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第49話 暴虐の代償

「ん、マルグレーテ、いま奥様なんて言った?」


「婚約がどうとか言ったような……?」


 一瞬の空白の後、どわああああと会場が沸いた。


「おめでとうございます、殿下!」


「最高の花嫁だ!」


「王室万歳!」


「ヴェルリア一族に栄光あれ!」


 王家を称揚する声は、やがて歌へと変わっていく。この全員での讃歌は、オープニングテーマ曲のアレンジか。へぇ、盛り上がってるな。なにか、おめでたいことでもあったのかな。


「おまえ、いい加減にしろよ、どういうことなんだよ!」


「いや、ぼくもさっぱり!」


 金髪くんがアレン王子を殴っているのが見えた。騎士らしく急所を的確に攻めるとは元気だなあ。


「ねぇ……、いまリリーさんが殿下の婚約者とか言ってなかった?」


「私が王子の婚約者?」


 ハハハ、と笑ってしまう。


「いったいなにを言ってるの」


 私と王子が婚約だって? そんなことあるはずが……


「婚約おめでとうございます!」


 私の前に貴族たちが殺到した!


「殿下を射止めるとはさすがですね!」


「ぜひ、お世継ぎを私たちに見せてください!」


「我々は全員あなたを支持します!」


「国の行く末はあなたの双肩にかかっているのですよ!」


 などと口々に言うのだった。


「ちょっとどういうことなのこれ! マルグレーテ助けて!」


「リリーさん!」


 私は貴族の波に飲み込まれていった。


 本当にどういうことなんだこれは! 私とアレン王子が婚約だって!? あり得ないし、どこから出てきた話なの!? そんな予兆すらなかったよ!


 乙女ゲームだと段階的にイベントをこなしていくものじゃないか。衝撃的な出会いもなかったし、暴漢に襲われているところを助けてもらうこともなかったし、プロポーズもなかった。アレンルートに全然分岐してません!


「ちょっと、そこのリリーさんとやら?」


「なんで、アンタなんかがアレン様と婚約するのよ」


「殿下にふさわしいとでも思ってるの!?」


 うわあ、なんか若い子たちに絡まれた!


 見るからに意地悪そうな縦ロール祭りである。こいつらは……アレン様ファンクラブとかそんな感じのやつらか!? 乙女ゲームというより少女漫画っぽいイベントの発生だ!


「あんたなんて、黒髪が目立つくらいで、腕は立つし、冒険で成功してるし、殿下に……お似合いかも……」


 と、縦ロールちゃんはどんどん言葉の勢いを失っていく。そこはきっちり否定しろよ! というか否定してください、お願いします! 全然お似合いじゃないからね!


「異国から来た黒髪の姫騎士とどう戦えばいいのよ……勝ち目ないわ……」


 がんばってください! みんな、夢をあきらめないで! ほら王子様なら、そこで金髪くんとマルグレーテにボコボコにされてるから! みんなでアタックして! いや暴行に参加するという意味ではなく!


「リリーさん、みなさまに挨拶を」


 と、奥様に救出される。この人が大波を引き起こした元凶でもあるのだが……


 私はホールの中央に引っ張り出された。すると、水を打ったように会場が静まりかえる。私の第一声にみんなが注目しているのだ。落ち着くために乱れた髪を軽く整えると、軽いどよめきが上がる。いったいなんだってんだ。


「――みなさま、私のために集まって頂きありがとうございます。騎士候補生のリリーと申します。みなさまの知らないような遠い異国からやってまいりました」


 再び謎のどよめき。なにこの集まり。


「私からこの場においてひとつ重大な発表をさせて頂きます」


 一拍おいて、


「王太子殿下との婚約を破棄いたします」


「……え?」


「私に王太子殿下と結婚する意思はありません」


「ええっ!?」


「なぜ!?」


「王国の後継者ですぞ!?」


「これほどの相手はおりません!」


 あっという間に大騒ぎになった。


「まさか婚約を破棄するなんて……」


「やはり、相手がアレン殿下ともなると身分の差が……」


「いや、リリー様は東国の皇帝のご息女と聞いておりますぞ」


「皇女殿下であらせられるか!」


「となると、むしろアレン殿下のほうが身分が下ということに……」


 私の設定、ものすごいインフレしてるんだけど、どういうことなの!?


「では、なぜ婚約解消などと?」


「文化の違いでしょうか?」


「しかし、リリー殿ともあろうお方が、そんなこと気になさるであろうか?」


 私は詮索に忙しい貴族たちに対し手を上げ、軽く咳をした。一同が私に注目する。


「婚約破棄の理由――それは王太子殿下に男性としての魅力がまったくないからです」


 それ以外に理由はなかった。


 だって……あんまりいいところないでしょ、アレン王子って? せいぜい前衛として優秀ってことくらいかな。それにしたってマルグレーテを鍛えた方が強くなるし。


 私の所信表明演説を聞いて、貴族の皆さんは、ぽかーんとしていた。……彼らの目にはアレン王子が魅力的な男性と映っていたのであろうか。


「リリーさん、どういうことなの!?」


 王子の母が詰め寄ってくる。


「それはこちらの台詞ですわ。殿下などと結婚するつもりは毛頭ありません」


「なっ!?」


「いえ~い、アレンくん、二人続けてふられてやんの~」


 驚愕する王妃と、息子を馬鹿にする国王。


「は――話が違うじゃないの!」


「どこでその話とやらを聞いたんですか……? そもそも私と殿下は完全に他人同士――互いに名前で呼び合ったこともないような遠い関係ですわ」


 気持ち悪いから、彼のことを名前で呼んだりはしたくないのだ。向こうの方も意図的なものかこれまでリリーという固有名詞を口にしたことはなかった。たぶんどんな女の子に対しても一線引いてるんじゃないかな。誰にも優しいということは、誰にも興味がないということなんだろう。


