第61話 母の愛に勝るものなし
「というわけなんだけど、マルグレーテ、あの話ってなんだと思う?」
11月6日。
秋の遠征があった翌日である。
私はマルグレーテの私室を訪れていた。
昨日、エリアの言った「あの話が嘘だったら、リリーさんでも許しません」について相談するためである。
まったく心当たりがなかった。
リリーさんにはどの話かわからないのである。
本当になんなんだろう。
「そんなもの私にわかるはずがありませんわ」
と、マルグレーテはすげないお返事であった。
「困ってるのよ。本人に聞くわけにはいかない雰囲気だし……」
「どうせ、リリーさんが悪いんでしょう」
マルグレーテは話に乗ってくれないというか、目すらあわせてくれない。
「リリーさん、これまでどれくらい嘘をついてきたと思ってますの?」
「えっ? そ、そこまででもないでしょ」
そんな嘘ついてないよね?
「その場の思いつきで嘘をつくし、まったく無意味な嘘をつくし、意図的で計算された嘘をつくし、冗談かどうかわらない嘘をつくし……」
「――――――」
世界中に謝りたい気になってきた。
本当にすいませんでした。
「だからどの話かなんてわかるはずがありませんわ」
それはそうなのだろう。でもそれにしたって――
「ちょっと、マルグレーテ冷たくない?」
なんか機嫌が悪いというか適当にあしらわれてる感じだ。これまでマルグレーテがこんな状態になったことはない。
「リリーさんのせいでしょう」
じろりとにらまれた。
目がマジ怖い。
私はマルグレーテの部屋から逃げ出す。
いったいなんなんだ。
何かに怒っているのだろうか。
マルグレーテに頼れないとなると、手詰まりであった。
他に相談できる人に心当たりがない。なぜなら、私とエリアについて知っている人間なんてマルグレーテの他にいないからだ。単純に頼りになるのは、アレクサンドやセナくんやマリスさんだけど、こんなこと聞かれても困るだろうなあ。
――いや、待てよ。
いた。
一人いた。なんでも聞けるやつ。というか答えをそのまま知ってそうなやつ。
女子が困ったときは彼女に頼るしかない。
だれって、母親である。
もちろんこの世界に私の母はいないので――この世界の母に頼ろうじゃないか。
■
「あら、リリーさん」
神殿を訪れると、いつもの美少女司祭さんが迎えてくれる。
「あ、薬草なくなったんですね」
私は神殿内を眺めてそう言った。
この一ヶ月間、神殿の隅にはポーション作成に使う薬草が積み上げられていた。私が〈森の花園〉で採集し、神殿に寄進したものである。独特の臭いがするのでみんな困っていたようだが、違う、私のせいじゃない。
「ええ、お手伝いの方が来て、全部まとめて下準備をしてくださったんです」
どうやら大量の回復薬が完成しつつあるところのようだ。できあがったポーションはおそらく大半を王国が買い上げるんだろうな。〈大進軍〉のことを考えると、あればあるだけいい。
それはともかく、ベンチに腰掛け、エルシスに呼びかける。
(ねぇ、エルシス……)
『フフ、やめてよ』
……?
『やだ、もうちょっとやめてってば』
それは私への返答ではない。
『そこはダメだから。やっ、ダメだって……』
えっ、な、なにこれ!?
『やっ、やーだ。あっ、ダメ……』
(エルシス、なにやってるのよ!?)
『えっ、ユリカ!?』
心底驚いたような声がした。
『神殿によく来た。我が娘よ』
いや、そんなんじゃごまかせないから!
(あんた、いったい何をしてたのよ!)
『ナニもしてないけど?』
(してた! いま確定した!)
『違うから! 昔の男とよりを戻すとかダサいことしてないから!』
こいつ、自白しましたよ、みなさん!
実はジェンガをしていただけオチとかなくなったよ!
女神様は大変なことをしていました。
相手はだれだ!? あのドラゴンとか!?
『違うから! あたしは肉体を失ってるからナニもできないから!』
みなさーん! こいついやらしいことしてますよー!
こりゃもうみんなに言いふらすしかないな。
『やめて!』
信者の人たちに話したらどうなるかな……
『駄目だって! ほ、ほら、スキルってのあげるから、黙ってて!』
ダメな母親であった。
でも、まあ……神が肉体を失ったというのは事実なのである。
3000年前の大戦で神々は滅び、精神だけの存在となったのだ。
『えっ、なんでそんなこと知ってるの?』
設定資料集読んだから。
ちなみにこの世界の神は、もともとが外部からやってきた情報生命体である。わかりやすく言うと精神だけの宇宙人みたいなものかな。それがこの世界に住み着き、肉体を持ち、その後失ったというわけである。
情報生命体なら情報には詳しいはずだ。
(それで、エルシスに相談があるんだけど……)
微妙に頼りたくない気分になってしまったが頼るしかない。
『大丈夫よ!』
(なにが?)
