イゼル動乱 その1
「なぁ、こんな壁の見回りはやめようぜ。 寒いし、雨でも降りそうな天気だぜ? 」
二人の神人族が歩きながら話をしていた。
そのうちの片割れが、悪態をつきながらもう一人の神人族へ話しかけた。
「なに言ってのよ。 私たちがこの街を占拠した時のことをもう忘れたの? 」
そう告げた神人族の女性は苦々しい顔で話しかけてきた男性に答えた。
「いやぁ、忘れたわけではないけどさ。 でもあんな化け物が、そうそういるとは思えないんだけど」
そう語った男性は思い出すかのように目を閉じていた。
まるで何かを語るように思わず体が震えた。
「そうね。 それでも用心しとかないといけないでしょ? あの亜人達の動き方は訓練されたものではなかったから、各個撃破出来ただけよ。 単純な力比べなら負けてるわ。 種族の壁って…なかなかむずかしいね」
苦々しい顔つきで語る女性の表情は真剣そのものだった。
「ははっ、レミーは心配性だな。 この街にいた亜人たちは、この街で雇われていただけの労働者だぜ? 俺ら騎士団を相手にできる奴らなんかそうそういないよ。 それよりどうだい? 今夜は二人きりだし、少し飲まないか? 」
男性は笑顔で女性を見て、手には懐から出した酒瓶があった。
「もう、アイガーはそういうところが信頼おけないのよ。 ほかの女にもその手で口説いてるんでしょ? 」
女性は両腕を胸元で組みため息を吐いた。
アイガーを見ると顔を近づけていった。
「あんまりしつこいと私、本気にしちゃうわよ? 」
レミーの顔がアイガーに近づいていた。
そしてあと少しでキスをするという距離に近づいた時……空から声が響いた。
「もう、そういうのは時と場所をわきまえてしてくれない? 私、男日照りが少々ながいので…」
「まったくだ。 貴様らは盛った動物か」
女性と男性たちの声が頭上から響いた。
「なっ! だれだ!」
思わず体を引き離すレミーとアイガー。
レミーは周囲を見渡したがまわりにそれらしい人影はどこにもなかった。
「なっ! 何者だ! どこだ! 出てこい! 」
アイガーは叫んだ。
―――カツカツカツカツ―――
一人の丸メガネをかけた魔人族の少女と、一人の青い獣人と戦闘衣装に身を包んだ魔人族達が居た。
そして魔人族の少女が丸メガネをクイッと上げながら二人の神人族達をみて告げた。
「呼ばれたから出てきたわよ。 それにしても女たらしの男の常套句よね。 『二人きりだし』とか歯に浮くセリフをスラスラいえるのは本当に関心するわ。 」
そういうと遠い目をしながら顔をそむけた。
この魔人族の少女は、そういう事を経験したことがあったらしい。
そう青い獣人は思った。
「貴様らは何者だ! この街は俺たちが占拠した。 もはや魔人族に安息の地は無い。 おとなしく我らに捕まれ!」
女たらしと言われた神人族の魔法師アイガーは魔人族達に向けて降伏を促した。
「ほう…その意気はよしだぞ…青年?」
その言葉とは裏腹に手に持つマジックランスはガタガタと震えて照準が定まっていなかった。
「見られているわよアイガー!」
その隣にはレミーも魔槍を構えていた。
アイガーとは違い照準をしっかりと定めていた。
「貴方達に自由は無いわ。おとなしく投降しなさい! 私たちには勝てない!」
そう告げるレミーは魔装を握る力が強くなった。
レミーは冷静を装った。
魔人族の数と自分たちの数を比較し、この場をうまく切り抜けれる可能性を考えていた。
「さぁ。早く武器を下ろしなさい!」
レミーは思わず苛立ちの声を出した。
それを見たフランのメガネが一瞬光った。
「えっなんで? この数を見て、本心から私たちに投降しろと言っているなら相当な自信家か馬鹿のどちらかよ。 さぁ貴方達はどっちなのかしら? 」
フランが悪どい顔でレミーを見た。
口角がニヤリと持ち上がり、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
