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転んだら、立ち上がって……

 王様の指示で、俺はメイドに客室へと案内された。

「ここです」

 部屋は広く、ベッドと机が設けられていた。大きな窓があり、そこから外の風景が見える。

「では、ごゆっくり」

そういってメイドは去っていった。扉が閉まってから数秒、深いため息と共に天井を仰いだ。

「何か、どっと疲れたな……」

突然の合成獣捕獲。

王国に来たばかりだと言うのに、なぜそうなったのか。

俺はベッドに身を落とす。寝心地は最高だった。だがそれだけで心は軽くならない。

「……そういえば」

俺はポケットからスマホを取り出す。森の賢者から知恵をこのスマホに保存してもらったの。

一見ただのアプリと変わらないが、賢者とラミージュの手によって作られたもの、甘く見てはならない。

スマホの画面に映る見知らぬアプリが3つ。そのうちの、赤いアプリをタッチする。

「うおっ!?」

スマートフォンの画面から文字が浮き出た。そして、文字は俺を囲むぐるぐると回る。

「なっ! 何か間違えたか!?」

俺は慌ててアプリを終了させる。文字も同時に消えた。

「一体何だったんだ……」

謎のアプリを凝視するが、もちろん変化など起きない。

ちなみに、スマホの充電は100のままだ。この世界で充電など当然出来はしない。なので充電は自然と無くなり使えなくなった。しかし知恵を頂いた時、何故か充電が満タンになったのだ。

「……」

何となく外を見やる。

そこに写るのは見知らぬ世界。家が集まり、人が集まる。馬車を発見する。巡回する騎士を発見する。

俺の知らない世界が、窓越しに広がっている。

「……行ってみるか」

元の世界には帰りたい、だが、好奇心を止める理由もない俺はそっと城下町に駆り出すことにしたのだった。


「へぇー、結構集まってるな」

街に出た俺は、大通りを行き来する人の波を見ていた。街路は舗装されていて街はロマネスク建築を思わせるような様式だ。

店は寄り添う様に並び、お客を呼んでいる。

人の髪、目の色、服装。見るもの全てが新鮮だ。

「……」

そこで、俺は重大な事に気付いた。

「街の事、全然知らねぇー!」

来ておいて何だが、あてはない。 更に言えば、金もない。

「……」

ちょっと待った。俺はなぜ来たんだ? そもそも俺は疲れていたのではないか?

綺麗な風景だなと思ってたとか、知らない街に来て興奮してたこととかは否定しないよ。でもさ、来てみて何だけど、特に出来ることなんてないよね?

急激な脱力と後悔が俺を襲う。


元の世界ではしっかりした性格なんて言われてたが、こういった知らないものに対する興奮や興味で突っ込んで行く姿を見られていなかっただけで、俺自身、衝動に動かされやすい部分があることを否めない。

「――最近色々とあったから、頭が変になってるのかな」

セレラント捕獲、賢者への励まし。

この世界に来てからと言うもの、休む間もなく魔物を相手にしてきた。

こういった休息というのは、こちらに来てからというものあまり無かったかも知れない。

「……まあ、回ってみるか」

俺は考える事を止めた。


「色々あるな」

中央広場には多くの店が並んでいた。食べ物を売る店、布を売る店、お茶を売る店。時に何のお店か分からないものもあったが、どれも賑わっている。

「ん?」

そんな中、俺は一点を見て止まった。

視線の先には子供が楽しみそうに絵を見ている。

紙芝居だ。

「昔、昔。この世界は凶悪な魔物に溢れていた」

語りが始まると、言われてもないのに子供達は押し黙る。

「魔物を操る魔王は、世界を我が手にしようとする。しかし、英雄が現れ、魔王を討ち倒しました」

子供達は、おっー! と歓声を上げる。どこの世界でも英雄は子供達のヒーローらしい。

微笑ましい光景だった。

「しかし、魔王が残した魔物は、今も悪さを続けている。魔物がいる限りこの世は――」

その言葉は、見えない刃物もなって俺の心を無残にも抉った。

何故そんな言葉が出るんだ! 何故そうはならないって言い切れるんだ! 一体誰が決めた!? ラン達魔物が何をやったって言うんだ!

