第56話 リリーさんは大忙し
その足で冒険者の酒場を訪れる。
夕食時の前ということもあってか、来店しているパーティーは二組だけだった。
「おっ、騎士様」
「おーい、姉ちゃん、俺たちと一杯飲もうぜ」
一組はいつものろくでもない五人組だった。雰囲気的には居酒屋に来てる大学生といった感じの連中である。名前は覚えてないし、覚える予定もない。私との冒険でドーターたちがレベルアップしてしまったので、現在、この店で一番雑魚なのは彼らということになる。それなのに雇うとしたら一人1500クラウンもかかるのだから本当にどうしようもない。
「死ねばいいのに……」
私の小さいつぶやきは彼らを凍らせたようだ。
それでもリリーさんにはプランがある。おそらくは彼らも雇うことになる。
つまりだね……ここで話そう。〈大進軍〉に備え、冒険者を雇用し、冒険に連れ出して、レベルアップさせるのである。そうすれば、来たるべき〈大進軍〉において有用な戦力になってくれるだろう。金はかかるがやってみる価値はあるんじゃないだろうか。全員のレベルを最低でも10にはしておきたいなあ。
「おう、レディ、俺たちをご指名ですかね」
話し掛けてきたのは、若くてそれなりにマッチョな面々だった。チーム・ゴルディ。報酬は高いがレベルも高い連中だ。かつて、私は試しに彼らを一度だけ雇ったことがある(学内騎士トーナメントに向けて冒険していたときの話)。彼らは態度も腕前もプロそのものだった。優秀な連中だが、料金はすでに一人4000クラウンと馬鹿高く、中級マップくらいではペイできるかは怪しいものである。
「マスターはどこかしら?」
「すぐ戻ってくると思うぜ」
なんて言葉の直後、名無しのマスターは店の裏手から酒樽を持って戻ってくる。
「おう、騎士さん。待ってたんだ」
「なにごとかしら?」
「あんたに依頼が来てる」
依頼ってなんだ。ゲームにそんなシステムはなかったと思うが……。冒険者の酒場は、プレイヤーがただ冒険者を雇う場だったはず。
「あんたは名前が売れてるからな。クライアントから直接ご指名ってわけだ」
「私自身が冒険者扱いされてるのか……」
新システム搭載であった。
「〈エバーグリーン大平原〉の向こうに、〈森の花園〉って呼ばれてる場所があることは知ってるか?」
「まあね」
プリムパーティーと連れだって、総勢13名で一回クリアしてる。
「そこで取れる花の蜜と、回復役を作る薬草がほしいそうだ」
ふーむ、RPGなんかでよくある素材を持ってくる仕事か。
「なんでもポーションの需要が上がってるみたいでな。大量生産するつもりなんだそうだ」
「薬草はないけど、花の蜜はあるわよ?」
それはボスを倒すとドロップする【甘い汁】のことだろう。回復アイテムとして使えるのだが、使うタイミングがないので3つすべて余っている。
「本当か!? じゃあこっちは依頼達成だな」
「薬草はいいの?」
「花の蜜から大量にポーションを作れるからな。でも、薬草もあればあるだけいいらしいぞ」
薬草は以前ゲットしたのだが、売却アイテムとして売り払ってしまった。いま行けばまたたくさん取れるだろう。
「あとな、他にも依頼がたくさん来ているんだ」
「他にも?」
「〈ケチ川の中州〉で取れるビッグクラブの殻。〈ミスルル廃鉱山〉のミスルル鉱。あとはワイルドボアの毛皮。まず無理だろうが竜の牙も。とにかくたくさんほしいらしい。リストにしてあるから見てくれ」
素材回収系の仕事ばかりであった。
「断ったらどうなるの?」
「どうともならんよ。一縷の望みを託した依頼主が困るだけだ」
「面白い脅迫ね」
「依頼を達成すれば、評価は上がるし、いい金になるぞ。割り増しの料金に加えて、多く持ってきたらボーナスを出すとさ」
「うーん」
私はお金が欲しいわけではなかった。
ぶっちゃけ現在でも冒険者全員を長期雇用できるくらいの元手はある。夏の冒険で手に入れたお宝、アンティーク街が送りつけてきた夏服、ドレスなんかを貴族向けのオークションでまとめて売り払ったからだ。
ちなみに、残す予定だった宝石箱も売却済み。アクセサリはマジックアイテムしか持たない女に戻ってしまった。いいし。欲しくなったら、マルグレーテにねだって買ってもらうし。