―――ザッザッザッザッ―――
暗闇から魔人族の女性達が現れた。
「なっ! 気配なんて…どこにも……」
「これをみて、私達を倒せると思うならさぁ、かかってきなさいよ…さぁ!」
フランは、指をクイックイッと動かしてレミーを挑発した。
「ふざけるな! ’真極冷却弾’!」
レミーの前で魔法陣が描かれ空中に氷の杭が現れ、フランたちに襲い掛かった。
―――バキン!―――
空中に現れた氷の杭はフランに当たる前に一刀両断され地面に叩き落とされた。
「こんな魔法なんて、私達が鍛え上げた者に効きはしないわ。 そうでしょう? フンフィ!」
「イエス!マム!! 私にこの程度の魔法は効きません。」
フランの前に現れたのはフランにみっちり鍛えられた魔人族の女性。
その手には反り返った剣…刀を持ち、飛んできた魔法の氷の杭を切った。
「たまたまよ…ええ! 魔法を切れる者なんて存在するわけがないわ! 真広範冷却弾!」
レミーとアイガーは二人の魔槍をフランとフンフィに向けた魔法を唱えた。
レミー達の前に魔法陣が描かれ、多数の氷の杭が、所狭しと3メートル範囲に現れ目標に向けて射出された。
「フッ! この程度の魔法が効くわけないでしょう。 さぁフンフィよ! やってしまいなさい!! 」
「イエス!マム! 」
フンフィと呼ばれた魔人族の女性は両手に武器を…魔刀を持ち構えた。
そして、身を屈めて脚に力を籠めた後、まるで弾丸のように飛び出した。
「さぁ行きます! この研ぎ澄まされた剣技をしかと目に焼きつけなさい! ウォォォ! ヲルフガング流剣舞!’彼岸花ぅ’!」
フラン達の目の前には数多くの鋭い氷塊が一直線に飛び飲んできた。
飛び出したフンフィはバレルロールを描くように身を捻りながら迫りくる氷塊を一つとして逃すことなく切り落としていった。
その姿はまるで弾丸を弾き落としている歴戦の剣士の様であった。
両腕がそれぞれに動き、二つの銀の残像を残して振るわれた魔刀は空中に美しい軌跡を描いた。
数秒で目の前に飛んできた氷塊がすべて叩き落された。
そしてすべての氷の杭を叩き落した先には悠然と二つの刀を円天の構えで持ち構えるフンフィの姿だった
「私の技はいかがでしたか? そして、貴方達の魔法はこの程度で終わりですか? 」
ランランと輝くフンフィの眼、少し興奮気味に、ほんのりと朱に染まった頬。
愕然とする神人族二人にフンフィはフッと嘲笑気味に嗤った
「あっ……ありえない! 高等魔法を実剣で撃ち落とすなんて! そんなの騎士でもできないのに! 」
「ヲルフガング流剣技をマスターした私に生半可な魔法など無意味だと知りなさい」
レミー達の目の前で行われた実剣を用いた戦闘技術はレミーたちにとって未知の技術であった。
「さぁ、おとなしく、負けを認めなさい。 」
刀をレミーの眼前に突き付けたフンフィがアクドイ顔でレミーを見下ろした。
レミーが苦々しい表情でフンフィを睨みつけた時にそれは起こった。
―――ドオォォォン!!―――
イゼルの門から激しい爆炎が巻き起こっていた。
「なにっ! なんなの!? 」
レミーが激しく動揺した。
そしてレミーに告げる無慈悲なる宣告。
「我らの攻勢が始まったということだよ。レディ?」
そう青い毛におおわれた獣人が告げるとレミーとアイガーの意識は暗闇に落ちた。
暗闇に落ちる瞬間、レミーは思った。
―――あぁ、こんなことにならアイガーに身を捧げてもよかったかなぁ―――と。
そして意識を落としたレミーたちを縛り持ち上げると、フランとロイエルはフンフィ達を連れ立ってイゼルの最奥に向かって歩き始めた。
「さぁ、 ミッタマイヤたちが無事に陽動をしてくれている間に制圧しましょう」
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