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幕間:ある二人の雑談


 ――結局のところは、全部こいつが原因か!

 笑いながら現れた魔女と呼ばれる女を見て。

 魔王と呼ばれる男は、今しがた姿を消した彼の言葉から欠けていたものが何かを理解した。



 ●




 なぜこのような事態になったのか。

 魔女たる彼女の登場によってその原因だけはすぐさま理解できたからこそ、反射的に彼女へと視線を向けていた。

 当然のことながら、その視線には抑えきれなかった恨みや不満が浮かびまくりだったわけだが。

「あらなにその顔。見てる分には滑稽で面白いけど止めなさいな。みっともない。

 ……まぁ何か思うところがあるにせよ。この私がわざわざ何かを教えてあげるなんて珍しいことなんだから、聞きたいことは今のうちに聞いておくのがお得だと思うけれどね」

 彼女はこちらのそんな感情はどこ吹く風と言わんばかりに、浮かべた笑みを崩すことなくそう言ってくるだけだった。

 挑発めいたその内容に、思わず喚き散らしてやろうかと思ったものの。

 ……それを今ここでやったら色々終わる。

 だから抑えろ、と。そう自分に言い聞かせながら歯を食いしばってその衝動を封じ込めて。

 好きに振舞えないもどかしさやら、どうにも勝ち目が見出せない実力差への悔しさやら――そのほかいろんな感情とともに勢いよくため息と一緒に外へと吐き出した後で口を開く。

「そりゃあ有難いことだな。二重の意味で」

「そうでしょう? 自分でも珍しいとは思うけれど、乗ってしまったのだから仕方ないわね」

「何でも答えてくれるのか?」

「ええ。この件について、私が把握している内容でよければね」

 そりゃあ答えを教えてくれると言ってくれているようなもんじゃないかと、そう思ったけれど。そんな考えを察したのか、彼女は呆れたような表情で吐息をひとつ挟んでこう続けた。

「先に断っておくけれど。今回の件は、私と彼が共謀して為したものではないからね。

 だから、私がここであなたに発信できる内容はあくまで私が考えて出した推論でしかないの。

 ……いい? そもそもね、その考えに至るまでにどれだけ情報を得ていたとしても――」

 ああ、いつもの病気が出てきた。

 そう感じて。このまま放置していると関係ない説教だけが続くことが予想できたから、

「わかった、わかってる、わかってます」

 まずはそう言って話を遮り、その後でこう続けた。

「あんたの言うことは絶対じゃないし、答えじゃない。

 ……いつもの話だろう? わかってるって」

 ついでに降参と言わんばかりに両手を肩の辺りまであげてやれば、彼女は多少不満げな表情を浮かべつつも言葉を止めてくれた。

 ……懐疑主義は相変わらずだな、本当に。

 そして、彼女の言葉が止まったことに対してそんなことを思ったりもした。もっとも、彼女のこれを本当にそう呼んでいいものなのかはわからないが。

 まぁいつかみたいに長々と説教されずに済んだだけよしとしようと、そんな風に内心で胸を撫で下ろしてから聞く。

「ではこれ以上ない好機と思って聞きたいことを聞くとしよう。

 まず確認しておきたいことは、今回の件が起こった原因はあんたで間違いないと思っていいのかどうかということだが」

「彼があんな行動に出なければならないと、そう判断した理由の話ね?

 ……そうね、そう捉えてもらっても構わないと思うわよ」

 答え方が軽いなぁ、おい。俺は一応死にかけたんだが。

「……なんでそうなった」

「言ってしまえば、十分な会話が出来ていなかったせいで誤解が生じていた、というありふれた話でしかないのだけれど。

 ……まぁ概ね、彼が言っていた通りの流れよね。私が彼に魔術のいろはを教えて――力を与えたから。その理由を、彼は"私が人生を楽しむため"だと判断したのでしょう」

「その認識は間違ってたのか?」

「なんとも言えないわね。何か起こればいいと思っていた、という意味では間違っていないけれど。彼に力の扱い方を教えたときには、ここまでやれるという期待をしていなかったのも本当よ」

