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第7話 はい、パンプアップ! パンプアップ!

 バイト先の福利厚生で、有名スポーツジムのビジターチケットをもらった。


 正規で買うと意外とお高い(1000円以上する)チケットなのだが、その職場はスポーツに縁遠い人が多かったので、学生バイトの私に話が回ってきたという次第である。


 私とて身体を鍛えることなどまったく頭にない人間だった――腕立て伏せすらまともに出来ない人間だったのだが、押しつけられたチケットをもてあそんでいたそのとき、突如としてひらめいた。


「ジムに行けば、私好みのマッチョな人がたくさんいるんじゃね?」


 それは筋肉の神様(セイントマッスル)からの天啓だった。


 ジムには王子様(マッチョ)が大勢いる――こんな簡単な事実に私はこれまで気がついていなかった。というわけで職場から全チケットをかき集め(お隣の部署からも期限切れ間近のものをもらったりして)、私は期待に薄い大胸筋を膨らませながら夢の国(スポーツジム)へと走った。


 さて、結論から言えば――私好みのマッチョはいなかった。


 ジムに来るのっておばさま方が多いんだね……。男性もいるにはいるのだが、おじさまと呼ぶには年齢の過ぎたシニアたちだったり、単なるダイエット目的のサラリーマンたちだったりした。本気で鍛えたい人たちはこういう普通のジムじゃなくて専門の高度なジムにいるようなのだ。


 期待からの落差で大いにがっかりした私であるが、それはともかくせっかく来たのだからトレーニングにいそしむことにした。筋肉好きを自称しながら、実のところ筋肉については詳しく知らなかったので、この際色々勉強しようと思い至ったのである。


 ジムに通っていたのは、おそらく三ヶ月くらいだと思うのだが、たったそれだけでもかなりの成果が出た。マッチョウーマンになることはなかったにせよ、たるんだ身体が目に見えて引き締まり、周囲から痩せたと褒められることが多くなったのだ。なにしろ女性向けのお気楽ダイエットメニューではなく、男性向けのがっちりメニューに取り組んだからね。スポーツ無縁女子がいきなりバーベル担いでスクワットしたりしたんだよ。


 ――というわけで、そのときの知識を使って、金髪くんと眼鏡くんを徹底的に追い込んでやったわけである。


「う、腕が動かねぇ……」


 一通りのメニューを終えたあと、金髪くんはぷるぷるする自分の二の腕を眺めていた。どうやら握力が無くなったようだ。


「フッ……リリー様、油断していました。我々を動けなくしたところで、どうなさるおつもりです?」


 眼鏡は膝をがくがくさせながら、意味不明な誤解を放つ。


「いいトレーニングだった証拠よ」


 明日、二人は筋肉痛で歩けないかもしれない。最初はみんなそんなものだ。しかし、トレーニングにハマったら、ほどよい筋肉痛がないと物足りない気分になったりするのである。


 うむ、ちょうどいいところなので、私のマッスルポリシーに関して書いておこう。


 男性の筋肉が好き、なんていうと、みなさんはボディビルの大会に出るような筋肉マンを思い浮かべるかもしれないが、私的にああいうのは基本的にナシである。なぜなら、あれは大会用に作り上げた不自然な筋肉だからだ。私は適度に贅肉がついた身体が好きなので、「切れてる!」「バリバリ!」になるまで脂肪をカットするのは高く評価できないのである。「でかい!」「ナイスバルク!」はいいよ。


 もうひとつ、特に外国人選手にありがちなのだが、ステロイドなど筋肉増強剤を使って文字通り不自然に身体を作り上げることがままあるのをみなさんはご存じだろうか。一般にマッチョとして想像されるマッチョはだいたいが薬物によるまがい物だったりする。まさに豪語同断。私が好きなのは、肉体労働など自然な環境で鍛えた筋肉なのだ。といっても、それはあくまで理想論なので、筋肉と贅肉のバランスさえ良ければ、筋トレして作った身体でも別にかまわないわけだけど。


 ――かなりどうでもいいことを述べてしまった気がする。まあ、騎士見習い諸君は身体を鍛えるのが仕事なので、せいぜいトレーニングに励んでもらうことにしよう。




 筋トレが終わると、私は屋内練兵場の地下に足を踏み入れる。


 そこにあるのは、温水式の屋内プールだった。水泳部って感じの男女が何人か泳いでるだけで、人影は少ない。私は持参したワンピースタイプの競泳水着に着替え、軽くシャワーを浴びてから、お湯とは言えない程度にぬるい水の中に入る。三十度くらいだね。


