第62話 舞踏会って本当にやるの?
次の休日、エリア、マルグレーテと連れだって王都に向かった。
目的はお買い物。女子の大好きなショッピングである。
「楽しみですー」
バスの中でエリアはニコニコしていた。それはそうだろう。なぜなら、これから彼女が舞踏会で着るドレスを買いに行くところなのだから。
マルグレーテはいつものように上品に落ち着いていた。最近なかなか相手にしてくれなかったのだが、さすがにエリアのこととなると無視できないようだ。
一方、私はといえば、動悸がしている。
週末なのに冒険をサボったことで罪悪感にさいなまれているのだ。
こんなことをしていていいんだろうか。冒険に出ていたら、もっとレベルアップできていたかもしれないのに……。うっ、吐き気が……
バン! とマルグレーテに背中を叩かれた。
しっかりものの妻と言った態度だった。
そういや、この三人は親子にたとえられるかもしれないね。
リリーさんファミリーだ。
無邪気な子供がエリア、気の強い妻がマルグレーテ、妻に見放されつつある離婚間近の旦那が私……
うっ、また吐き気が。
「はあ……」
と、マルグレーテがため息をついた。
バスを降りてアンティーク通りに向かう。
高級ブティックがずらりと並ぶ、エリスランド王国で一番お洒落なスポット。東京で言うと、銀座か青山かってところだ。休日ということもあって、けっこうな人出がある。
「それで、エリア、どんなドレスがほしいの?」
目的の店が見えてきたあたりで私はそう尋ねる。
「可愛いやつです」
エリアの返答は超大ざっぱだった。
「色は? やっぱり白?」
「可愛い色で」
もしかしたら、エリアはパーティー用のドレスについてよく知らないのかもしれない。それはもちろん私だって同じだが……。詳しいのは、やはりマルグレーテだろうか?
「ねぇ……。ところでドレスってお店で買うものなの?」
そのマルグレーテは重要な部分について、なにも知らなかった。
「お店で買わずどこで買うのよ!」
「家に届くものなんじゃ?」
「どんな家に住んでるんです!?」
「普通の家よ」
この王都で二番目くらいに大きい家であった。王家の次に大きい家。エリアは夏のうちに泊まってたはずだけどね。エリアが社会の格差を糾弾し始める前にイブニングドレス専門店に入る。
「――なにもないわね」
店内を見てマルグレーテがそう言った。
「ここは工房なのかしら?」
そうではない。既製品のドレスを売っている店のはずだ。本当はオートクチュールでエリア専用のドレスを作りたかったのだが、それだと時間がかかりすぎるということで断念したのだ。でも、なんでなにもないんだろう? お店全体ががらんとしているぞ。
「申し訳ありません。すべて売り切れてしまいました」
と、店員さんがやってきて頭を下げる。
「えっ!?」
ドレスって売り切れるものなの!?
「どういうことなんです!?」
エリアも動揺しているぞ。
「百貨店に行ってみたらいかがですか? まだ残ってるかもしれません」
と、聞いて、同じ通りの手前にあるデパートへ。古色蒼然としていながら豪華絢爛というロンドンのハロッズっぽい大型店である。七階でドレス関連のフェアをやっているということなのでエレベーターで上がる。
「なにこれ!?」
そこはさながらドレスを取り合う戦場であった。
しかも戦場に至るまでに大行列ができており、不安な顔をした若い娘たちが並んでいた。
「あわわわ、どういうことなんです!?」
本当にどういうことなんだろう。ドレスってそんなに需要が多いのか!?
見る間に陳列されたドレスが減っていく。現段階で残っているのは、奇抜な珍品ばかりだ。だが、この行列ではそれすら手に入りそうもない。
ひょっとして……イベントが始まってしまっているのか? パーティーなのにドレスがないというイベントが!
これはまずい! 私はこの件でもっとも頼れそうな人物――アンティーク通り出身のアレクサンドに電話をかけた。
『アラ、リリーどうしたの?』
彼女……もとい彼はすぐに出てくれる。
「うん、それが……」
『パーティードレスがほしいなんて言わないでヨ』
その先制パンチに私は絶句する。
『――まさか、本当にそれでかけてきたの?』
「そうなんだけど……」
『馬鹿ネ、この時期にドレスなんて手に入るワケないじゃない』
「なんでよ!? そんな舞踏会とかやってるの!?」
『やってるわヨ。各学校でやるシーズンじゃない』
えっ……
そんなの知らなかった。エリスランド王国では秋に舞踏会があるものなのか!? だから女の子たちが走り回ってるのか……
「アレクサンドのコネでなんとかならない!?」
『ムーリー。というかそれ言われるの今月入って百万回目だからネ』
みんなアレクサンドに頼りすぎであった。
「うわーん、やっぱり舞踏会には出られないんですー」
やべぇ、エリアが泣き出した。
しかも、なんか伝染して、まわりの子たちまで泣き始めてるぞ!? 舞踏会ってこっちの世界ではそんな重要イベントなのか!?
