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第60話 ドラゴンベイン――竜殺しのサーガ

 1対1でボスと対峙していた。


 〈アース・ドラゴン〉。


 体長10メートルはありそうな巨大モグラである。これだけ大きいと、体重は余裕でトン単位だろうか。大きさそのものが致死級の脅威である。単純にのしかかってくるだけでこちらは潰されてしまう。その上、モグラは鋭い爪を持っており、〈土石流〉という特殊攻撃まで使ってくる。


 仲間の援護を受けられない私は、独力でボスと丁々発止斬り合う。


 ボスが、爪、爪、土石流、爪、爪、爪。


 私が、剣、回避、ダメージ、剣、ダメージ、回避、剣、ダメージ。


 〈アース・ドラゴン〉の手数に負けている。


 このままではじり貧だった。


 押し切られて死ぬ。


 〈アース・ドラゴン〉のほうが。


 さらば〈アース・ドラゴン〉。


 ん……?


 私は大丈夫ですよ?


 まったく負ける気配はありませんぞ?


 だって、防御力とHPが高い上に、レベル3の〈リジェネレーション〉でどんどん回復するから。


 モグラの爪を受けるとたしかに痛いのだが、ミスルル製のメイルシャツと【守護の御守り(アミュレット)】がダメージの大半を吸収してくれる。それでも通ったダメージは〈リジェネレーション〉で自動回復。たとえ攻撃を受けてもHPはすぐさまMAXにまで戻る。ダメージ量よりも回復量のほうが大きい状態なのだ。まったく危なげなく有利に戦いを進めている。


 なんともなれば、わざわざ〈回避〉せず、突っ立ってスキル連発するだけでも削りきって勝利できる。もはや単純な流れ作業だった。アクションゲームで言うと、攻撃ボタンだけを連打している状態。


 私、なんでこんなところでこんなことやってるんだっけ? ああ、そうだ。全部自分で決めたことだった。しかも半分は趣味である。


 やがて〈アース・ドラゴン〉は土を大きく掘り出した。また〈土石流〉かと思ったらどうやら違うらしい。不利を悟り、地面に潜って逃げようとしているのだ!


「させるか!」


 私は背後から渾身の〈シャドウ・スラッシュ〉を浴びせる。


 【濡烏】から影が伸びて、〈アース・ドラゴン〉を捉える。


 激しい光のエフェクト。


 おっ、これはクリティカル。


 キューとよく分からない鳴き声と共に、巨大なボスは身を横たえた。ずううんと地響きがする。穴に半分顔を突っ込んでるから間抜けなことこの上ない。


「ふん」


 戦闘は終わった。正面から単独でボスを撃破したのだ。だからといってどうということはない。私は忍者刀を鞘に収める。


「リリーさん、大丈夫ですか!」


「すまない、遅くなった!」


 と、そこで左右から駆けつけたのは、エリアと根暗男キリルくんであった。


「ふひゃっ!?」


「なっ!?」


 両名同時に〈アース・ドラゴン〉を目のあたりにして驚く。


「な、なんですか、これ!?」


「まさか、貴様、一人で倒したのか!?」


 まあね、と私は肩をすくめる。


「このデカブツ……まさかドラゴンか!?」


「〈アース・ドラゴン〉ではあるけど」


「モグラっぽいですが……」


 でかいモグラだからね。


「まさか、ドラゴンを一人で倒すとはな……」


 感心しているキリルくん。だから、でかいモグラです。


「だから言ったじゃない。どうせリリーさんのことだから急いでくる必要なんかありませんわって」


 マルグレーテが後から現れる。ねぇ、それは私に対する信頼を示す台詞だよね!?


 救援要請を受け、あるいは話を聞いて、山に散っていた候補生たちが集まってくる。


 みんな、〈アース・ドラゴン〉の巨体を見て驚いたようだった。しかし安全と分かると、写真を撮ったり、大きさを測ったりと大騒ぎだ。これはこれで修学旅行っぽい光景かもしれないが……


「ちょっと、男子、ちゃんとモンスター倒しなさいよね」


 リリーさんは謎めいた委員長キャラへと変貌を遂げる。みんな真面目に敵と戦って! ちゃんとレベルアップしてよ!


