神聖教義会 その2
―――ダンッ!―――
「なぜだ!! なぜに我らがこの地に止められなければいけないのだ…ヴィスタ帝国に我らが駐留するはずだったのに」
拳を強く握りしめてウィズは机を叩いた。
ここは聖都内にある騎士団専用駐屯地の一角にある執務室。
「ウィズ様……」
豪華な装飾の施された室内には、見事な彫刻を掘られた椅子と立派な彫刻の机があった。
先ほど神聖教大聖堂から戻ったウィズとスライン、そして第三騎士団副長以下の管理騎士が居た。
「いやぁ? 何すかねぇ? 姫ちゃん、やつらの地雷でもふんだんじゃないっすか? 」
長髪をファサァーと手で掬いながら横に流した。
スラインと違い青銅で出来た軽装のプレートを付けて腰には2本のマジックワンドを装備した男性はウィズに軽口で返した。
「うむ…この聖都に留まるだけという命令はたしかに府に落ちぬ。 なにか別の意図があるのやもしれぬな」
腕を胸の前で結んだ強面の筋肉質な男性がさらに意見を述べた。
傷を隠すように赤い塗装を施されたフルメタルプレートと背中にマジックワンドと斧を装備していた。
「あの! その! どうしますか? なんなら僕お休みもらってもいいですかぁ? 」
丸いメガネを掛けて、さらに狐のような耳としっぽが生えた少年がウィズに願いをこっそり言ってみた。
黒い服装は一見すると村人のようだったが中に鎖帷子を着ており、腰と背中に合計4本のショートマジックワンドを装備していた。
「ふむぅ… なにがあるにせよ… あちらの動きも調べたほうが良いかもしれませんなぁ姫様」
白髪を短く刈り込んだ初老の男性がウィズに今後のことをうながした。
服装は足元と腕にマジックプレート製の籠手を装備し腰には一つのマジックワンドとダガーを装備していた。
首には赤いマフラーを装備している姿と年に似合わぬ鍛えられた肉体は服装の上からでもわかるようだった。
さらにその特徴的な耳…そうエルフであった。
「我らの命令は、魔人族の王族を殺害した後に占拠した王城を守護せよというものだ」
ウィズは苦虫を噛み潰したような表情で部下たちをみた。
「その命令を忠実に実行し魔人族の王…というか先々代の王は殺害した。 その後、補給を兼ねて聖都に戻り、アンジュルムの報告から得た情報を中間報告という形で軍務部に報告書を出しただけだぞ」
スラインはウィズの命令を聞かずに軍務部に直訴し、一人で王族の殺害任務命令を請け負った。
それを聞いたウィズは部隊を総動員してスラインの擁護に向かったのだが、ヴィスタ城で見たのは血の溜まりに身を沈め、命が付きそうなスライン本人だった。
「ウィズ様。 アンジュルムの報告を受けた後の書類に何を記載されたのですか? 」
「逃亡した王族の少年と捕虜と思しき神人族の女性が…そこのスラインを打倒して、ある場所に向かったこと。 そしてその場所にあった封印の扉から落ちたこと。 その扉には見たこともない文字が彫られていたことを書いただけだ」
そう答えたウィズは複写した報告書を見た。
ウィズはアンジュルムから受けた報告を一字一句間違えることの内容にメモを残していた。
「この文字…か? よくわからんが…」
そして扉にあった古代文字もアンジュルムは報告していた。
アンジュルムは古代文字が読めたわけではないが、扉の文字を手持ちの用紙に複写した。
それをイゼルの街に戻ってウィズへ送っていたのである。
「それにしても、この頃の聖都の様子はおかしい」
ウィズはそういうとドカッと椅子に腰かけた。
「そうっすねぇ…それは僕たちもそう思いますよ」
ウィズの部下たちも同意見なようで、ウィズを見てうなずいた。
そしてスラインが口を開いた。
「街にいる人が減りました。 しかしそれは神聖教義会が軍備増強するようになったからでは?」
そう聖都は以前は活気溢れた街であった。
「スライン殿…たしかに…この5年余りで減った人口は私が過去の生きてきた時代と比べても多量です。 昔も戦のたびに人の数はかわりましたが…女の数はかわりませなんだ、しかし…」
人口が減った直接的な原因はウィルヘムが軍備増強と他国への進攻を進めた結果だというのが世間の統一見解であった。
