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第54話 二学期が嫌いじゃない人もいる

「見て、リリーさんよ」


「リリーさんって、夏休み……してたんでしょ」


「私は……してたって聞いてたけど」


 王国歴257年、9月4日、火曜日。


 寮が開き、大勢の候補生たちが戻ってくる。


 久しぶりの顔、そうでもない顔。


 学校の始まる前日に戻ってきた私は、女子寮の玄関に入るなり注目の的になっていた。


「殿下と……」


「ドラゴンを……」


 などという単語が漏れて聞こえてきて、私はため息をつく。


 まあ、噂になるのは仕方がないかもしれない――なにしろアレン王子との婚約騒ぎがあったからな。私がその場で否定したものの、話が広まってしまうのは当然と言えるだろう。


 それに加えて、冒険を成功させた件もある。〔名声〕はとうとう前人未踏の500超え。ゲームでこんな数値見たことない。何の役に立つの、これ?


「リリーさん、私がいない間になにをやったんです?」


 と、一緒に帰ってきたエリアに小突かれる。


「うーん、まあいつもの通りよ」


「もうリリーさんがなにをしても驚きませんけどね」


 なんて会話を交わす内に、女子の一人がこちらへとやってくる。


「あの、リリーさん……。ちょっと聞いてもいい……?」


「いいわよ、なに?」


「リリーさんが大変なことをしたって噂が流れてるんだけど、嘘よね?」


「噂については責任を持てないわね。どういうもの?」


「リリーさんがゼー帝国を復活させて初代女帝になったって聞いたんだけど」


「いったいどういうことなんですか、リリーさん!?」


 エリアが驚愕する。


 ――こっちの台詞だよ!


 どんな噂だよ! どこから出てきたんだよ!


「なんでもすでにエリスランド王国を併呑して、リリーさんがヴェルリア王家を動かしてるとか……」


 してないよ! 過去最大の過大評価だよ! 女帝って本当になんなの!?


「まあ……ヴェルリア王家を動かしたという事実はなくもないわね」


「や、やっぱり……」


 またも言葉足らずの台詞で噂に火を注いでしまうリリーさんであった。エリアが目を回しているが、見なかったことにしよう。


「――リリーさん、夏休みに大活躍したそうね」


 そこで私はツインテールと再会する。


 太い足と安産型のお尻。堂々と腕を組み、私のことを射すくめる。


「久しぶりね、プリム」


 彼女とは夏休み中ずっとメールのやりとりをしていたので久しぶりという感覚は薄かったが、やはり顔を合わせるというのは違うものだ。


「リリーさん、色々噂を聞いてるんだけど」


「また? 全部嘘よ」


 ゼー帝国は復活しておりません。


「そうなの? 夏休みの間、王宮に宿泊していたとか、舞踏会に出たとか、〈ファイア・ドレイク〉からお宝を奪ったとか、全部嘘なのね」


 あ、それは事実です。どうやら彼女は精度の高い正確な情報網を持っているようだった。メールでもほとんど話してないのになあ。


「プリム、ノースノルドなんかでなにをしてたのよ?」


「あのあたりで商売してたの」


「商売?」


「シードラゴンが出たりして大変だったんだからね」


 プリムからのメールによるとシューくんと一緒に海洋型のモンスターを倒したり、謎の洞穴を探ったりしと、海洋アドベンチャーを楽しんでいたようだった。彼女と一緒にそっちのイベントに参加するのも面白かったかもしれないね。でも……商売ってなんだろう。


「リリーさんのおかげでたっぷり儲られそう」


 プリムは私の肩をぽんと叩く。


 儲ける? 心当たりのない話だった。それを見て、プリムがにやりと笑う。


「ここでクイズ、ノースノルドの特産品は?」


「さあ」


 いくらリリーさんでもそんなことは知らない。


「正解はタラでした」


 と、プリムは魚の漬け物をくれる。お土産かよ!


「さて、もうひとつの特産品はなんでしょう」


 含み笑いをして、プリムは行ってしまう。


 チッ、ここは上手を取られたか。なんだろうね、ノースノルドの儲け話って。どこかで商機を見いだしたんだろうけど――プリムはライバルキャラでありながら、商人キャラなんだな。


「リリーさん、どういうことなんですか」


 そこで目を覚ましたエリアが噛みついてくる。なにか怒ってるようだが……


「なにがよ?」


「舞踏会に出たってどういうことですか!」


「ああ、あれね」


 とんだ夏休みデビュー(社交界に)であった。


「私は学園祭のダンスパーティーを楽しみにしてるんですよ! リリーさんだけずるいです!」


「ダンスパーティー……ね」


 ゲームではその時点で一番好感度の高いキャラに誘われて踊ることになるだけの意外と地味なイベントである。たまに、フラグの立ってないキャラが来て、どうするんだこれってなることもある。


「来ればよかったのに、王家主催の舞踏会。マルグレーテもいたわよ?」


「ずっ、ずるいですー!」


 リリーは普通の女の子らしく、ダンスパーティーなるものに憧れを抱いているようだった。でも二学期のイベントといえば、学園祭でもダンスパーティーでもない。


 学校あげての大遠征。つまりは、例によって冒険なのである。




 翌日に二学期開始の式典があってその後。


 授業がなくて暇だった私は、エリア、マルグレーテを引き連れて、早めに食堂に向かう。


「リリーさまあああああああああ!」


 急ぐわけでもなくぶらぶらしていたら、向こうから男子が走ってきた。いかにも真面目そうな若い騎士候補生。あれは……ひょっとして騎士トーナメントで私にプロポーズした人じゃないか!?