「そ、そんな……」


 崩れ落ちる奥様。こんな気丈な人でも、息子のこととなるとこうなるのか――


「そういうことなので。それではごきげんよう」


 私はマルグレーテと一緒に退場した。




「見ておりました、ご婚約おめでとうございます、リリー様」


 控え室に戻るとマリスさんが改まった挨拶をしてくる。


「すごいじゃなーい、リリー、女王様になっちゃうなんてさ。まあ、あんたなら、それくらいやりかねないと思ってたけどネ」


 アレクサンドも残っていてくれたようだ。


「でも、あの王子はっきり言って外れヨ? 国が欲しいからって、あんなのと結婚してもいいわけ?」


「結婚もしないし、婚約もしてないから!」


 彼らにはまだ正確な情報が伝わってないようだった。


「あらそうなの?」


「いったいなにを言ってるのです?」


 マリスさんは大いに眉をひそめている。


「それはこっちの台詞! なんで私が王子と結婚するの! どこでどうそんな勘違いが生まれたの!」


「勘違いもなにも、長期間、実家に泊めるというのはそういうことでしょう?」


「そうよそうよ。アンティーク通りあげて、プリンセスのために衣装を作ったのヨ」


「たまたま住むところなくて王宮に住むことになっただけだから! アンティーク通りには夏服買いに行っただけだから! 全部勘違いで、あなたたちの暴走だから!」


「だから、うちに来ればよかったのに。ずっと一部屋空けて待ってたんだから」


 とはマルグレーテの弁だった。こんなことなら彼女の家に行けば良かったかもしれないが、それはそれで別の面倒な騒ぎが起きていたことは間違いない。


「リリー様、覚悟はできているとおっしゃったじゃないですか」


「そんな会話した記憶ない!」


 似たようなことを言った記憶はあるが、少なくとも王子との結婚についてではない。


「ですが、アレン殿下とミーリアン様との婚約を破談にしたのはリリー様ですよね?」


「えっ、それもリリーさんの仕業だったの!?」


 マルグレーテが声をひっくり返らせる。それは確かに私の仕業である。しかし、アレン王子と結婚するために婚約を潰したとかそういう策略ではなく――


「あくまで相手のためにやったことだから!」


 ミーリアン嬢がフランツくんと上手くいってよかったね。


「でも、リリーったら服の代金を王子に支払わせてるわよネ?」


「そうだったの!?」


 そういえば、服が毎日届くのに代金を支払っていない。


「そのおかげで殿下が夜遊びしなかったからみんな喜んでたんですよ」


 アレン王子はお金に困っていると聞いたけど……これが原因か! 私の洋服代なのか! なんで王子はおとなしく払ってるのよ! なんでそこまで自己主張しないの!


「請求書は全部私に回して!」


 それを支払うくらいの余裕はあるから!


「では……、本気でリリーさんは殿下と結婚する気がないのですね」


「ありませんから!」


「して頂かないと困るのです」


 ずいっとマリスさんが顔を寄せてくる。ヒィッ、怖い!?


「いいですか、これでアレン殿下の婚約は2件連続で破談となりました。となると、今後、お妃候補探しはますます難航することになるでしょう」


「そ、そうでしょうね……」


「一国の王子の結婚相手ともなると、ただでさえ条件が厳しいのです。大貴族の姫君もダメ、外国人もダメとなれば……大物はあきらめてもっと身近で済ませようとするはずです」


「身近?」


「ええ、王家に近くて身元のしっかりした女性の中から、結婚に適した年齢の者が選ばれることになるでしょう。真っ先に名前が挙がるのがマルグレーテさん、あなたです」


「えっ!? あんな男、絶対いやですわ!」


 マルグレーテは本気で嫌がってる。確かに年齢の釣り合う貴族の女性となると彼女になるかもしれない。


「おそらく、その次の次あたりが私になるでしょう」


「マリスさん? いいんじゃない、マリスさんで。王子にはあなたみたいにしっかりした女性が必要でしょ」


「冗談じゃありません」


 またすごまれた!? マジ怖いんですけど!?


 しかし、アレン王子ってば本物の王子様なのに人気ないな。本性を知る身近な人に忌避されるというのがなんともはや……


「なので、リリーさんに結婚して頂かないと困るのです」


 自分のために私を利用してないで! というか、奥様の情報源ってマリスさんでしょ! みんなで勘違いして妄想を膨らませたんでしょ!