「どうも、最近、貴族どもが武器を買いそろえているようでな。なにかあるのか」
「ああ――」
それは〈大進軍〉に向けて軍備を増強しているのだ。ポーションの需要が増しているのもそういうことだろう。
「武具店からも剣や鎧が消えてるそうだな」
それは私が買った。いいものから買い占めた。パーティーの戦力増強に使うのである。
「噂はいくつか入ってるが――なにかあるのかね」
「秋に騎士団と自警団で大規模な訓練をやるのよ」
対外的にはそういうことになっている。国中に〈大進軍〉が来ると知らせるとパニックになるから、訓練という名目で兵力を強化しているのだ。いわゆる第五次防衛計画の一環である。
うーむ、軍備増強のための素材集めなら、積極的に参加せざるを得ないかもしれない。
「ほう、そうなのか」
「騎士団がなまってるからね。両陛下に進言したら、訓練することになったのよ」
「レディが発案者なのか!?」
横で話を聞いていたらしいゴルディ(ゴルディチームのリーダー)が驚く。
「うーむ、おまえさんが王宮に出入りしてるとは聞いていたが、まさかそれほどとは……。となると、王子の花嫁になるという話も?」
「それは嘘だから忘れて」
私はいったん寮に戻って、売却せずにため込んでいた【甘い汁】と竜の牙(小)をひとつだけ酒場に持っていく。竜の牙を見たマスターはたいそう驚いていた(ちなみに剣の基本攻撃力をアップするレアアイテムです)。これだけで8万クラウンになった。普通に売るより二割増しくらいかな。ミスルルのインゴットも大きいのがひとつあったけど、なにかに使えるかもしれないので、手元に置いておく。
夕食が遅くなった。
今日は式典だけで授業がないから暇かと思ったが、なにか色々あった気がする。
どうやら私が最後の利用者らしく、ビュッフェ式の食堂にはほとんど何も残ってなかった。私の好きな五目ご飯もパンもデザートない! おばちゃんが来て、片付けようとする寸前だ。ええい、夜だし炭水化物と糖分はカットだ。
「――寮に戻ってくれてよかったのに」
不人気らしいワカメのサラダをかき集めながら、私はエリアとマルグレーテに言う。二人ともわざわざ食堂で私を待ってくれていたらしい。彼女たち以外にも残ってる人が多いようだけど、みんな夏休みの話でもしてるのかな。
「リリーさんは私がいないと心配だから」
とはマルグレーテの返事である。
「あれ、とうとう私の嫁になる覚悟ができた?」
「私が見張ってないと王国を滅ぼす危険性があるから」
私ってそんなモンスターだったの!? むしろ、王国を守るほうですから! 守護者プレイ中ですから!
「それとも――そっちの人の話?」
「まあ、色々ですわ」
私は残っていた魚のフライ4つを拾う。揚げ物は控えた方がいいので、衣を剥がして食べるかな……。あとはやはり不人気らしい鶏のレバーを少し。変なメニューになったが、タンパク質とビタミンは足りている。
「面倒臭いから、食べながらにしてもらえる?」
と、そっちの人に呼びかける。
リオンくんに似て大柄で頭がもじゃもじゃした男子だった。190センチを超えているのではないだろうか。
「ふむ、こうして直接話すのは初となる。我が輩はクロムである。衣のない魚は美味いか、リリー」
と、自己紹介したクロムくんは眼鏡をかける。肉体派の人かと思ったらエキセントリック系男子だった。
「実のところ、貴殿にひとつ頼みたいことがあるのである」
「どうせ、訓練メニューの話でしょ。マルグレーテに学生証渡して」
「むむむ、話が早いのであるな」
クロムくんが学生証を取り出す。
「実のところ、我が輩は運動を苦手としてるのである」
「えっ、その身体で?」
私は自分の学生証を見た。すでにクロムくんのデータが記されている。〔体力〕が12で、〔知力〕が72だった。知性派か、こいつ! まさか私より〔知力〕の高いキャラがいたとはな……。
「専門は魔術の開発。フィーン師のところで研究しているのである」
ふーん、そんなことしていたのか。ちなみに剣術レベルは1で、魔術レベルは2だった……魔術の研究ばかりで実践は専門外なのか?
