第57話 バッドボーイズ
広背筋を鍛えまくると、羽根が生えることをご存じですか?
みなさんこんばんは。
ナチュラルな筋肉が好きな坂城百合佳ことリリーです。
広背筋は背中の筋肉。それなのに、鍛えると正面から見えるようになるんだよ。わかりますか? つまりね……脇の下あたりに筋肉が張り出すの! すごくね?
それはともかく、リリーさんは今週の冒険のパーティーを大規模に編成しました。
〈エバーグリーン大草原〉組。
レベル1の初心者、クロムくんのようにステータスが低く、まともにスキルも装備を持ってないような初心者を中心とする。6人パーティーを4チーム編成し、万一のときの補佐として、エリアとマルグレーテを同行させる。ついでにレインくんもついてくる豪華仕様だ。さらにさらに、わざわざラウル先生まで同行することになった――初心者の中には、クロムくんを筆頭に将来の頭脳とも言えるメンツが混じっているからね。実質的に遠足のやり直しだな、このチームは。
〈ケチ川の中州〉組。
すでに一度足を踏み入れているセナくん、金髪くん、眼鏡くんを派遣。ついでに、プロ冒険者の最弱チームもつける。中州にいる甲殻類を倒して、レベルアップしつつ、ドロップアイテムの殻を狙う。
〈離れ小島の洞窟〉組。
ここは回収できるアイテムがしょぼいので放置していた初心者用マップである。しかし、中ボス、ラスボスを倒してレベルアップするには不足のない場所でもある。プロポーズくんを中心としたレベル3の6人パーティーを派遣する。回復役を二人つけたので充分クリアできるだろう。
〈峠の山道〉組。
プリムチームとゴルディチームのできる子混成軍を派遣する。ここは攻略済みの中級マップであるが、ワイルドボア、ミニチュアムースなど野生生物が雑魚として多数登場する。依頼の来ている毛皮を取ってきてもらおう。
うーむ、我ながら完璧な編成ではないか。これなら、素材集めとレベルアップを両立できる。
しかし――反対する人間もいないではなかった。
「なんで、リリーさんの言うことを聞かないとならないの!」
と、怒ってるのはプリムである。金曜日の夜に、パーティー編成を発表したところ、難色を示したのだ。
「これのどこが悪いのかしら?」
「リリーさんに従うことそのもの。私はリリーさんの部下でも、パーティーの一員でもないのよ」
独立心旺盛でリーダーシップのあるプリムは私の指示など聞く気がないようだった。さすがライバルっぽいキャラである。
「プリムよ、リリー殿に従ったほうがいいのではないか? このお方の言うことは常に正しい」
などと言ってくれたのは、最近、私に傾倒しているフレデリカだった。この三日、私のすすめに従って、愛の女神の神殿にも通っている。このパーティーにはもうひとり回復役がいたほうがいいからね。
アレクサンド、ヨハンくん、リオンくんの三人はにやにやしており、プリムと私の対決を楽しんでいるようだった。シューくんは、なにかあったらフォローに回ろうとしてるのが見て取れる。
「だれがなんと言おうと、リリーさんのいいなりになんてならない」
「そこまで言うのなら――仕方ないわね。じゃあ、勝負よ。負けたほうが勝ったほうの言うことを聞く。どう?」
「いいじゃない。勝負の方法は?」
「もちろん尻相撲よ!」
「なるほど、それは私が有利……ってなにを言わせるの!」
と、腰をぶつけられ、はね飛ばされた。これですでに敗北した気もするが、むろんジョークであり、そんな恥ずかしい対決を望んでいるわけではない。
「勝負は単純。互いに手を繰り出して、まいったと思わせたほうの勝ちよ」
「え? よくわからないんだけど……」
「じゃあ、先手で私からね。このメールで勝負するわ!」
私は学生証のメール画面を見せる。
「えー、なに? 『騎士候補生リリーに一年生の訓練・冒険について一任する』、なんなのこれ?」
「送信者を見なさい」
「送信者?」
そこに書かれている名前は、騎士団総長アレン・ヴェルリアであった。
「アレン王子からのメール!?」
「王太子殿下からの委任状よ。一年生の訓練・冒険については私に任されてるってわけ。後手、プリムどうぞ。これに勝てるものある?」
「あるか!」
というわけで私の圧勝であった。こんなこともあろうかと、あらかじめこういうものを用意していたのである。ちなみに文面を打ったのは私であり、こっそりアレン王子の端末から送信したのも私であった。……マリスさんも見逃してくれたし、いいよね!
