第46話 花嫁の持参金
「さて、お宝はどうしようかしら」
二週間ぶりに戻った我が家のようなヴェルリア王家邸の寝室。私は持ち込んだ大量のお宝を前に困っていた。使い道のないジュエリーだのベルトだのマントだのどうしたらいいんだろう。
「ここに置いておいたらどうですか?」
疲れてるだろうに早速メイドに戻ったマリスさんはそんなことを言う。
「盗まれない?」
「ここは世界一安全なところだと思いますが……」
そりゃそうだった。どれくらい安全かは私が直々に調査済みである。見つけたわずかなほころびを報告したなんてこともあった。
「それに王家の財宝と比べたら、我々が持ち帰った品など、がらくたのようなものです」
「そうかもしれないけど」
「リリーさんが朝食で使うお皿、どれくらいか知ってますか?」
「?」
「お皿一枚で20万クラウンはします」
「そんなに!?」
食事のたびに緊張してしまいそうだった。
「それからこの壁のパネルありますよね? これ一枚だけで5000クラウン以上です」
「えっ、それだけで……?」
パネルは壁一面にびっしりと貼り付けられているわけである。この部屋だけで総額おいくらなんだ。
「あまり舞い上がらないようにしてください」
釘を刺すと、マリスさんは仕事があるということで行ってしまう。王家の近くにいる身からすれば、多少の財宝など珍しくもないようだ。
「うーん、どうしよう。いらないものは売るかな……」
貴金属類・装飾品はすべて換金して五人で分配すればいいだろうか。一部は、マルグレーテに言われた通り、博物館や美術館に寄贈するのもいいかもしれない。
でも、宝石箱だけは残しておくからね。マルグレーテに受け取ってもらえなかった、あれ。光り物に興味のない私であるが、それでもなにかしらは持っていた方がいいだろう。
その他の武具や歴史的遺物については……フィーン先生に聞いてみるか。
広いヴェルリア邸の奥、アレン王子の隣の部屋にフィーン先生はいた。ここは我々パーティーの臨時会議室のように使われている。
フィーン先生はひとり、私が持ち帰った本を読んでいた。王子とラウル先生はいないようだが、仕事中か、遊びに行ってるのか。先生方はどっちも近衛隊出身ということもあり、ヴェルリア邸にはよく来ているようだった。
「先生……」
「おっとこれは失礼しました」
歴史に目のない先生は書物に釘付けだったようだ。
「これは非常に非常に興味深いものですよ。エリスランドの前史について書かれています。人類と神が対話した記録さえ残ってるんですよ」
「そうなんですの」
どうやら歴史的に重要なものらしいが、それくらいならエルシスに聞けば色々教えてもらえそうだった。
「魔術についても興味深い記述がいくつもあります。これを使えばさらに――いえ、失礼しました。なんのご用でしょう」
「こういった戦利品をどう処分するかについてです」
「リリーくんが勝手に決めてしまっていいんじゃないですか? 大半はきみが持ち帰ったものですから」
「いえ、全員で持ち帰ったものですわ」
優等生発言ではない。リリーさんは欲がなく公正なのである。
……なんでだれも信じてくれないの?
