悪役令嬢は幸せになりました?
真夜中の墓場。一人の男が重い棺の蓋を押し開ける。そこには白磁の肌、金色に輝く縦巻きロールの髪、赤い唇をした美少女が眠っていた。
男は少女の鼻に蓋を開けた小瓶を近付ける。
ゲフォ、ゲホゲホゲホ、ファ。
「あー苦しかった」
つんとした匂いが鼻に残りながらも、深く掘られた穴から這いずり出る。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「いや、大丈夫です。あ、服貰えますか」
黒い死人用のドレスを脱ぎ捨て、一般的な男性の旅装になる。
傍らにいた男はリュックサックを手渡す。
「報酬と旅に必要な物が入っております。お持ちください」
「ありがとうございます。それでは」
「ええ、もう二度と会うことはないでしょう。お気をつけて」
そう言って僕は郊外にある墓場を後にする。王都に背を向け夜の街道を歩き出した。
僕はこの国の公爵家の長女ダイアナだった。
婚約者の王太子殿下とストロベリーブロンドの美少女が寄り添う場面を見て、突如頭の中に膨大な記憶が溢れた。
そうここは「遥かなる愛しの君へ」という乙女ゲームの世界、遠い異世界から来たヒロインが賢者に助けられ、この魔法学園で入学し世界の危機を救うための仲間を集め魔王を倒すゲームだ。
姉が凄いファンだったがゲームの才能はなく、代わりに僕がレベルをあげたので覚えていた。
ゲームの中のダイアナは悪役令嬢の当て馬役。
魔力が少いが全種類の魔法が使え、何かとヒロインと張り合い、身分差をひけらかす。
ヒロインが能力を開花すると苛め倒そうとするが返り討ちにあう。
そう、彼女を庇う仲間、攻略者達にだ。
仲間が王太子殿下なら一族朗党死刑、騎士なら打ち首、商人ならお家没落の末盗賊による刺殺、暗殺者なら拷問、全て死亡のバッドエンド。
死にたくねえ。
ここであの二人に割り込めば間違いなく王太子殿下の好感度は下がる。僕は思い出して青くなりその場を離れた。
僕は一晩悩んだ後、ヒロインに接触して転生者であることを告げ、攻略を手伝うことを条件に取引をした。
まあヒロインも前世の日本と同じ設定の異世界から来たので話は早かった。
シナリオの通り攻略者達に粉をかけ、ヒロインを見せつけるように苛め、攻略者達の庇護欲を煽りに煽った。そのかいあってヒロインは攻略者全員と好感度をあげまくった。
従って僕の死亡エンドは逃れられない。
そこは抜け道、隠れキャラの暗殺者だ。組織に追われた彼を下町でヒロインに助けさせほださせ、組織は公爵家の権力使って黙らせた。
本当ならヒロインが飲む筈の彼が持つ仮死になる薬を、卒業式での婚約破棄宣言中に詫びながら飲んだ。
苛めの罪を悔いて自殺した令嬢という訳だか、世間では婚約者を取られ絶望して亡くなった令嬢と囁かれ、民間の同情が高まり醜聞を嫌った王家によりお家断絶までは免れた。
まあ普通なら婚約者取られて怒らない令嬢はいないよな。ゲームの世界なら許せるが現実となればやってられない。だが優しかった家族を道連れにはできない。良しとしよう。
ちなみに王太子殿下のことはすっごく好きでしたが、僕前世で男だったんだよね。
だから思い出したら、あの俺様殿下のギザたっらしい鼻につく態度に一気に想いが冷めた。
ゲームで薔薇が背後に舞うエフェクトが、実際に魔法であるとは知らなかった。王太子殿下の特異体質だそうだが、ヒロインと会う度に花びらが舞い散る、どこぞのナルシーかって、同じ男として生理的に受け付けなかったんだよ。
と言うわけで未練なんて一切なし。新たな人生を歩んでやる!
墓に埋められたのを暗殺者に助けられてから僕はしばらく歩くと、街道沿いから少し離れた森の中で、悪役令嬢の代名詞、トレードマークの縦ロールをバッサリ切った。
こんな髪の平民いませんから、お手入れ面倒くさかったんだよね。あーすっきり。
さ、隣国の科学大国を目指そう。
別に魔法が使えなくても生きていけるし、前世と同じような暮らしが僕には丁度いい。
次の宿場街にたどり着くと、隣国行きの乗り合い馬車に乗った。
隣の国では前世の記憶は役に立ちました。
アルバイト先で知り合った奴が凄い科学者だったらしく、大体こんな仕組みと説明すると日用品を作ってくれる。いやー便利。
論理から開発するまでが普通難しいものなんだけどな。まあ天才ってやつらしい。
そんな奴は親友です。
ええ、金づるではありません。
ちなみに小説とかにある前世の技術で一発当てて大富豪なんて無理。僕の死亡時は中学生だったから商売の仕組みや経済学は知らない。
だから販売は親友の知り合いの人に任せて企画案代として少しお金を貰って、パン屋でアルバイトしながら生活をしている。
スペックが低い悪役令嬢なんてこんなものだ。
今日もアルバイト先で口説かれます。
ゲームのキャラって平凡と言われても顔の造作が整ってるよね。僕は一般人より少し容姿は良かった。
しかし物言いをつける!男が男に言い寄られて何が嬉しいものか!