「それで、リリー、おまえはどこの組に入るんだ?」
荒れたプリムがメンバーを殴るのをバックに、そう尋ねてきたのはセナくんである。
「私はどこにも入らないわよ?」
「また別行動かよ! どうするんだよ」
「どうするって……もちろん、冒険に行くに決まってるじゃない」
■
「マリスさん、忙しいところ、わざわざつきあってくれて感謝いたします」
「いえ、事情が事情ですし、これくらいでしたら」
朝のボート乗り場であった。
私は冒険の誘いに快く乗ってくれたマリスさんに礼を言う。
「チッ、なんでことに……」
「この痴れ者が……」
と、感じが悪いのは、マリスさんの冒険仲間のチャラ男と根暗男である。今回の冒険には彼らも同行する。色々騒ぎがあった末にそうなったのだ。ろくでもない二人であるが、腕だけはいいとマリスさんから聞いている。特に根暗男は騎士トーナメント優勝者だから、弱いはずがないよね。
「へー、きみがリリーちゃんかあ。よろしくね」
パーティーには5人目のメンバーがいた。
小柄で可愛い顔をした男子である。私と同年代のくせに、高校生くらいにしか見えないアイドルスマイルだ。ゲーム的な分類でいえば、ショタキャラであろうか。二十歳の男子に対してショタもなにもないと思うけど。
「そのキャラきつくない?」
「キャラってなんのことかな? いつもボクはこうだけど」
と、無邪気な笑顔である。
「でも、ショタキャラって人気出ないのよね……」
それは、私が常日頃疑問に思っていることであった――アニメやゲームでショタ系のキャラが受けたためしはない。現実では小柄な美少年アイドルが人気なのに、いったいどういうことなんだろう……? 考察不足で理由は不明である。二次元のショタキャラと現実世界のアイドルとでは、何かが決定的に違うのだろうか。ただ単に背の低いキャラというくくりでは人気キャラも多いんだけど……
「ところでマリスさん、この人こんな顔して邪悪だったりしない?」
「よくわかりましたね。人のいやがることがなにより好きという人間なので気をつけてください」
やはり邪悪ショタだったか……。単なる可愛い子だったらキャラクターとして面白くないもんね。
「んー、じゃあ舐められる前にシメておくか」
私はショタ男を投げた。
「ぎゃっ!?」
後ろにいた根暗男とチャラ男に命中。
「なにすんだ、この女! 殺すぞ!」
ショタ男はすぐに化けの皮を剥がし、本性をむきだしにする。でも、まともな人間でも、いきなり暴力を振るわれたらこれくらい言うかもしれない。
……まあ、日頃からつきあいが深いであろうマリスさんがクズ男だと保証しているわけだから間違いはないよね!
「普段からこの4人パーティーで冒険をしているのかしら?」
「色んな人を誘ったんですが、あの3人がいつも追い出してしまうので……」
ひどい話であった。
「女子が一人欲しかったので、リリーさんが参加してくれるのなら願ったり叶ったりなんです」
といっても今日一日だけの臨時メンバーだけどね。
「リーダーはどうするのかしら?」
「普段は私がやっていますが……」
「よくこんな珍獣どもを統率できるわね」
「私の一族は代々思い違いした貴族をしつけてきましたので……」
そんな一族だったの!? 単純に王家に仕えているというわけではなかったらしい。それにしても、どうやってしつけるの!? 先祖伝来のテクニックとかあるの!?
「出しゃばるな。リーダーは俺がやる」
と、前に出たのは根暗男である。
「フン……、弱い奴の下につけるわけがない」
鋭い目つきでぎろりとにらんでくる。
ふむ、こいつはプライドが高いキャラなのか。たしかに、彼は一学期の学内騎士トーナメント(二年生の部)で優勝しているから、強いのだろうけど……
「あなたなんかよりマリスさんのほうが強いわよ?」
「なん……だと?」
「だって、トーナメントではマリスさんが手を抜いてただけだもの。〈乙女の癒し〉を使っていたら、普通に彼女が優勝してたわよ?」
マリスさんこそがエリスランド学園の番長であった。女だからスケバンか。となると私は……裏番? そこんとこ夜露死苦。
「やめてください、リリーさん」
「夏休みに冒険しまくってたから、さらにあなたの手に届かないくらい強くなってるわよ?」
ちなみにレベル23である。夏のあいだは回復役に徹していたので、信仰スキルが大きく伸びている。
「フ、面白い。マリス、やるか……?」
「やめてください」
マリスさんが押すと、根暗男は吹っ飛んだ。例によって、チャラ男とショタ男にぶつかってボーリングのストライク状態である。こんな物理攻撃あったのか! 押すだけで勝っちゃうとは……マリスさんどれだけ強いの!?
「今回のリーダーはリリーさんにやっていただきます」
「え、私? これでも下級生なんだけど」
「アレン殿下がいるのにリーダーをやっていたではないですか」
「はぁ!?」
声をひっくり返したのは、チャラ男であった。
そういえば、夏の冒険では私がリーダーっぽい立場にあった気がする。でもアレン王子って騎士団総長だからな。なんで騎士候補生の一年生がリーダーシップとってたんだろうね。
「いったいなんなんだよ、この女……」
ショタ男が苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「私は補佐役をやってるほうが楽ですので」
「うーん、確かに頼れる女房役って感じだけど……」
「自分で責任取らなくてよくて楽ですから」
意外と黒いなこの人!