「リリー様、お久しぶりです」


 プロポーズくん(仮名)は、息を荒げながらわざわざ膝を突いた。


「ふひゃっ!? どなたです!?」


 私もそれを知りたかった。なんで名乗らないんだろう。


「リリー様のお言いつけ通り、夏休みの間、筋力トレーニングを行いました」


「あらそう。関心じゃない」


 そういえば、王家主催の舞踏会でそんなことを言った記憶がある。


「じゃあ、見せてよ」


「えっ、こんなところでですか」


 お洒落なカフェ風の食堂の前。昼食までまだ少し時間があるが、そこそこ人はいる。


「それなら、私の部屋でゆっくり見せてもらうおうかしら。もちろん二人っきりでね」


 私の考えた超格好いい女の台詞であった。ちなみに女子寮は男子禁制で入れません。


「こ、ここで見せます」


「ふひゃっ!?」


 突然、脱ぎ始めたプロポーズくんに、エリアは背中を向ける。


 突如半裸になった騎士候補生男子。両手でマッチョマンのポーズを取るわけだが……


「薄い!」


 私はバシーンと胸を平手で叩いた。ぐおおとプロポーズくんは悶絶する。


「どんなトレーニングしてるのよ。期間が短いにしても全然できてない!」


「そんな……! 毎日トレーニングしてるんです!」


「毎日するなあ!」


 私は肩のあたりをまた叩いた。


「筋肉は休まないと大きくならない! それに絶対食事量も足りてない!」


「ええっ!?」


「仕方ない……私がトレーナーやってあげるから、放課後、体育館のところのジムに来なさい!」


「えっ、本当ですか?」


 プロポーズくんは目をキラキラさせた。そんなにトレーニングが好きなのか?


「でも、今日と明日はトレーニング禁止ね。筋肉を休ませないと」


「は、はい……」


 と、とたんにがっかりする。どうやら彼は筋トレに燃えているらしい。自分の身体をいじめるのって意外と楽しいからね!


「おっ、筋肉自慢か?」


 そこで話に割り込んできたのは、騎士候補生でも珍しいマッチョ系男子であった。赤毛で大柄のイケイケ男子、リオンくんだ。プリムがチームを引き連れてやってきたのだ。


「へへっ、俺も見せつけないとな」


「ふぎゃっ!?」


 リオンくんが脱ぎ出すと、エリアは顔を覆う。


「これは……!」


 プロポーズくんが驚愕する。


「ふむ……悪くないじゃない」


 リオンくん肩幅が広かった。割れて浮き出た腹筋と胸板。上腕二頭筋のみならず、三角筋まで発達していることから、きちんとトレーニングをしていることが窺える。前腕は筋肉と血管が盛り上がって筋張っていた。一般的な女子にも、この部分は受けそう。腕にセクシーさを感じる人は多いからね。


「リリー、筋肉好きなんだろ? 最高だろ!?」


 マッチョマンのポーズで力こぶをアピールするリオンくん。


「細いわ!」


 ビターンと大胸筋に張り手! もみじの跡がくっきりと残る。乙女のように胸を抱えて悶絶するリオンくん。


「なんでこの程度の筋肉で喜んでるのよ。バルクが全然足りないでしょ!」


 せいぜい細マッチョであった。普通の女性たちには高評価もしれないが、私の趣味にはまだまだおよばない。なんでこの世界は鍛えてる子でもこの程度なんだよ……


「ぎゃあ、リリーさんが泣いてます!」


 あまりの筋肉不足に涙が出てきたのだ。


「も、申し訳ありません、リリー様。こんな貧弱な身体で……」


 プロポーズくんもおろおろしている。


「騎士候補生のあまりのふがいなさを嘆いているのね……」


 プリムが感心する。また意識高い系女子扱いされてしまったが、私の泣く理由など筋肉くらいしかない。


「す、すまん。もっと鍛えておまえ好みの筋肉になるから……」


「それはダメ……、それ以上つけると戦うのにじゃまになる……」


「どっちなんだよ!」


 大胸筋を鍛えすぎると、腕の可動域が狭まる。つまり剣を振れなくなる。騎士としてはこれくらいがちょうどいいのだ。私の考える「騎士の体型はこれくらいがいいんじゃね?」という理想と符合するのがリオンくんであった。


