エピローグ
翌日。
ここのところの様々な疲れを癒やすべく、私はゆっくりすごしたかったのだが、勘違いした人たちに囲まれ、またも騒ぎに巻き込まれた。しかし、それはまた別の話。
夜になると、私は制服に着替える。
これから、ヴェルリア邸のリビングルームで、国王陛下とのちょっとした「会合」があった。なんとなく雰囲気を察した私はできるだけ正装をする気になったのだ。
同じく制服に着替えたマルグレーテがヴェルリア邸にやってくる。彼女も今回の会合に「できたら、来てくんない?」とのことだった。
王家のリビングは広い。フルオーケストラが軽く入れる程度の広さがある。天井だって高いのだが、ただし、窓がないので開放感に欠けるのが欠点だろうか。侵入されたり狙撃されたりなんて事態を防ぐための措置なのかもしれない。
「やあ、リリーちゃん、グレーテルちゃん」
薄暗い室内に国王ヴァツラフ・ヴェルリアがいた。約束の時間にはまだ早いのだが、静かに私たちを待っていた。その様子には、王たる者の威厳、さもなくば凄みのようなものが備わっていたかもしれない。
「わざわざ、来てもらってすまないね」
隣には眠りこけるアレン王子がいた。彼は昨日眠れなかったようで、朝からふらふらしていたのだが、夕食後にここで眠ってしまって、そのままかな。
「これでもパパ自慢の息子なんだけどね」
「このぼんくらが?」
とは、さすがに私ではなく、マルグレーテの言葉だった。
「ひどいなあ、グレーテルちゃん」
「父親に似たのではなくて?」
軽い部分は父親に似てるかもしれない。母親に似た部分は……あるのかな? 母親がしっかりしすぎていて、息子がダメになるパターンかもしれないね。あと、もう一人の親とも言えるアレンシナリオのライターが優柔不断な人物に描いたのが問題だ。
「みんな来ることになってるから少し待ってもらえるかな」
マリスさんがお茶を持ってきてくれる。この家では速攻でお茶が出てきてしまうのでトイレが近くなるのが問題点だ。
やがて自室の方から奥様が出てきた。今日の朝食に姿を現さなかったので心配していたのだが、昨日の夜とは違ってさすがにしゃんとしたものである。
「う、痛ッ……」
と、頭をおさえる。まだ二日酔いだ! どれだけ飲んだんだよ。
最後にやってきたのは、ラウル先生とフィーン先生だった。二人とも制服でなくスーツ姿である。休暇中に王家を訪れるファッションとなるとこうなるのかもしれない。ラウル先生のほうはいかにもスーツを着慣れてない感じで新人サラリーマンっぽくなっていた。フィーン先生のほうはくたびれたよれよれのスーツによれよれの白衣を羽織っている――大学の准教授風だ。研究室からそのまま来ましたって雰囲気である。
「おっと、もうみなさんお集まりですか。失礼しました」
「かまわないよ。時間前だし、そんなに堅苦しい集まりでもないしね」
国王は言うが、このメンツってわりとそうそうたる感じだよな。国王夫妻に、王子と親友の騎士(教官)二人。
「グリズムート様はいらっしゃいませんの?」
「本部で勤務中。知らない人がいると、リリーちゃんが嫌がるかもしれないと思ったからね」
嫌がらないよ! 余計な気を回さないで!
これで全員揃ったわけだが……奥様がぽかりと息子の頭をぶん殴る。起きたアレン王子はすぐに周囲の事情を察したようだ。
「それで――いったい何事なんですか、父上。もしまた結婚の話なら……」
「ああ、いやいや、そんなんじゃないよ」
国王は片手を上げて息子を制した。
「実はね。リリーちゃんにひとつ聞きたいことがあったんだ」
視線を向けられ、私は身構える。
「近々さ――〈大進軍〉があるんじゃないかな?」
「なっ!?」
それを聞いて奥様がうめいた。
「〈大進軍〉だって……?」
アレン王子の眠気が吹っ飛んだのが手にとるようにわかる。
「そうなんでしょ?」
「――よく気づかれましたね」
国王は私が想像していたところよりも、もっと奥深く、一番重要なところをえぐってきた。彼は知っているようだった。
そう、〈大進軍〉は起きる。モンスターの群れがエリスランド王国に襲いかかってくる。
なぜ国王はそれに気づいたのだろう。私が〈大進軍〉について教えたのはプリムだけのはずなのに。彼女はいま北国の海を回っている――当人からのメールが届いている――ので彼女から聞いたという可能性は低い。他に何か情報源があるのか。あるいは国王だけが知る予兆のようなものがあるのか。それとも……
「勘ですか?」
「まあね」
国王はさらりと言ってのけた。ごく少ない情報から正解にたどり着いたというのか。
「ええ、その通りです。陛下が推測なさっている通りです。来年の秋……いまから一年と数ヶ月後に、〈大進軍〉が発生します」
「ふぇっ!?」
マルグレーテがエリアみたいな声を出した。
「ちょっと待て、リリー! そんなこと、軽々しく言うものじゃないぞ!」
「ちなみに、暇な騎士を何人か貸して頂けたら証拠を提出することができます」
「好きなだけ持っていってちょうだい」
国王は手をひらひらと振った。
「お待ちなさい。どういうことなのです!?」
話について行けていない奥方が立ち上がった。頭痛など吹っ飛んだようだ。
「だって、リリーちゃんって予知能力があるんでしょ。そんな子がいま現れたってことは、〈大進軍〉が起きるしかないじゃなーい?」