『実はそろそろアンタが来ると思って予習してたから!』
……予習?
『そうそう、エリアのことでしょ?』
(は? マルグレーテのことだけど……)
『なんでよ!? エリアに嫌われそうなんでしょ!?』
(そんなのはどうでもいい! なんで、マルグレーテが私に冷たいのか早く教えて!)
私はぶるぶると震える。マルグレーテに見捨てられたら死ぬしかない……
『アンタ、どんだけその子のことが好きなのよ!』
公式の人気投票で投票したくらいかな……。ちなみに、一人3票制で、エリアとグリー様とマルグレーテに入れた。
(それでどうなのよ!? マルグレーテはなんであんなに冷たいの!?)
『んー。まあ、その子のことなら噂段階ではいくつかあるかな……』
(どんな噂?)
『人に言うには無責任すぎる段階の噂』
つまり教えられないってことか。……なんだろう。少し気になるな。
(マルグレーテのお祈りからは、なにかわからない?)
『そうねぇ……最近は、世界の人たちが幸せに暮らせますようにとか無意味なこと祈ってるわね』
神が無意味言うな!
『あとは、リリーさんがますます調子に乗ってるけどエリスランド王国は大丈夫でしょうか、とか』
――そこまで私のこと気にしてたの!?
『大丈夫じゃないからアンタが気をつけなさいと答えてやったわ』
(ちょっと待てよ! マルグレーテが冷たい原因ってそれじゃないの!?)
『えっ……? うーん、そういえば……そういう気もしてきた』
(なんてことしてくれるのよ!)
『で、でもユリカの自業自得だから。ユリカの責任だから』
(ふざけないでよ!)
こんなことしてる場合じゃない。エルシスの言ったことは全部嘘だって伝えないと。
私は走って神殿から出て行こうと――
『まあ、待て待て。エリアについても話があるから』
(なに? それどころじゃないんだけど)
『前もって調べておいたから。心当たりがあるから。エリアの最近のお祈りなんだけどね、学園祭の舞踏会に出られますようにってものなのよ』
(そんなの出られるでしょ、普通に……)
わざわざ祈るようなことじゃない。
『その前は、舞踏会でダンスの相手が見つかりますように、ってものだったんだよね』
なるほど、お祈りの内容がグレードダウンしてる。
『あの子、不安がってるのよ。自分が舞踏会にふさわしい存在なのかって』
(なんで?)
『田舎者でしょ。舞踏会にあこがれてるけど、場違いじゃないのか不安なの。自分は舞踏会に出られるのか、出ていいのか……』
(そうだったのか……)
そんなどうでもいいことで不安になっていたのか。
待ってろよ、エリア! 私は走って神殿から出て行こうと――
『だから、話はまだ終わってないって! なんでいちいち出て行こうとするの!』
(……まだなんかあるの?)
『他に色々祈ってるんだって。たとえば、エリアさんが闇の王となってこの世を滅ぼしませんように、とか』
(なに闇の王って!?)
なんで私が魔王みたいになってるの!? この世界にそういう存在いないから!
魔王扱いとか過去最大の過大評価だよ! ゼー帝国の女帝を超えてるよ! 成り上がりすぎだよ!
『そのときは刺し違えてでもアンタを倒すつもりらしいよ?』
どんなシナリオだよ! 『乙女の聖騎士2』もそんな話じゃないから!
しかし――
フフフ、『乙女の聖騎士3』のラスボスが私だったらどうするかな? しかもボスが強すぎて倒せない仕様。
『あとはね……、最近はあまり祈ってないんだけど、聖騎士になりたいってやつ』
このゲームの主題であった。
『これはもう祈る必要があまりないっていうか、目標に向かってぐんぐん伸びてるのよね。運命を見る限り、順調というか……行きすぎてやりすぎというか……? このまま伸びて伸びて突き抜けそうなんだけど? どういうことなの?」
それは私のせいかもしれない。
エリアを効率的に育てすぎて、レベルが上がりまくってるのである。
『このままだと来年の頭には聖女として母親を超えるだろうね』
(ああ、エリアのお母さん、おたくの司祭だっけか)
ゲームでもエリアと再会するイベントがある。
ん……
私の中にひらめきがあった。
ひょっとして――
それか?
エリアは自分が天涯孤独だと勘違いしている。布教の旅に出た母親から便りがないのでてっきり死んだものと思い込んでしまったのである。
しかし……、この母親というのが度を超えたボケキャラで、単に手紙を書いては出し忘れているだけなのだ。
そういえば、入学まもないころ、母親は生きているとエリアに話した記憶がある。しかし、まだ母親との再会イベントは起きていない。
……まさか。
それなのか!?
母親が生きているというのが嘘だったら怒ると言っていたのか!?