「そうね、リリーさんなら生け贄にしても心が痛まないし、むりやりにでもアレと結婚させましょう!」


「あら面白そう」


 マリスさんとマルグレーテの邪悪な企みに、頼みのアレクサンドまで乗った!


「うんと言うまで許しません!」


「お待ちなさい!」


 私はドレスのままで逃げ出す羽目になったのだった。




 王宮内に潜伏し、ほとぼりが冷めたころヴェルリア邸に戻った。敵が隠れていないかキョロキョロと確認し、抜き足差し足。


 ……こんなところで私はいったいなにをやっているのだろうか。王国で最高のお宅にホームステイさせてもらったものの、ずいぶんと高い宿泊費を支払った気がする。


「ウォォォォォォ……」


 こっそり自室に戻ろうとすると、奥から野獣のうなり声のような何かが聞こえてきた! 全身が総毛立つ。これは危険だ! どうにか脱出しないと……


 しかし。しかしである。好奇心によるものか、あるいは呪いめいたなにかによるものか――私はどうしてもうなり声の正体を確認せざるを得なかったのである。そっと、リビングルームを覗く。


「ったく、なんだってのよぉぉ……」


 そこには、パーティードレスのまま、ワインをあおっている奥様がいた。歴史的な王冠は床に転がり、背負った羽根はすっかりひしゃげてしまっている。


「みんな結婚に夢を見すぎなのよぉぉ……」


 散乱するワインの瓶――すっかりできあがってしまっているようだ。これは本当に危険である。私は〈忍び足〉で脱出する。


「そこ、リリーさん!」


 気づかれた! ほとんど泥酔しているいうのに、ドラゴンにすら通用した私の〈忍び足〉を看破するとは――王妃陛下、いったい何者なんだ。


「この独身娘、あなたも飲みなさい!」


「い、いいえ、けっこうです」


「私の酒が飲めないっていうの!?」


 肩をつかまれる。思いっきり酒臭い。まさか王宮で酔っ払いに絡まれる羽目になるとは……。


「最近の娘たちはね……結婚に対する認識が間違ってるのよ」


 ろれつが回ってなくてよく聞き取れないのだが、彼女が言ったのはだいたいそんなことであった。


「みんな条件のいい男と結婚しようとするでしょう……。あれはダメ。そんなことしてるからいつまでたっても結婚できない。最初から完成された男なんて見つかるわけがない。いい? 男ってのは女が育てるもんなのよ。結婚して自分で育てる。それができない女はダメ。わかる、リリーさん!?」


「は、はい!」


 そういうのは晩婚化が進む現代日本人にでも言ってあげてください!


「なんで私の息子が結婚できないのよ! 王子なのよ!?」


「あなたの育て方が悪かったからです!」


「なにが悪いのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 奥様が私の首を絞めて思いっきり振り回す。


「あー、アリアナちゃんまだ飲んでたの? ごめんね、リリーちゃん。うちの奥さん酒癖悪くて」


 私の危機に颯爽と駆けつけてくれた王子様は――王子の父であり、王妃陛下に育てられた男こと、ヴァツラフ国王陛下であった。


「こんなに飲んだのは財政破綻したとき以来だねー」


 国王がつぶやいた。財政破綻ってどういうこと!? この国けっこうヤバいのだろうか?


 国王が介抱すると奥様はあっという間に眠ってしまう。こういうのを見ると、夫婦という感じがするな。


「……うちの奥さんはね。なにをやらせても完璧な人なんだよ」


 国王は優しく奥様の髪をなでる。


「ええ……それはわかります」


「騎士候補生のころから、学園で一番の美人にして一番の成績。正直言って、ちょっと怖かった」


 怖いって。でも、なんとなくその時代の姿が目に浮かぶようだった。


「最近はうちの財政も国情も安定してね。順風満帆。彼女にとって、最後の懸案事項はアレンくんの結婚だけだったんだ。それでちょっと強引になって、暴走するようなところもあってね」


 ミーリアン嬢婚約事件や、今日のような事態につながったというわけか。


「本当にごめんね、リリーちゃん、うちの奥さんとアレンくんの騒ぎに巻き込んでしまって」


「いいえ、気にしておりませんわ」


 これ以上の騒ぎが続くのは勘弁してもらいたいが。


「本当はね、アレンくんには自分の力でお嫁さんを探してもらいたいんだ。いくら王族といってもできたら親は口を出したくない」


「ええ、それがいいでしょう」


 国王としてでなく、父親としての言葉だろうか。アレン王子にそれができるかどうかはやや疑問が残るが……


 国王は「よっこいしょ」と、奥さんを持ち上げる。


「おやすみ、リリーくん。いつまでもこの家にいていいし、今後もぼくのことをパパと呼んでくれてかまわないからね」


「おやすみなさいませ、陛下」


 一回もパパなんて呼んだことはないし、今後も呼ぶことはないだろうが。


「おっとそうだ」


 国王は出て行こうとして振り向く。


「リリーちゃん、今度、パパのために時間を取ってくれないかな。ひとつだけ聞きたいことがあるんだ」

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