Ⅷ 赤い薔薇
この世界に来てはや一ヶ月が経とうとしていた。
あれからカーラに読み書きを教わってある程度分かるようになった。
元々勉学には自信があった。高校の学年順位だっていつも10番台に入っていたのだ。
言葉や文字、歴史や経済といった覚えることに関しては余裕でもあった。
まあ、発音とか言葉をたまに間違えてしまうけど
逆に文字を書くのはもう少し練習が必要のようだ。
丸や直線を合わせた独特なこの世界の文字は韓国文字に似ていた。でも似ていたと言っても韓国文字はテレビや雑誌で見かけなぐらいにしか無いのですごく似ているのかなんて分からないし、おそらく使い方も違うのだろう。
文字数や似たような字は幾つかあるがそれは覚えれば何とかなるとしても、何度かいてもこの幼稚園児が書いたような文字はひたすら書いて練習するしかない。
それにこの部屋には本がたくさんあった。多くが物語といった本だが、中にはこの国の歴史に関する本やこの世界に来て備わったであろう魔法に関する本もあった。
中でも特に興味深かったのが竜に関する本だ。
まだこの目で見た事はないが、この世界ではごく当たり前らしい。
地球では空想の上の生き物として様々物に描かれてきた。
ここに居るんだ・・・
あの本を読んで色々竜について新たに分かった事がある。
一つ目は竜はこのグランジア王国の栄える島付近にしかところ存在していない事。
二つ目は空・陸・海、それぞれに種の違う竜が生息している事。
例えば空なら翼の生えた竜、陸なら翼の小さい又は無い竜、海なら巨大なウミヘビの様な姿の竜である。
三つ目はこの国の竜には大きく分けて二種類存在する事。
自然の中で生まれ死ぬまで人にかかわる事のない野生の竜。そして人間の下で生まれ生涯人間と共に過ごす竜。この竜達は主に兵の竜として扱われ、騎竜と呼ばれている。要は軍馬と同じ役割に値するようだ。
なのでまさに王宮の中で過ごしている私は目にする機会がある可能性が高いというわけだ。
だが一ヶ月が経とうとしているのに未だ上空を飛ぶ姿でさえ見ていないのである。
見てみたいな・・・
私がこの暮らしに慣れ始めた頃、カーラがここに来る回数はめっきり減った。
理由というのも嫌われたという訳ではなく、ただ単に仕事がないからだろう。
この世界のお姫様と言う者をまだ見た事が無いから分からないが、今まで地球で普通の暮らしをしてきた私にとって身支度や身の回りの整頓などは自分でやってしまう。
カーラも最初は「やらなくていいのですよ、それは私の仕事でございます。」と言ってきていたが私が全くやめる気配を示さないのを見ると少し困った様子を見せるものの何も言わなくなった。
それからは朝食や昼食と言ったご飯やおやつといったティータイムの時にでしかあまり来なくなった。
この国の王であるウィルや弟のイシスもたまに話に来ることが合ったが多くはない。
私としても例え仕事や好意であってもあまり周りに居られるよりも一人で静かに過ごしている方が楽だったりする。
けど、さすがに暇かな・・・
この部屋に合った本は既にすべて読み終えていた。
元々娯楽といった物を置いていないこの部屋では大半が本を読んで過ごすかベランダに出て外の景色を眺めるぐらいしかない。
来た当初はこの世界の事を覚えるのに必死であまり余裕がなくこんな事を思う間も無かったが、余裕が出来た今となっては少々やる事が無くて困る。
向こうに居た頃は特に友達と言うような存在も居なかった為、よく近くの図書館や本屋さんを巡っては一日中本を読んでいた。
でもここは王宮であって、聞いたことはないが多分カーラ達が出入りするあの扉は出てはいけないのだと思う。
とは言うが、する事が無いというのは実に暇だ。
ふと、ある事を思い付き、ベランダを出る。前にも見た事あるが手すりの下を覗くとそれなりの高さがある。
大体20階建てのマンション程だろか。
流石にこの身体能力を持っていたとしてもここから飛び降りるのは賢明とは言えないだろう。