 放課後のプールというのは、ゲームにも存在する〔体力〕強化用自主練メニューである。プールメニューの利点はなんといっても〔スタミナ〕の消費が少ないことであろう。しかし、その分効果は薄い――〔体力〕が上昇せず、〔スタミナ〕だけ減るケースが多いのだ。やりこみゲーマーである私がこの一見使えないメニューを選んだのは、()()()()()()()に注目したからである。


「ふう……」


 一時間ほど泳いでロッカールームに戻った私は学生証のステータス画面を眺める。〔体力〕変わらず。収穫なしだった。なかなか簡単にはいかないようだ。〔スタミナ〕は61まで減っている。


「ん?」


 いつのまにか、ステータスを見られるキャラクターが増えていたことに気づく。




ステータス


 ディレーネ・ヴェルリア

 レベル 1

 HP 12/12

 SP 10/10

 スタミナ 54


 体力 32

 知力 29


 剣術レベル 2

 魔術レベル 1

 信仰レベル 1


 スキル スターダスト・ストライク LV.1




 これは……金髪くんのステータスか。そうそう、あいつの名前はディレーネ(通称レーネ)だったね。名字のヴェルリアは従兄弟にあたる王子と同じ。あんなにアホっぽくても王族だから。


 剣術のレベルがもう2になっていた。おそらく午前・午後ともに剣術の授業を取ったのだろう。男子らしい行動だが、ゲーム的にはやや非効率的でもある。ちなみにスキルの〈スターダスト・ストライク〉は、マルグレーテが持っていたのと同じ「金髪専用」アクティブ・スキルである。むろん、金髪仲間のアレン王子様も〈スターダスト・ストライク〉を所有しているはずだ。




ステータス


 ルーク・コーディル

 レベル 1

 HP 10/10

 SP 12/12

 スタミナ 54


 体力 30

 知力 40


 剣術レベル 2

 魔術レベル 1

 信仰レベル 1


 スキル コールド・ブレード LV.1




 こっちは眼鏡くんのほうか。名前はルークだった。


 眼鏡くんはゲームの性能的に優遇されていないので、ステータス面は〔知力〕が高いくらいで特に目立つところがなかった。スキルの〈コールド・ブレード〉は、まあ、名前からわかる通り、氷属性の剣攻撃である。このゲームは属性がけっこう適当で、特に氷属性は役に立つ場面が少なかったりする。やっぱり眼鏡くんってデータ的に不遇なキャラなんだな。弱くはないけど、わざわざ冒険に連れていく魅力もないといったポジションだ。


 この二人はキャラクターとして興味が無いので、今後冒険に連れていくことはないだろう。連れていくなら、とりあえずはエリアとマルグレーテで女三人旅だ。これに関しては腹案(・ ・)もある。






 さて、シャワーを浴びてから学食に行くと、疲労でふらふらになったエリアがいた。そういや、彼女は放課後のバイトに城壁の建築作業を選んだのだった。こんな可愛い女の子が肉体労働をするなんて不思議な話である。


 今日はたっぷり運動したので、疲労回復の効果がありタンパク質豊富な豚肉を中心に食べることにした。豚キムチの炒め物が美味しそうだったのでこれを多めに取る。後はさっぱりした生野菜と、温野菜もとるか。栄養吸収にはビタミンが必須なのだ。果たして、食事は〔スタミナ〕や〔体力〕といったゲームの数値に関わってくるのだろうか?


 エリアと金髪くん、眼鏡くんも私のメニューを真似ていた。リリーさんはトレーナーでも栄養士でもないから効果は保証しないよ!


 夕食が終わると眠くなってきた。お風呂に入った私は、早めに床につくことにした。寝ないと身体が回復しない。寝る前に、筋肉をよくもみほぐし、プロテインを混ぜた牛乳を飲むという似非アスリートっぽいことをしつつ……私の学園生活実質第一日目におやすみなさい!