「私の取り分はこの書物三冊だけでかまいません。もっともいずれ高等技術院の地下書庫行きになるでしょうがね」
「ラウル先生はなにがほしいのかしら」
「彼はいい剣を見つけたと喜んでいましたよ。こっちは単なる美術品だからいらないと」
それは私が先生に渡した金銀ダイヤモンドの剣であった。抜いてみると、単なる高品質のロングソードである。マジックアイテムではないが、素体の良さはあるだろう。刀身だけ抜いて使ってもいいんじゃなかろうか。他には、私とラウル先生が持ち帰ったさほど強力でないマジックアイテムの剣が2本ある。これは知り合いの冒険者たちに配ろう。
「リリーくんが持ち帰った宝珠ですが、あれは高等技術院行きですね。研究だけで相当かかるんじゃないでしょうか」
「そんなものだったんですか」
「それからこれです」
と、引っ張り出したのは、愛の神と剣の神の像。触るとエルシスの声が聞こえる呪われたアイテムである。実はエリアかマルグレーテに押しつけようとしたのだが、とても受け取れないと断られた。
「聖遺物は専門外なのですが、かなり貴重なものでないかと」
「そうなんですか」
「神殿に寄進したらどうでしょう」
なるほど、そういう手があったか。
「では、行って参ります」
「えっ、いまからですか?」
「ええ、どうせ神殿はすぐそこですし、夕食前には戻りますわ」
できるだけ早く手放したいしね。私は両手に神像をぶら下げて、邸宅の外に出る。
『ちょっと、どういうことなの!? アンタなにやってるの! 変なところに聖域できてるんだけど!』
右手の方の像から変な声が聞こえる。気持ち悪いなあ……
『気持ち悪いって、アタシに対してなんて態度よ!』
アタシに対してって、おまえこそ何様のつもりだ。お母様か? あ、神様だった。
「うるさいから、ちょっと黙っててよ……」
思わず口に出してしまった。ちょうどゲートを出るタイミングだったので、騎士の人にぎょっとした顔をされる。ちなみに出入りの両方に身分証が必要です。顔パスはできません。
『ユリカ、アンタ最近全然神殿に来てないでしょ! 夏は帰るって言ったじゃない!』
エルシスはわめき立てる。
(面倒臭いことになるからやだって言ってるでしょ)
やはり田舎の母親と電話してる気分になってくる……。
世のお母様方、娘にうるさいことばかり言ってると実家から遠のきますよ! でも、急に何も言わなくなるというのも怖い。
『言わないから! 帰ってくるたびいちいち結婚しろとか言わないから!』
(エルシスは愛の神なんだから言ったほうがいいんじゃ?)
『いやいやいや。アタシは結婚制度にあまり興味ないから』
(そうなの? エルシスって恋愛や結婚を守護する女神なんじゃ?)
『アンタたちがそういうことにしてるだけで、アタシ個人は結婚を全面的に肯定するわけじゃない。別に未婚の母だっていいじゃない』
(いや、確かにそうだけどさあ……)
『アタシの本質って「生命」だからね。まあ子供を産めばなんでもいいのよ。相手はだれでもいいからとにかくたくさん!』
(それって無責任じゃね?)
相手はだれでもいいって……。なんか邪神っぽく思えてきた。
『不妊についてはアタシがどうにかするから神殿に来てね!』
(エルシスは結婚してないの? 剣の神の人が旦那なの?)
『ああ、それ、困ってるのよね……夫婦みたいな扱いにされてさ。あんなのと一緒にいるのを見られただけで女が下がるってもんよ』
(黒ッ!)
超傲慢な女であった。もはや男をアクセサリとしか思ってない。
『違う違う、男なんて子供作るための装置みたいなもん。ちなみに私の産んだ子供、全員父親違うわよ』
(んなっ!?)
一万人産んで父親が違うって……。どういうこと……? と、とんでもない話だぞ、これは……
『同じ奴とばかり子作りしてたら情報が偏るでしょ。生命は多様化が鍵なんだから』
まったくおっしゃるとおりではありますが……。神様だから、人とは概念のスケールが違うのかもしれないけど……。愛の女神ってそういう……。女神像がエロい理由もわかったわ……。
『ちなみに剣の神との子供もいるわよ』
(それって、色々どうなの!?)
あれだけ馬鹿にしてたのに……! 本当にスケールが違い過ぎる!