国王は手をひらひらと振る。すさまじい理論の飛躍であるが、正鵠をついている。この国でなにかあるとしたらそれは〈大進軍〉しかないってことかもしれない。
「リリーさんが予知能力を持っているというのはどういうことなのですか?」
「そういえば、リリーさんって色々変なこと知ってるのよね……」
「そうですね。彼女は前人未踏の遺跡について知っていました。すべてを知っているわけではありませんが……、肝心な部分を知っている。非常に興味深い」
マルグレーテとフィーン先生がそんな話をする。これを言わせるために、国王は彼らを招いたのだろうか。
「ちなみにラウル先生が女性に縁がないことなんかも知ってますよ」
「そこは真面目にやってくれ!」
私が茶化すと、当人からクレームが入った。
「リリーちゃんってば、エルシスの遣わした天の使いかなにかなんでしょ?」
「全然違います」
私は単なるストレンジャーでありイレギュラーである。
「予知能力などという言葉は誤解を招くのでやめたほうがいいでしょう。エルシスには神の啓示などと言われましたが、それも違うでしょう」
「女神様と気軽に話さないで欲しいんだけど……」
「私が知っているのは可能性だけです」
「可能性?」
「この二年間に起きるかもしれないこと。それだけです」
「〈大進軍〉が起きる可能性があると」
「それは必須イベント……いえ、つまり、避けることができない出来事です。我々の力で未然に防げるならそれはそれでいいんですが」
「無理ね。〈大進軍〉はそういうものではない」
奥様がそう言い切った。〈大進軍〉というのはある種の自然災害のようなものであるから事前の予防は不可能であろう。できるのは被害が広がらないようにする対策だけだ。
「地図はありますか?」
「ええ、少々待ってください」
フィーン先生が用意してくれる。巨大な地図がテーブルの上に開かれた。
ユーラシア大陸を模した大陸。その中央、帝国の背骨こと、ゼーガイメルソル大山脈が縦に走っている。そこから西がエリスランド王国である。
山脈の中央にエリスランド学園があった。そこから川を下り西進すると、ここ、王都にたどり着く。
「おそらくは来年の九月ごろ……モンスターたちがここの水力発電所を破壊します。これが〈大進軍〉の前兆となります」
私は地図にあった発電所を指さす。これだけでも相当な被害であろう。
「十月から十一月ごろ、モンスターの群れがエリスランド学園を襲います」
それこそが〈大進軍〉。
「もし学園が抜かれたら……」
マルグレーテがつぶやいた。もしこの城塞学園都市を突破されたら、大量の高レベルモンスターが王都を襲うことになる。そこから先は守るに難い平原が延々と続いている。
「渓谷をまるごと埋めるしかないでしょうね」
奥様が言った。
「そんなことができるの?」
「常に計画はあります。実際、過去の〈大進軍〉で、トンネルがいくつも埋められているのです。もし、渓谷を埋めたのなら、我々はもう二度と大陸の東に行くことはできなくなるでしょう」
「王国の防衛は縦深が浅いんですよね」
「だからこその第四次防衛計画だろうが」
「来年までに前倒しで完了させないと……」
これはフィーン先生とラウル先生、アレン王子である。
「リリーちゃん、〈大進軍〉が来ることはわかった」
国王が発言するとみなが黙る。
「それで……もう少しだけ話を聞いていいかな」
「どうぞ、陛下」
「〈大進軍〉が起きることはわかった。きみが言うからには本当に起きるんだろうね。聞きたいのはね、その先のこと……〈大進軍〉でこの国がどうなるのかってことだよ。リリーちゃん、そこまで知っているのかな?」
それは知っている。どんなルートを通っても、その部分の結末は同じだ。
「学園はモンスターに破壊されることになりますが……聖騎士の活躍で〈大進軍〉は食い止められます」
「聖騎士!」
奥様が叫んだ。それはこの国において伝説的な言葉である。だれかがでっち上げた後付けの言葉でもあるけど。
「なるほど、リリーちゃんが聖騎士になるのか……」
「黒髪の君が?」
「聖騎士という柄ではないが、それだけのなにかを持っているかもしれないな……」
「いえ、聖騎士になるのはエリアですけど……」
「エリアさんが?」
マルグレーテが間抜けな声を出した。このゲームの主役はエリアだぞ。
「エリアくんですか……信仰の力は一年生でもトップクラスですね」
「トーナメントでいい成績を残してたよな。でもあいつ、にぶいんだよな」
「なになに、エリアちゃん? その子、だれ?」
「私とリリーさんのお友達ですわ、陛下。一年生の騎士候補生です」
「じゃあ来年二年生でしょ? そんなに強いの?」
現状では、大幅にレベルアップしたマリスさんよりだいぶ弱いわけだが――
「マルグレーテ。エリアのフルネームは?」
「エリア・シューシルトでしょう?」
「――シューシルトですって?」
奥様は名字を聞き逃さない。
「それでエリアの出身地は?」
「里帰りしてた村のこと? それならメールに……あったあった。モンプレニル村でしてよ」
「――あのモンプレニル村ですか?」
「まさか、名字が同じなだけでなく……本物!?」
反応したのはフィーン先生と奥様だけだった。
名字と村名で気づいて欲しかったんだが……せめて王族はもっと反応しろよ! 遠縁とはいえ、血がつながってるんだぞ!
