↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/68

幕間:ある小間使いの戦慄

読む方によっては、不快と感じる可能性のある描写等が含まれている可能性があります。

閲覧の際には、その点を留意した上でご一読いただければと思います。


「――くれぐれも余計な詮索はしないようにね」

 目の前の惨状と、それを作った女が去り際にそう言い残した声の冷たさを前にして。

 男は体に纏わりついた何かを振り払うように身震いをした後で、

 ……とんだ厄介事が舞い込んできたもんだ。

 大きな溜め息を吐いてからそこに足を踏み入れた。




 ――世の中というものは、力を持った人間の我が儘によって回っているものである。

 こんな風に強く言い切る形で言ってしまうと反感を得るだろうことがわかっているので、人前では決して口に出すことはない考えだが。そういうものだろうと、個人的に強く思っていることではあった。それはもう、確信を持っていると言っても過言ではないほどに、である。

 なぜそう思うのか。

 その答えは簡単だ。

 今やっている仕事がまさに、権力者の元で我が儘の後処理をするといった内容だからに他ならない。

 望んでこの仕事に就いたのかと問われれば、その答えは当然否であるし。最初こそ、どうして自分がこんな仕事を、なんて考えたりもしていたものだが、今となってはそれも過去の話だ。

 運に恵まれて。それなりに整った環境でほどほどの能力を持って生まれて。そこそこ真っ当に生きていけば、その内に誰かが行き着くどん詰まり。そのひとつがここだったというだけの話でしかないのだから。

 ……まぁ理想を語るならば、こんな仕事など無い方がいいに決まっているのだが。

 現実問題としてはそうもいかないのだから仕方が無い。

 物事が常に誰かの欲求がきっかけとなって動いているものである以上、誰かがその欲求を――目的を果たして成果を得るということは、成果を得られなかった誰かが何かを失っているということでもある。

 加えて言うならば、殆どの人間は何かを失うときに無抵抗でいられるほど無気力ではない。

 だから、何かが決する場において立場の異なるもの同士が衝突するのは必至であり、そこにおいて幾ばくかの犠牲が生じるのもまた当然の帰結である。

 その後処理をする人間がいなければ、散らかった現場を見た善良で真っ当な人間が騒ぎ出して大騒ぎになるわけで。それは目的を達成した側も、していない側も困るというわけだ。

 要は需要があるからこそ仕事が生じるという、それだけの話でしかないのだが――ここで重要なことはそこではない。

 ここにおいて重要なこととは、結局のところ、何かを決める場面においては暴力こそが全てである、という点にある。

 つまり何が言いたいかと言えば、権力というものも扱える暴力の量ないし質を示すものでしかなく。そうであるがゆえに、たとえ相手が個人であったとしても、その場で拮抗ないし凌駕できる暴力を用意できないのであれば王だろうが貴族だろうが従わざるを得ないということである。

 ……本来これは、滅多にない稀な状況ではあるんだがな。

 今回自分に回されたのは、その稀な場合の案件だった。

 聞いた話でしかないが、この案件の依頼者は相当な無茶を通していた。

 なにせ、本来であれば何ヶ月も前から約束を取り付けなければ実現できないだろう領主との面会をその日の早い内に実施させたかと思えば。荒事を起こすから見逃せと言い渡した上で、その後処理を秘密裏かつ迅速にやれとまで言い放ったらしいのだから驚くしかない。

 普通であれば屋敷の門前でそんな要求をした時点で終わっているだろう案件だが、実際に自分のところに仕事が回ってきているのだから世の中というのは驚くべきことが多いと、心底そう思う。

 ――もっとも、事ここに至って目の前に広がる光景を見れば、領主の判断が妥当であったと納得もできるのだが。

「仕事は迅速にすることね。見つかったら面倒よ?」

 依頼者だろう女がこちらの背後からそんな言葉を投げつけてきて、おまえがやったんだろうがと思わず文句を言いたくなる衝動に駆られたけれど、その衝動をなんとか抑えつけてから現場へと一歩足を進める。

 ……ここまで酷い有り様は久しぶりだな。

 そこには、おそらく二桁単位の人型だったものの残骸が転がっていた。

 荒事の結果に死骸は付き物だから、そこに戸惑う要素はない。数こそ多いが、こんなものはこれまでに数え切れないくらい見てきたものだ。今更近づくことに躊躇いを覚えるはずもない。

 だから、二の足を踏んでいた理由は別にある。

 ……汚れていなさすぎる。

 先ほどすれ違った女の姿に返り血も手傷を受けた様子も見受けられなかったのもそうだが。なによりも、これだけ死骸があれば撒き散っているはずの血の類が存在しないのだ。

 これを不思議に思わない者などいるはずもないし、どうしたらそうなるのかを反射的に考えてしまったのも無理からぬことだろう。

 しかし、普段の癖で現場を眺めて考察をし始めようとしたところで、

「――っ」

 妙な悪寒が背筋を走って考察を中断することにした。

 ……ああ、詮索するなと言われていたな。

 そして先ほど告げられた言葉を思い返してから、その悪寒の正体を即座に連想して溜め息を吐いた。

 ……すぐに刈られなかっただけ優しいと、そう思うことにしておこうか。

 そう内心で結論付けてから、極力思考をしないように努めつつ仕事を始めることにする。

「…………」

 ただ、考えなくてもわかることというのはある。

 それは簡単な現実だった。

 


 ――この案件でコトの主導権を握れる連中は、まず間違いなく、どいつもこいつも次元が違う化物だ。



「……ホント、とびきりの厄介事を回されちまったな」

 できれば二度と関わりあいになりたくないもんだね、と気持ちの区切りをつけるためにあえてその言葉を口にした後で、本格的な後始末の処理を進めることにした。 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。