どうにか飛び移れそうな物がないかあたりを見てみると斜め横にここからは少し低いが木が立っている。しかも運のいい事に手前側に太めの枝が伸びている。
あの枝から大体1.5メトだろうか。久々ではあるが余裕で飛び移れる距離だ。
あれなら飛び移っても折れたりはしないだろう。
見た感じ周りに人が居る様子はない。
どうしようか・・・
この世界には時計がないから時間の感覚がまだ分からないけど、さっき昼食を取ったばかりだから次のティータイムまで数時間はあるからカーラもそれまでは来ないはず
後来るとしたらウィル達だが彼らもティータイムの終わった後ぐらいに来るのがほとんどな為この時間は誰も来ない はず・・・
意を決してベランダの手すりに足をかける。
・・・これは置いて行こう
紺色のドレスを気に入った私をカーラが気遣って似た色のドレスを沢山用意してくれてそれと一緒に靴もいくつか用意してくれた。
ブランド物とかあまり分からないけど良い物なんだと思う。ドレスは気を付けるとしても靴は地面を歩くとなると確実に汚れてしまうだろう。
そもそもヒールの高いこの靴は普通に歩くだけでも疲れてしまう。
既に今まで何度も足をひねった。
靴を脱いで裸足になりベランダの隅に揃えて置く。
再び良いポジションに移動し足を掛け、手すりの上に立ちしゃがんだ状態になりタイミングを見計らう。
あまり良い事をしている訳では無い今の状況に久々に心臓がドキドキする。
ふう・・・と息を吐き勢いよく飛んだ。
ガサッ
葉がこすれて音を立てる。
やっぱり久々という事もあって勢い余って枝の根元に勢いよくぶつかった。
地味に痛い・・・
暫くしてから枝を伝ってそっと降りた。
あたりを見た感じ人が居る感じはしない。
部屋に居ない事がバレる前に戻らないといけないから散歩がてらこの辺りを歩いてそしたら戻ろう。
出来るだけ汚れないようにドレスのスカートを片手でまとめ真っ直ぐ歩いてみる。
まるで林の様な森を当てもなく歩く。
ウィルから聞いたがどうやら彼と会った場所もこの森の中だったらしい。
どうしてここだったのかは謎だがおかげでこうして生きていられてるので良かったのかもしれない。
葉の擦れる音と鳥の綺麗な鳴き声を聞きながらゆっくり歩く。
ふと、微かに甘い香りが鼻腔を擽った。
辺りを見回してると少し先に赤い物が見えた。どうやらそこから匂いが来ているようで特に何も考えずそこに足を進めた。
どうやらあの赤い物の正体は真っ赤に咲き誇る薔薇だった。
この世界にも薔薇があるんだと思いながら少し辺りを歩く。
「誰だ!」
突然の大きな声にビクッと肩が震えた。声のした方を見るといつの間にか王宮に似たような作りの建物の近くに来ていてその側に女の人が立っていた。
綺麗な金色の髪を綺麗に編まれ、大きな胸を強調させ薔薇と同じ真っ赤なドレスを着ていた。
スタイル抜群でとても綺麗な顔をした女性がじっとこちらを見ているが、彼女の表情は険しい。
久々に向けられる敵意のあるその表情に一瞬言葉を失う。
「何を黙っているの!答えなさい!って・・・あなた、まさか王妃の間に居る娘?」
王妃の間?
何の事か分からず答えように困っているとまた話し始めた。
「何も言わないという事は当たりの様ね。・・・王妃の間に居ると言うからどんな方が居るのかと思ったらただの小娘じゃない。なんでこんな女がそこに居るのよ。」
1人で納得しては見下すように話し続ける彼女に、否定する気も失せただそこ立っていた。
「あなた、ここがどこか分かって?どうせ分かっていてわざわざ私をあざ笑いに来たのでしょう。たかが田舎娘の癖にしていい度胸しているわね。」
「あんたなんかが王様に会われる事させ恐れ多いというに!調子に乗るんじゃないわよ!」
「これを気にもう王様に近づかない事ね。今すぐここから立ち去りなさい!じゃないと兵を呼んで力ずくで追い出すわよ!」
何だか分からないがかなり不味い。
凄い剣幕で怒鳴り続ける彼女が今にでも兵士を呼ぶ勢いだった。
・・・とりあえずここを離れないと
今か今かと詰め寄る彼女に押され数歩後退り、向きを変え振り返る事なくその場を走り出した。