第51話 砂漠の神殿
この世界に来たとき、私が真っ先に考えたパーティーは、5人編成であった。
エリア(回復)、マルグレーテ(火力)、レインくん(護衛)、セナくん(探索)。ここに私が加わり、合計5名というわけだ。このメンツだと私がいらない気もするが……、ともかく、見て頂きたいのは役割分担の部分だ。
ひとつのパーティーには、回復担当、探索担当、火力担当がそれぞれ必要となってくる(レインくんの護衛は特殊なので考慮から省く)。火力担当はその辺にいくらでもいるとして、回復役、探索役をパーティーに最低一人揃えるのが重要なのである。彼らがいないと、奇襲されてダメージを負ってそのまま回復できず死亡なんてことになりかねない。
それを鑑みた上で、私はパーティーを三分割することにした。13人というのは中途半端な数字に見えるかもしれないが、私を除けば12人になるから、6人×2、4人×3、3人×4、2人×6といくらでも再編成可能できてやりやすい。
今回は4人の班を3つ作り、前衛、右翼、左翼とする。
前衛チーム――リリー(探索)、エリア(回復)、アレクサンド(回復)、レインくん(護衛)、アレン王子(火力)。
左翼チーム――ラウル先生(探索)、マルグレーテ(回復)、金髪くん(火力)、眼鏡くん(火力)
右翼チーム――セナくん(探索)、マリスさん(回復)、フィーン先生(火力)、ヨハンくん(火力)。
前衛が私を入れて5人。中央に厚い布陣であった。
△のフォーメーションで進み、広い範囲を捜索する。
あたりは荒涼とした砂漠だった。
といっても、中東のような砂さらさらの砂漠ではなく、延々と荒野が続くような砂漠である。アメリカのアリゾナ州とか、オーストラリア大陸中央部分みたいなイメージかな? この乾燥具合を見るに、雨に祟られる心配はなさそうだね。
私はマントで身体を覆う。夏の直射日光を避けるためだが、このあたりの陽射しはそう強くないので必要ないかもしれない。気温自体、王都に比べてだいぶ低い。
足下が乾燥して割れている。石がごろごろしているとこもあるが、そこは避けていく。
「ん、あれ、なんだろう」
なにかが砂漠を駆けていく。魔物だろうか。
「あれは、オリックスだね」
と、双眼鏡を覗いたアレン王子が教えてくれる。
野球チーム? 金融会社?
どうやら有名企業の企業名の由来になった動物らしい。見る限りかなりの群れだが、こんなところに食べるものなんてあるんだろうか。一応、草くらいは生えてるけどね。
『おい、リリー、なんかヤバいのがいるぜ』
と、右翼チームのセナくんから通信。かなり距離が離れているものの、遮るものがないので、学生証をトランシーバーのように使えるのだ。
「どうヤバいの?」
『たぶん、魔物だなあ。巨大なアリジゴクみたいなやつだ。こっちから手を出さなければ大丈夫だと思う』
「わかった。倒しましょう」
『おまえ、俺の話聞いてたか?』
「こっちから手を出すのよ」
だって、モンスターを倒してレベルアップしたいし……
左翼チームを停止させて、前衛チームが右翼まで移動する。横に広がってるので、これだけでけっこう時間を食う。
はたしてそれはアリジゴクだった。すり鉢状になった穴の底に危険そうなでかいのがいる。このあたりは砂地じゃないからアリジゴクって効率悪いんじゃなかろうか。
「サンド・トラップね」
このマップの雑魚モンスターである。雑魚といってもそこそこ強かった記憶があるが、単独で出てくるのでまったく怖くはない。
「どうするんだ? 倒すなら下におりないとだめだぞ」
「王太子殿下、フィーン先生、どうぞ」
「任せてくれ」
穴の手前に立った二人が、〈シューティング・スター〉、〈コールド・ブレード〉を繰り出す。「射程2」の遠距離アタックだ。これなら特殊攻撃〈落とし穴〉にはまることはない。
「GruaaaaaaAAAA!!」
サンド・トラップが土の中から飛び出してきた! 巨大で産毛の生えた昆虫みたいなやつである。遠距離からのハメ戦法失敗!
「リリーさん、私も穴の上から魔術で攻撃できるくらいになりましたが」
とはマリスさんの弁であった。
えっ、じゃあ〈コールド・ブレード〉がレベル5になってたの!? 確認してなかった! そういうことはもっと前に、敵が接近する前に言って!
「てぃっ!」
私はあらかじめ用意していた【ホウ酸団子】を〈投げる〉!
