プロローグ
ゲーム好きな子供たちなら一度は思いを馳せたことがあるだろう。
ボクの考えた理想のゲーム。
好きな要素を詰め込んだ最高のゲーム。
ノートに書き出したりするのだ――システムはこう、世界観はこう、キャラクターはこう、なんてね。あるいは、ツールを使って自分でゲームを作ろうとすることだってあるだろう。たいていはすぐに挫折するが、その中からいずれ本物のゲームクリエイターになる子たちも出てくるかもしれない。
ゲーム好きならだれだって「こんなゲームが欲しい」「こんなゲームを作ってみたい」と思うものなのだ。
さて、こんな話をするからには、私の理想のゲームについて語らねばならないだろう。
ゲーム好きとして腹案は色々あるのだが、ここはやはり私らしく、みなさんご期待の『マッチョハゲオヤジ乙女ゲーム(仮)』の企画を出そうではないか。
まず、ハードは携帯ゲーム機である。女性ユーザーは近年の高性能据え置き機を所有していないだろうからね。最悪、携帯アプリで。でもやっぱり、ちゃんとしたゲームハード向けに出したい。
システムはノベル。分岐がいくつかあるだけのシンプルなノベルゲーム。複雑なシステムのゲームはそれだけでコストがかかってしまう。マイナージャンルは予算を安くあげないとペイできない。
舞台は現代日本。主人公は……二十代のOLとしておこうか。どうとでも取れるように、正確な年齢は表記しない。あるいは二十代というくくりを外してもいいくらいだ。独身のOLさん。とにかく社会人の平凡な会社員。ここは感情移入を優先して、主人公のキャラクターをつけないでいく。企画の一部分が尖っているがゆえ、他の部分はセイフティーファーストで。
そんな平凡な主人公が素敵なおじさまたちと出会うわけである。メインオヤジは5名、プラス隠しオヤジの1名。
オヤジ1
職業:レスキューの隊長
年齢:42歳
頭髪:ほぼ坊主
ひげ:無精ひげ
詳細:過酷な現場で的確な判断を下す隊長。自ら崩れそうな建物に突っ込むのもざら。
台詞:「お嬢ちゃんのためなら、たとえ火の中、水の中。本当に行くぜ?」
オヤジ2
職業:運送業の部長職
年齢:44歳
頭髪:M字はげ
ひげ:なし
詳細:ドライバーからの叩き上げで現在は部長。現役ドライバーでもある。
台詞:「女一人、軽いもんですね。どこまで運んでほしいんです?」
オヤジ3
職業:スポーツインストラクター
年齢:37歳
頭髪:スポーツ刈り
ひげ:短く刈ったあごひげ、口ひげ
詳細:怪我で現役断念した元スポーツ選手。限りなく明るいのだが、時折、暗い影を覗かせる。
台詞:「おいおい、ずいぶんと貧弱な身体だな。俺に任せろ」
オヤジ4
職業:大学教授
年齢:45歳
頭髪:後退しきった前頭はげ
ひげ:しっかりしたあごひげ、口ひげ
詳細:知的マッチョ。単位をもらいに来た体育会系学生をひとひねりすることもある。
台詞:「なんでも聞きに来たまえ。この胸板で受け止めてあげよう」
オヤジ5
職業:探偵
年齢:39歳
頭髪:スキンヘッド
ひげ:もみあげからのあごひげ
詳細:危険な雰囲気を漂わせる元傭兵。彼の登場で主人公はある事件に巻き込まれることに……
台詞:「おい、小娘。もう俺に関わらないほうがいい」
隠しオヤジ
職業:中国武将
年齢:不詳(220年生まれ)
頭髪:オールバック
ひげ:ロング
詳細:関羽。字は雲長。言わずと知れた美髯公。デートの時は赤兎馬で迎えに来てくれる。
台詞:「不好意思、我不會説日語」
……いや、違うんだって!
隠しキャラで関羽が出てくるオヤジゲーが本当にあるんだって!
そのパロディです! ジョークです!
というか私はラフな無精ひげが好きなので、美髯にはあまり興味がないのだ。おしゃれしてない無骨なのがいいんですよね。美しいものより男臭いのを好むのが、おそらくは世の女性と私の違いであります。
関雲長の話はさておくとして――
残りのメインオヤジ5人は年齢を本来の理想より3~5歳ほど下げてある。50代のキャラがいてもいいんだが、それだと売れないかもしれないわけで……日和りすぎだろうか? 老紳士キャラでも増やしてみるか。
オヤジ6
職業:執事
年齢:57歳
頭髪:オールバック
ひげ:口ひげ
詳細:子供のころから主人公に仕えてきた執事。一見細いが、主人公のピンチにはマッチョに。
台詞:「やれやれ、お嬢様はいくつになってもお変わりありませんな」
なんか主人公がお嬢様キャラになっちゃった! 設定については要検討と言うことで。
さて、メイン6人を眺めていると……
オヤジ2「運送業の部長職」が地味かな。単なるトラックドライバーの管理職だものな。ストーリーが動かない。年齢なりの役職とか気を遣わないで、普通のトラック野郎でいいかもしれない。腕一本で稼いでいるキャラだ。
こう見ると、影を背負っていたり、暗い部分のあるキャラのほうが動かしやすそうだし、人気出そうだね。ギャップ的な面も押し出せるしね。私は普通に明るいオヤジが好きだけど、フィクションと現実は盛り上がりの点で違うのだ。
スチル(イベントCG)は一人あたり10枚程度。共通ルートで10枚。合計で70枚程度か。本当はもっと豪華にしたいんだが、予算の問題があるからね。これでもがんばってる方だ。
声優さんにはあまり詳しくないんだけど、オヤジ5の元傭兵の探偵については、スネークの人でお願いします。
ほら、完成したよ。完璧な企画だ。これ、どこに持ち込めばいいんだ? 任天堂?
