ウィルヘイム 前編
ルルカッタと愛子はでてきません。神人族のことを少しずつ書いていきます。
10月1日
内容を修正しています。
窓から刺した太陽の光で、男は目を覚ました。
ルルカッタ達がヴィスタ城を去ってから、半日が経過していた。
「どうしてこうなった!?」
床に横たわる男は、己の身に起きたことを思い返すと歯を食いしばった。
「くそっ!なぜだ」
男は、握りした己の魔剣を見た。
刃こぼれもなく、鈍い光を放つ”神食い”を。
そしてつぶやいた。
「勇者が、負けるなどあり得ない…はずだ」
男が思い出したのは、神人国の白き神の神殿。
その最奥にあるとある部屋で、受けた指令だった。
男は体を動かした。
全身に激痛が走った。
「グウゥゥゥ!」
体を動かすことが、まったくできなかった。
全身を何度もハンマーで打ち付けられたような痛み。
折れまがった脚から骨が、皮膚を突き出していた。
そして剣を持っていない腕は、反対に曲がっていた。
「この血の量では……俺は…任務も果たせぬまま死ぬのか……」
傷口から流れ出た血が、男の周囲に血の池とでも言うべき染みを創っていた。
そして男は命が、終わりに近づいているのを感じた。
―――コツコツコツーーー
足音が男に近づくと、横たわる男の前で止まった。
一人の神人族の女性が、男にひざまずき近づいた。
「スライン、貴方が負けるなんて珍しいわね?」
黒いビロード生地に金糸の刺繍が縫い込まれたローブを、身に纏った女性が居た。
ローブの中には豊満なバストが、たわわに実る果実のようにその存在を主張していた。
背は高くローブの下に着こまれた赤いシャツと、黒の細身のパンツスタイルはまるでモデルのような美しさを放っていた。
腕には男と同じ騎士団所属であることを示す腕章を、つけていた。
その腕章には”白き神の軍団”を示す黒字に白の剣が三本、交差するように刺繍されていた。
男に近づく女性の顔は、切れ長の細目に小さめの丸眼鏡をかけていた。
そして髪型は、黒髪ショートであり少しの風に靡いていた。
「ウィズ……申し訳ない…私は……」
傷だらけの男が、女性に力なく告げる。
その瞳は虚ろであった。
「私より弱いのに、一人で請け負うからそうなるのよ。なんで"婚約者"の私を置いていくの?まったくひどいわ」
そう言うとウィズと声をかけられた人物は、両手を男の体に手を押し当てた。
「体は私が、修復するから。それから何があったのか、詳しく教えてね。”修理”」
ウィズの手に、魔法陣が現れた。
そして魔法陣からあふれた赤い光が、スラインの体にまとわりつくように広がった。
赤い光は皮膚を突き破っていた骨を、まるで溶かすように吸収した。
そして傷ついた体の中に、潜り込んでいった。
―――ベギッ、ゴギン、バギャ、ミシミシミシッ、ミチミチミチ―――
人から聞こえる音ではない。
何かを押し広げる不快な音が、男の身体からは響いた。
「ウッ・・・グウァアァァァァァ・・・・」
スラインは、激痛に叫んだ。
全身を、遍く激痛が走った。
「これくらいの痛みは我慢してよね。私は回復師じゃないんだから」
ウィズはそう告げるとスラインの顔を見た。
ウィズは修復師である。
回復は、回復師が担うものだ。
それがこの世界の、決まり事であった。
「グウゥウ……わ……わかっている……君が……修復師であることは……」
修復師は、回復師と違った。
触れた物を修復する事が、出来る魔法”修理。
そのため修復師は、生産職をジョブとして選択するのが普通であった。
「ガガアアアアアア!」
「五月蠅い!」
ウィズはスラインを怒鳴りつけると、修理に集中した。
スラインは歯を食いしばり、彼女の修理を受けながら思った。
我が最愛は、本当に容赦のない方だと…
スラインは、激痛に耐えた。
ウィズの修復魔法”修理”をうけ、体が修復された。
スラインは、全身を覆うすさまじい疲労感を感じながらウィズに告げた。
「ウィズ、申し訳ない。君が来てくれて……本当に助かったと思う…あのままでは、私は死んでいたよ。」
そう告げたスラインは、フラつきながらも立ち上がった。
そして満身創痍の表情で、申し訳なさそうにウィズに近づき瞳を見ながら告げた。
「君に魔人族を殺させたくないんだ…だから一人で、請け負った…その結果が、このざまだ」
スラインは、忌々しそうに口元を噛み締めた。
手は魔剣”神食い”を握りしめすぎて、握りしめた手から血が流れ始めていた。
「スライン。貴方が私を大切にしてくれていることはわかるわ。でもすべてを抱え込みすぎよ。」
そう告げるとウィズはスラインの頬に手を当て告げた。
「周りを顧みなさすぎるわ。地獄までも共に私は赴くわよ」
ウィズは、スラインへ肩を回し歩き始めた。
「ウィズ。俺は汚れ仕事を君にさせたくないんだ」
スラインは、つぶやいた。
「今回の指令は、正式なものではない。それに君は、ウィルヘイムで次の指導者になる人間じゃないか!」
スラインは、小さな声でさらに続けた。
「それに私は君に釣り合う男になりたいんだよ。」
ウィズは眼を細めて、スラインを見つめた。
いつもの目がさらに細くなった。
ウィズをみつめるスラインの瞳は、強い決意を表すように輝いていた。
「………かわいいひとね。」
ウィズは思わず呟いた。
それがウィズの、スラインに対する正直な感想だった。
ウィズはそんなスラインと歩きながら、自分たち人生を振り返った。
神人国”は六人の英雄が国を作り上げた。
国家が誕生後はその六人が、指導者として交代で国のかじ取りを行っていた。
それがいつごろからか、六人の子孫の家が交代で国の指導を行う形になっていった。
神人国は六家の指導の下に平民が導かれる、といった強権政治体制が出来上がっていた。
そして中央に集中した権力は、いつしか腐敗を生み変わることのない社会構造となった。
平民から思考力を奪った結果、政治の腐敗、賄賂、裏切りが六家の裏で行われるようになった。
ウィズは、その六家の一つ”エダラ家”の長女として誕生した。
上には二人の兄がいる。
いや、”いた”と表現したほうが正しいだろう。
腐敗は、兄たちを、彼女から無慈悲に奪い去った。
処刑されたのだ。
処刑に至った原因は、親族からの密告だった。
曰く理由は”神を貶める発言をした”という物であった。
そして兄たちの処刑に抗議した父、母も、中央の意向に逆らったとして処刑された。
結果、エダラ家の本家はウィズだけとなってしまった。
最愛の家族の命を奪ったのが、同じ一族に属する者の発言であった。
幼いウィズには重すぎる事実が、最もショックであった。
以来、ウィズは人前に出ず屋敷の私室で過ごすようになった
そして誰も信じることができなくなっていた。
―――彼に出会うまでは―――
一回では書ききれませんでした。もう少し続きます。次は金曜日までに書き上げます。