第58話 それはまるで花のよう
「フン……貴様、女のわりには、なかなかやるじゃないか」
とは、私の戦いぶりを見た根暗男の台詞だった。
あれ……ひょっとして少しデレた? トーナメントで優勝するようなキャラだから、戦闘能力が高いと好感度が上がるようになっているのかもしれない。
さて、雑魚を掃討しつつ進む。
中ボスの巨大なテントウムシ〈フラワーイーター〉が出ると思ったんだけど、影も形も見当たらなかった。最初のマップ挑戦のときに6匹ほど倒したから、それでもう全滅したのだろうか。
私たちは開かれた場所に出る。
色鉛筆のような空間だった。一面の赤・黄・白・青・紫・橙……
ここは〈森の花園〉のまさに花園である。色とりどりの花が咲き誇っている。
雑多で、派手さには欠けるかもしれないが、冒険のご褒美のような景色かもしれない。前回来たときは戦闘に次ぐ戦闘で殺伐としていてこれを楽しむ余裕もなかった。
「きれいなところですね」
マリスさんはしゃがんで花を愛でる。見つめているのは、詳しくないのだが、桔梗かな?
うーむ、宝石や服に興味を示すことのなかった彼女であるが、普通に花は好きなのか。
そのやわらかい横顔はイベントCGになりそうである。
写真に収めておきたいくらいだ。
あれ……
いまイベント発生してる?
ギャルゲー的なイベントシーンの最中だったりする?
私、どうすればいいの?
こういうときはどう行動するものなの?
花の冠でも作ってマリスさんにかければいいのか?
材料の花はたくさんあるけど、冠の土台ってどう作るものなの?
というか植物って折るとけっこう臭いよね?
仕方なく、私はマリスさんを思わせる白い花(くちなし?)を彼女の髪に差した。
マリスさんがこちらを見てほほえんだ。
うわっ、彼女の笑顔を初めて見た。
これは落ちたか!? マリスさんを落とした!
いや、落とされたのはこちらかもしれない。私が男だったらミスルルの指輪を作りに走るところだった。危ない、危ない。
マリスさんはお返しにヤマユリをくれる。
百合はメタファー的にまずいって! あ、私の名前だった。お土産にしよう、これ。
「おい、なんかいる!」
ショタ男が叫んだ。
うん、いるね。まあ、そいつがいることにはずっと気づいていたんだけど。
大きな花だった。
といってもラフレシアのような生々しく強烈なものではなくて、薄いピンクの美しい花である。それが動く。薔薇の生け垣が丸々移動しているような光景を想像してもらおうかな。
これは〈森の花園〉のボス、〈食肉植物〉である。
以前倒したはずなのになんでまた出てきたんだろう。種から新しいのが育ってきたのかな? ボスが何度でも生えてくるならレベルアップに利用できそう。
「フォーメーションそのまま! チャラ男、根暗、ショタ、前に出て!」
ここまで暇で、戦う気満々といった三人は私の指示に従う。
「まず最初に蝶を片付けて!」
美しい花には虫がつく。
それはマリスさんのような美しい蝶であった。同時にチャラ男のような害虫でもある。
蝶々の集合体だ。まるでイワシの群れのように、ひとつの生き物のように動く。
名前は〈スカイフィッシュ〉。〈食肉植物〉と一緒に出てくるモンスターである。〈食肉植物〉はHPが少なくなると、〈スカイフィッシュ〉を〈捕食〉してHP回復するので先に倒しておきたいところだ。
しかし〈スカイフィッシュ〉は大きく広がって、先制の〈鱗粉〉攻撃! キラキラとしたものが降ってくる。
「くっ!」
パーティーへの全体攻撃だ。毒のようなものでそれなりにダメージを受けてしまう。
「女神よ。加護を」