小型のクルーザーが出発する。
運転するのはチャラ男であった。
「なんで俺がこんなこと……」
ぶつぶつなにか言ってて怖かった。
「殺す殺す殺す殺す……」
もっと怖いことを言っている根暗男もいた。
「キヒヒヒヒヒヒ……」
さらに気持ち悪いのはショタ男くんである。
なんなんだろうこのチームは。リーダーの私が悪いのだろうか? まあ、まったく気にしてないわけだけど……
「冒険につきあってくれて本当に助かるわ。二年生はこの時期忙しいでしょう」
「ええ、そうですね。研修がありますから」
マリスさんのセミショートにした髪が風に揺れている。しかし、この人もとんでもない美人だよなあ。まわりに美形しかいないから麻痺してるけど。
「研修はどこにしたの?」
「騎士団内に親戚がいるので、同じ部署にしました」
「へぇ」
というか、よくよく考えると、騎士団内に親戚がいるとかそういう話の以前に、彼女の両親が騎士団の隊員(近衛)であった。おそらく代々ヴェルリア家に仕える側近の家系なんだろう。
「あなたはどこにしたの?」
私が呼びかけたのは根暗男である。
二年生になると、騎士候補生は騎士団内の現場で研修を受けることになるのだが、騎士トーナメントの上位入賞者は自分で配置を選べるのだ。それが優勝のご褒美というわけである。
「総司令部付きに決まってるだろうが」
じろりとにらまれた。総司令部付きっていうのはエリートコースなのかな? ゲームでは訓練メニューに「研修」コマンドが増えるだけなので細かいことは知らないのだ。私も来年は優勝して、グリー様の個人秘書を希望しようっと。
クルーザーは〈エバーグリーン大草原〉に到着する。
「あれっ、リリーさんじゃないですか?」
エリアが不思議そうな顔をする。船着き場には一年生の初心者組が集まっていた。
「どうしたんです?」
「〈森の花園〉に行くのよ」
「ああ、あそこ……」
〈森の花園〉は〈エバーグリーン大草原〉のさらに奥にある中級マップだ。かつて、プリムチームと合同で挑戦し、クリア済みなのだが、今回はモンスターが落とすドロップアイテムを取りに来たのだ。
まともにフォーメーションも組めず混乱する初心者たちをラウル先生、エリア、マルグレーテに託し、私たちは森の方へと向かう。
私が先頭に立っていたのだが、後ろから男どものぶつぶつ言う声が聞こえてくる。マリスさんがいなかったら、振り返って手裏剣を打ち込んでいたかもしれない。
平原を抜け森にまで来ると、樹木型モンスターのオークがいた。これは初心者が相手にすればいいだろうということで迂回。みなさん中ボス倒してレベル上げて、素材の樫木をゲットしてください。
「フォーメーション組むわよ。私が先頭。マリスさんが一番後ろ。チャラ男が右で、ショタ男が左。真ん中に根暗が入って」
「だれがチャラ男だ……」
ぶつぶつ言いながらも、四人の仲間たちは陣形を組み直す。ちなみに根暗男が真ん中なのは、どこから敵が出てもすぐに対処できるからである。一応、エースのポジションなのだ。
森に足を踏み入れて、〈森の花園〉へと向かう。よく考えると、まともな冒険というのは久しぶりかもしれなかった。いつもメンバーに指示出したり、なにかを〈投げる〉ばかりで、敵と正面から斬り合うようなことは少なかったからね。
それなら、全身全霊で正面から冒険に臨もうなんて風に考えたとき――
何かがいるのを察知する。
「前方に敵! 隊列を崩さず進め!」
私は腰を落とし、鞘を抑えて走った。あれである。ニンジャっぽい走り方。
前方、空を飛ぶ巨大な肉食昆虫、キラービーの姿が見えた。
敵が気づく前に、闇なる刃で斬りかかる。
ずばっと一刀。殺人ミツバチが体液をまき散らす。こちらが先に〈敵発見〉したので奇襲に成功したのだ。続けざまに〈シャドウ・スラッシュ〉! キラービーの撃墜に成功する。
「フッ……」
敵を倒した。しかし、背後にもう2匹いるのに私は気づいている。振り向きざま、【ホウ酸団子】を〈投げる〉! レベル5スキルによる2個同時投げだ。
キラービーは【ホウ酸団子】に苦しみながらも突撃してくる。私は鋭い〈毒針〉を横に飛んで〈回避〉。しかし、身体を起こしたところにもう一匹が突っ込んできた!
相打ちであった。衝突してはじき飛ばされたが、〈シャドウ・スラッシュ〉で真っ二つにしてやったのだ。
さて、残りは一匹だ。落ち着いて正面から立ち向かい、片付ける。戦闘終了。広がる影と化していた【濡烏】の刀身が一本の剣に戻る。そこにパーティーの仲間たちが追いついてくる。
「大丈夫ですか、リリーさん」
「ええ、問題ないわ」
ちょっとばかり手傷を負ったが、レベル3の〈リジェネレーション〉により、すでに回復が終わりかけている。
「な、なんなんだよ、この女……」
チャラ男が引いていた。なにか引くような要素があっただろうか?
「もう、おまえ一人で冒険しろよ」
ショタ男がそんな風に吐き捨てる。