「だから誤解だと、そういう話か」

「いやまぁそうなればいいなと煽ったりもしたけど」

「じゃあ間違いじゃないだろうが。あんたが原因で間違いないだろうが!」

「そう言うけどね。別れ際に、意味深に見える伝言を一回残しただけで、誰がこんな事態を引き起こせると思うのよ。無理でしょうが」

「…………」

 ……いや、途中で止める機会はいくらでもあったと思うのに止めなかった時点で確信犯では。

 そう思ったけれど、今となっては言っても仕方ないことなので口にはせず。代わりに次の疑問を投げる。

「……原因と経緯はわかった。ただ、個人的な疑問がひとつ残っている」

 それはなに? と先を促す彼女の視線に従って、言葉を続ける。

「彼は自分のしてきたことを物語の主人公に例えていたよな。

 彼が最後と言っていた以上、社会を二分するなにかが誰を指しているのかはわかるんだが」

 一息。随分な過大評価だとそう思いながら、にやにや笑う彼女を無視しつつ言う。

「次の大きな相手として、彼は神や世界という単語を口にした。そしてそれらには既に勝っていると、そう取れる内容を語っていた。これはどういう意味なんだ?」

 こちらの問いかけに、彼女はまず間を取るように曖昧な相槌を挟んでから、少し考えるような間を置いた後でこう言った。

 その通りだからよ、と。

「――――」

 まさかこの疑問を肯定する言葉が返ってくるとは思っていなかったから、応じる言葉が出てこなかった。

 しかし、彼女はこちらの沈黙を気にすることなく続けて言った。

「彼は異世界から来た人間である。これは共通の認識だと思うけれど。彼と、一般に勇者と呼ばれる者たちとの間にはある違いがあるわ」

 それは、

「この世界に存在する誰かに呼ばれたかどうか」

 こちらの想像した言葉と同じ内容を口にした彼女は、そのまま独り言を言うように言葉を続けた。

「勇者と呼ばれる連中は招かれてこの世界にやってきている。

 呼ぶ側と呼ばれた側の両者に同意があったかどうかはさておき。少なくとも、こちらの世界の誰かが望んだからやってきたという点に間違いはないでしょう。

「では、彼はどうだったのか。

 ……まぁこんな言い方をすれば想像できるだろうけれど。

 彼は誰かに望まれてこの世界に来たわけじゃあない。

 それは、彼の後に現れた人間が間違いなく勇者と呼ばれるそれだったことからもわかる事実よ。

「じゃあなぜ彼はここに居るのか。そこには当然、納得できるだけの理由がなければならない。

 そこでまず考えなければならないのは、いったい何が望んで彼を呼び寄せたというのか、だけれども。

 ――ああ、既にこの世界の中で生きる誰かが呼んだわけではないとわかっているのだから、その何かとは、枠組みを超えるもの以外に存在しないのは間違いない。

 そして、そんなものはこの世にひとつしか存在しない。

「では、世界がなぜ彼を呼んだのか」

 そこで彼女は言葉を止めた。視線がこちらに移り、問いかけてくる。何だと思うと聞いてくる。

 わからないから答えられない。

 だからこそ生じた沈黙を、


「それがわかれば苦労しないのよねー、誰も」


 彼女はそんな言葉で破ってみせた。

 それまで漂っていた緊張感すら破砕するその言葉に動揺と困惑を隠せないでいると、彼女はこちらの反応を笑いながら言った。

「私も考えが何もないわけじゃないのよ。彼もたぶんそう。ただ、それが荒唐無稽な妄想というだけの話でね」

「……せっかくの機会なんだ。聞かせてくれよ、その妄想とやらを」

 なんとか立ち直ってそう続きを促せば、彼女はあっさりと答えてくれた。

「世界が望んだから彼は来た。そこに間違いがないとすれば、残るのは世界が彼を呼んだ理由だけよね。

「さて、ここからが想像の話。

 そもそも他所から誰かを招くのはなぜなのか。それは、今そこに居る人間では目的を達成できないからでしょう? 目的を達成するための手段を思いつかないか、実現できないからでしょう?

 ――ところでさ、この世にない新しい考えって急に浮かんでくるけれど。それは何でだと思う?」

「――は?」

「偶然にも条件が揃ったから思い浮かぶのよね。じゃあその条件ってどうやったら揃うと思う?

 たまたま揃うのを待つのかしら。それとも、無理やりにでも必要なものを揃えてしまうのかしら。

「……ねえ、もしも後者の方法を選んだとしたら。今揃っていないものはどこから持ってきたらいいのでしょうね?

 一番簡単な解決方法は"あるところから持ってくる"じゃない?」

「…………」

 彼女の言葉に誘導されて思考が飛躍する。ありえないところに飛んでいく。

「異世界の人間であるとわかる反応。その反応が世界中のどこかに小さいながらも存在して観測される理由。

 それらを踏まえて、彼が彼としてそこに存在することを考えれば――無理やり繋げて強引に理由をこじつければ、そうなる」

 そうやって誰かに誘導されなければ出来なかった想像に、

「彼が既に終わっているという表現をしたのは、その辺が理由でしょうね」

 彼と彼女は一人で届いたというのだということを、その言葉が示していた。

「……聞かなきゃよかった」

「私は話せてすっきりしたけれど。ほかに何か聞きたいことはあって?」

「今の答えで腹一杯だよ」

「それは重畳」

 彼女はそう言うと、けたけたと笑ってからこちらの視界から外れて、

「彼の言葉はひとまず信用していいとは思うけれど」

 せいぜい悩んで判断なさいな、と。最後にそんな言葉を残してこの場から消え失せた。

 そうして部屋の中から自分以外の誰も居なくなり、静かになったその瞬間に。

「…………」

 思わず体の力が抜けていた。続く動きで長い長いため息を吐いて、天井を仰ぐように顔をあげる。まぶたを閉じる。

 ――ただ、その脱力も一瞬だけのことだった。

 部屋の中が静かになったことに気づいた外の見張り番が動き出す気配がして、すぐに騒がしくなったからだった。

 ……まったく。要らぬ苦労とは、心に刺さる言葉を残してくれたものだ。

 とは言え、それが自分の選んだ道だ。

 途中で投げ出すことを自分自身が許せないのだから、続けるしかない。

 だから。

「――ああ、せいぜい悩んで決めるとするさ」

 自分に言い聞かせるようにそう呟いてから、ますますうるさくなってきた部屋の外へと出ていくことにした。




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