マリスさんが祈りを捧げると、全員のHPが一度に回復した。レベル5にまで進化した〈女神の癒し〉の威力だ! 夏の間、癒し手として活躍してきた彼女の面目躍如である。
「フン、虫けらめ」
根暗男が剣を大きく薙いだ。魔力が空を走る。なんだろう……このエフェクト。見たことのないスキルだ。
たった一太刀だった。それだけで〈スカイフィッシュ〉が散った。
うわあ、余裕でボスの片割れを倒しちゃった! まさに鎧袖一触。この腕前はさすがにトーナメント優勝者といったところか。
「うわあ!?」
そんななか、ショタ男が〈食肉植物〉のツタで釣り上げられた。このままでは、次のターンに〈捕食〉されてしまう。それだけですぐに死ぬようなことはないだろうけど。
「ほいっ」
私は触手のようなツタを両断する。ショタ男がどさっと落ちてくる。
「恋の炎で燃やしてやるよ」
チャラ男がチャラ男らしいことを言って、〈ブレイズ・ブレード〉。炎属性で植物に大ダメージを与える。
さて、〈食肉植物〉の反撃は、根暗男に向かった。鞭のようにツタがしなる。二回連続攻撃だ。
「フ」
そのどちらも寸前で見切った根暗男は、カウンターでアクティブ・スキルを発動する。また見たことのないスキルだ! ズバッズバッと剣が十字に決まった。空に散る花と葉。
これは……クリティカル! 〈食肉植物〉に大きな傷痕が刻まれ、その部分から折れそうになっている。
ショタ男とチャラ男が追い打ちをかけた。状況を確認すべく一拍遅らせた私とマルグレーテさんも続く。
飛び交う魔術スキル。〈食肉植物〉は力を失い崩れ落ちる。
――中級マップのボスをあっという間に倒してしまった。特に効果的だったのは、やはり根暗男の鋭い剣だっただろうか。
「見たことのない技を使うわね」
「フ、門外不出だからな」
やはり特殊なスキルであるようだ。いったいどこで習ったんだろう。
「貴様は手が広いようだな」
それは色んなことができるということだろうか。実のところ、リリーのキャラ構成って一人で生き残れる系になってるんだよね。私って、そんなに仲間が信用できなかったのか?
それはともかくとして、〈食肉植物〉の巨大な花を結んで縛る。これがドロップアイテムの【甘い汁】である。舐めてみると本当に甘くて、傷の痛みがすっと引いていくのだ。他になにかないか探すが、さすがに魔石が再びドロップすることはなかった。
「ひょっとして、これでもうおしまい? つまんなーい。ボク強すぎてつまんなーい」
なんてショタ男が両手を後頭部に回す。
「心配しなくても、やることはたくさんあるわよ」
「なんだよ」
「薬草採集」
私はひざまづいて、薬草を探し始める。
■
その日の夕方、我々はエリスランド学園に帰還した。
冒険に出た全員が無事生還である。
「我が輩があのオークを倒したのだ!」
なんて自慢するのはクロムくんだった。冒険の成果は上々だったようだ――レベルが1から3にまで上がっている。冒険の楽しみをわかってもらえたかな?
「リリー様に託された任務、達成いたしました!」
と、わざわざ膝をついたのはプロポーズくんである。周囲の仲間たちが「がんばれー」とはやし立てているがなんだろう。
「まあ、私が計画したんだから当然ね」
やはりこのメンバーでちょうどクリアできるくらいの難易度だったようだ。プロポーズくんのレベルは3から5にアップ。予想以上でも以下でもない結果といえる。
「はっ……そうですね、リリー様のお考えに間違いはありません」
プロポーズくんは頭を垂れる。残念そうにしているが、どう反応するのが正解だったのかな……?
