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第47話 どなたのお手を取りましょう?

「アーラ、いいじゃない。リリー、きれいヨ」


 アレクサンドが私をしげしげと眺めて言った。


 鏡に映る私は深紅のドレス姿だった。肩はちょっと出ているが露出度抑えめ。ふわっと広がった裾。ハーフアップ(お嬢様結び)にした髪には、ダンジョンから持ってきたジュエリーをベースに赤い花をあしらったコサージュが付けられている。


「本当に素敵です。リリーさん」


 着付けを手伝ってくれたマリスさんは表情を変えずに言った。


「いいでしょ。この赤。リリーにあうようなビビッドで上品なのを探したのヨ」


「舞踏会の主役はリリーさんで間違いありませんね」


 アレクサンドとマリスさんに送り出される。


 どうしてこうなった。




 舞踏会は王宮内の古い宮殿で行われる。


 普通、パーティーというものは男性にエスコートされるものと思うのだが、この世界の舞踏会はむしろ男だけ女だけで来るという習慣があるらしい。なぜならダンス相手を探しに来る場であるからだ。合コンみたいなものか?


「準備はよろしいかしら」


 そして、私は、奥様――この国の王妃と一緒に殴り込みをかけるところだった。


 奥様のドレスはすごい。どうすごいかというと、私の献上した王冠をかぶって、クジャクみたいな羽根を背負ってる。まるで漫画の集中線のようであった。これ以上目立ったら不敬罪で即死刑という意志が強く感じられる。まあ、王家主催のパーティーなら、国王夫妻が主役かもしれないが。


「あら、緊張しているの? 心配することはないわ。ダンスの申し込みが殺到するわよ」


 そんな心配はしていない。


「そういえば、リリーさん、神殿を味方につけたそうね」


「神殿?」


「黒髪の女性が匿名で【神々の時代の神像】を寄進したと話題になっているわ」


「ああ、その件ですか」


 ダンジョンから持ってきたエルシスちゃん無塗装フィギュア(18禁)のことである。


「最初から私がしゃしゃり出る必要なんてなかったようね。すべてあなたにお任せするわ」


「はあ……?」


 重々しく扉が開かれる。そこは舞踏会の会場であった。


 着飾った紳士淑女。中央のホールで思い思いに踊っている様子が見て取れる。この音楽は……オーケストラが生で流しているものか。


 壁際で男性に誘われるのを待っているお姫様たちは、壁の花というやつであろう。みんな可愛いんだから早く誘えよ、バカチンども。


「おおっ、王妃陛下だ!」


「隣に例の女性がいるぞ!」


 めっちゃ注目されとる。数百人の紳士淑女が驚きの目でこちらを見ている。私って別に目立ちたがり屋じゃないからうれしくないんだけど……。


 こんな場に出るつもりはなかったのである。しかし、逃げるのに失敗したのだ。師匠のところに潜伏しようとしたら、『多島海に行くので留守にしています』との張り紙が残してあった。なんでニンジャが南国でバカンスするんだよ!?


 そもそも、こういうパーティーイベントってエリアが起こすものでしょ! パーティーに誘われたけどドレスがなくて困るとかやるものでしょ! 私なんか七月の時点で3着くらいドレス届いてたからイベント発生しなかったよ! アンティーク街のやつらが送りつけてきていたよ!


「あれが、お噂のリリー様ね」


「まあ、ごらんになって、あの大きな宝石」


「アレン殿下と冒険に行って手に入れたものそうでしてよ」


「宝石よりもあの黒髪のほうが価値がありますわ」


 うら若いお姫様たちに言われてむずむずする。穴があったら入りたい。注目されたくない。


「リリー様! お願いします!」


 突然、タキシード(燕尾服かな?)の若い男性が私の前にひざまづいた。


 なあに、これ?


 というか、この人、学内トーナメントのとき、私にプロポーズしてきた人じゃないか。だれか知らないけど。まず自己紹介をしていただきたい。


「リリー様、私に!」


「どうか、お手を!」


 どかどかと男性たちが寄ってくる。


 あ、これダンスの申し込みなのか? もちろんダンスなんて踊れませんが……


「踊って差し上げなさい。これが最後の機会なんだから」


「はあ……」


 確かに舞踏会に来る機会なんぞもう二度とないだろうけど。でも、知らない男性、それもマッチョじゃない人と踊るのはちょっとなあ。ほら、みんな枝みたいな手足をしてるよ。


「この私が頼りない殿方と踊るとでも? 一同、身体を鍛えてから出直しなさい」


 うわっ、久しぶりにリリーさんっぽい台詞出しちゃった!