「アラ、リリー、いい女になったわネ」


 と、泥だらけの私を揶揄したのは、アレクサンドだった。


「うーむ……リリーはやるやつだと思っていたが、まさかここまでやるとはな……」


 リオンくんはボスをソロで攻略した私にちょっと引いているようだった。


「バイオリンの練習したいんだけど、もう帰ってもいいよね?」


 誰とは言わないが、まったく関係ないことを言ってるやつもいる。


 やがて、狩り好きな候補生たちがモグラの皮を剥ぎ始める。モグラの毛皮なんて……と思ったが、プリムによるとけっこうな高級品なのだそうだ。これだけあると、かなりの収入になるだろう。殺しておいてなんだが、ゴア表現的に問題のある光景だったのでその場を少し離れる。


 ちなみに、こういった動物の毛皮は、普通に防寒具になったり、ベルトやバッグなどになったり、場合によっては防具になったりするそうだ。高レベルモンスターの皮だと強力なマジックアイテムになるとかなんとか。私の部屋にある虎皮もだれか引き取ってくれないかな。あれけっこうじゃまななんだよね。


「大変だ、リリーさん!」


 少し離れたところで休んでいると、男子が一人飛び込んでくる。


「どうしたの?」


「ドラゴンが出たんだ!」


「え、また!?」


「空に真っ黒で長細いドラゴンが!」


 聞いただけでわかった。それは〈ドラゴン・ミラージュ〉。名前と姿形はドラゴンだが、実際には空を飛ぶ鳥の集合体だった。


「来てくれ、リリーさん、こっちにもドラゴンが!」


「今度はなによ!?」


「水が起き上がってドラゴンになったんだ!」


 そっちは〈クリーピング・クリーク〉。小川に住んでいる水の精霊のたぐいである。もはや名前にすらドラゴン要素はない。


「リリーさん、早く倒してください!」


「だから、自分でやりなさいって言ったでしょ!」


 まったく偽ドラゴンばかりたくさん出てくるマップだった。




 というわけで二日目はかなりのモンスターを狩った。


 ゲーム的に言うとこのマップのレベルは、初級寄りの中級くらいだったろうか。ごく一部で上級マップ相当の部分があったかもしれない。


 モンスターの中で一番強かったのは、なんといっても〈アース・ドラゴン〉だろう、多分。他にボス、中ボス級としては、〈ホワイトオーク〉〈ローリングロック〉〈インセクトロイド〉〈マザーベア〉などがいた。アサシンラビット、サンダーフォックス、スネークバイト、ホークアイ程度の雑魚なら数え切れないほど倒しているし、ワイルドボア、ミニチュアムースもたくさん獲った。


 小川を挟んでひとつの谷の両面を丸ごとしらみつぶしにしたような勘定である。野生生物を一度に狩りすぎて、このあたりの生態系が崩壊してしまいそうだった。しかし、山は深い。これでもゼーガイメルソル大山脈のごくごく一部だ。遙か遠くに連峰が見えているが、その向こう側までが大山脈なのだ。人力でモンスターを狩るのはやはり効率が悪い。


「うーん、このあたりの山、丸ごと焼き払うかな?」


「な、なに物騒なこと言ってるの!?」


 気がつくと、背後にプリムが立っていた。


「――だって、焼き払えば、モンスターを皆殺しにできるじゃない」


「逃げて移動するだけじゃないの? 土砂崩れとか予期せぬ事態が起きるよ?」


 それももっともな話であった。


「それにしても優雅なご身分じゃないの、リリーさん」


「どういう意味かしら?」


「一人だけこんな船の上で」


 ここは王家専用クルーザー〈チェスの真珠号〉の上であった。巨大モグラとの戦闘で全身泥だらけとなったリリーさんは、この船でシャワーを浴びて部屋着に着替えて過ごしているのだった。


 ちなみに船の経費はリリーさん持ち。わりと目の玉が飛び出る金額であるが、ゆっくり休めるからその価値はあったかもしれない。モグラの毛皮にそれなりの値がつくようだから、どうにか少しは相殺できるかな。


 ちなみに今夜のディナーはシェフお手製の採れたて猪肉ステーキだった。このシーズンの猪は、森の幸をたっぷり平らげた最高の野生肉ジビエなのだそうだ。その上、猪肉は豚肉と同じくビタミンB豊富でタンパク質の塊である。喜んでたくさん食べてしまったが、さすがに食べ過ぎだったかもしれない。


「まあ、こんな小船、うちのヨットに比べたらたいしたことないけどね!」


「えっ、急にどうしたの?」


 ああ、そういや、プリムはライバルキャラであると同時にお嬢様キャラだったか。夏の間は豪華ヨット(小さい帆船でなく大型民間船)で北国を回っていたという。本来なら、マルグレーテあたりと張り合うポジションなんじゃないか?


