「……・神の使いか…… ははっまさかね…… 」
今はすたれた昔話の中に出てきた神の御使い。
人ならざる力をもつ者たち、その中に確かに獣人の話もあったかなっとケイトは思った。
「はぁ……もう少し、おばぁ様に話を教えてもらえばよかったかな。」
その独白は誰の耳にも届くことはなかった。
そして少し進んだ先で急に閃光が迸り、雷鳴が鳴り響いた。
「奴らはそこか! 魔法の光が見えた。 では全員、我に続け!! 」
ケイトたちは馬を閃光のあった場所に向けた。
そこには、獣人ミッタマイヤと鍛えられし魔人族の戦士達がいた。
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主人公がまだ出てきませんが今しばらくお待ちください。
次回更新は金曜日を予定しています。