Ⅶ お話し
「謁見者はこれ最後か?」
王の座に座る俺の隣に立つイシスに聞く。
「はい、以上になります。」
リスト上に描かれた紙に目を通し答える。
「部屋に戻る。この後の予定は。」
椅子から立ちいつもの王の間に戻る為、歩みを進めると後ろからイシスも続く。
「貿易に関する報告書がございますのでそちらのお目通しと申の刻からは政務会議がございます。」
「分かった。」
しっかりとした口調で答えるイシスに頷き、返事をするとしばらくして部屋に着き俺が座ったのを確認すると口を開いた。
「・・・陛下、直接お会いされてはいかがですか?」
「何の話だ?」
躊躇いがちにいイシスに先を促す。
「・・・兄さん、夜中に彼女の様子を見に行ってるだろ。」
こいつが兄さんと呼ぶのは珍しい。余程いぶかしげに思っていたらしい。
「はあ、確かに彼女の事もあって忙しくしているのは分かるが、言ってくれれば時間なんて作れる。」
そう言うイシスを見上げれば、得意げな顔して続ける。
「俺を誰だと思ってるんだ。」
はあ、・・・全く
「お前には負けるよ。」
そう言って笑いかければ、イシスも歯を出して嬉しそうにし、しばらく穏やかな空気が流れた。
「そういえばさっき彼女についてる侍女のカーラと会って様子を聞いたら今、必死に読み書きお覚え様としているそうだ。」
「読み書きをか?」
「ああ、カーラが直接教えてるそうだ。勉強熱心で物覚えも良く教えやすいそうだ。」
正直驚いた。だがあの部屋を彼女が霜だらけにした時も必死に謝ろうとしていたのを思い出し彼女も彼女なりに色々考え行動しようとしているのだろう。
カチャと音を立てて扉が開いた。
ゆっくりと部屋に入り中に居る者の姿を探す。
・・・居た
大きく開かれたベランダの扉から涼しげな風が中に入り左右のカーテンが無造作に靡かれる。
その奥の中心に彼女は居た。この世界の服を着こみ、ベランダの手すりに座って外を眺めていた。
スラっとした藍色ドレス。鎖骨の下あたりから首元、腕にかけて同色のレースになっているそのドレスはあまり年ごろの娘が着るようなデザインではないが、彼女にはとても似合っていて上品さと可憐さが滲み出ていた。
ベランダに出る扉の近くまで来るとはっとし俺が居たことに気づいたようだ。
急いで手すりから降りそうとしていたのを止め、そのまま座っているよう伝える。
イシスから読み書きを習っていると聞いてはいるがどこまで理解しているのか分からない為なんと声をかける角惑っていると、彼女の方も何か言おうとしているのか視線が落ち着かない。
「・・・へ、いか」
?!
一瞬言葉を失った。まだ鉛のようなものがあるが確かに彼女はこの世界の言葉を話した。
「・・・へ、いか。・・・あ、あり、が、とう。」
そう言って頭を下げる。
反応を示さない俺に眉を傾げ、ずっと膝に置いてあったノートを広げ何かを確認したりしている。
「・・・あり、がとう。・・・へ、いか。」
「・・・ああ。」
おそらくこれまでの事に対してだろう。再び繰り返した彼女に、短く返事をすると伝わった事が嬉しかったのか表情が柔らかくなった様な気がする。
「ウィルだ。」
彼女か首を少しかしげた。
「名前だ、名前。・・・ウィル、だ。ウィル。」
彼女に分かって貰える様に繰り返し、ゆっくり言う。
「な、まえ・・・なまえ、い・・・る?」
何度か繰り返した後、理解したのか言うが上手く発音できないのか言えていない。
「ウィル、だ。」
「い、る。・・・う、い・・・る?」
どうにか言おうと何度も繰り返している。
だがどうしてもウィが言えないらしい。
「お前は?お前の、名前だ。」
「なまえ・・・。」
改めて彼女に名前を聞くと理解したのか言おうと口の開いたが、躊躇ったかのように閉じてしまった。
どうしたのか視線を下げ何かを考えている彼女の返答を待つ。
「・・・・・・・わからな、い。」
「・・・思い出せないのか?」
分からないと答えた彼女に聞き返すが困ったように眉根を寄せるだけだった。
まさか何らかの影響による記憶障害なのだろうか。
もしかしたらまだ何か記憶を失っている可能性がある。だがまだ会話のやり取りが難しい今はもう少し様子を見てみる必要かある。
後々思い出す可能性があるとしても名無しのままではどうも不便でならない。
名前、か・・・。
「・・・・ララ。」
呟きの様に出た単語に彼女が反応し俺を見上げた。
「・・・いや、気にしないでくれ。」
彼女を見れいたふと、その名が出たが、考え直し首を振ってっ取り消した。
「・・・ら、ら。・・・ララ。・・・・わた、し、ララ。」
・・・え?
固まる俺を見上げて言う彼女。
「・・・その名前が、いいのか?」
「なまえ・・・いい・・・。いい。」
俺の言葉を繰り返し、言葉を理解すると頷き答えた。
まさかいいと言われるとは思わなかった・・・
だが彼女がいいと言うのであればそうしよう。
「分かった。ララ。」
「はい。」
少し首をかしげながらも凛とした声で返事をした。
コンコン
ノックの音と共にイシスが入って来た。
「陛下、そろそろ申の刻でございます。」
「分かった。」
部屋に戻る為、彼女改めララに手を差し出すと、俺の顔とを交互に何度か見ると戸惑いがちに自分の手を重ねそっと手すりから降ろしてやりイシスの待つ部屋の中へと進んだ。
「ララ。弟のイシスだ。」
「おとう、と・・・いし、す。」
今のやり取りにイシスが驚いた様子を見せる。
「ララ・・・というお名前なのですか?」
「いや、どうも思い出せないらしい。だから代わりの名を与えてやった。」
「へ、陛下が代わりの?!」
イシスの変な驚き様にムッとする。
「おかしいか?」
い、いえ・・・と紛らわせるかの様に咳ばらいをし改めてララの方に向き直った。
「初めまして。イシス、と申します。」
胸に手を当てて少し頭を下げながら笑顔で自己紹介をする。
「イシ、ス・・・。おと、うと・・・?」
「ああ、はい。陛下の弟でございます。」
何度か俺とイシスの顔を見やり呟くように聞いたララに再度笑顔で答えた。
「・・・あ。・・・わ、たし、ララ。」
思いだしたかのように自分の新しい名を伝えた。
「はい、ララ様ですね。お見知りおきを。」
言葉が分からなかったのか、首を少しかしげながらも頭を下げた。
「ララ。俺はこれで失礼する。」
答えた俺に口を開いたが言葉が見つからなかったのか頭を下げただけだった。
そんな彼女に背を向けイシスと扉まで行き、振り返り彼女を見ればその場で立っていた。
また来る・・・その言葉が出かけたが押し留め、部屋を出て行った。