第8話 冒険に行きたかった
乙女ゲームである『乙女の聖騎士』では、条件が揃えば、土日に意中の美形男子とデートを楽しむことが出来るのだが、プレイヤーが望むのなら「冒険」という形でエクストリーム・グループデートをたしなむことも可能である。
冒険はほとんどオートで進む。
最大六人のメンバー(エリア含む)を選択し、冒険するダンジョンを選べば、あとは見ているだけである。キャラクターは自動的にダンジョンを進み、敵と戦い、レベルアップし、宝物を発見する。ラスボスまでたどり着いて勝てば凱旋するし、途中で戦闘不能になったり、スタミナ切れになったら戻ってくる。冒険で得たアイテム・資金で戦力を強化し、次のより困難なダンジョンに挑むのが、このゲームの基本的な流れであった。
ここで重要なのは、レベルアップする手段が冒険しかないことだ(一部イベント除く)。スキル重視の『乙女の聖騎士』であるが、レベルはキャラクターの強さに直結する。なぜなら、レベルを上げないと最大HP、最大SP、スキル獲得上限、スキルレベル上限が増えないからだ。後者ふたつについては複雑なので説明が必要だろう。
『乙女の聖騎士』には、敵を攻撃する〈スターダスト・ストライク〉や、〔スタミナ〕の回復量を増やす〈疲労回復〉など様々なスキルが用意されている。
スキルをたくさん持っているキャラは、もちろん、それだけ強いのだが、スキルにはレベルごとの獲得制限が存在する。具体的には、キャラクターのレベル1ごとに2つまでしかスキルを取れない制限だ。レベル1ならスキル2つ、レベル3ならスキル6つまでということである。スキルがたくさん欲しかったら、がんばってレベルアップするしかない。
もうひとつ、スキルにはそれぞれスキルレベルというものが存在する(キャラ自体のレベルとは別なので注意)。スキルは使えば使うほど、レベルアップし強くなっていく。しかし、スキルのレベルはキャラクターのレベルを超えることがない。つまり、キャラのレベルを上げないとスキルレベルも上がらないのだ。これがスキルレベルの上限である。
もっとも、これらの制限に頭を悩ませられるのは、ゲームの最序盤くらいのものであろう。レベル5まで行けば、もう制限はないも同然になるからだ――スキルは10個もとれば実用上必要充分だし、スキルレベルは最大が5なので。
このシステムは、おそらく、学校で勉強するだけでは駄目で、実戦で経験を積まないと強くなれないといったことを表現したものだと思われる。そして、プレイヤーに冒険に行くことを強く推奨するものであろう。
「というわけで、明日、冒険に行きましょう」
私が呼びかけたのは、座学のフィーン先生と、体育のラウル先生だった。
ここは学園にあるフィーン先生の研究室である。二人とも土日は休みのはずだが、フィーン先生はここで研究用の資料を読んでおり、ラウル先生は暇そうにしている。
「いや、いきなりなに言ってるんだ」
体育会系のラウル先生は、一見して豪快な雰囲気のくせに、つまらない返答をした。
「冒険……ですか? 確かに冒険に行く候補生は多いですが、明日、いきなりというのは急すぎますし、候補生と教官が一緒に行くこともありません。そもそも、あなたたちは入学したばかりでしょう」
フィーン先生はそのキャラクター通り、理詰めで落ち着いた対応を見せた。
この教師二人、『乙女の聖騎士(無印)』では名前とグラフィックがあるだけの半モブだったのだが、ユーザーからの強い要望により、『乙女の聖騎士(完全版)』からは攻略キャラとなっている。でも、これって単なる完全版商法で、最初から攻略対象にする予定があったんじゃないかと私は疑っている。だって、二人ともユーザーからの要望が寄せられるくらいキャラが立っているとは思えないからね。
「冒険に行きたいのなら、もう少し待ってみたらいかがですか?」
「ああ……、そういえば、新入生は来月頭の『遠足』まで冒険は禁止でしたわね」
「――ご存じでしたか」
遠足というのは、プレイヤーがステータス上げに慣れたころに投入される、ゲーム上の強制イベントであり、冒険システムのチュートリアルだった。
