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玄関先の異世界

「お待ちしていました。救世主様」


 獣耳の女の子が、俺の前でにこにこと微笑んでいる。

 とりあえず、俺はドアノブを握りながらそーっと後ろに下がる。後頭部に衝撃が走った。


「大丈夫ですか!? 後ろは壁ですから気を付けて下さい」

 何を言ってるんだと思い、後ろを見てみると。

「……壁だ」


 無機質な壁があった。良く見ればこの空間にあるものは異様だった。

 部屋全体は暗く埃っぽい、隅を見れば蜘蛛が巣を大きく作っている。ぼんやりとした明るさに目を向けると、円状の謎の模様があり、その上に規則正しく蝋燭(ろうそく)が置いてあった。良く見れば模様からは直線がこちらに伸びていて、俺がいるボロボロな木の扉で中断されている。


 一応言うと、俺は壁を通り抜ける超能力など持っていない。て言うか、あったら玄関ごと通り抜けている。

 何が起きているのか分からない俺に対して、獣耳の女の子が心配そうな顔で俺の顔を覗いていた。

「あの、怪我はありませんか、まだ痛みますか?」

「……いや、大丈夫」

「そうですか、良かったです!」


 そこで俺は、彼女に銀色の尻尾があることに気付いた。

 犬のように、嬉しそうに、忙しく尻尾は揺れている。




「それでは、改めまして。私の名前はラン・クーシーといいます。よろしくです」

 銀色の尻尾を右に左と揺らす彼女、もといランは子犬の様な可愛らしい笑顔でお辞儀をした。


「……俺の名前は、吉原(よしはら) 唐真(とうま)。よろしく」

 ランの自己紹介につられてこちらも何となく名を名乗り、会釈する。


 扉があった地下室からランの案内で階段を上り、彼女曰く一階の部屋にやってきた。


 部屋全体を見るに木造の作りで、窓から日差しが差し込み、部屋全体を明るく照らす。ソファーや長机など生活感が溢れている、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いとどこか落ち着く木の香り、地下室とは大きく違って清潔で安心出来る部屋だ。


「……ってちょっと待て!!」


 俺の脳みそがようやく状況を理解し始めた。 寝坊して学校に遅刻しそうになって、そして玄関を開けた。

 そう、そこまでは俺の日常だ。どこにでもいそうな高二の学生生活、平凡な日常だ。


「何で玄関開けたら中世みたいなところに来てるんだよ!!」


 ムンクの叫び以上に叫んでいるであろう俺は、右に左にと謎の安全確認を開始していた。

そもそも、玄関を開けたら別の部屋にいるなんて可笑しい。それに、この子の格好や地下室にあった魔方陣らしき模様。明らかに日本では存在しないものだ。



「まあまあ、落ち着いて下さい」

「落ち着ける訳ないだろ!?」

 まあまあって、そんなレベルか! これ。

 少なくともこんな手の込んだ悪戯をする奴に心辺りは無い。仮にあったとしても、絶対億単位で金がかかっていると思う。


「……いや、待てよ。分かった、これは夢だ」

「はあ……」


 そもそも俺は起きたばかりだ。けど本当はまだ寝ていて、こんな変な夢を見ているんだ。それならこの状況にも納得出来る。


「第一、こんな尻尾付けてる女の子なんていないしな」

 フサッという柔らかな感触が手のひら全体に広がる。

「キャー!? 何やってるんですか!」

「……あれ? 中々取れない。柔らかい割に結構しっかり付いてるな」

「うっ~、いい加減にしてください!!」


 頬全体に衝撃が走り、俺は軽く吹き飛ばされた。仰向けに倒れた俺は頭だけを上げると、涙腺に透明な雫を貯めたランが自分の尻尾を大切そうに抱えているのが見えた。


「そんな乱暴に触らないで下さい! 痛いじゃないですか!」


 涙目のランは自分の尻尾を優しく撫でていた。

 俺もまた涙目だが、この一発とランの態度でようやく夢じゃないことを認識した。


「マジか、俺、別の世界にいるのか……」

 ただただ呆然とするしかなかった。

 平凡な俺が何故? 成績は中の下、スポーツはまあまあ、中肉中背で容姿は特に普通の俺が何故?

 俺の友達に異世界行けたらどうする? 的な事を聞かれた事がある。その時俺は速攻帰るといって話しが冷えた事を覚えてる。

 そしてそれは、今も変わらない。


「なあラン。どうやったら元の世界に帰れるんだ? あれか? やっぱり魔王を倒すとか?」


 こういったシチュエーションに合った台詞といえばこれかな、と思ったが。


「大丈夫ですよ、魔王はとっくの昔に倒されてます」

 マジか! 魔王いたんだ。

 俺が別の意味で驚いている最中(さなか)、ランはコホンと咳払いをして真面目な顔をする。そして次の言葉を紡ぐ。


「唐真様に手伝って欲しいんです。私達みたいな人型の魔物や、野生の魔物達にも危険じゃない者もいるってことを」


 真剣な眼差しで頼み込んでくるラン。

 これがもしドッキリか何かだったとしよう、ドッキリのためにここまで真っ直ぐ人の目を見れるものか? いや、いないだろう。


 俺はランの眼をしっかりと見て、静かに言った。


「ラン、とりあえず朝飯にしない?」


 こんな状況でも人間腹は減るんだと、よーく理解したのだった。

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