終わり:そして、主人公は一人の青年として世界に紛れ込む
魔王との交渉を終えた後で、おそらくは魔王の居城だろうと思われる建物を抜けて。いつかのように誰にも見つかることなく城壁の外に出た。
そうやって脱出に成功して街中へと至り、まず最初に目に留まったことは、人混みを構成する容姿の違い――というか、その違いの割合の方だった。
ヒトザルとでも呼ぶべき基本形に角だの尻尾だのといった異形を備えた者の姿は、これまで通ってきた場所でも見られたものだけれども。
そんな異形を宿す者の姿がそこよりも多いのだろうと、抱いた印象に対してそんな風に言葉を作ると同時にこうも思う。
……ホントに、遠いところまで来たもんだよなぁ。
集団において、種類というか数が多いものほど力も強いということは基本中の基本である。したがって、魔族やら魔王やらという単語は人類の敵を指す言葉なのだから、人類でないもの――すなわち人型から外れたものの比率が多くなるのは至極当然のことだった。
加えて、ここは魔王様のお膝元とも言うべき社会を二分するだろう勢力の本拠地なのだから、異形の割合が多くなるのは考えるまでもなく当たり前の事実だ。
まぁそのことを理解したからこそ、強く思ったわけだ。遠くまで来たものだ、と。
だからこそ、こう思ったのだ。
――これでようやくひと段落か、と。
そして、そんな感想と一緒に思い起こされるものは、つい先ほどまで続いていた過酷しか表現しようのない苦労の連続についてだ。
悪党の頭領とコトを構えて勝ちを収めたことを皮切りに。貴族様に喧嘩を売っては叩きのめして利権を奪い。果ては国や魔王様とまで戦争をして打ち破ってやったわけだけれども。
……笑っていたよな、彼女は。
魔王と話をした部屋を去る直前に聞こえたあの声音は、確かに笑っていたから。
ああ、もう十分に義理は果たしたのだろうと、そう判断できた。
もうこんな――無謀としか思えない危ない橋を渡ってやる必要も無くなったのだと、ほんの少しだけ安堵できたわけだった。
……しかしまぁ、我ながら無茶なことをしてきたもんだよなぁ。
よくここまで辿り着いたと、今ばかりは自分のことを褒めてやりたいと切に思う。
とは言え、そうしてやるわけにはいかなかった。そこで終わるわけにはいかないのが現実だった。
一連の出来事が終わったこの瞬間を、最初の清算が終わっただけの話でしかないと思えば、そうもいかないのが実情なのである。
――そう、そうなのだ。これまで行ってきた全ての博打は、借りを返すためだけのものでしかないし。これまで積み重ねてきた実績は、新しい選択をするために必要な禊でしかなかったのだ。
要は、これから先の長い人生でやるべきことは山積していて終わりが見えないという話であり。
安堵できるのは本当に今この一瞬だけだと、そういう話であった。
「…………」
そう思えばこそ、口から漏れたのは安堵の吐息ではなく長いため息であったわけだけれど。
……現実が非情である、なんてのは知っていたことだ。
それこそこの世界へとやって来た直後、一番最初に学んだ事実なのだから、今更と言えば今更だ。
その上、自分にとっては禊であり必要なことであったとは言えども。これまでに行ったことは、コトが済んだからといって無くなるわけではない。
……俺が人を陥れ、騙し、殺してきた事実は消えないんだ。
これまでにやってしまったことのうちのいくつかは、もしかしたら必要なかったことかもしれないが。
やってしまった今となって考えるべきことは、これからどうするかという点だけである。
ゆえに、改めて自問自答し覚悟を決める。
――なんでそこまでして生きていたいのか。
決まっている。
生きてるんだから、死にたくない。それだけだ。
「……よし」
気持ちが定まれば、あとは今まで通りにやるべきことをやるだけだ。やり続けるだけだ。
それじゃあひとまずは、わざと空けなければならなかった隙を埋めることから始めるとしようと、そう考えながら――
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――彼は、人混みの中へと紛れていった。