「フィーン先生……解説お願いします」
「モンプレニル村は国母エリスの出身地です。エリスは二人の子を産み、このうち女の子のほう、エレイン姫はモンプレニル村に戻って母の土地を受け継いだという伝説が残っています」
ちなみにこの土地というのは単なる畑である。
「となると……エリアさんはエリスの子孫だったの!?」
「愛の女神と御先祖様に確認済みだから確かよ」
「どうやって、確認したかは聞かないわ……」
「ふーん、じゃあ、そのエリアちゃんはパパとアレンくんの遠い親戚ってことなのか」
といっても、血統によって聖騎士になるわけじゃないけどね。あくまでも努力の結果である。
「リリーさん、そのエリアさんという方、いまおつきあいなさってる男性はいらっしゃる?」
「奥様、縁談を進めようとするのはやめてください」
私の目が黒いうちはエリアをけして変な男に渡したりはしない。もちろん私の審美眼は厳しいわけで……エリア一生独身の予感。
「彼女がいれば、〈大進軍〉が実際に起こるという証拠を示すことができます。しばしお待ちください」
正確に言えば、彼女と一緒にいるミニミニドラゴン、ラーくんが証明してくれる。やれやれ、また冒険だ。〈ケストラルの水上都市〉は来年までお預けだなあ……まだぎりぎり行けると狙ってたのに。
「つまり、エリアちゃんのおかげで、最低限、王都は守られる感じ?」
「ええ。もちろん、かなりの損害は出ますが……」
そこまで答えて私は固まった。
血が凍る。
それから心臓が鼓動を早める。
全身が熱くなり、頬が紅潮する。
そうだ。
そうだった。
大切なことを忘れていた。
このイベントで起きること。
〈大進軍〉の際に、イベントCGで示されること。
ゲームでは気にしてなかったが、この世界では見過ごせないこと。
なんで気づかなかったんだろう。
こんな重要なことほかにないじゃないか……!
「――失礼。陛下、お人払いを」
「ん? どうしたの?」
「王族以外の方には、これ以上話せません」
あえぎながら、どうにかそれだけ私は絞り出した。
「――――――」
ラウル先生とフィーン先生は黙って席を立った。
「……女子供も出て行ってください」
私は王妃陛下とマルグレーテに視線を走らせる。
「私は国王の妻ですよ?」
「ええ、早く出て行ってください」
だからこそである。彼女だからこそ絶対に聞かせることができない。
難色を示す王妃であったが、突如としてマリスさんが登場し引きずっていく。
「なにかよくないことがあるようだね」
国王とアレン王子と私が残った空間。何事か察した国王はそれでも落ち着いている。
「ええ――説明します」
よくないことがある。私には説明する義務がある。
「この〈大進軍〉を率いることになるのは、〈シャドウ・ドラゴンロード〉というモンスターです」
「聞いたことがあるね」
アレン王子がつぶやいた。
それは〈ファイア・ドレイク〉と並ぶような伝説級のドラゴンである。どれくらい強いかというと……私にもわからない。なぜなら、ゲーム上のデータがないからだ。
「救国の英雄となるはずのエリアですが……〈シャドウ・ドラゴンロード〉と剣を交えることはありませんでした。なぜなら、国王陛下、あなたがドラゴンと戦ったからです」
「ふうむ」
どのルートでもそうだった。エリアがどんな結末を迎えようと、これだけは変わりがない。
「ヴァツラフ・ヴェルリア陛下、あなたは〈シャドウ・ドラゴンロード〉と刺し違え、名誉の戦死を遂げることになります」