サンド・トラップが苦しそうに身をくねらせた。団子の防虫成分が効いている。
続いて、ヨハンくんの〈コールド・ブレード〉、アレクサンドの〈ブレイズ・ブレード〉が炸裂する。セナくんとマリスさんがさらなる追い打ち。こっちは人数が多いから取り囲んでタコ殴りだ。
とどめを刺したのはエリアの前に立ちふさがったレインくん。ずばっと、胴体を切り裂くと、中ボスは動かなくなったのだった。
それなりにHPのある敵だったはずだが、八人連続攻撃で沈没。アレン王子が大きなダメージを与えたのかもしれない。
ちなみにドロップアイテムのたぐいはなし。私たちは探索を再開する。
岩場に隠れていた毒トカゲや毒サソリを掃討しつつ進む。こんななにもないような砂漠にも生き物はいるんだな。
ようやく目的地が見えてきたのは、昼前くらいだろうか。
「あの山ですか?」
エリアが指さす。それは山、あるいは大きな岩かなにかに見えたかもしれない。
「あれでいいのよね?」
ラーくんに聞くと、こくこくとかすかにうなずく。
そこから近くまでの移動にまた時間がかかる。歩きだからね。自転車でもクルーザーに積んでくれば良かったかな?
『リリーくん、あれはいったい?』
フィーン先生からの通信が入った。
「こっちと合流してください。それ以上絶対に近づかないように」
先生の場合、一人で猛ダッシュして行ってしまいかねない。
いったん13人+1匹で合流して前進。この距離からなら誰の目にも明らかかもしれない。
「あれは……神殿ですか?」
茶色い山のようなもの。それは大きな神殿の廃墟であった。さらに詳しく言うと、神殿を中心とする砂漠の都市である。山に見えるのは崩れた城壁なのだ。
〈砂漠の神殿〉。今回の目的地である。
「未発見の遺跡ですか! これは本当に興味深い」
目を見開き、眼鏡をかけ直すフィーン先生。
「危険ですからね」
私は先生が突出しないように服を引っ張る。
「砂漠の真ん中なのに水がありますよ」
エリアが勝手にとことこと走り出した!
そうなのである。砂漠だというのに、この遺跡には水がたたえられている。なぜなら、ここはかつてのオアシス都市だからだ。数千年の時を経て、いまだどこからか地下水がやってきているのだろう。
エリアが覗き込んだのは石材で四角く囲まれた大きなプールだった。水は透明だが底が見えない。
「これ飲めますか?」
「それどころじゃない! 全員抜刀、戦闘準備! チーム編成崩さないで、回復役は各自チームメンバーの回復に責任持って!」
私はエリアの首根っこを引きずって叫んだ。
プールの奥底から、ゆっくりとそれは現れる。
「えっ、なんです?」
最初は小さな影。
だんだんとそれが大きくなっていく。いったいどれだけ深いのか。いやどれだけ大きいのか。私はかつてこれを見たことがある。
水面を割って出てきたのは、角ないし棘のようなものだった。そのまま続けて虫類のような顔が飛び出す。
「ドラゴン!」
と、叫んだのはだれだったか。
プールから飛び出し、一回羽ばたく。
全長5メートルはあるだろうか。かつての〈ファイア・ドレイク〉よりはずっと小さいが、これもこの世界最強の生物である。
〈砂漠の神殿〉の門番にして、このマップの中ボス。
〈ドラゴン・ヤングブラッド〉であった。
竜は瞬間息を吸った。
〈咆吼〉によるスタン攻撃か。それとも全員への〈ブレス〉か。
「させるか!」
リリーさんは【コショウ爆弾】を〈投げる〉!