「あ、あと、二人ともズボンも脱いで……。上半身ばかり鍛えて、下半身を忘れてる人って多いから」


「こ、ここですか!?」


「全身の筋肉のうち、2/3が下半身についてるのよ……」


 実のところ、剣を振る動作にも下半身が重要なのである。両足の力を腰の回転で上半身につなげるのだ。野球選手が坂道ダッシュで下半身を鍛えているのもそれだろう。


「ほら、早く脱ぎなさいよ」


「うわー、やめろ!」


「男が何を恥ずかしがってるの。どうせ海パン程度の露出度でしょ」


 リオンくんのズボンを引きずり下ろそうとすると、私のリミッター機能が尻に特大のダメージを与えた。それまでずっと白目で黙っていたマルグレーテが蹴りを浴びせたのである。歩調を合わせるかのように、ほぼ同時にプリムが右のミドルを繰り出し、ダブルキック。私は地面に吹っ飛んだ。


「ひー」


 服を抱えて、リオンくんとプロポーズくんが逃げていくのが見えた。なんのオチだろうこれは。




「リリーさん、訓練サボってる男子を全裸にしてトレーニングさせたらしいよ……」


 などという噂が増えていたが、気にしない。


 さて、今日のランチはなにがいいかな。豚しゃぶの冷製サラダにしよう。あとはタマゴとヨーグルトか……


 怯えた目で私を見ているリオンくんとプロポーズくんにも同じメニューを多量に取らせる。脂肪分をカットして高タンパクな理想的メニューだよ!


 さて、和気藹々とみんなで食事を取っていたわけだが――


「へー、君がリリーか。綺麗な髪だな」


 そんな台詞と共に髪を触られる。


 知らない顔だった。二年生の男子である。


 これは新キャラか。


 外見的には――チャラい。以上。


「フ、竜を斬ったと聞いてわざわざ来てみたが、こんな冴えない女とはな」


 それからもう一人。


 オールバックで鋭い目の男子だった。


 あ、この人知ってる。


 騎士トーナメントの二年生部門で優勝した人だね。名前なんだっけ。


 寡黙で怖いタイプ――というか根暗っぽい。


 急に新キャラが二人もやってきたのだ。


「強い上に美しいなんてすごいよね」


「フン、まったく強そうに見えないな。どうせ全部嘘だろう」


 チャラ男と根暗男はそんなことを言った。


「あ、この人たち、次のページで死にますね。リリーさんに殺されます」


 なんてことをエリアが言うわけだが、次のページってなんだよ!? 少女漫画じゃないよ、この世界は! いや、チンピラがぶっ飛ばされる展開があるのは少年漫画か!?


「あなたたち、リリーさんに絡むと恥ずかしい目にあわされてよ?」


 マルグレーテの言い方もひどい! 恥ずかしい目ってなんだ。私が辱めるのはおまえだけだ!


「そんなことしないって!」


 ちょっとこの人たちのキャラクターとシナリオを分析するだけだから!


「食事中に余計な騒ぎはやめてくださいね」


 マルグレーテとエリアは、ナイフ、フォークを持って行ってしまう。


「なにするの!」


 果てはコップから料理の載った皿に至るまで私から遠ざけてしまう。


「だって、リリーさんすぐモノを投げるじゃない」


 私ってば、まわりにそんな短気な奴だと思われてるのだろうか。失礼な男が来たら即ぶん殴るような奴だと。心当たりはあるが、いつもいつもそうするわけではない。


「へぇ、そうなんだ、楽しみだなあ」


 なんて笑いながら肩に触ってくるチャラ男は、最初は遊びのつもりだがシナリオが進むと本気になってくるようなキャラかな。


「もう行くぞ、こんな女、価値もない」


 こっちの根暗男は、レベルアップすると相手してくれるようになって、だんだんと可愛い部分が見えてきたりする感じかな。それにしても性格悪そうだなあ。


「貴様、リリー様に無礼を働くな!」


 そのとき、立ち上がったのは、プロポーズくんである。チャラ男に挑みかかり……ぼかっと一撃でぶちのめされた!


「最近の一年生は元気だなあ」


 へらへらしてるチャラ男。こいつチャラいくせに強ぇ!


「へへへ、楽しそうなことになってるじゃねぇか」


 指を鳴らしながら根暗男に近づいたリオンくんは、おなかにワンパン決められて沈んだ。強いを超えてまるで隙がない。さすがトーナメント優勝者。


 一年生があっという間にのされてしまった。


 プリムとアレクサンドがにやにやしながら私に「殺せ!」のサインを出す。いやいや、自分でやれよ。私はバイオレンスな暴力ヒロインではないのだ。ちなみに、そんなことを考えているあいだに、挑みかかった金髪くんと眼鏡くんが瞬殺されていたが、悲しすぎて詳しくは語れない。


「ねぇ、時間ある? こんなところにいないであっちで一緒に食べようよ」


 私を逃がさないように素早く横に回り込むチャラ男。


「きゃっ」


 身体をぶつけられたエリアが椅子から落ちかける。


「エリアになにすんのよ!」


 私は投げた。


 なにを――って?


 まわりになにもないのに、なにを投げたのかって?


 手元にあった手ごろなもの。


 チャラ男だよ!

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