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主人公、同行者とこれからについて話をする 1


 ――これからいったいどうなるのかしらね。

 次の街に向かう定期便に揺られながら、女はぼんやりとそんなことを考える。






 逃げ出した元勇者であるところの彼を見つけ出したはいいものの。その後にやらかした己の迂闊な行動のせいで拐われて。

 本来なら助ける義理もないはずの彼の厚意によって助け出されるという、非常に内容の濃い――改めて振り返ってみれば、自分の間抜けさ加減に思わず目を覆いたくなるような一日が終わり。

 明けた翌日。

 そろそろ陽も中天に届こうとする頃になってから、私は昨日彼と一緒に入った酒場へと向かうことにした。

 目的は当然、彼と話をするためである訳だけれど。

 正直なところを言えば、彼はこのまま私の前に姿を現すことはないのではないかと、そんなことを考えたりもしていた。

 ……所詮、口約束だものねぇ。

 それに加えて、彼の側に約束を守ることで得られるものがないという点を考慮すれば、なおさらそんな不安は強くなる一方だった。

 とは言え、他に何かアテがあるのかと言われればそんなものがあるはずもなく。だったらまぁ、駄目で元々と割り切って、まずは酒場に向かってみるのが一番だろうとそう判断したわけである。

 ……まぁ一応、まだこの街にいるようだけどね。

 彼を見つけるために持たされた道具が見せる反応から、それだけは確実なことだとわかるのが唯一の救いだろうか。

 ともあれ、もしも今日彼があの酒場に姿を見せなければ、また街中を走り回る羽目になるわけだ。悪い未来を想像するのは簡単で、考えたくないと思っていたって勝手に頭に浮かんでくるし、それを考えれば考えるほどに、頭と胃が痛くなって仕方がない。

 だって、また彼を見つけ出せるかどうかも――そもそもそんな時間を彼がこちらに与えてくれるかどうかも、わかりはしないんだから。

 不安になるなという方が、無理な話だった。

「…………」

 しかし一方で。

 どれだけ頭を悩まし、思索に耽って色々なことを考えてみたところで、現実というのは良くも悪くもどうにもならないものでもある。

 そんなことは、多少長く生きていれば誰でも知っている事実だろう。

 ……ホント、ままならないものだわ。

 そんな言葉を思ってから、あまり考え過ぎても仕方がないなと、溜め息を吐いてぐるぐると無駄に回る思考を中断した後で、件の酒場に足を踏み入れた。







 食事処における昼時とは、その一日において最も多くの人が訪れるだろう時間帯のひとつである。

 これはその店を利用する客層の主流がどこであるかなんて関係なく共通している事実だろうと、理解はしていたつもりだし。だからこそ、この酒場も混んでいるだろうことは多少予想していたわけだが。

 ……思った以上に人が多いなぁ。

 酒場の中に足を踏み入れてすぐに目の前に広がったこの混み具合には、流石にちょっと驚いて、つい足を止めてしまっていた。

 昨日の夜、彼の支払った金額から想像できる商品の値段を考えると、この店を利用する人はそう多くないんじゃないか、なんて、そんな先入観があったことは否定しないけれど。

 ……意外と金を持ってる人間って多いのね。

 そんな感想が頭を過ぎった上に、なんとも言えない――正確には言葉にしたくないと言うべきか――気分になってしまうあたり、我ながらどうしようもないなと、つい溜め息が口から漏れてしまった。

 そのまま思わず身動きを止めて、世の中に蔓延る不平等について思索に耽りたくなってしまったが。

「……はぁ」

 そんな個人的な感傷もとい現実逃避をしている時間はないので。大人しく現実に認識を戻すことにして。

 要は、食事を確保できる場所が昼食時に混むのは当たり前だろうと、そういう話ではあるのだけど。

 目の前に広がる混雑は、ここに来た理由を考えると面倒な障害でしかなかったりするのだ、これが。

 なにせ、私がここに来た目的は昼食を確保することではなく、ここにやって来るかもしれない彼と落ち合うためだからである。

 だと言うのに、これだけ店内に人が多いとなると、この人混みの中から目的の人物である彼を見つけ出すのにそれなりの注意力を費やさなければいけなくてしんどそうだ、なんて考えも頭に浮かんでくるし。

 なによりも一番大きな問題は、

「……ゆっくり座って話ができる場所を、確保できるかどうかよねぇ」

 思わず口から漏れた呟きの内容通り――彼よりも先に私がこの場所にやって来てしまっていた場合に、ここに居続けるための場所を確保できるかどうかという点だった。

 しかしまぁ、いくらぼやいてみた所で目の前の障害が消えてなくなるなんてことはありえないのだから、地道に店の中を探して回る他に選択肢はないのだが。

 ……あー、もう。めんどくさい。

 この人混みの中を掻き分けて歩き回る自分の姿を想像して、思わず回れ右してこの酒場から出て行きたい衝動に駆られたものの――なんだかんだで、彼を見つけて話をすることは文字通り私自身の死活問題に直結する大変重要な用事であることを考えれば、その衝動に身を任せるわけにもいかなかった。

 ……ほんっとうに、人生ってままならないものよね!

 まぁそんなわけで。

 長い長い溜め息を吐いて気持ちを切り替えてから、目の前の人垣を掻き分けて進むための第一歩を踏み出したのだった。





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