破裂した爆弾がコショウをばらまく。ドラゴンはそれを吸い込んでしまう。
「ぶひゃっふ!?」
熱気を帯びたくしゃみが押し寄せる。臭い。
ドラゴンに対し【コショウ爆弾】が通用するのは、〈ファイア・ドレイク〉で確認済み。それより若い〈ドラゴン・ヤングブラッド〉に効かないはずがない。
「いまよ! 竜を撃て!」
一斉にスキルが発動された。
私以外の12人が、氷を、炎を、星を撃ち込んだのである。
ドンドンとど派手に技が飛ぶ。この光景、みんなにも見せてあげたいなあ。
言うなれば……花火。
あるいはいじめ。
行動不能になった一瞬のうちに、取り囲んで滅多打ちだ
それでも誇り高き竜はひるんだりしない。
真っ赤に燃える瞳。私をにらんでいる。
ここで出るのは、〈咆吼〉か〈ブレス〉か、それとも尻尾による〈薙ぎ払い〉か。
いずれにしても、甚大な被害を及ぼすに違いない。
だからその前に【コショウ爆弾】をぶつけてやりましたとさ。
「ぶひょっ!?」
はい、これで、もう1ターン行動不能。
再び、仲間たちから攻撃のアクティブ・スキルが飛ぶ。
ぼろぼろになったドラゴンはまたも私のことをにらんだ。どこか、涙目になっていたかもしれない。
ほい、とどめ。
三発目の【コショウ爆弾】。
そして三回目の一斉攻撃であった。
ぼろクズのようになる〈ドラゴン・ヤングブラッド〉。
とうとう飛ぶ力を失い、ぼちゃんと水面に落ちる。腹を見せて、死んだ金魚みたいになっているが……
「ド、ドラゴンを倒した!?」
「死んでますわよ!」
パーティーメンバーが騒ぎ出す。
「いや、ドラゴンがこれくらいで死ぬわけないでしょ」
そういう設定になっている。ドラゴンは尋常でない生命力を持った最古の生物なのだ。
私は水面に浮かんでいる牙や鱗などのドロップアイテムを素早く回収する。
〈ドラゴン・ヤングブラッド〉はぶくぶくと沈んでいった。
繰り返しになるが、このドラゴンは死んでなどいない。戦闘力を失って、水中に逃げていっただけである。でも、ゲームと違って、本当に死んだみたいな感じになってるんだけど……
マルグレーテやセナくんが学生証で写真を撮りまくっていた。ドラゴンまで撮影するなんて――スマホネイティブ世代はこれだから。砂漠はアンテナ立たないからね!
「こんなに……簡単に倒しちゃっていいのか?」
と、気まずそうなのはラウル先生だった。ゲームではありえない大人数パーティーによる3ターン撃破である。
「私のおかげですね」
【コショウ爆弾】を〈投げる〉でハメてやった。我が方の損害なし。それどころか中ボスからの攻撃すらなし。ワハハ、これで〈北の王者〉のときの屈辱は晴らしてやったぞ。
「たぶん、そうなんだろうなあ……」
ラウル先生は納得がいかないようで首をひねっている。生徒の活躍を褒められないとは、ダメな教官だね。生徒のほうがダメという可能性からは目を反らそう。
「なんなんだこれは」
一方のフィーン先生のほうは地面に這いつくばって呆然としていた。倒れた石柱碑が埋まっているようだ。風化してない古代文字が刻まれている。
「この文字は……いったい」
「ああ、ここは神話時代の前の遺跡なんですよ。ええと、竜の時代ってやつですか」
「なんですって?」
「ここは竜を信仰する古代の遺跡なんです」
「それは興味深いどころじゃない!」
フィーン先生は石柱碑を撮影したり、紙と鉛筆で古代文字を写し取ったりする。
「先生……、それは後にしましょう」
と、背中を叩くが無視された。アレン王子とラウル先生に視線で助けを求めるが、苦笑で首を振られるにとどまる。
うーむ、これがフィーン先生か。大人と思っていたが、遺跡を前にしたらこうである。ひとつのことに打ち込む男の人って素敵♪ という範囲を超えている気がするぞ。
「仕方ない。大休憩。ランチにしましょう」
ここまで距離を移動したし、中ボスを倒したし、休んでもいいだろう。できたら、日があるうちにクルーザーまで帰りたいのだが……
「いまのうちに、二列縦隊のフォーメーションを決めるわよ。ラウル先生とセナくんが先頭ね。その次にアレン王子とレインくん」
探索能力がある二人を前に持ってきて、アレン王子とレインくんを壁にする。その後ろに私が一人で。回復役のエリアとマルグレーテ。ヨハンくんとアレクサンドを挟んで、最後尾に安定感のあるフィーン先生とマリスさん。前にフィーン先生がいたらふらふらして大変なことになりそうだからね。いや後ろもまずいか? いつのまにかいなくなってたりして。
「俺様を忘れるな!」
おっと、金髪くんと眼鏡くんを忘れていた。火力オンリーキャラは目立たないからな。適当に組み込もう。
「遺跡の中をこのフォーメーションで進むわ。最前列二人。焦らなくていいから、ゆっくりと進んで」
「ああ、わかった。なにが出るんだ?」
「モンスターも出るけどね。神殿の中って罠だらけなのよ」
「あー」
ラウル先生は顔を歪めた。トラップで死にたくないから、ここは先生とセナくん頼みである。私も〈罠発見〉は持っているが、スキルレベルが低くて役に立たないはずだ。
昼食後、私たちは遺跡に足を踏み入れる。
開かれた城壁の門から都市の中に入ったのだ。