「本当女の子みたいだな。どう俺と。優しくするよ」
「あはは、やだなーお兄さんゲイ?冗談上手いんだから」
お釣りを渡す手を握られ、さりげなく外そうとするが相手は離さない。
僕はその気はないんだよ!男の格好してんだろ!小さいからってバカにすんなよ!
僕は隣に置いた痴漢撃退用ハバネロ爆弾(改)をチラリと見る。
よし!その効果を見せてやる。
「あ、すみません。ソイツこれから俺と王城に行かなければならないんで遠慮して貰えますか」
そこへ助けが入る。
「チッ、噂の科学者様かよ。恋愛の邪魔をするもんじゃねーよ」
「貴方のように男に下心はありません。それでは失礼します」
僕の手を掴み引き離した奴は見た目美少女なんだけど何処か凄みがある。抗議しようとした男を一睨みで牽制した。
「助かったよ。しつこくてさ。客じゃなきゃぶん殴ってやんのに」
「だろうと思ったよ。丁度良かった。実は上司から指示があってさ。またお前の案を借りたいんだ。詳しくは向こうでな」
そう言って隣を歩く親友、奴は正確には美少年。
店先で男に拐われそうなところを先程のハバネロ爆弾(改造前)で助けたんだけど、被害は奴も受けた。
ほら粉末にしたせいで周囲を巻き込んだんです。慌てて水を掛けて粉を流したんだけど、濡れたため替えの服としてワンピースを出したら怒り狂って、男と判明した。
何だ男かとがっかりしたのは本人には言わない。
顔の美形のせいで男女どちらからもしょっちゅう襲われていたそうだ。
どことなく人嫌いをかもしだす奴に、俺は男は趣味じゃないから友達にならないかと言いうと、奴は俺を同じ美少女面の男、同志!と思われ仲良くなった。
ちなみに痴漢撃退用ハバネロ爆弾は液体に改造しました。自分も巻き込まれたからね。あれは酷かった。
「こちらは隣国の勇者パーティの騎士様です。
魔王討伐だか問題が発生したらしい。それを打開するための機器を作って欲しいそうだ。
世界的危機に対し我が国も貢献をしなくてはならない。頼んだよ」
国のお偉いさんはそう言って部屋を出ていった。
コイツは攻略対象者の騎士様じゃねぇか!僕は引きつりながら平静を装う。
「お前…、「始めましてケンタ・ヤマザキと申します。どの様な問題が発生しているんですか?」」
言わすものか。
「自殺したはずの公爵令嬢がこんな処で何をしている!」
「初めてお会いします。自殺となれば生きてる訳ががないじゃないですか。どなたかとお間違えではないですか?」
「そうですよ、ソイツは男です。そんなに似てる方なんですか?」
そーだ、もっと言ってやれ。
「いや間違えない!その王族に連なる者の紫の瞳。散々嫌がらせをした公爵令嬢以外にあるものか。このアバズレが捕まえて打ち首にしてやる!」
「止めてください!」
問答無用で剣を抜く。
この熱血能筋!だから嫌いなんだよ。あの学園の奴等は僕の話を聞きゃしない。こうなりゃ、あの時の恨み晴らします!
「うりゃ!」
「うわ!ギャー!痛い!何だこれ!痛い!」
痴漢撃退用ハバネロ爆弾(改)を受けてごろごろ痛みに悶える。ハッハッハッザマーミロ、あばよっ!
隣国の来賓に手を出したのだ極刑は免れない。大人しく騎士に掴まっても結果は同じ。僕は走って逃げた。
追いかけてくる二人。
「おいケンタ、お前まさか!」
「いやアレ、話が通じないようだったから。取り合えず後でな!」
「の、逃がすかぁ!」
何で追ってこれるの?あれ相当痛いのに。騎士様の耐久値(DEX)は高いからか?
