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幕間:ある近衛の焦燥


 ――それは本当に、何の前触れもなく起こった出来事だった。

 認識できたことは、覚えていたことは、凄まじい音と衝撃が発生していたということだけだった。

 気が付けば目の前には惨状が広がっていて。

 それは、取り返しのつかない事態になってしまっていることだけを示していた。



 私がこの出来事を認識できる立場にいたのは、全くの偶然だと言っていいだろう。

 魔王様が捨て置けない誰かに対応するための場を用意した。

 普通に考えれば、私たちの主導者であるあの方が直々に事態に対応するような真似は避けるべきだし、本人にも自重していただきたいところなのだけれども。よくも悪くも力が全てであるこの社会において一番上の立場にある彼がそれを望んでしまえば、その行いを咎める者が居たとしても、実際に止めることが叶う者はいない。

 だから、その対応によって無防備になってしまうあの方を守るために警備の者が傍に控えることになり、それらは部屋の中と外でそれぞれ分けて置かれることになった。

 そして、私はその警備の任を言い渡されて部屋の外で待機することになったわけだが、

「…………」

 ある瞬間を境に全てが終わってしまったのだろうと、そう思うことしかできなかった。

 なぜなら、私の認識上はほんの一瞬前に起こった出来事だったものの、それが起こってからだいぶ時間が経っていたようだからである。

 どうしてそんなことがわかるのかと言えば――簡単な話だ。大きな力を受けて歪んで壊れた扉だったもの、砕けた壁の残骸、その下敷きになった同僚の体と広がる赤い染み――それらの被害がよく見えたからに他ならない。

 具体的に何が起こってこうなってしまったのかはわからなかったが、それでもわかっていることはあった。

 それは、自分が運よく生き延びてしまったということと、

 ……あの方の身が危ういと、そういうことだよな。

 そこまで考えてから吐息をひとつ吐いた後で、体中に走る痛みをなんとか堪えて立ち上がる。触れられる場所に手をつけて体重を預ければなんとか歩くことができたから、そうした。

 痛みに耐えながら歩行を続けるのは難儀なことだ。大した距離ではないはずなのに、目的地に届くまでの時間は永く感じられた。

 そうやって歩き続けてどれくらい経っただろうか。やがて、目的地である部屋の中、その様子が視界に入るようになった。

 部屋の中も、外と同様に酷い有様になっていた。

 ただ、ひとつ違うことがあるとすれば。

「――へえ、生き残ってるのが居たのね」

 そこには、こちらに声をかける存在がいたことくらいだろう。

 もっとも、それが良いことだったかと言えば断じて否だった。

「……なんであんたがここに居るんだ、魔女さんよ」

 なんとか搾り出したこちらの言葉に、魔女と呼ばれる女は小さく笑ってこう言った。

「失敗した馬鹿を助けに来たのよ」

「……あんたがやったと言われた方がまだ納得できるんだがな」

「納得してもらう必要はないからどうでもいいわね」

 魔女はそう言ってこちらから視線を外すと、指を鳴らしてみせた。

 直後。視界が白く染まった。

「……っ!?」

 視線を下に向ければ、足元に光線が陣を描いているのが見えて。

「邪魔をされては面倒だし、生きているというのなら治療してくれそうなところに送ってあげるわ。

 ――だから伝えろ。邪魔をする者は殺すとな」

 それが転送の魔法陣であることに気付いたと同時に聞こえた冷たい声音に、抗議の声をあげることもできずにその場を立ち去ることになったのだった。



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