第9話 愛の神への祈り
というわけで、土曜日一日かけて来週の冒険の計画を練り、予定を入れていったわけだが、翌日曜日になってみると今日一日することが何もないことに気がついた。
なぜって……今日、ラウル先生・フィーン先生と行くはずだった冒険の予定が直前につぶれたからだ。月曜日から週末までのスケジュールは完璧に整えたのだが、今日日曜日はぽっかり空いている……なんてお間抜けな話!
「リリーさん、予定がないなら一緒に来ませんか?」
軽く頭を抱えていると、いつも可愛いエリアからお誘いをいただいた。
エリアの今日の予定は、神殿での礼拝とカフェでのアルバイトだった(先週私が薦めたもの)。いずれもスタミナの消費が少ない休養半分のスケジュールである。ふーむ……私の場合、バイトで小銭を稼ぐ必要は無いのだが、神殿には一度行ってみるべきだろうか。
そういうわけで、午前中、愛の女神、エルシスの神殿を尋ねる。
エリスランド王国では、主に「剣の神」と「愛の女神」が信仰されており、男性は前者、女性は後者に祈りを捧げるのが一般的な風習であった。エリスが目指す聖騎士は、剣の神に仕える騎士であり、愛の女神に使える聖女というようなハイブリッド的存在である。男性が愛の女神を信仰することはまずないので、現状、聖騎士は女性専用の称号となっている。
「うわあ立派ですね」
エリアが見上げる。
「田舎の神殿は小さな祠だったんですよ」
それは街の中心にある真っ白な石造りの建物だった。愛の女神、エルシスの神殿である。
入り口には、愛の女神をモチーフにしたらしき大きな石像がある。気になるのは、男性向けのフィギュアみたいに、やたらなまめかしいデザインになっていることだ。これは、愛の女神だけあって女性的な部分が強調されているのだろうか。それともデザインした人の趣味なのか……。原型師出てこいよ。
「エルシスの神殿にようこそ」
中に入ると、ゲームの通り、美少女な司祭さん(名前なし)が出迎えてくれる。
西洋の教会そのままの光景だった。一番奥に神像があり、そこに向かって信者用のベンチがずらっと並ぶ。それはゲームで見た神殿の背景そのままでもあった。おそらく、どこか実在の教会をモデルに背景CG描いたんだろうね。
神殿のどこかに、【聖水】なんかを売っている売店があるはずなんだけど見当たらない。後で探しておかないと。
ベンチでは、様々な年齢の女性たちが神に祈りを捧げていた。まだ十代とおぼしき少女もいれば、おばあちゃんもいる。神が実在するファンタジー世界だけあって信心深い人が多いようだ。ゲーム的に言えば、神殿に通い詰めて祈れば、信仰レベルが上がったり、新しいスキルをゲット出来るんだけど……
「さあ、お祈りしましょう」
エリアはちょこんとベンチに座って目を閉じる。きっと彼女は、田舎の村にいたときから愛の女神を信仰し、祈りを捧げてきたのだろう。
それでだな……、ちょっと疑問なんだけど……、お祈りっていったいどうすればいいんだろう? みんな知ってる?
私には祈る習慣なんてないし、この宗派の作法も分からないぞ? ゲームならコマンド選択して決定ボタンを押せば、全部自動で進めてくれるんだけどなあ……。この世界の攻略wikiが必要であった。
とりあえずエリアの横に座り、お祈りスタイルを真似ることにする。彼女がしているように手を組み、目をつぶる。だが、やっぱり、なにをどう祈ればいいのかはわからない。あー、神様聞いてる?
『聞いてるけど』
「えっ?」
私は顔を上げて、周囲を見渡した。いまだれかが声をかけてきたような……
『だれかって、あたしよ、アタシ。アンタらが言うところの、愛の神様』
それは――どうやら私の頭の中に直接聞こえているようだった。
『だからアンタに話しかけてるんだって』
……なんかフランクな神様来ちゃった!
(ちょっと、あなた本当に神様なの!?)
私は心の中で呼びかける。
『本物だけど。まさか疑われるとは思わなかった』
(なんか話し方が適当だし……神様ならもうちょっと威厳持ちなさいよ!)
『いや、アタシはサバサバした姉御肌を目指してるから』
ああ……、女にはサバサバ系姉御肌を目指して大やけどする時期があるよね……。まさか、それは女神も同じとは。
『アンタは成功してるらしいじゃない』
(なにが?)
『学園で姉御肌やってるんでしょ』
(ん? いや、どちらかというと、クールでミステリアスなお姉さん目指してるんだけど……)
思わせぶりなことばかり言ってる変な女とも言う。リリーになりきって行動するとどうしてもそうなってしまうのだ。ちなみに他の候補生より、1歳ばかりお姉さんなのは事実だが。
『アンタのことは聞いてるわよ。みんなアンタの話題で持ちきりだからね』
(マジで?)