……なんてところで、私は王宮の正門から出る。王宮自体が広いのでここまで来るのに早足で10分ちょっとかかった。
愛の神と剣の神の神殿が、聖騎士の広場を挟んで向こう側に見えた。もう夕方を過ぎた時間帯なので、昼間の喧噪が嘘のように誰もいなくなっている。エルシスの神殿の前に、女性の司祭さんがいるのが見て取れた。掃除をしているようだ。声をかけてみよう。
「もし、司祭様。失礼いたします」
「申し訳ありません、今日はもう閉めておりますので」
丁寧に頭を下げる司祭さん。夕方ということもあって、拝観時間は終わってしまったようだった。
「いえ、寄進に来たのです」
「寄進?」
「はい、これをどうぞ。冒険で見つけたものです」
と、司祭さんに女神像を押しつける。よし、これで厄介者は消えたぞ。
『あああ、待ちなさいよ!』
それを最後に謎の声も聞こえなくなった。なんてすがすがしいんだろう! もうひとつの像も剣の神の神殿に押しつけて帰りました。ちなみに剣の神の名前は「ネクス」さんだったよ。設定的には戦の神アレスの弟。
ヴェルリア邸に戻ると、フィーン先生が王冠をしげしげと眺めていた。
「どうなさったんですの?」
「これは王家に献上するべきものかもしれませんね」
と、王冠を私に差し出す。
「王家ですか?」
「ええ、おそらくですが王家ゆかりのものなのではないかと……」
そうなんだ。
いまちょうど奥様……王妃陛下が帰宅しているから渡してしまうか。
私はリビングの方に行く。すると、奥様とマリスさんが何事か話し合ってるのが見えた。
「では、間違いないのですね」
「ええ、おそらく。本人が覚悟しているとおっしゃってましたから」
そんな声が漏れ聞こえてくる。いま入っちゃまずいかなと耳をそばだてる。
「しかし、現実というものがあります。貴族たちや神殿が反対するかもしれません。つまらない話になりますが、結納と持参金だって馬鹿になりません」
「持参金ですか?」
「王家からの結納が莫大なものになるのはわかるでしょう。となれば、花嫁の側も同じだけの持参金を返さねばなりません。私の嫁入りのときは実家がつぶれかけました」
奥様の結婚の時の話だろうか? 王家に入るともなれば、それに見合うだけの名家でないとまずいのだろうな。
「どうやら、込み入った話をしているようですね」
と、言ったのは、私についてきたフィーン先生だった。
「では、後にしましょう」
「いいえ、ちょうどいいかもしれません。いまのうちにきちんと言っておいたほうがいいですよ、リリーくん」
えっ、入っちゃっていいの? 背中を押されるように、私はリビングに足を踏み入れる。
「失礼します。少々よろしいですか?」
「リリーさん!? いまの話を聞いていたのですか?」
「ほんの少しだけ」
まずいよね、怒られる前に用事を済ましてしまおう。
「失礼します。王妃陛下、リリー嬢のほうからこれを王室に献上したいと」
騎士らしく膝を突いたフィーン先生は王冠を差し出す。
「これは……?」
王冠と言ってもそう派手なものではない。黄金でできているが、宝石びっしりなタイプとはちょっと違い、装飾が少ない。むしろ小さくて地味なものだからついでに持ち帰ることができたのだ。
「内側に入った文字をご確認頂きたい」
「アレクシス――これはまさか!?」
「ええ、たぶんその通りかと」
「これをリリーさんがドラゴンのねぐらから持ち帰ったと……?」
「私が生き証人です、陛下。それから、アレン殿下も、マリスくんも」
アレクシスというのは聞き覚えのある名前だった。このゲーム、似たような名前が多いからすぐには思い出せないのだが――
「マリスくんならご存じでしょう。アレクシスの名前は」
「ええ――同名の人物を何人か知っていますが、お話の流れからするに、二代目国王のことでしょうか?」
「その通り。国母エリスは二人の子を産みました。王子アレクシスと姫エレインです」
あ、その話ならわかる。
「となると、エレイン姫が村に帰ったほうですわね」
「リリーくん、よくご存じですね」
エリスランド王国を興したエリスはどこぞの王子様と結婚し、息子と娘を産んだ。息子アレクシスが王家を継ぎ、娘エレインはエリスの故郷である村に戻った。このエレインがエリアの遠い祖先である。
「二代目国王アレクシス即位に際し、国母より贈られたのがこの王冠です。その後、王冠は第一次〈大進軍〉の最中に行方不明となっていましたが……こうして見事、王家に戻ったわけです」
へー、じゃあ、ずいぶんと由緒のあるものなんだな。
「陛下、これで持参金の問題は解決したのでは……?」
マリスさんがそんなことを言う。持参金?
「……わかりました。これを受け取りましょう」
奥様はずいぶんと決意を込めて、王冠を手にする。元々、おたくのものだから、気楽に受け取っていいんですよ。
「そもそも失敗したのは私です……。息子が自分で決めたのなら、私が全身全霊でサポートします」
よくわからないが、力強く宣言した奥様は私の肩に手を置く。
「リリーさん」
「……はい?」
「明日の舞踏会に出て頂きます」