大量に回収された素材系アイテムはひとまず市場価格で私が買い取る。それから冒険者の酒場に持ち込んだ。割り増しで売れば、今回の傭兵者雇用代金を相殺するくらいにはなるだろうか……
「おい、なんだよこれは」
次から次へと持ち込まれるドロップアイテムを見て、名無しのマスターが驚愕する。ちなみに私が3チームほど雇っていたので、店は客が少なかったようだ。
「依頼の品よ?」
「それにしても……多すぎる!」
カウンターがほとんど埋まってしまっていた。それだけでもスペースが足りなくて床に積み上げられる。
「表にまだまだあるんだけど。とくに薬草がかさばるのよ」
〈森の花園〉から持ち帰ったものだった。あまりに数が多かったので、〈エバーグリーン大草原〉の初心者チームに応援を要請してどうにか持ち帰ったのだ。
「薬草か。どれくらいあるんだ」
「256個」
「本当に多すぎる!」
本気になって探したらそれだけ見つかったので仕方がない。
「とにかく見積もりするからちょっと待ってくれ。薬草は神殿に直接持っていってくれないか? 対応できん」
「そうね。そうするわ」
というわけで、プロ冒険者たち(契約は今日いっぱい)をこき使って、近くの神殿まで薬草を運ばせる。私の個人的なひいきでドーターの荷役は免除しようとしたのだが、責任感の強い子なのでみんなと一緒に薬草を背負った。この健気さに涙が出そうになり、最弱冒険者チームから不審の目で見られる。
さて、神殿に行くと、いつもの美少女司祭さんがいる。ちなみに余談であるが、実は、この人、ビジュアル的に作中で一番可愛いとユーザーの評価が高かったりする。たぶん、モブであるがゆえに、癖のないデザインとなり、それが「普通に可愛い」につながったんじゃないかな。それにしても若く見えるが、年齢はいくつなんだろうか。学校に行ってないことを考えると19くらいか?
「あら、リリー様、いかがなさいました?」
「回復薬用の薬草持ってまいりましたわ、司祭様」
「えっ、こんなに……!?」
冒険者たちが持ち込んだ薬草で神殿の後ろの方が埋まってしまう。
「も、申し訳ありません、リリー様。これだけの分量となると、お支払いするだけのお金がないんですが……」
「ああ」
そりゃそうだろう。一度にこれだけの薬草を抱えるだけの資金がごく普通の神殿にあるはずがない。
「それでは、司祭様、丸ごと寄進いたしますわ」
「えっ、これを全部!?」
「ええ、これを全部。経済的に困ってるわけではありませんし、神殿とみなさまのお役に立てるならこれ以上の喜びはありませんわ」
私の台詞に美少女司祭さんは目を回していた。
「さすが、姉御! いつも格好いいな!」
「フフフ、もっと褒めなさい」
「さすがだ、レディは。やることが豪快だ」
「もっとよ!」
おい、エルシス聞いてるか。一昨日、神殿に押しかけて〈リジェネレーション〉をレベル3にまで上げた借りは返したぞ。
『知らんわ』
あ、聞いてた。
さて、そこでようやく解散となる。
回収した素材アイテムの見積もりについては、2~3日かかるようだ。依頼主も大勢いるし、仕方がないだろう。お金に困ってないのは事実なので、多少入金が遅くなってもかまわない。
お腹を空かせた私はそのまま寮に帰ろうとする。
「おい、貴様、リリーとか言ったな」
と、声をかけてきたのは、オールバックの目つきが悪い二年生――根暗男だった。ひょっとして、わざわざ待ってたのかな?
「なによ」
私は腰に手を当てて応じる。
「リリー、我々のチームに入れ」
「チーム?」
マリスさんのパーティーのことだろうか。
「貴様の腕はそう悪くない」
「あなたのほうもね。そう悪くない」
リリーさんのツンデレ台詞であった。この男、大会優勝者といえどたいしたことないんじゃないかと油断していたのだが、実際にはめっちゃ強かった。アレン王子や教官たちと同じくらい腕が立つ。本音を言うと、彼が連発していた謎のスキルは格好いい。
「なら、我々のチームに入れ」
「チャラ男とショタ男がいるのがマイナスね」
「貴様が望むなら、あいつらは追い出そう」
えっ、そこまで私のこと高く評価してるの!? 想像外であった。これほど正面からプロポーズされると心が動かないでもないが、私はリリーさんなのである。
「そうね……それはちょっと話が違うわね」
「どういうことだ?」
「冒険のイニシアティブをとるのはいつだってこの私、リリーよ。あなたが私のチームに入るべきだわ」
あと、マリスさんも。二年生の優秀なメンツ引き抜きである。
「フン、それでいい」
えっ、いいの!?
「強い奴の下につくというのなら、それでかまわない」
ふむ、やはりこの人、レベルを重視するキャラなのかな?
やる気があり腕の立つメンバーならむろん大歓迎だ。
だったら、ついてきてもらおうかな。
――秋の遠征にまで。