たしかにそれは怒るよ、嘘だったら。
家族がらみだったら怒って当然だ。
嘘ではないんだけどね。
いや、事故かなにかで死んでいたらどうしよう……
『生きてるわよ』
なんてエルシスは言う。
(そっか、エルシスはそういうのわかるのか)
生命を守護する情報生命体だから一番詳しいはずの立場である。
『調べりゃすぐわかるし、さっきまでそこにいたからね』
(そこ……?)
意味が分からず、私は一時停止する。
『その神殿』
その神殿。つまり……
(この神殿!?)
まさか――いたの!? エリアの母親いたの!? ……ここに!?
『アンタが来る直前くらいまでいたよ?』
――マジかよ!
こんなところにいたのか!
きわどいタイミングで入れ違いか!
早く言ってよ!
私がこの神殿に来てから15分くらいである。
となると、まだその辺にいる可能性が高い。
「司祭様! エリアの母親来ませんでした!?」
「は? エリアさんの母親?」
美少女司祭さんは私の剣幕に驚いているようだ。
こんなんじゃ、伝わらない。ああ、エリアの母親なんて言ったっけなあ。似た名前なんだけど……
「もしかしたら、エリナ様のことでしょうか!?」
それだ!
エリナ・シューシルト。エリア・シューシルトの母である。
「エリナ様が薬草の処理を手伝ってくれたんですよ」
と、司祭様がにこにこしている。そうだったのか。でも、それはいいんだ。
「どこに行くって言ってました!?」
「ええと、たしかバスで王都のほうに向かうと」
まずい、逃げられる!
私は神殿から飛び出した。
バス停に走ったものの――遅かった。
10分前にバスは出てしまっていたのだ。
だが、まだなんとかなるかもしれない。
私はイライラしながら次のバスを待った。
王都。
駅と直結した巨大ターミナルにバスは到着する。
ほとんどバスから飛び降りた私はターミナルを端から端までチェック。しかしエリナさんの姿はない。
駅の方に行く。
なのだが……空振りであった。
1時間くらい探したのだが、エリアの母親の姿はない。真っ白な司祭の格好だからいたら目立つはずなんだけど。呼び出しアナウンスも無駄。聞き込みも無駄。エリナさんは見つからない。
町が暗くなりはじめたころ、ようやくあきらめた私は肩を落とし、バスで学園都市へと戻る――
すると。
学園前のバス停にいたのは、なぜかエリアだった。
なんでこんなとこにいるんだろう?
「あっ、リリーさん!」
エリアは……いきなり抱きついてきた!
えっ、なにどういうこと!? エリアルート確定はちょっと遠慮しますぞ!
「お母さんに会えたんです!」
えっ。
「ど、どういうこと!?」
「お母さんが寮を尋ねてきたんです!」
「………………」
こっちにいたのかよ!
無駄足だった。完全に無駄足。
というか普通に母親会いに来てるじゃない!
私がなにもしなくても再会イベント発生してるよ!
「私が候補生をやっていると、神殿の司祭様に聞いたそうなんです」
美少女司祭さんナイスだよ! 私よりずっと役に立ってるよ!
「お母さん、何度も手紙を書いたけど、出してなかったんです!」
「ああ、うん……」
知ってる。
「本当にお母さん生きててよかったです。リリーさんが言ったこと嘘じゃなかったんですね」
と、エリアは泣いていた。母親と会えたならそれはそれでいいだろう。リリーさんは嘘をつかないのだ!(世界に謝りつつ)
「それで、エリナさんはどこに?」
「さっきのバスで王都のほうに行きました」
……また入れ違いかよ!
「司祭としての使命があるとかで旅を続けないとならないそうです」
「そうか……」
一度会って挨拶しておきたかったんだけどね。
神出鬼没キャラだから、次に会う機会はいつになることか……
「ちゃんとお母さんと話せたのね」
「はい。短い時間でしたけど……また会いに来てくれるって言ってました」
エリアは涙の跡を残しながらも満足そうにしている。
そうか。それならいいのだ。
私は再会イベントに立ち会えなかったが、エリアが母親と会えたのならそれでいい。
「じゃあ……寮に戻るとしますか」
「――はい!」
私とエリアは日が傾き始めた学生街を歩き始め――
「あら……」
カフェのオープンテラスに真っ白なローブの聖職者がいることに気がついた。
エリアにそっくりな聖職者であった。キャラクターデザインの手抜きを指摘したくなるほどよく似ている。姉に間違われるどころか、双子といってもおかしくないレベル。そういやアニメとかゲームってやけに若いママが出てくるよな……
「あれっ、お母さん? バスに乗らなかったんです?」
「あらあら、エリア。そちらの方が話に出てたリリーさん? はじめまして」
エリナママは娘のように笑う。
想像以上にすぐ会えた。
なんでまだ学園都市にいるの!?
なんでこの人、バスに乗らないの!