「なっ!?」


「これでも騎士団で鍛えております!」


 と、一同が肉体を誇示するが、服の上からでも貧弱なことがわかる。


「どこがよ……グリズムート様を見習いなさい!」


「えっ、副総長を!?」


「そう。あれが本物の肉体というものよ」


「ん、俺のことか、お嬢ちゃん?」


 ――その声を聞いて振り返ると。


 グリズムート様がいた。


 騎士団副総長のグリズムート・マルタン様。


 世界で最高の男性。


 正装であった。筋肉をムキっとしたらバリっと破れてしまいそうなタキシード姿。ほら見て見て、晴れの場に出るために髪とひげをお洒落しようとして失敗してるのが可愛らしい。


 こ、これ、本物だよね!? 本物のグリー様だよね!? 私専用イベント来た! ダンスイベント来た! 舞踏会来て良かった!


「お、踊ってください。グリー様!」


 女性から誘うのはどうとかいうのは完全に無視して私は飛びかかる。


「ハハハ。誘いを断る言い訳に俺を使うとは、人が悪いな、お嬢ちゃん」


「ち、違います! 本当にグリー様と踊りたいんです!」


「えっ、俺と!?」


 私の真剣な想いは相手に伝わったようだ。


「で……い、いや、俺は無理なんだ……」


 急に汗をかきながら、焦りまくるグリー様。この姿も可愛いのだが――


「無理って、ど、どういうことなんですの!?」


「俺ァ……踊れないんだ。どうも不器用でなァ」


「わ、私もです。そんなことは関係ありません! 不器用同士踊りましょう!」


「か、勘弁してくれ、お嬢ちゃん!」


 顔を赤くしたグリー様はすたこらさっさと逃げてしまう。その姿もまた可愛いけど、待って! 私と踊って!


 追いかけようとした私は――やわらかいものにぶつかった。


「さすがリリーさん。来て5分も経ってないのに大騒ぎね」


 それは真っ白な乳であった。


 このしゃべる乳という妖怪には以前も遭遇したことがある。たしかいやらしい妖怪だったような……


「もう、どこを見てらっしゃいますの!?」


 左右の手で顔を挟まれる。なんだ、マルグレーテじゃないか。


「なんで、ここに? 冒険は?」


「さっき戻ってきたところ。リリーさんが舞踏会に出ると聞いて、慌てて準備してきたのよ」


 マルグレーテは肩と胸と背中の大きく開いた白いドレスを着ていた。というか、パイオーツさんのパイオーツがまろび出ているんですけど。びろーんって半分以上出てるんですけど。


「こんなのダメよ、隠して! これ私のものだから! 誰にも見せないで!」


「これは私のものですわ」


 マルグレーテは私の手を引っ張った。私と正面から相対する。なんだ、私の嫁になる気になったか? こっちは遊びのつもりだったのに。


「リリーさん、どうせ踊れないんでしょう?」


 踊れるよ。中高のときの創作ダンスなら。某アイドルグループのパクリのやつ。


「私、女子校時代にリード役やってたのよ。任せて」


「リード役?」


「つまりダンス練習のときに男のほうの役をやるの。当時は燕尾服着たのよ」


 ふーん、女同士でダンスして練習するわけだ。


「女子校で男役なんてやると、女の子からモテたりするんじゃないの。マルグレーテは背が高いし、疑似王子様って感じで」


「は? 女子校でモテるわけがないけど……」


「そうなの……?」


 あ、いや、その理由、いまわかった。ちょっと抱き寄せられただけで、乳がぐいぐい押しつけられてるわ。王子要素あっても、こんなメス丸出しにされたら、みんな現実に戻って冷めるわ。