「うむ…われは戦だけでなく魔物の被害もあり、四肢の欠損の障害が起きたものは生活ができないから街を離れているせいだと思うが……」
「ぼくも、腕が無くなったらこの街で生活することが難しいから生きること出来ないとおもうけどねぇ」
椅子に腰かけたウィズは、スライン達の説明を聞きながら深いため息をついた。
「そうだな。それは確かに一般的見解として考えられる説得力のある考えだ…… 」
ウィズは机に置いてある水を飲み干すと部下達を見た。
第三騎士団の部下たちは、神人族だけではない。
それが他の部隊たちとの大きな違いだが、それ以外に部隊を運用する部隊長クラスの人選も多様な価値観を持つようにウィズが選んだ者達で構成されていた。
「姫様は聖都に、きな臭い動きがあるとお考えですか? とくに…」
赤い塗装をされたフルメタルプレートを纏った男性はウィズに真意を問いただした。
「うむ。 私は先ほどライアの言ったように街の女性や子供が行方不明になる事件が増えていることがどうしても気になるのだ」
ウィズは部下たちを見据えて告げた。
「姫様がそう考えられるなら、我らも調べる価値はあるようじゃな」
ライアはウィズの考えを聞くと部隊長たちを見て意見を伝えた。
「では俺らも姫ちゃんの考えに従って動こうか」
セイトがウィズにウインクして言った。
「じゃぁ僕たちと部下達は街をしらべてみますね」
丸いメガネをした獣人族の男性が今後行う行動をウィズに告げた。
「「「「我らが姫様の為に!! 」」」」
四人は敬礼をウィズに行うと部屋を出て部下たちのもとへ散っていった。
部下たちが出ていったことを確認するとスラインは告げた。
「ウィズ様。 お身体は大丈夫ですか? 」
神聖教議会で受けたプレッシャーがあまりにも強大であった。
スラインはウィズのことが気がかりだった。
部下たちの手前、気丈にふるまうウィズを見ていたスラインはウィズの精神力に感服していた
「ふふふっ、ありがとう。 スライン。 貴方が隣に居てくれたから私は耐えれたのよ。 それに、奴らにいいようにされるのは癪だしね」
先ほどまでの険しい顔つきからウィズは素の優しい顔に戻っていた。
それこそが、ウィズの素の表情だった。
「彼らに、いまの私たちの姿はみせられないからね」
部下たちに見せる顔が険しいのは自らの立場を理解しているからこその演技であった。
もっとも、それを部下たちも見抜いているのだが、ウィズはそのことに気が付いてはいなかった。
「それにしても、神聖教義会は国の根幹に深く根を下ろし始めたみたいね。 まだ兄様達の仇は見つからないけど、たぶん奴らの中にいるはずよ。 いわれの無い罪を擦り付けたものたちは!」
ウィズは静かに、こころの奥にため込んでいる気持ちをスラインに告げた。
「もともと神聖教義会を信望していた者はある程度いましたが、ここまではっきりと国家に影響を与えるまでの組織を作りあげるとはだれも思ってはいなかったでしょう。 ウィズ様はまだ、やつらから改宗をせまられているのですか? 」
「そうね……改宗を迫られていないと言えばうそになるわ。 それでも私は先祖たちが受け継いできた六王の教えが正しいと思っているの。 他の者達を卑下してよい神なんて傲慢そのものよ」
ウィズはそっと胸の内をスラインにつげた。
六王の教えはエダラ家に残されており、他種族共生の教えが根付いていた。
「それに、アンジュルムの報告にあったヲルフガング流決闘術を使うという獣人の話が少し引っ掛かるのよ。 アンジュルムにはもう少し彼らの諜報を頼むことになるわ。 スライン、これからも私と一緒だからね」
ウィズはフフッと微笑み、スラインを見た。
スラインはその表情に心を鷲掴みにされたようだった。
「ウィズ様にはどこまでもついていきますよ。 それに昔言いましたよね? わが身はウィズ様の物だと」
そうスラインはウィズの方を見て告げた。
「頼りにしてるわよ。スライン」
スラインはウィズにはかなわないと思った。
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