「ちょっと、私のエリアが泣いてるのよ! なんとかしてくれないとアレクサンドを殺して私も死ぬわよ」
『相変わらずネ、リリーは。わざわざ買わなくても、あなたドレスいっぱい持ってるでしょ』
そういえば、そうだった。
クローゼットに最初から入ってたのが1着。夏に送られてきたのが3着。そのうち1着は王家の舞踏会で着て、その後オークションで貴族の令嬢に売っ払ったから、残りは合計3着だ。
「エリアさんには私のを貸して差し上げますわ。ドレスなら100着くらい……」
私はマルグレーテの口をふさぐ。まわりに聞こえたら暴動が起こるぞ。
「エリアには私のを貸すわ。マルグレーテのはサイズがあわないでしょう」
身長があわないし、特定の部分の立体縫製が特定の形に特化しすぎているので絶対にあわない。
「そもそもあんな卑猥なドレスをエリアに着せるわけにはいかないわ」
「どこが卑猥なの!? ドレスなんだから肩と背中を出すのは当然でしょう!?」
それもそうなのだが。もしかしたら着ている奴が卑猥なのかもしれない。
自室に戻って試したみたところ、エリアは私用のドレスを着ることができた。無事イベントクリア! 細かいところは後でアレクサンドが調整してくれるという。ちなみにアレクサンドは実家の仕事をお手伝いしている最中だったそうな。電話したとき、意外と近くにいたんだな。邪魔してごめん。
さて、用件が済んでしまうと暇だった。休日とはいえ、〔スタミナ〕はすでに100あるから休む必要がないのである。むしろ、キツいフィジカルトレーニングでもして〔体力〕を上げたいところである。二学期は基本ステータスの上昇を目標にしているんだ。
マルグレーテはどこかに行ってしまったので、エリアと二人で学園都市をうろうろする。こんなんだったら、王都でアクセサリでも見てくるんだった。いまからまた出かけるというのも間抜けだしな……
「あっ、リリー様」
と、ばったり顔を合わせたのは眼鏡くんだった。金髪くんと一緒にいないのは珍しいな。
「リリー様、舞踏会にはお出になるんですよね?」
「えっ? ええ、まあね……」
本当はグリー様の来ない舞踏会など行きたくないのだが、エリアの付き添い的なもので行かないとならない。
「そ、そうですか。私も出席しますので……!」
眼鏡くんはダッシュしていく。なんだろうあれは。
「おまえと踊りたいんだろ」
今度はセナくんが声をかけてくる。なんでこんな急に男子とのエンカウント率が上がったのかと思ったら、ここは男子寮の前だった。
「ふーん。私はあまり踊りたくないけど……」
「お、おまえ……」
セナくんはなぜかくらっと来たようで頭をおさえる。
「ひどいです、そんなことを言うなんて……」
エリアは憤慨しているようだった。
「いやよ、よく知らない人と踊るなんて……」
「本当にひどいです!?」
それにしても……舞踏会うんぬんの話が多いなあ。わざわざ出席するしないの話まで出るってことは……
まさか中止フラグか?
「エリア残念だったわね……」
「えっ、なにがです!?」
そのときは私が主催者になって開催しよう。王宮のホールを借り切ってね。
でも、舞踏会って中止になるようなものかな?