『マジマジ、みんなリリーさん半端ねーって言ってる。でもよくよく話を聞いてみると単なる変な人なんじゃないかと思うんだけどね』
あ、バレた。
『ねぇねぇ、ちょっと、アンタってば男子たちと体育館の小部屋にこもって変なことしてるらしいじゃない。中から荒い息が聞こえてくるとか、出てきたときにはくたくたになってるとか……どういうことなのよ!?』
(それジムで筋トレしてるだけだから! いかがわしいこと言わないの!)
『――なんだつまらない』
(というか、あなたそんな話どこで聞いてくるの)
『神やってると色々耳に入ってくるのよ。ほら、みんな、神様相手ならってことで、なんでも話すからさ』
(――お祈りって他人に話せない悩みごととか話すもんじゃないの? わざわざ噂話なんてするの?)
『まあね、たとえば今日あったこととかさ。みんな気軽に色んなこと話すよ』
うーむ、この世界のお祈りっていうのは、そういうものなのか。
『ほら、子供が母親に学校であったどうでもいいことを話したりするじゃない? そういうのよ』
(おまえ、おかんか。おかんなのか)
『そりゃ、この世界の母親役よ。愛の女神だからね、恋愛、母性、結婚、出産なんでも司ってます!』
この世界の神様はこういうものなのか。まあ、女性にとって何でも話せる母親的存在は好まれるものかもしれないが。
『まあ、実際には、恋愛絡みと病気の悩みの相談が多いかな』
(病気の人もいるんだ)
『年寄りに多いけど、若い人もいるね。わかりやすいところでは生理不順とか、不妊とか』
(治してやりなさいよ)
『それはアタシの仕事じゃなくて、娘たち……聖女の仕事』
(役に立たない)
『あによ、アタシのおかげでこの世界って病気少ないんだからね。感謝しなさい』
知らんわ。
『それよりさぁ……、ねぇ、アンタのまわりってどうなってるの?』
(は?)
『アンタのまわりって……運命がぐるぐる巻きになってるのよね。あちこちに飛んでいったり、逆に収束したりさ。こんなの見たことない。いったいどういうことなの?』
(いや私にそんなこと言われても……)
いきなりの指摘に戸惑う私だが、心当たりはあるな。
『なに!? どういうこと!?』
(話が複雑な上に突拍子もなくてね。言っても信じないだろうなあ)
『大丈夫だって。アタシ、人間よりずっと理解力高いし、アンタが言ってることが本当かも聞いてりゃわかる』
(その発言自体が怪しいんだけど……)
だが、相手は本物の神様である。ここは話しておくべき場面かもしれない。
(実は私……ここじゃない別の世界から来たの)
『……は? 意味わかんないんだけど』
いきなり理解力低いな、おい!
(私にとって、ここはゲームの世界なの。ゲームってわかる?)
『私の知ってるゲームとは定義が違うっぽいけど、だいたいね。なんのゲーム?』
(携帯ゲーム機の乙女ゲー)
『携帯ゲーム機ねぇ……、よくわかんないけど、アンタが使ってる言葉って概念自体がこの世界とは違うね。これはどうやら本当に別の世界から来たっぽいな』
(私は地球という惑星の日本という国に住んでいたの。ゲームの好きな普通の女子だったのよ)
『その「ゲーム」が重要っぽいのでもっと詳しく』
(乙女ゲーム、女性向けの恋愛をテーマにしたゲームね。ん……この世界にも小説や物語はあるでしょう?)
『あるね。アタシも神話になってるし』
(私がやってたのは、若くて美形のお兄さんたちがたくさん出てくる話でね……。小説と違うのは、ヒロインがどの男とくっつくのか選べること)
『へー、面白そうだね。作家はいちいち人数分のストーリーを書いてるわけか』
(そうそう、綺麗な挿絵付きでね。声優さんが台詞をしゃべったりする。声優っていうのは、声専門の俳優さんのこと)
『それがゲーム、乙女ゲーム? 面白そう、ちょっと貸して』
(ここにはないよ。私はたまたまそういうタイプのゲームをやってたんだけど、寝て起きたら、なぜかゲームの中にいたの。それがここだよ)
『ふーん、じゃあ物語の世界に入ってしまったとかそういうこと?』
(まあ、そういうことかな)
『そんなことありえるの? 聞いたことないんだけど』
(神様だから話したのに役に立たない!)
『だって、そんなことが実際に起きるなんて……やっぱりありえなくない?』
(それが起きたから困ってるの! 怖いし、帰れないし、わけがわからないんだから!)