初心者プレイヤーはこの最初の冒険でさんざんに負けて、レベル、ステータス、装備の重要性を知ることになる。そして冒険で勝てるようにキャラクターを鍛え直すのだ。この遠足イベント以降、土日の行動コマンドには「冒険」が追加される。
「馬鹿にしないでいただきたいわ」
「え?」
「〈エバーグリーン大草原〉への遠足なんて子供の遊びみたいなものでしょう。それはいいから冒険に行きましょう」
「それはいいからって……」
ラウル先生は呆れているようだった。
だって、ゲーム上の制限に縛られるのなんて馬鹿らしいじゃないか。ここはもうひとつの現実空間なのだから、固定観念にとらわれず、自由に生きていきたいのである――よし、これを五つ目のルールにしようか。ズバリ「ゲームの常識・制限にとらわれない」。
「おい、リリー、俺たちにだって休日の予定ってものがあるんだぞ」
「ないでしょう? どうせ、フィーン先生のおうちでお酒を飲むくらいじゃないの。お休みの日にデートする相手くらい作ったらどう?」
「大きなお世話だ! 学生だからって言っていいことと悪いことがあるんだぞ!」
ラウル先生は涙目になっていた。実は、この人、モテないキャラなのである。ゲームではたまにひがむような台詞が見られるぞ。といってもなにか欠点があってモテないというわけではないので、収入の安定した男性を探してる方がいたらぜひ持っていって下さい(ただし職業柄、殉職の可能性あり)。
「冒険と言いますが、どこに行くつもりなんですか?」
「〈ケストラルの水上都市〉よ」
「〈水上都市〉!」
ふたりが絶句する。
〈ケストラルの水上都市〉は、高レベルキャラ向けの最上級ダンジョンであり、夏休みのあいだしか選択肢に出てこない特殊大型ダンジョンであった。私がこのダンジョンの名前を出したのは、かつて二人がダンジョン攻略に失敗し逃げ帰ってきたという設定があるからだ。
「しかし、あそこは広すぎて、月曜までに帰ってこれないぞ」
「今回は単なる肩慣らしよ。入り口あたりを調査するだけ。今後、ゆっくりと時間をかけて攻略すればいいわ」
「ふーむ、〈水上都市〉とは非常に興味深いですね。前々から攻略のプランは練っていたのですが……」
思案顔になるフィーン先生。
「いや、駄目だって! 危険すぎる。新入生が入っていい場所じゃない」
「だから、先生方と一緒に行くんじゃないの。一人で行くなんて馬鹿なことは言わないわ」
「うーん、いや、だからと言って……」
口ごもるラウル先生。
今回、私はダンジョンで魔物と戦うつもりはなかった。後ろで二人が戦うのを見てるだけの予定である。強い魔物と戦ったら、レベル1の私ではすぐ死んでしまうだろうし、ゲームシステム上、見てるだけでもレベルが上がるからだ。ある程度レベルが上がったら私も実戦に加わるつもりである。
これは私が立てた超効率プレイ計画の一環だった。最初から、高レベル向けダンジョンに行って、あっという間にレベルアップする作戦なのだ。ゲーム用語でいうところのパワーレベリングであるな。
「そうだ、せっかくだから、あの駄目男も誘いましょう」
「駄目男?」
「騎士団の総長をやってるアイツよ」
「それって……殿下のことじゃないか!!」
つまりこの国の金髪王太子、アレン王子である。
「ここには私たちしかいないんだから、殿下なんてかしこまった言い方しなくていいわよ」
私が言うと、フィーン先生が眉をひそめる。
「リリーさん、アレン・ヴェルリア総長は、我々の司令官であり、この国の王太子殿下でもあるんですよ」
「そして、あなたたちの親友であり、冒険者仲間であり、あきれるようなナンパ男でもあるわね」
「――そこまでご存じでしたか」
フィーン先生とラウル先生は、殿下ことアレン・ヴェルリア王子とこのエリスランド学園の同期であり、かつて共に冒険した仲間だったりする。ちなみに、この三人、第二回『乙女の聖騎士』人気ランキング8位、9位、10位の不人気トリオだったりもする。みんな年上キャラに興味ないのかな?