「私はリリーさんのこと褒めないからね」


「うん?」


「あんなのドラゴンでもなんでもないじゃない。単なる大きいモグラじゃない」


「あら、気づいてたの」


 〈アース・ドラゴン〉のことであった。


「空飛んでたのも単なる鳥だし、川にいたのも単なる水じゃない。全然ドラゴン倒してない! それくらいでリリーさんを評価したりしないからね」


 つまりはわざわざそれを言いに来たようだった。野営地からクルーザーまでけっこう遠いのにご足労である。


「リリーさんはもっとやる人だって知ってるんだから!」


 えっ、ツンデレ!? さすがツインテールキャラ、このあたり抜け目がない。


「それでプリム。シューくんとはどこまで行ったの?」


「ブッ!?」


 と、プリムは急に吹き出した。なんだ、汚いじゃないか。


「な、な、なにを急に言い出すの!?」


「だって、夏の間、豪華ヨットでずっと一緒だったんでしょ?」


「あ、あいつとはただの幼なじみだから!」


 顔を真っ赤にして叫ぶのだった。


「その台詞、ちょっとテンプレ過ぎない?」


 それもまたツインテールキャラであるが。


「な、なによそれ! なんなのこの話!」


 いや、秋遠征って要するに修学旅行だから、こういう話をする義務があるのかなと思って……


「今夜は泊まって行きなさいよ。着替えもあるから」


「けっこうです」


 プリムはわざわざ来たのに逃げてしまった。


 こんな広い船に一人でけっこう寂しかったのだ。エリア、マルグレーテも誘ったのだが、野営地の方に行ってしまった。みんなでキャンプするのに意義を感じているらしい。うーん、こっちに来たのは失敗だったかな。修学旅行なのだからみんなで過ごすべきだった。でも、今さらテントの中で寝る気にもならないから、クルーザーのベッドでゆっくり休むことにしようか。



             ■



 翌日の午前中。


 騎士たちと二年生チーム、一年生の選抜チームは山に入って調査的なことを行った。


 その他の教官と一年生は野営地でお留守番である。もちろんただ待っていることはなく、騎士団の演習に備えて、周囲を整備する作業が割り当てられた。要するに土木工事である。


 ちなみにリリーさんもお留守番だった。戦闘能力のあるやつをひとり残していこうという考えか、それともトラブルメーカーを置いていこうとしたのかは定かでない。


 残念ながら(?)、この日はとくになにも起きず、昼過ぎ、エリスランド学園への帰還が始まった。二泊三日の秋遠征が終わる。家に着くまでが遠征です。


「うー、疲れました……」


 とは、帰りのクルーザー上でぐったりしているエリアの弁だった。ちなみにリリーさんは前日ゆっくり休んだ上に午前中なにもやってないので元気だった。


「なかなか有意義な遠征だったわね。また来週来ましょう」


「ふひゃっ!? もうしばらく冒険はいいです!」


 ちなみに9月、10月と週末は冒険漬けだった。疲労が残らないよう〔スタミナ〕には気を遣っていたのだが、さすがに回数が多すぎただろうか? でも、ゲームではこれくらい冒険連発するよ! へこたれている場合ではない。


「なに言ってるの、エリア、聖騎士になるんでしょ?」


「もうあきらめました」


 ゲームオーバーであった。『乙女の聖騎士』終了! バッドエンドです!


 まあ、〔スタミナ〕が回復すれば元気になるだろう、たぶん。騎士団の野戦演習には、一年生代表として私たちも参加することになるはずだから楽しみにね!


 それにしても、今回は有意義な遠征だったと言えるだろう――私は学生証を眺めながら考える。


 参加した一年生のうちほとんどが2以上レベルをアップさせている。加えて、戦略物資的な素材も大量にゲットできた。


 はたしてゼーガイメルソル大山脈での「モンスター狩り」に効果があったかはわからないのだが、少なくともマイナスはなかったはずだ。


 ちなみにボスを一匹倒しただけの私は、一年生で唯一レベルアップなしである。かわりに、パッシブスキルの〈指揮統制コマンド・アンド・コントロール〉が、〈上級指揮官フィールド・オフィサー〉に進化している。なにこれ。


 説明によると、まわりで戦っている仲間の戦闘力をアップする上級スキルらしいが……。スキルレベルが上がるごとに、効果を及ぼす人数が増えるということだ。


「それより、リリーさん、学園祭です!」


 ぐったりしていたエリアが跳ね起きる。


「学園祭? ……なにやるんだっけ?」


「私もよく知りません」


 おい。


 チュートリアル係呼んでこい!


「でも、学園祭の最後にダンスパーティーがあるんです!」


「ああ、その話」


 そういえば、エリア、参加したがってたね。着飾って踊ってなにが楽しいんだろう。会場で急にブレイクダンスとか始めたらどうかな。みんな注目するぞ。


「リリーさん。あの話が嘘だったら、たとえリリーさんでも許しませんからね」


 えっ、あの話?


「絶対です。信じてますからね」


 エリアの目が据わっている。


「――――――――――――」


 あの話って……なに?


 どの話!?


 突然なんなの!?


 何の話なのかわからない。


 ――全然記憶にない!

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