             ■



 それからの3日間、私はまったく同じメニューをこなした。


 午前中に座学、午後に体育、放課後にプール、マルグレーテにセクハラ。……最後のは無視してください。とにかく休みなしでスケジュールを詰めたので、〔スタミナ〕がぐんぐん減っていく。水曜日の朝に83だった〔スタミナ〕は、金曜日の午後には、13にまで下がっていた。最大100のうち13である。数字的にはもう倒れる寸前といったところか。


 実際、かなりキツいのである。それでも私はプールの自主練をこなし、終わると重い身体を引きずってロッカールームに向かう。


「――よっしゃ!」


 学生証を手にした私はガッツポーズを取る。たまたま更衣室にいた女子が「えっ?」と振り向いたが、即座に取り澄ます。




ステータス


 リリー

 レベル 1

 名声 11

 HP 10/10

 SP 10/10

 スタミナ 8


 体力 39

 知力 56


 剣術レベル 1

 魔術レベル 1

 信仰レベル 1


 スキル 疲労回復 LV.1




 これだ、これがほしかったのだ。


 〈疲労回復〉のパッシブ・スキル!


 ――以前話したかもしれないが、『乙女の聖騎士』というゲームは、〔スタミナ〕に気を配りながら主人公の行動を決め、ステータスを伸ばしていくのが基本的なゲーム性となる。


 一日の終わりに睡眠を取れば、〔スタミナ〕は20程度回復し、授業や放課後の予定を入れずに休めばだいたい5~10回復する。〔スタミナ〕が多いほど「大成功」の確率が上がるので、普通のプレイでは、スケジュールに余裕を持たせ、朝起きたときに100ちょうどになるよう持っていくのがある種のセオリーとなっている。


 私はそんな平凡なセオリーを無視して、スケジュールをぎっちり詰めに詰めた。その結果が、〔スタミナ〕の残り8である。危険なほど低い数字だ。なぜこんなことをしたかというと、序盤に取りたいスキルを取るために無理したのである――序盤に取れば取るほど有利なスキルを。


 それが〈疲労回復〉である。


 〈疲労回復〉を持っていると、睡眠時の〔スタミナ〕回復が20から30程度にまで跳ね上がる。増加分はたったの10なのだが、この有利さがわかるだろうか。毎日、〔スタミナ〕10の分だけ余計に行動し、ステータスを伸ばせるということだ。これを2年間積み重ねると、大きな違いとなる。


 私は『乙女の聖騎士』をやりこんでいるので、プールでの自主練を選べば、早い段階で〈疲労回復〉をゲットできるとわかっていた。まあ、プールでスキル出ます程度のことは攻略サイトにも書かれているけれど、ゲーム初週にプール四回連打すれば〔スタミナ〕が0になる前に〈疲労回復〉が取れることを実感として知ってるのは、やりこみプレイヤーの私ならではないだろうか(多分)。同じプレイスタイルの人がいたらメールください。


 ちなみに、パッシブ・スキルというのは、〈疲労回復〉のような持っているだけで自動的に機能するスキルのことである。そして、アクティブ・スキルというのは、〈スターダスト・ストライク〉のように能動的に使うスキルのこと。


 このスキル分類、洋ゲーをやっているプレイヤーにならすぐ理解できるのだが、一般の乙女ゲームファンには意味不明だったようで、『完全版』発売に際して、前者は〔特徴〕、後者は〔特技〕と名称が変更になった。といっても、こっちの名称もあまり浸透していないんだけど。




 翌日、目が覚めると、〔スタミナ〕は39にまで回復していた。土曜日である。今日丸一日休めば、明日の日曜の朝には100近くまで回復していることだろう。


 そう、日曜日なのである。明日は待ちに待った日曜。


 日曜といえば――


「冒険に行きましょう!」


 私は仲間たちに声をかける。


 このゲームといえば、冒険だ。冒険のために平日の授業はある。


「二人ともちゃんと明日の予定を空けておくこと」


 と、指示する。


「え?」


 二人は戸惑った顔で私を見る。


 それは、座学のフィーン先生と、体育のラウル先生であった。

 学園には大勢の教官(講師)がいると思われますが、作中に登場するのは攻略キャラであるフィーン先生(知的眼鏡)とラウル先生(体育会系)のみです。二人とも現役の騎士で、むろん、腕はかなりのものです。




 主人公の初期〔体力〕が高かったのは、短期間とはいえ、ジムに通っていたのが一因でしょう。

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