「王子も暇人だから、誘えばしっぽを振ってついて来るでしょ」
「たしかに来るかもしれませんが、だからといって候補生であるリリーさんと冒険というわけにはいきませんね」
フィーン先生は大人らしく難色を示しているようだった。それなら、肩を押してやろう。
「〈ケストラルの水上都市〉なら古代文明の遺産が山ほど見つかりますよ」
私は耳元でささやく。
「ね、先生♪」
「古代文明の遺産!」
フィーン先生の眼鏡がきらりと光る。
「三ヶ月……いや今なら、一ヶ月半で踏破できるはず!」
急に立ち上がったフィーン先生はテーブルに地図を広げる。
「お、おい、待て、落ち着け」
「このままだと物資が足りませんね。大至急買ってきてください」
と、メモにペンを走らせて、ラウル先生に押しつける。
「だから落ち着けって!」
フフフ、この暴走ぶりを見ていただきたい。
フィーン先生は『乙女の聖騎士』で最も落ち着いているキャラなのだが、あるひとつの単語を聞くと自動的にスイッチが入ってしまう――それは「古代文明」だ。歴史マニアの彼は日頃から古代文明について研究しており、冒険等で遺物を集めているのである。
「あのときは、冒険半ばで撤退せざるを得なかったですが、今ならいける……!」
「話を聞けよ!」
フィーン先生はラウル先生の話を聞かず、ぶつぶつと空で何かを計算しているようだった。
「戦力は三人分……。私とラウルとアレン。いけるかぎりぎりか――リリーさんはどれくらい戦えるのですか!?」
「えっ、私? 私はなにもできないけど……」
「なにもできない?」
「できるわけないでしょ」
肩をすくめる私。現時点ではレベル1でまともにスキルもないキャラクターである。
「なにもできない……それはそうですね。まだ入団して一週間も経ってない新入生なのですから」
急に力を抜いていくフィーン先生。これはまずい。
「冒険はもっと強くなってからにしましょう。私も〈ケストラルの水上都市〉に行けるよう力を蓄えますから」
にっこりと笑うフィーン先生。
くっ、駄目だったか。
いや、最初から無理な話だったんだろうけど。
ゲームシステム上、冒険に誘える仲間たちは、好感度の高いキャラだけなので、現段階で、フィーン先生、ラウル先生、アレン王子を誘うのはどっちにしろ不可能だったろう。王子に至っては、好感度どころかまだ話したことすらない。
悔しいが今回は引き下がろう。だが……覚えておけよ。こっちはやりこみプレイヤー。どんなに貴様たちが常識的な対応をしようと、ゲームよりずっと効率的な攻略法を探してやる! ハハハハ! フハハハハハハハハハ!
「キーッ! 悔しい!」
女子寮に戻った私はとりあえず愚痴をぶつけるべく、エリアの部屋へと向かった。
「ど、どうしたんですか、エリアさん!?」
「週末のスケジュールが狂ったのよ」
私は勝手にベッドに腰掛け、ラーくんの頭をぽんと叩く。この超小さいドラゴンは、ぬいぐるみを装うタイミングが遅くて、動くところが思いっきり見えていたな。
「スケジュール? ひょっとして……デートですか?」
「まあ、そんなところね」
「すごい! 相手は誰です!?」
「年上の殿方三人と」
「年上の殿方三人!?」
理解不能になったエリアは真っ赤になって動きを止めてしまう。
「終わった話だからそれはいいのよ。それより、そっちはどうなの」
「わ、私? 私のなんですか?」
「ほら、例の彼とはどうなったの」
「例の彼……?」
「食堂で隣になった銀髪の彼よ!」
根暗な銀髪男、レインくんのことである。
「ああ、あの人……」
納得したように手を叩くエリア。
「あの人、私の幼なじみだったみたいですね」
私はほっと胸をなで下ろす。どうやらちゃんとイベントが進んでいるようだ。
「それでどうなったの?」
「どうなったと言われても、ちょっと話しただけですけど……」
「関係を進めなさいよ!」
「ふひゃっ!? 進めろといっても、子供のころちょっと一緒に暮らしてただけの人ですし、同年代の男の人と話すのは苦手なんです!」