考えられるとしたら、モンスターが攻めてきて中止になるってものだけど……
それだと、〈大進軍〉とかぶるね。
となると、あり得るのは舞踏会への乱入かな? 謎の仮面剣士が現れるとか、テロリストに占拠されるとか、そういうの。でも、乱入されるのは舞踏会より武道会だよな。今年の学内騎士トーナメントでは乱入した女子生徒もいたようだし。
他には舞踏会の最中に誘拐事件が起きるとか、婚約の発表があるとか……。婚約イベントはちょっとありそうかな。私は無関係でいたい。
「おっ、リリーだ。舞踏会、一緒に踊ろうぜ!」
なんて男子寮の二階から手を振っているのは、リオンくんであった。うるさいので顔をそらす。
「無視するなー!」
すると、男子寮の前で騒いでるのがまずかったのか、また別の男子が現れる。
「リリー様!」
今度はプロポーズくんのおでましだ。淑女の前であるというのに、走りながら上半身の服を脱いで半裸となる。
「ふぎゃっ!?」
突然の裸体に仰天するエリア。
プロポーズくんは大胸筋に力を込めて誇示する。
「どうですか、この筋肉は!?」
「ふむ、成長してきたわね……」
まともに筋トレを初めて2ヶ月ちょっとだが、筋繊維が膨らみつつあるのがわかる。
「また、リリー様をダンスにお誘いしますので!」
それは……やめてほしい。だって私はグリー様のものだから。だれとも踊らないからね!
「――うるさいと思ったら、やっぱりきみか」
そして、とどめにヨハンくんの登場だった。
「ダンスパーティーの話? どうしてもぼくと踊りたいのなら、踊ってあげてもいいよ」
「いいえ、けっこうです」
どんな上から目線なんだこいつは。
「そんなに踊りたくないのなら、じゃあむりにでも踊ろうか」
にやりとするヨハンくん。しまったこれは初めて踊ったときの復讐か! あのときは彼がいやがってるのを見て私がむりやり誘ったのである。
うーん、大変なことになりそうだ。
舞踏会、中止になるといなあ……
特に中止になる雰囲気もないまま一週間が過ぎ、舞踏会まであと数日となった。
浮かれる学内の男女を尻目にハードなトレーニングに一日を費やした私は、自室で入念なストレッチを行っていた。
ストレッチというのは重要なのである。酷使した筋肉をしっかり伸ばしておかないと、疲労が回復せず、場合によって故障につながることすらある。トレーニング後はストレッチに一時間かけてもいいくらいだ。
この世界に来てからゲームやネットがなくて暇なので、リリーさんはストレッチや髪のトリートメントに夜の時間を使っている。退屈だが、健康的な生活と言えるだろう。
「リリーさん! た、大変です!!」
騒がしい娘が私の部屋に飛び込んできた。
前もこんなパターンあったなあ。
「大変なんです!」
それはもちろんエリアである。
「全然大変じゃないに一票」
「冷静に反応しないでください! 本当に大変なんです!」
「絶対大変じゃないに一票」
「話を聞いて下さい!」
つまらないオチが待ってることは確実なので、リリーさんはやる気がなかった。
「大変なんです、あの金髪の人が……!」
「マルグレーテのことを金髪の人呼ばわりはちょっと」
「違います、そっちの人のことじゃありません」
「え? ああ、アレン王子のことね!」
「そっちでもありません!」
えっ、じゃあだれだろう。
「いつもリリーさんに金髪って呼ばれてる小さい人がいるじゃないですか」
……なんだ、金髪くんのことか。しかし、エリアも彼の名前を覚えてないんだな。ゲームでは、ひとつ間違えば結婚するまで行くのに、ルート選択というのは残酷なものであった。
「金髪くんがどうしたの?」
「マルグレーテさんと一緒にいたんです!」
「……それで?」
なにを言ってるんだこの娘は。
「最近、よく一緒にいるのが目撃されてるんです! 最初は単なる噂かと思ってたんですけど……この目で見たんです」
そういえば、愛の女神のやつも無責任な噂が云々言ってたなあ……。これのことなのかな?
「へぇ、そう。よかったわね」
私はごろりと横になった。昼間よく運動したから、眠いなあ……
「リリーさん、真面目に聞いて下さい!」
「そんなのどうせつまんないオチがつくに決まってるでしょ」
キスしてるところを目撃されるけど、ただ単に目に入ってたゴミをとっていただけとかね。うーん、よくある勘違いネタだ。
「一緒に来てください! まだいるはずですから! リリーさんの目で判断してください!」
「仕方ないなあ……」
私は身体を起こす。
「ちょっと待って下さい、なんで剣を持っていこうとしてるんです!?」
私の手に握られているのは【濡烏】だった。
「なんでって間男を殺すためだけど……」
「まずいです!」
「大丈夫よ、一太刀でケリをつけるから」
「最初から殺す気じゃないですか! 噂じゃなくて、本当だって信じてるじゃないですか!」
私は現場に走るのだが、金髪くんもマルグレーテもいなくなっていた。
まあ、どんなオチが待ってるかはだいたい想像が付く。




