つまずき
『御嬢様、心配しましたよ』
その声は青年のように若い声だった。身長は約10メートル程あり、その体は泥で出来ていた。しかしその体は上手く維持出来ていないのか泥がぼとぼとと地面に伝い落ちる。
そのせいか、人間の姿をしているのに、くりぬいた目以外の顔のパーツが無い。鼻や耳もないし、頭もない。
まるで、頭の部分だけない人体模型のような姿をしていた。
「それはこっちの台詞だもん」
ベルの声がした。気付くとベルは泥濘があった場所ではなく、泥人形の手のひらの上でくるくると回っていた。
一体、何が起きたんだ……
もちろん答えなど教えてくれる訳もない。しかし今起きている現状に疑問をぶつけたいというのはさも当然の心理で、だから、自然と開いた口から声を発した時、心の隅で命の危機を感じた。
「……お前が、ベルの……リベルテの、弟」
泥人形は虚ろな瞳をこちらに向ける。
その動作は鈍く、やはり体を維持出来ていないようで、首を少し曲げただけで泥がそれなりに零れ落ちた。
『……あなたは?』
どこか緊張感を帯びた声音で響く。
そして、泥人形を自分の弟だと主張するベルが、あのねあのねといって語りかける。
「お兄ちゃん、この子がベルのおとーと、おとーと君、あのお兄ちゃんはトウマって言うんだよ」
と、ベルは二人の自己紹介を勝手に済ませ、再び手のひらの上で回る。
突然の展開で頭が働かない中、俺は一つだけはっきりとした確信をもった。目の前にいる泥人形は、ベルのことを知っていた。更にベルも泥人形を知っていた。
つまり、少なくともこの二人が知り合いだということは理解できた。
だが、そうなると、ベルとは一体何者なのか、知らなくてはいけなくなった。
泥人形を弟と呼ぶのなら、なおさら。
「なあベル、正直に話してくれ、お前は一体、何者なんだ?」
その問いかけが届いてかどうか、ベルは回転を止め、う~んと悩む
「分かんない」
それだけ、たったそれだけだった。
「ベル、いい加減ふざけるなっ!!」
ひっ、と短い悲鳴を上げたベルは怯み、その場で頭を抱えて縮こまってしまう。
しかし、それはどうでも良いことだ。
「なあ、教えてくれよベル、お前は一体何者なんだよ、魔女か? それとも魔物か? 何でも良い、何でも良いから答えてくれ」
でなきゃ俺は、アルモに顔を見せれない。
焦燥感からか、小さな少女に向かって答えを求めた。どうしても答えて欲しかった。すると、ベルの前に壁が現れる。泥人形が空いている片手をベルと俺との間に挟んだのだ。
『よく分かりませんが、御嬢様を怖がらせるのなら容赦しませんよ』
穴の開いた目から、何か凄みのある視線が俺へと飛ばされる。それは、許さないとか倒すぞという、決意と覚悟のある視線だった。
そう、だから、泥で出来た巨人が腕を引いてこちらを定めるのに数秒とかからなかった。
豪腕が放たれるのも、やはり数秒ともかからない。
そんな中、拳を放つ泥人形の、手のひらに座る薄桃色の髪の少女に、俺は尋ねることしか出来なかった。
「なあ、頼むよ、答えてくれよ……」
辺りに土煙が蔓延する中、俺は静かに意識を手放し、不思議な浮遊感に漂った。
食器と食器が弾き合う音、皿を洗う音、床の軋む音は、どこかたどたどしく感じる。
体は暖かく、左手は何故か宙に浮く感覚、食欲を誘う臭いが鼻腔をくすぐる。
ここはどこだ? と思いながらうつらうつらと瞼を持ち上げると。
「唐真! やっと起きたのか、心配したんだぞ!」
何故か、目の前に顔をくしゃくしゃにして泣き出すアルモがいた。
見ると、左手はアルモによって握られている。
泣き声を聞いて反応したランとヨーンは、それぞれ行っていた作業を中断させて俺のもとに駆け寄ってきた。
「唐真様、心配しましたよ、大事にならなくて良かったです」
「トウマってさ、本当女の子に心配かけるのが得意だよね、後さ、寝て良い?」