奴は騎士の足に『拘束ほいほい』(商品名)を投げつける、小さな玉から触手が発生し足を捕らえて転ばせる。
「はい、そこまで。それ俺の親友です。止めてください!」
「無礼者!私を誰だと心得る!」
「勇者パーティの方ですよね。確かにご立派です。しかし貴方など代わりとなる者は掃いて捨てるほどいる。たが必要な機器を造れる者は私しかいない。そんな口をきいてもいいのですか?」
騎士を見つめた目が細まる。おめー腹黒属性だったのかよ!天才腹黒どこぞのキャラだ。そういやゲームクリアする前に死んだっけ、もしかしてその続きか。
睨み合う二人から少しずつフレームアウトし、廊下を曲がると隠れられる場所へ逃げ込んだ。
王城の通用口の前にある裏庭には先客が一人。ヒロインがいた。
「何であんたが此処に来るの?
シナリオだとセリア様が人を嫌って訪れる筈なのに。
もしかしてセリア様を狙ってんの?
死にたくないって苛めの裏取引を持ちかけたのは嘘だったの!」
「は?シナリオ?あんたもしかして異世界人じゃなくて、転生者?」
「そうよ。それより最後の攻略対象者よ!逆ハーする予定なのに!」
「いやいやいや知らんがな。俺クリアする前に死んだから!」
「そう、だけどゲームはまだ終わってないわ。
なら取引はまだ有効よね。公爵令嬢とバレて死にたくないなら手伝ってくれるわよね」
いやもう騎士にバレてますがな。
「天才科学者のセリア様をここに誘き寄せてちょうだい」
シナリオとずれたことにお怒りのヒロイン様。
思わず首を縦に振ると、僕は奴を呼ぶフリをして王城を抜け出した。
アパートから荷物を持ち出すと一目散に逃げ出した。
とぼとぼと街道を歩く。周囲が暗くなっても足は止めない。一刻も早くこの国を出なければならない。
やっとこさ落ち着いて暮らせると思ったのに、バレてしまった。これからどうすればいいんだろう。
うだうだと悩んでいると、後ろから明かりと機械音がして咄嗟に藪に隠れた。
「ケンタ、俺だ。出ておいで」
セリアだ!今一番会いたくないんですが!
いやそれより何故ここに僕がいると分かった?
「発信器と盗聴機を付けている。隠れても無駄だよ。それともこの『拘束ほいほい』を投げ込まれたい?」
先程効果を見ていたので大人しく出ていく。
「お前何処まで天才なの?ここそこまで文明発達してないよね!というか僕教えてないよね。それ。」
「お前は何時も男に絡まれてるからな。対処するため開発した。これは応用性も高くてな。各国の諜報でも使われ弱味を握り放題だと、上の連中は喜んでいたぞ。」
「そうですか」
がっくりと肩を落とす。
「なあお前、女だったんだな。
俺と同じタイプの男かと思ってたんだが、お前も俺の能力や顔目当てで近付いたのか?」
「それはないよ。
話してないけど僕前世で男だったんだ。
こっちに生まれてからバカを言い合える男の友達に飢えていたから、僕と同じタイプなら襲われず仲良くなれると思ったんだ」
「そうか。俺を狙ってたなら容赦しないつもりだったが、俺もお前といて楽しかった。知らない知識を持っていて話が合う。一緒にいて苦にならない。
人が大嫌いだったけど、お前なら大丈夫かもしれない」
しまった!この台詞、攻略対象者ならフラグだ。
「音声も録っていた。あの女の策略もな。どうする?俺の手をとって平穏に暮らすか、死刑になるか」
「…見て見ぬフリで見逃し「却下」…分かりました」
何となくヤンデレみたいな台詞で不安だが、追っ手に捕まれば死刑しかない。僕はセリアの手を掴む。
「フフっ、嬉しいよ。…さて、厄介事はさっさと片付けてくるか」
奴はそう言って僕を家に連れて帰って押し込めると、スキップしながら出ていった。
何をどうやったか知らんが、さすが天才腹黒攻略キャラ、全てを片付けてくれた。
奴はついでとばかりに無能なこの国の王子達を廃嫡し、継承権を持つ王子様となって僕の隣にいる。
奴はこの国の王様の庶子であった。
そして僕の薬指にはキラリと光る指輪がある。
さすがに隣国の未来の王子妃殿下にヒロイン達も手出しはできない。
穏やかな雰囲気の王城で、奴は僕に変わらず何時ものよう発明品の話をしている。時々獲物を狙うような目をするが、僕は奴の隣に居れる。嫌じゃない。
そう、奴は美少女風、元々好みの容姿なのだ。
そして気の合う奴。
見た目はGL。中身はBL。その実態はNL。
問題はあるがお似合いなのかもしれない。
でもちょっとだけ思う、逆だったら良かったのに。
へたれた僕を見て奴は笑って告げる。
「愛してるよ」
お読み頂きありがとうございました。