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第55話 リリーさんにはスケジュール機能がついてます

 チャラ男が根暗男に突っ込んだ。


「ぐぶっ!?」


 二人が食堂の床に叩きつけられる。


 レベル5の〈投げる〉を舐めるんじゃない。人間くらい投げられなくてどうする。


 まわりから歓声が上がった。


 特にプリムとアレクサンドはやんやの喝采だ。おまえらトラブルを楽しみやがって……


「リリーさん、やめてください! 私は大丈夫ですから!」


「エリアは死んだ! もう戻ってこない!」


 もう一度、チャラ男の胸ぐらをつかんで――〈投げる〉!


 はい、ドーン。


 ぐぎょっと下敷きになった根暗男がつぶれる。


「――この私に生意気な口を利くなんて10レベル早いのよ」


 みなさんお察しの通り、エリアが突き飛ばされたとか関係なく、個人的な恨みによる犯行であった。いきなり馬鹿にされたり、身体に触られたりしたら、だれだっていやでしょう? 1分耐えただけ私って偉い。


「やっぱりこうなりましたね……」


「だから言ったのに間抜けな連中ね」


 肩をすくめるマルグレーテ。


 あたりは死屍累々であった。男子が折り重なって倒れている。ちなみに金髪くんと眼鏡くんがチャラ男と根暗男の下敷きになっているが……貴い犠牲であった。


「ねぇ……これって本当なら、変な男に絡まれて困ってるところに、素敵な男性が颯爽と現れて助けてくれるイベントじゃなかったの?」


「そんな思い上がった人はいないんじゃないですか?」


「どういう意味よ!」


「リリーさんに関わると馬鹿を見るのよ」


 本当にどういう意味か分からなかった。この床を見ればだいたいはわかるんだけど。


「――よくやってくれました、リリーさん」


 と、そこにやってきたのは、なぜかマリスさんであった。学校に戻っても、従者っぽい態度が少し残ってる。王宮でバイトしていた癖が抜けないのだろうか。


「この二人は私のパーティーメンバーなんです」


「これと冒険に行ってるの?」


 私は床でうめいている二人を見下ろす。


「ええ。リリーさんの話を聞いたら、ぜひ会ってみたいと言い出してこんなことに」


「そうだったの」


「正確に言うと、私が焚きつけました。リリーさんの話をすれば、きっとケチをつけにいくだろうと」


「やめてよ!」


 なんでそんなことするの!


「一年生の女子に恥をかかされれば少しはおとなしくなると思って」


 私を利用するのはやめて!


「……そういうのはマリスさんが責任持ってやってくれない?」


「一学期のあいだに一年生に手を出さないくらいにはしつけておきました」


 つまり、マリスさんがいなかったらもっとひどいことになっていたのか……


「リリーさんはいくら利用してもいいし、ひどい目に遭わせていいとマルグレーテさんに言われましたので」


「なんでよ!」


「好き勝手やってるからよ」


 マルグレーテからのぐうの音も出ない返答であった。




 さて、午後は授業がない。しばらく休んだらフィジカルトレーニングでもするつもりだったのだが――


「リリーさん」


 プリムに呼び止められた。その後ろにはいつものようにチームメンバーがずらりと並んでいる。


「ちょっと頼みがあるんだけど……」


「わかったわ」


 そのときには手首に仕込んだ棒手裏剣を取って構えている。


「えっ、なに?」


「ここで勝負をつけようっていうんでしょ!」


「なんの勝負!?」


「ちなみに、アレクサンドとヨハンくんはすでに私の手のものだからね」


「は!?」


 指名を受けた二人は互いに顔を見合わせ……ガッと後ろからプリムの腕をつかんだ。


「いやっ! コラ、離しなさい!」


「フフフ、後で褒美は弾むわ」


 意外とノリが良い奴らだった。


「なんだよ、リリー、俺は!? 俺はリリーの側じゃないの!?」


 リオンくんが叫んでいるが、なんか気持ち悪いのでスルー。


「そんな話じゃない!」


 プリムはアレクサンドとヨハンくんの二人をむりやり投げ飛ばした。その小さい身体でどうやった。このチームを率いるのには、これくらいパワフルじゃないとね。


「フレデリカのこと!」


「フレデリカ?」


 プリムチームのまともに話したことがない子であった。


 いかにもお堅く、気の強そうな女騎士だ。腕はいいはずだが、信仰スキルを持ってないことから、一学期の騎士トーナメントでマルグレーテに完敗していた。


「よくわからないけど、なにかしら?」


「フレデリカは自分の訓練メニューに疑問を持っているの」


「ふうん? つまりスケジュールの相談とかそういうこと?」


「そういうこと。リリーさん、ヨハンのスケジュール決めてくれたんでしょ」


「まあね」


 騎士候補生でありながら音楽家で〔スタミナ〕が最大でも75しかないヨハンくんのため、二学期のスケジュールをすべて組んだのである。音楽の練習は〔スタミナ〕があまり減らないので、キツい肉体訓練と組みあわせれば楽勝だ。