それぞれ思うものをぶつける。アルモに関しては俺に掛かっている毛布にしがみつき号泣してる。
みんなに心配をかけたみたいだ。けれど記憶がはっきりとしない。一体俺はどうなったんだ……。
「あの、俺は一体どうしたんだ」
ヨーンが呆れ顔で、どうしたも何もと続ける。
「ゴーレムに一撃見舞われそうになってるところを僕が救出したんだよ、後さ、寝て良いか答えてくれるかな」
ヨーンは早く早くと促す中、ゆっくりと記憶を整理し始めた。
そうだ、泥の巨人が現れて、ベルに答えを聞いていて……。
ベルという単語が脳裏をじっと焼く、一瞬針に刺されたような痛みが走る、その後、俺は思い出した。大切なことを。
「ベルは!! ベルはいるか」
薄桃色の髪の少女を探す、しかし、この居間にはいない。
その名前を聞いたヨーンとアルモが、苦虫を噛み潰したかのように渋い顔をした。
「ベルちゃんは、ゴーレムと一緒に消えちゃった」
ヨーンがそういうのに続けて、アルモが。
「でも、あんな巨体がすぐいなくなるのは可笑しいです。なので、今までと同じように姿だけを隠してる可能性があります」
とアルモが答えた。
そうかと返事をした後、横たわっていたソファーから起き上がる。
「まだ起き上がらないで下さい、体に障りますよ」
「平気だ、大丈夫」
心配するランを静止して、並べてあった靴に足を突っ込み紐を結ぶ。
まだ近くにいるのなら、早く答えを聞かなくては。
「待って、どこ行くんですか?」
ノブに手を付けた瞬間、アルモからそんな言葉を掛けられた。
「……ベルのところ」
「どうしてですか、あなたは万が一にも殺されかけたのですよ、それなのに追いかけるのは可笑しいです、馬鹿なんですか?」
アルモの問いかけに応えることは出来なかった、いや、そもそも顔向けも出来ない。
彼女に答えを示すには、ベルから答えを聞いてくるしかないのだ。
悔しさと歯がゆさに苦しめられながら、いらぬ力が入ったノブを掴む手を回し外に出る、外はすっかり夜に染まり、空には多種多様の星が輝いていた。
「アタシの言葉を聞いてよ!!」
アルモの叫びが背に伝わる。ごめんとも言えず、気の聞いた台詞も思い付かない。半ば逃げるように泥濘があった方向へと駆け出した。
叫び声は遠のく度に小さくなっていった。
「ここに、あったんだよな」
暗闇の中、やっと暗さに慣れた目を辺りに向ける。しかし、あったのは大きく地面を穿つ穴だけ、恐らく拳が放たれた後だろう。深さは3~4メートル位にはあった。
当たっていたら命は間違いなく無かったろう、心からヨーンに感謝の言葉を告げた。
「ここからいなくなったというのなら、あそこか……」
視線の先には、森があった。
突然消えたということも考えると、やはり森が最適だろうとにらんだ。更に、あの巨体を隠すにしても、賢者の森ほど大きな木々が並ぶ森はそうそうない。
行くか行かないか、決めかねている時、首筋に冷たい感触が走る。
「そこのもの、そのまま地に伏せろ」
刺すような命令に、仕方なく従う。顔こそ見えないが、強烈な覇気を肌身に感じ取った。
やはり夜は危険だな、一人で行動したら盗賊に襲われるとランに忠告されていたのに。
自分の不甲斐なさと注意不足に後悔しながら腹這いになる。
「……名は」
屈辱的な格好にされながら、青年らしき声音の者に名を告げた。
「唐真だ。吉原 唐真」
……なに? という驚く声。
何故名前を聞いて驚くのか、命令に逆らって視線を謎の青年へ向ける。
そこにいたのは。
「ヨシハラ トウマ……、何故貴様がいる」
初めて見る顔と、どこかで聞いた声。青年が着込んでいる鎧を見て、電撃が走ったように指をさして叫んだ。
「お前は、あの時の騎士!!」
目の前にいたのは、トワライト・ブラス。ココロの親を殺害した憎き騎士だった。