そういえばそうだった。
エリアとレインくんは再会した幼なじみであるが、ゲームが始まった時点で特に想い合っているというわけでもなんでもない。とある理由から、レインくんはエリアをストーキングするのだが、イベントが進むうちに彼の重い過去が明らかになっていくというシナリオ展開だ。
ヤンデレ一歩手前のとにかく重いキャラなのだが、過保護なほど愛されたい人に受けて、人気投票第2位である(意外?)。ちなみに決め台詞は「おまえは俺が守る」とストレート。すぐエリアのほうが強くなるから格好付かないんけどね。
「うーん、レインくんの運命を握ってるのって、エリア、あなたなのよね……」
私はラーくんのまだやわらかい角をなで回す。くすぐったいのか、ラーくんはぷるぷると震える
「ど、どういうことですか!?」
説明が難しい。
これはあくまで推測なのだが、ゲーム上の設定とストーリーから判断するに、レインくんは学園卒業後もエリアを影から延々と守り続ける可能性がある――人生を棒に振って延々とだ。それは放っておけない状況である。
別にむりやりエリアとレインくんをくっつけるつもりはないのだが、ある程度イベントを進めて、レインくんを過去から解放してやったほうがいいんじゃないかと私は思うのだ。余計なお世話だろうか? でもレインくんの設定は本当に重いからなあ。
「たとえば……振り向くと、銀髪の彼氏があなたのことを見ていたりしない?」
「えっ、しないと思いますけど……」
しまった、こいつ、乙女ゲー主人公の常で鈍感だから、密着マークされても気づかないんだ!
「これよ、これ!」
私は窓を開けて、下を見る。木の脇に立って、こちらを見つめている銀髪の少年。あれこそ最近話題のレインくんの姿である。
「あっ、レインくんだ。なにしてるんだろう」
エリアのきゃつめ、とぼけおって。何をしているって、影からおまえを守ってるんだよ。幼いころの約束を守るために。別に命を狙われてるわけでもないのに。
こんな呪縛から彼を解き放ってやるのが、私のレインくんルートかもしれない。登場人物の運命には介入しないという自分で定めたルールから逸脱していそうだが、まあこれくらいはいいだろう。真相やシナリオの流れを全部知っているとはいえ、レインくんを解放するには慎重に事を運ぶ必要がありそうだ。
「とにかく、幼なじみなんだから、彼と話してみなさい。過去の話とかをね」
「はい? それはいいんですけど……リリーさんって私について何か知っているんです?」
エリアは私のことに気づき始めたようだった。そりゃ、こんな意味深な会話ばかりしたら疑われるだろう。
「何を知っているわけでもないわ。ただ、見えるのよ、可能性が。もしかしたらそうなるかもしれない未来が」
やべぇ、ごまかそうとして、また変なこと言ってしまったぞ。
「やっぱり……なにか見えてるんですね」
占い師かなにかと勘違いされたかもしれない。ゲームのリリーは予言めいたことを言うキャラだから、間違ってないかもしれないが……
「それはさておき、エリア、あなたの学生証を出しなさい」
「えっ? どうするんですか?」
などと言いながらも素直に学生証を差し出すエリア。認証機能付きとはいえ、個人情報やお金が入ってるんだから、人に渡しちゃいかんぞ。
「来週のスケジュールを決めるのよ」
「リリーさんが決めるんです?」
「予定変更。基礎とバイトをやめて、剣術と魔術の授業をぎっしり入れるわ」
「実践的な授業ですか?」
「それから週末――来週の日曜日の予定も入れておくわよ」
「週末……もしかしたらデートですか!?」
「似たようなものね。魔物とのデート――つまり、冒険よ!」
「ふひゃっ!?」
それも単なる冒険じゃない。普通の冒険は、何度も同じマップに挑戦して、レベルアップし、攻略を目指すものだが――今回は最初の冒険でボスを倒してお宝全部持ち去ってやる。それくらい、私ならできるし、やらねばならないだろう。その準備のため、週末までの平日5日間を隅から隅まで使い倒す!
これが私の新プランである。