呪いの様に言葉は脳内で木霊する。お話を語る男が言ったのは。


「――平和にはならない」


俺は走った。子供達の歓声が、俺の心に矢となって降り注ぐ。

痛い。

痛いッ!

人波を掻き分け、見知らぬ街のどこかに向かう。


狂っている。まるで当然のように語られる紙芝居。キラキラと輝く子供の目。魔物を悪だと疑う事さえない。

そこに気持ち悪さを感じた。得体の知れない化け物を見た気がした。

なぜ。

なぜッ!

「何であんなに、楽しそうに笑ってんだよ!」

魔王は昔に倒された。ランから聞いた話だ。

なら、今の魔物を悪く言う理由はどこにある? 見たのか、喋ったのか? 何か感じたのか?

あの時の兵士も、さっきの子供と同じく紙芝居や絵本などで魔物をそういった生き物だと教えられてきたのだろうか。

だとしたら、ここは、この人波全てが。

「魔物を、敵だと思っているのか」

その考えに到達した時、俺は倒れた。

硬い道に体を打ち付ける。数人の人は心配そうにこちらを振り向きはするが、誰も助けようとはしない。

元の世界でも、そういったことはある。関係ないからとか、どうせ自分で立ち上がれるとか。

けれど、どうだろう。

魔物が良いやつだと、自分で立ち上がる奴がここにはいるのだろうか?

あの王様は、この事を知っているのか? ラミージュは本当にラン達を助けようとはしているのか?

渦巻く疑惑は俺の脳みそを痛め付けるだけで、何の助けも出してくれない。

「誤解なんて、解けるのか?」

沈みかけた心は、最後に青空を見上げる。青い青い空はただ悠然とそこにある。

もし、この状況の俺を神様が覗いて見ているのなら聞きたい。正義ってなんだ? と。

避ける人の足音を聞きながらそんな事を考えていた。

すると。

「おい、起きろ!」

女の子の声がした。その声はとても近い。

「道の真ん中で眠んな! 起きろ!」

横腹を蹴られた。流石に俺も反応し、足に力を入れ立ち上がった。

「……ごめん、転んじゃって」

「言い訳は無用だ! 私は、あの『蜃気楼の魔女』の弟子だ! こんな事を気にする程、器は小さくない!」

……蜃気楼の魔女? 俺が知る限り、蜃気楼の魔女と呼ばれているのはただ一人だ。

俺は少女を見た。

「蜃気楼の魔女って、ラミージュのことか?」

「ラミージュ『様』と呼べッ!!」

少女は逆鱗に触れられたかのように怒る。

いきなり何だ?

「良いか、次もまた同じように呼んでみろ。私がラミージュ様に代わってお前に天罰を与えるぞ!」

少女は、棒切れの先端を向けてきた。

背中まで伸びた紅い髪、スラリとした脚。そして、特徴的な大きな瞳。

服装はとんがり帽子に明るい緑を基準とした怪しい服。

いや、元の世界で例えるなら、魔法少女が着ていそうな服だ。

「名前を言え」

「はい?」

「良いから名前を言え!」

「よっ、吉原 唐真だ」

「うむ、そうか」

少女はポケットからメモ帳を取り出す。ページを開くと何かを書き込み始める。

「よし、これでお前の名前は記録した。絶対に忘れないからな!」

小動物が睨むそれと同じように彼女に睨まれる。決して怖くはなかった。

「君の名前は?」

「ん? アタシか?」

彼女は手を自分の胸に当て、高らかに言う。

「アタシは偉大なる魔女、ラミージュ様の弟子、アルモ・シンだ!」

その清々しい程の笑顔は、子供みたいだった。

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