『アタシ、職業柄、人の感情がわかるんだけど、アンタそんな困ってないよね?』
(さ、さて、何の話かな……。とにかく私はそのゲームを全部やってたから、キャラクターがなにを考えている知ってるし、二年先までならなにが起きるかわかるわけ)
『ゲームと同じように時間が進んでるの?』
(だいたいね、話が進んでちょっとゲームとずれてきたけど)
『それって啓示じゃないの』
(え? 啓示?)
『つまりね――アンタは、その乙女ゲームっていう形で運命の予言を授けられたってこと。アンタは元々こっちの世界の人間で、地球って世界の話は夢で体験した啓示よ』
(違うって。私は地球の人間なの。地球が主で、こっちは従)
『ん……、啓示と考えると筋が通るんだけどなあ』
(私がこっちの人間なら、私はどこから来たのよ。こっちの世界の両親はだれ!?)
『それは……うわっ、いねぇ。アンタの両親いない。過去がない! 運命が一週間前から突然始まってる。こいつは信じざるを得ないかも。アンタどこかからいきなり湧いてきた人間だわ』
(それでこれってどういうことなの?)
『そんなの分かるわけないでしょ。たぶん運命、時空系だと思うんだけど、専門外なんだよね……、ちょっと調べておくわ。詳しいのもいるから』
(それ、マジ頼むわ。まったく気にしないわけにもいかないからなあ。あ、そうだ、ついでに〈リジェネレーション〉のスキルちょうだい)
『……は?』
私の突然の頼みに女神は聞き返す。
(ゲームの世界でさ……、あんたの神殿に来て祈ると、色んなスキルがもらえるの。〈リジェネレーション〉ちょうだい。自動でHP回復するやつ)
『HPとかいう用語はわからないけど――察するに怪我を治したいわけ?』
(そうそう。ダメージ負ったら、何もしないでも自動的に回復していくやつ、あのスキル)
『ああ、要するに聖女の守護ね。まあいいけどさ……、アンタ、聖女志望ならまた神殿来なさいよ。一回来たあとサボるやつが多いのよね……』
(わかったわかった。サンキュ。それから、この子には〈女神の癒し〉ね)
私は軽く目を開けて、隣のエリアを指さす。
『要求多くない!? 今度はなによ』
(あんたに祈ると、HPが回復するやつ)
『んー、娘たちに授けてる癒やしの奇跡のことか。でもこれって全面的に信頼できる子にしかサービスしてないんだけど……他人のために行動できる思いやり深い子じゃないと』
(思いやり深いから大丈夫。問題なし。というか、この子、あんたの遠い子孫だからね)
『そうなん?』
(自分の血縁くらい知っておきなさいよ!)
『でも、アタシ1万人くらい産んだし……。今じゃ、人口の半分くらいが実質的にあたしの血縁だし』
――すげぇ! 1万人も産むって愛の女神だけはある。この世界の人間の半分が神の血を引いてるのか……
『エリア・シューシルトねぇ……うわっ、なにこの子、可能性の塊じゃない。さすがヒト族だわ。自分の意思次第でなんでも出来るって感じ』
(ゲームの主人公だからね)
『主人公か。だからどんな物語にでも出来るような運命の持ち主なんだ。むしろ、この子にアタシの力、必要なくね?』
(必要なの。この後、エリアがどんな可能性をたどるとしても、とりあえず、あんたの聖女になるのは確定ってことで)
『まあ、いいけどさあ……』
ぐちぐち言いながらも、エルシスは力を授けてくれる。
それが終わると、私は目を開けた。長話で疲れた。大きく伸びをして肩を回す。
「リリーさん、ずいぶん長くお祈りしてましたね」
エリアが声をかけてくる。どうやら彼女は先にお祈りが終わっていて、待たせてしまっていたようだ。
「悪いわね、あいつの話が長かったから」
「あいつって……?」
「神だけど」
「女神様をあいつ扱い!? というか、エルシス様の声が聞こえたんですか!?」
「普通、聞こえるんじゃないの?」
「聞こえませんよ! リリーさん、聖女だったんですね!」
「いいえ、ちょっと話をしてただけよ。聖女はあなたのほう」
スキルはほしいけど、別に私が聖女になりたいわけではなかった。
「わ、私ですか? 子供のころからお祈りしてるけど、エルシス様が応えてくださったことはありませんよ」
「あいつ、エリアのこと見逃してたみたいなのよね。でも、今から聖女。あなたがエルシスに祈れば、たちどころに怪我人の傷が癒えるわ」
「どういうことなんです!?」
「祈りを続けてれば、どんどんその力は向上するから。頑張りなさい」
「本当にどういうことなんです!?」
さて、午前の予定は終わった。午後はどうしようかな。
明日から、ダンジョン攻略を目指す一週間が始まるわけだが、その前にやるべきことがあるのだ。
冒険に必要なモノをすべて揃えなければいけない。