 ちなみに八月末のコンクールではヨハンくんが優勝しているが、「友人のすばらしい女性のおかげで、騎士を目指しながら優勝することができました」というコメントはなかった。代わりに「変な女に絡まれているのに、それでも圧勝した俺すげぇ」的なコメントがあったのだが、いったいどういうことだろう。


「学生証見してみ?」


 と、手を伸ばすのだが、フレデリカちゃんはなぜか私のことをにらんでいた。侮蔑と拒絶がその視線からは感じられる。


「ちょっと、フレデリカ! 渡しなさいよ」


「他人に頼む気などない!」


「どういうこと?」


 プリムは私に頼もうとしているのだが、肝心のフレデリカが嫌がっているようだ。


「あなたは信用できない」


「は?」


 そんなことを言われて戸惑う。


「なんなんだ、先ほどの騒ぎは」


「なんかあったっけ?」


 男子を脱がせるとか、上級生のイケメンをぶちのめすとか、特に語るべきことのない日常である。


「ほら、これだ!」


 鬼の首を取ったかのようにフレデリカは騒ぐ。きっと私のような不真面目な人間は許せないきちんとした人なんだろう。


「リリー殿、あなたについての噂はよく聞いている」


「噂ね……。嘘ばかりだから、責任は取れないわよ」


「たとえば、ルールを破って冒険に行ったとか……」


 それは事実であった。


「ラウル先生を脅してるとか」


 それもまた事実であった。


「夏期休暇中に王宮に入り込んで、いかがわしいことをしていたとか」


「それは事実です」


 と、すれ違いざまに言い残したのは、チャラ男と根暗男を引きずっていくマリスさんであった。


「こんな人、信用できない」


 私もそう思う。このリリーとかいうやつひどくね?


「ちょっと、お待ちになって」


「リリーさんは信用できない人なんかじゃありません!」


 マルグレーテとエリアであった。私すら見捨てたリリーのために立ち上がってくれたのだ!


「リリーさんはスケジュールの面だけは信用できます!」


「そうよ、冒険とスケジュールでは頼りになるわ」


 えっ、それだけ!?


「うん、スケジュール作りはすごいと思うよ」


 ヨハンくんもそれを肯定する。……他のところは? おかしいな、冒険とスケジュールのみ頼れるとか……


「そうなのか。じゃあ、俺のスケジュールも見てくれよ」


 大柄なリオンくんが肩を縮めて、学生証を差し出す。


「フレデリカもほら」


 アレクサンドとヨハンくんがフレデリカを羽交い締めにし、プリムが学生証を奪い取る。


 まあ、学生証を見なくてもだいたいはわかるわけである。


「フレデリカ――このままだと仲間に置いて行かれるかもしれないって不安なんでしょ」


「な、なぜそれを……」


 レベルを見ればわかる。フレデリカのレベルは、夏休み前と同じ7。他のキャラ、たとえばアレクサンドとヨハンくんはレベル11になっている。プリムとシューくんは海での冒険でレベル12まで上げたようだ。ついでにマルグレーテとエリアはレベル14で、私はレベル20となっている。


 フレデリカは、冒険と縁のない夏休みを過ごしていたのだろう――それが普通なんだと思うけど。しかし、それでは仲間とレベルの格差が生じてしまう。彼女は激しい訓練を行って、仲間に追いついていきたいと思っているに違いない。


 さて、受け取った学生証を見ると……


 初心者的なスケジューリングがなされていた。だいたいにおいて、メニューを詰め込みすぎである。これでは、途中で〔スタミナ〕が足りなくなって、「大失敗」を連発するはずだ。非効率的なことこの上ない。バランス良く休みや軽いメニューを入れておかないとね。


「ほら」


 私はフレデリカに学生証を投げ返した。


「ちょっと、リリーさん、ちゃんとスケジュール見てあげてよ」


「もう一ヶ月分入れたわよ?」


「えっ!?」


 フレデリカとプリムが学生証を覗き込む。


「あっ、本当……」


「こっ、これは……!?」


「リリーさん、今日はやけに時間がかかりましたね」


「ちょっと悩んだのよ。あとで変更することになるかもしれないって」


 なんて間に、リオンくんの分も打ち込んで投げつける。


「リリー、こんな早くスケジュールを!?」


「簡単でしょ?」


 スケジュール欄の場所を覚えてるから、文字通り目をつぶってもできるぞ。


「リリー殿」


 急にフレデリカが膝を突いて、頭を垂れた。


「このバランスのいい訓練メニュー、感服いたしました。学園のことを知り尽くし、その上で私のことを考えていないとこれは作れません。私、どうやらリリー殿のことを誤解したようです」


 その目が尊敬と賞賛に満ちている。


 ……おまえ、態度変えるの早すぎだろ! 即デレてるんじゃない! 近年の深夜アニメより早いぞ!