「しかし、我が輩も騎士の端くれ。少しは剣で貢献すべきと思わないか、リリー?」
「んじゃ、冒険入れとくわ」
ピピッと右手の甲で触れてスケジュールを登録。
「むむむ、リリーは行動が早いのであるな。しかし、冒険といっても、我が輩には勝手が分からないのだ。遠足で何もできなかったし、秋の遠征も参加を免除されている」
「経験者と組ませるから問題ないわ。装備は指定のものを揃えて」
「至れり尽くせりであるな。変な女と聞いていたが、考えを改めざるを得ないようである」
「あなたよりは変ではないと思うけど……」
「我が輩よりも変であるし、優秀だ」
変であるというところは評価が改まらないようだ。
「それからな。我が輩のように剣が苦手な者がまだいるのだ」
確かにそんな連中がいる。具体的にはテーブルの近くでこっちの様子をうかがっている。
「そういう段取りはいいから、全員学生証出しなさいよ」
今日は疲れたから、面倒なことは手早く済ませてお風呂入って寝たいのである。
すると、いかにも運動は苦手ですといった感じの面々が、マルグレーテとエリアに学生証を渡していくではないか。食べながら、すぐにスケジュールを打ち込み、学生証返却。このあいだ一分もない。
「リリーさん、これじゃダメなんです」
すると、一人がクレームを入れる。
「なにが?」
「えっと、その……うちは貧乏で、アルバイトしないと学校生活がままならないんです」
「実はうちも……」
まあそれくらいはスケジュールを見ればわかるのであるな。
「それぞれ1000クラウン振り込んでおいたから、今週はそれで生活しなさい。日曜の冒険で成果を上げて返すこと」
「あっ、本当だ!」
「リ、リリーさん……ありがとうございます!」
二人は感涙していた。はっきり言って1000クラウンぽっちなら経費扱いで返済しなくていいんだけど、こういうのはきっちりしたほうがいいだろうからね。
「リリーさん、まだ希望者がいるんですけど……」
「そうなの? じゃあ、全員連れてきてよ」
わっと集まってきた。なにこれ。何人いるんだ。ひょっとして、私にスケジュール頼むためにみんな待っていたのか!?
「プリムさんがリリーさんのことをずっと褒めてましたから……」
こうなったというのか!
まあ全員分のスケジュール決めたいとか考えてたんだけどさ……
とりあえず、残ったごはんを食べてしまう。
本当になんだこの人数は。一年生の半分くらいいるんじゃないか。
「リリー様、我々は冒険に行っていたのですが――」
トップバッターはプロポーズくんであった。後ろに5人の仲間を引き連れているけど、騎士分隊の分隊長やってるのかな。
「いつもいいところまで行くけど、途中であきらめて引き返す感じ?」
「な、なぜそれが……」
プロポーズくんは驚愕している。まあ、男6人のチームで回復役がいないとそうなるわな。
「そっちは?」
私が呼びかけたのは、女の子6人のチームである。
「私たちは、その……なかなか敵が倒せなくて……」
いかにもいいところの娘さんらしい、おっとりした子の集まりであった。おまえら3人ずつメンバー交換しろ。そうすれば火力役と回復役が揃う。合コンみたいにもなるけど。
「他の人は?」
「訓練しても全然強くなれなくて……」
「冒険に行きたいんだけど仲間が……」
「装備って何を買ったらいいかわからなくて……」
色とりどりの悩みがあるようだった。
私の前に百枚近い学生証が並ぶ。
いったいこれをどうすればいいというのか……。
さすがに私のキャパを大きく超えている。
だって……百人分だよ?
疲労で思考が止まる。
むろん私は彼らを鍛えたい。優秀な騎士に仕立て上げて、〈大進軍〉と戦いたい。一年生全員のスケジュールを私一人で管理したい。
でも、さすがに無理だ。数が多すぎる。この全員のスケジュールを決めて、パーティーを組ませて、冒険に行かせるなんて不可能だった。
加えて、私には素材を集める仕事がある。プロの冒険者を育成するプランもある。やることが山積している。
ああ――やっぱり無理だ。そこまで考える頭が足りない。
せっかくみんなに期待されているのに……。私にはなにもできない。
「あ、もう、できたんですね。じゃあ、みなさん、お返しします」
エリアが学生証を手に取る。
「さすがね、リリーさん。それにしてもこんな早いとは……」
マルグレーテが感心していた。
えっ、なにが……?
見ると――みんなの学生証に完璧なスケジュールが埋め込まれていた。パーティー編成も、どこに冒険に行くかも、全員分きっちり決まっている。まさに完璧。一体誰なんだ、この隙のないスケジュールを作ったのは――
私だ!
悩んでるあいだに身体が勝手に動いて全部決めていた! まあ、これくらいなら、いちいち考えなくても反射でできるからね。
私なら楽勝であった。
「ありがとうございます、リリーさん!」
「冒険で強くなってきます!」
と、口々に礼を言われる。
こんなに感謝されるなんてこの世界に来て初めてのことだったかもしれない。普段は呆れられたり、変な目で見られることが多かったから……
やりこみプレイヤーでよかった!