「ほら、ステップはこうよ」


「こう?」


 私は足下を見て、マルグレーテの足を踏まないようにする。


「ダンスってあれでしょ。くるくるって回ってぽーん飛びそうなやつ」


「よくわからないけど……アレマーナならこうですわ」


 と、頭の上でマルグレーテにくるっとされる。これじゃない。もっと手が離れて飛んでいくくらい勢いがあるやつだ。


「あら、奥様、ご覧になって、女の子同士で踊ってましてよ」


「まあ、可愛いものね。女子校時代を思いだすわ」


「まだ子供なのね」


 なんて声が聞こえる。わざとらしく聞こえるように言ってるのだ。ものすごく嫌みな口調でな。


「ちょっと、マルグレーテ、なにあれ!」


「こういうところによくいる怖いおばさまたちですわ」


「気に入らない! 私のためにあいつら殺して!」


「無理よ、あれ、ウィーヌ男爵夫人とノックスベル侯爵夫人じゃない。宮廷で一番面倒な人たちですわ」


 くっ、難敵であったか。でも……


「ウィーヌ男爵夫人とノックスベル侯爵夫人?」


 この人名には聞き覚えがある。夏休み前、騎士トーナメントの折、私は暇に飽かせて神殿に通い詰めていたのだが、このときエルシスから宮廷の噂として聞いたのがこの名前だった気がする。


「えーと、たしかウィーヌ男爵の奥さんがノックスベル侯爵と不倫してるんだっけ?」


「なっ!?」


 別に聞かせるつもりはなかったのだが、思いっきり奥様方に聞かれた。となると、この二人は不倫してる人と不倫されてる人になるのか。


「ど、どういうことですの!? いまの話は本当なんですの!?」


「落ち着いて奥様!」


「怪しいと思ったら、本当に浮気してたのね、この雌狐!」


「言わせておけばなによ! あなたは侯爵に飽きられてるのよ!」


 なんか、バトルが始まっていた。周囲がざわざわする。夫であるウィーヌ男爵とノックスベル侯爵が飛んでくるが、わりと殴り合いにまで発展しているようだね、うん。ダンスの練習に夢中でよくわからなかったけど。


「……なかなかやるわね、リリーさん」


「なんの話かしら」


 もしかしたら女神の加護があったのかもしれない。


「おおっ、陛下と殿下だ!」


 そのとき、近くの騒ぎよりもっと大きな騒ぎが巻き起こった。踊って足下を見ていても、聞こえてくる。ヴァツラフ国王とアレン王子が来たのだろう。


「ほら、マルグレーテ、くるくるって回してよ。派手な感じのあるでしょ」


「ルンバのことかしら、曲が違うけど……」


 マルグレーテと私が重なる。手を握り、そこからくるくるっと回って――発射! 手が離れて私はぽーんと飛んだ。


「ああ、黒髪の君とマルグレーテ、こんなところに……ぶべっ!?」


 なにかに衝突して私は止まった。そのまま尻餅をついてしまったが、やわらかいものが下にあるので大丈夫だった。人にぶつからないでよかった。


「もう、尻の下に敷いてるなんて……」


「やるねぇ、すごいんじゃな~い、リリーちゃん?」


 王妃陛下と国王陛下はなぜか感心しているようだった。


 奥様とマルグレーテは会うなり何事か話を始める。どうやら仲が良いようだが、血のつながらない親戚同士かな? どこかでつながってるのかもしれないけど。


「ひどいなあ、黒髪の君」


 マルグレーテを取られてしまうと、私は暇だった。どこかに素敵なヒゲのおじさまとかいないかな。〈探索〉してみるが、今夜はダンス中心ということで若い人が多いようだった。私とマルグレーテに触発されてか、女の子同士で踊っている面々もいて……


「ん?」


 私はその若い男性に目を留めた。二十代前半くらいだろうか。この世界のことなので、当然、細身のイケメンである。この世界では、むしろ平凡といっていい青年だった。


 異常なのは彼の目つきである。思い詰めた目をしている。一見して真面目そうな雰囲気だから、そこがなお怖い。なにかあったらなにかをやり遂げる顔だ。


 上着の内ポケットに四角くて固いものを忍ばせているのが見て取れた。ジャケットの上からその部分だけくっきりと浮かび上がっているのである。この世界って――拳銃的なものないよね?


 これは……あまりよくない状況だろうか。


 いや、ひょっとして切迫している?

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