「手間を取らせたね、リリーさん」


「こんなもの手間でもなんでもないわ。どうせ、一年生全員のスケジュール見ようって思ってたし」


「えっ、そこまで!? それは……例の?」


「まあ、そういうことよ」


 つまり、〈大進軍〉に備えて、一年生たちを鍛えようという腹なのだった。


「さすがだね、リリーさん」


 またプリムに感心された。今回は誤解じゃなくて意図的にやってることなので評価がむずがゆい。


「あなたたち二人も学生証見せなさい」


 プリムとシューくんに要求する。ちなみにアレクサンドの分は、ヨハンくんと一緒に打ち込み済みである。


「プリムは優等生的なメニューね。バランスが良くて、下半身がどっしりしてる」


「どういう意味よ!」


「シューくんは……これなに!?」


 か、完璧なメニューじゃないか! 私だったらこうするというような部分がほぼ確実に消化されている。なんというか、ゲームのスタッフが組んだかのような徹底した効率性だった。


「シューくん、あなた何者なの?」


 私は棒手裏剣をシューくんの頸動脈につきつける。


「えっ!? なんでもないですー!?」


 と、わざとらしく両手を挙げる。


 思えば、こいつ、へらへらした間抜けのふりをしながら常に鋭い爪を隠していたな。私にはわかる。


「あなた、もう一人のプレイヤーでしょう」


 おそらくこのゲームは、男女どちらでも主人公を選択できるようになっているのだ。女プレイヤーが私で、男プレイヤーがこいつ。そう考えると、フレデリカみたいな男性向けライトノベルっぽいヒロインが存在することにも説明がつく。


「なにがなんだか全然わかりません!」


「ごまかしても無駄よ。どうせ、エルシスに聞けば全部わかるのよ」


「じゃあ聞いて下さい! なにか知らないけど、濡れ衣だああああああ!」


 プリムとマルグレーテに取り押さえられた――私が。


 ちなみに、あとで神殿に行って、エルシスに聞いたけど、シューくんはもう一人のプレイヤーとかじゃなかったみたい。……じゃあ、単なるめちゃくちゃできる男子かよ! こういうのを捕まえているプリムは侮れないな。




 さて。


 午後はプールでトレーニングである。〈疲労回復〉を持ってないプリムチームは全員強制参加。ちなみにシューくんだけは〈疲労回復〉を私と同じレベル2で持っていたわけだが、やはりこいつ、効率重視プレイヤーか――


 ここでフレデリカが泳げないというサブイベント発生。あと、競泳水着姿がやけにムチムチしていてなまめかしかった。やはりこいつ、ラノベヒロインか――


 それが終わると、カフェ『リヴァージュ』に女子のみで連れ立っていく。いつものように、お茶とおやつの時間なのだが、ただし一人はバイトとして入ってもらう。その一人とはもちろん――


「こっ、こんなフリルの大きい服など……あまりに恥ずかしくて……」


 ウェイトレスの制服に着替えたフレデリカが大きく出た足を隠そうとする。


「似合う似合う!」


 笑いながらプリムが撮影している。


「リリー殿、本当にこのアルバイトは強くなるのに必要なのだろうか……?」


「当然でしょ。得るものは大きいわよ」


 もちろん嘘であった。ウェイトレスの衣装を着せるという恒例の恥辱イベントである。エリアはもちろんマルグレーテや、はては金髪くんまでやったからね、これ。私だって着たぞ(個人的な興味で)。


「それに、あそこの子、あなたより強い冒険者よ」


 てきぱきと働いているドーターを指さす。


「なっ!? 年下にしか見えませんが……」


「年上よ。私よりも」


 何歳なのかは知らないが。22くらいかな?


「――なあ、姉御。伝言があるんだが」


 おやつの終わったあたりで、そのウェイトレスのドーターがやってくる。


「伝言……? だれから?」


「それがな、冒険者の酒場のマスターなんだ」


「えっ、マスター? なんだって?」


「店に来てくれって。詳しくは聞いてない」


 本当になんだろう。あの店には二ヶ月近く足を運んでおらず、まったく心当たりがなかった。


 ゲームでも酒場のマスターに呼び出されるイベントなんて存在しないし……本当になんなんだ!?

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