幕間:ある小国の王の感想
勇者である彼が去った後、会議場は一気にうるさくなってしまった。
主な話題は、当然、彼の態度についてだ。一部、私一人で彼と会話をして殆どの部分を決めてしまったことに対する不満も出ているが、それはついでのようなものだろう。彼は私以外と話をするつもりがなかったことを、認めたくは無いと思いつつも、理解はしているようではあったからだ。
まぁ、だからこそ彼の態度に対する不満が収まらずに今も騒ぎ続けている状態になっているのだから、一長一短というかなんというか。
騒ぐ者達の気持ちも、理解できなくはない。
彼は終始こちらを蔑むような態度を隠さなかった。これは今まで招いた勇者とは全く異なる特徴であり、招いた側としては歓迎できるものではないのだろう。
それはおそらく、他の者が彼を――というより勇者というものを下に見ている部分があるからだ。
そう思うのも当然かもしれない。なぜなら、呼び出した後の彼らは私たちに頼らなければ生活が出来ないのだ。生殺与奪の権利を持っているという事実は、当然、驕りの感情を生む。本来なら私たちの行いは責められるべきものであるはずなのに、生かしてやっているという思い込みがその事実から目を背けさせている。
今回呼び出した彼は、それを正しく理解していたようだ。
だから、彼はあえてそういう態度でいたのではないかと、そう思う。
そこを正しく認識している人間と話をするために、あえて、だ。当然、言いたいことを言っているだけの部分もあっただろう。というか、殆どそうだったに違いない。あの勢いは、感情に任せなければ出てくることはないだろうし。
しかし、彼は感情をあえて抑えなかったのではないかと、そう思ったのも確かだ。大抵の人間は、たとえ一度死に掛けたような経験をしたからと言って――いや、むしろ一度そんな経験をしてしまえば、そうなるだろう状況には強い忌避感が出るものだ。そして、そうならないような行動をしてしまう。
当然それを乗り越えられる人間も居るが、その殆どは長い時間をかけてその恐怖を克服した者たちだ。彼の体感時間で言えば、死を間近に感じてから一日も経っていないはずである。その上、彼が言葉通りに庶民だったとしたならば、死は無縁のものだったはずだ。それがああも容易く一歩踏み込んでこれるのだから、感心するほかない。
それに、おそらくだが――こちらが彼を処分できない理由にも多少当たりはつけているのだろう。彼が起きた直後の出来事について報告は受けている。彼はわずかに得た情報で思索を続けていたという話だった。
こちらの感情を、見抜くことが容易な類のものであったとはいえ、混乱しているだろう状況で正しく看破することができたのだ。その程度の頭はあるだろう。その前提もあってのあの態度であるならば、むしろ評価しなければ見る眼がないと言われかねない。
ただ、実際のところでいえば、彼個人にそこまで価値が無いことは確かなことだ。
期待していた能力は、まぁある意味では歴代の勇者たちに比べれば脅威として扱える代物だと思われる。残念ながら詳細はわからないが、むしろ、詳細がわからない方が使い方に幅が出そうな気さえする。
とは言え、人という生き物は目に見えてわかるものにこそ価値を見出すものだ。
歴代の勇者が持っていた能力は戦闘などに有用なものが殆どだったこともあり、勇者に対しては直接的な戦闘能力に対する期待する者が多いのだ。
その能力が無い以上、必然的に彼に対する見方は厳しくなってくる。
今回は私の言葉で彼の処遇を決めることができたが、これからの彼の態度や積み上げる成果の内容によってはそれも難しい。もっとも、彼はそんな心変わりも敏感に察知してあっさりとこちらを見限りそうな気もする。そうなれば色々と面倒事が増えるのだが――あまり先のことを考えすぎてもよくないなと、溜息を吐いて思考を中断する。
とりあえず、未だに騒ぐ者に対しては、ひとまずは彼がこちらの用意した訓練を経てどうなるのかを確認してから決めればいいだろうと黙らせた後で、今日のところは部屋に戻って眠ることにした。