えーと、というか、なんでこんな話をしてるんだっけ?
ああ、そうだった。
現実逃避のためだった。
そんなことをしている場合じゃなかった。
だって、国王陛下が死んでしまうんだからね。
■
夏休み中。
八月中旬の王家邸だった。
いま、私の目の前には、エリスランド王国の重鎮二人がいる。
国王、ヴァツラフ・ヴェルリア。
王子、アレン・ヴェルリア。
この二人に私は説明している。いかにして、エリスランドが侵略され、国王が戦死するかについて。
いまから一年後。来年の秋にそれは発生する。
〈大進軍〉。
モンスターの群れが王国を襲うのだ。
「残念ながら、騎士団の戦いぶりについては詳しくありません。私が知っているのは、騎士候補生たちの話ですわ」
「戦いには候補生たちが投入されると?」
と、質問したのは国王。
「ええ、戦いの舞台はエリスランド学園ですからね」
ゲーム『乙女の聖騎士~エリスランド学園青春記~』において、〈大進軍〉は最後のイベント、ラストバトルである。
5連続のボス戦。
これに勝つと、エリアは聖騎士として認められることになる。バランスの甘いゲームであることから、まず負けることはない。負けるとしたらまだシステムに慣れてない初回プレイ時くらいのものだろう。
「騎士候補生たちの戦いは、結局のところ大勢に影響を与えません」
たとえプレイヤーが負けても、その後のイベントに変わりはない。
「愛の女神までもが降臨し、多大な犠牲を払いながらもエリスランド王国は勝利します。私が知る限りでは騎士団に大きな損害が出ます」
エンディングによっては、主人公のエリアが若くして重要なポストに就くこともある。騎士団の名簿に空いた大穴を埋めるためという理由付けがなされるわけだ。
そして……
「陛下。あなたは〈大進軍〉の中心たる〈シャドウ・ドラゴンロード〉を討ち取ります。御身と引き替えに」
「――――――」
静寂。アレン王子の顔が真っ青になっている。
私はそれ以上なにも言うことができなかった。いったいなにを言えばいいというのだろう。
「そうなんだ」
と、口を開いたのは国王であった。
「――なんかそれ格好良くない?」
思いがけず明るい声が出る。
「ドラゴンと戦って国を守って戦死するんでしょ? なんかそれ格好良くない? 物語の英雄みたいじゃなーい?」
いつもと変わらない国王。それはわずかな心の慰めであったが――
「冗談じゃない!」
アレン王子が立ち上がってすごい剣幕で叫んだ。
「そんなんで王座なんか継ぎたくない! どうにかならないのか!」
私は感情を剥き出しにする王子を初めて目撃した。
「ダメだよ、アレンくん。リリーちゃんを困らせちゃ」
一方、父親の方はどこまでも落ち着いてる。
「でもさ……。でもね、リリーちゃん、パパだって家族を残して死にたいわけじゃないんだよね。どうにかなったりはしないの?」
「おそらくは……」
私は首を振る。
『乙女の聖騎士』を百回はプレイした。国王は百回死んだ。例外なく。
固定イベント。
変えられない事実。
〈大進軍〉から2年後を舞台にした続編の『乙女の聖騎士2』でも、国王の座についていたのは現アレン王子である。
なにをしても、国王は討ち死にするものと思われた。
回避する道はない。
「そんな……」
アレン王子は力なくソファに沈んだ。
顔を押さえている。
その悲痛な様子に、図らずも私は心を動かされる。
「そうか……。なら仕方ないかな」
明るく笑う国王の顔にかすかな陰りが混じっている。
そう。仕方がない。
仕方ないじゃないか。
だって、ストーリーでそう決まってるんだから。
それはだれにも変えられない決定事項なんだ。
なにかができるはずがない。
でも、さ。
――でも
「仕方なくなんかない」
この世界で生きてる人ってなんなんだろう。
単なるゲームキャラなのか?
アルゴリズムに沿って行動する人形なのか?
人格のない死んでもいい存在なのか?
ふざけないでほしい。
私はこの世界で色んなキャラクターと出会った。
エリアにマルグレーテ。
レインくん、セナくん、金髪くん、眼鏡くん。
国王に、王妃に、王子。
人間であった。
全員がちゃんとした人間だった。
精巧に作られたプログラムなどではなかった。
だったら、運命が決まってるなんてありえない。
だれが死ぬなんて決まったわけじゃない。
もし、このファンタジー世界に運命なんてものが実在したとしても。
「戦いましょう」
私は立ち上がる。
「黒髪の君……」
システムや、ゲームシナリオや、固定イベントなんかに負けるわけにはいかない。なぜなら私は坂城百合佳でありリリーだからだ。ゲームを徹底的にやりこんだプレイヤーであるからだ。
作る側に負けたりなんかしない。
「これから一年かけて、〈大進軍〉を攻略します」
私はどこかにいるかもしれない創造主、あるいは神に宣言する。
「〈大進軍〉の損害を限りなく少ないものとし――国王陛下を絶対に守る。絶対に死なせない」
ヴァツラフ国王が口笛を吹いた。
そう。
いま決定した。
それが私のゲームクリア条件だ。