第5話 さあ新しい人生を始めよう
寮のバスルームは、お風呂、トイレ、脱衣場に洗面台と洗濯機付きという、一人暮らしには贅沢な仕様であった。キッチンはないのだが、ワンルームにこの設備だと、都内の少しいいところだったら、お家賃10万円くらいするんじゃないだろうか。
でも、この学園の騎士候補生たちは貴族の子弟がほとんどなので、これでも狭くて粗末な部屋というカウントになるのかもしれないね。ちなみにタオルと石けんは箱入りの支給品が大量にあったのでこれを使わせてもらうことにした。
お風呂の中で考える。
もし明日目覚めたときに日本の私の部屋でなかったら――夢から覚めることがなかったら――私はゲームの世界でエリスランド学園の騎士候補生として過ごすことになるのだろう。
だとしたら、どうするべきなのか――
考えた上で私は四つのルールを定める。
第一に楽しむこと。
私がなぜここにいるのか、それはよくわからない。だが、大好きなゲームの世界に来たのだ。くよくよしたり、思い悩むことなく、全力でエンジョイするべきだろう。そうじゃない?
第二にゲームで得られた情報を使うこと。
私は『乙女の聖騎士~エリスランド学園青春記~』を日本一やりこんだかもしれない人間である。なので、この学園について熟知しており、今後、何が起きるのかもすべてわかっている――たとえば、一年半後に魔物が群れをなして侵略してくることとか。
これらの情報を元に生きていくのは、一般にずるいと言われる行為であろう。しかし、私は元々この世界の人間ではないし、知らないことを前提に行動するのも難しい。なので、気にせず情報は活かしていくことにした。どうせ、私が有利に生きたところでだれも損しないだろうしね。
第三に他人の運命に介入しないこと。
すでに述べたとおり、私はなんでも知っている……エリアの出生の秘密や、金髪くんが抱えている思いや、王子の悩みや、レインくんの過去について。予言者ぶってアドバイスすることは可能だが、それがいい方向に結びつくとは限らない。むしろ、悪い方に出ることだってあるだろう。だから、出来るだけ彼らには余計なことを言わないことにする。すでにエリアの運命がずれてしまっているようだから、とても気になるのだ。
第四に騎士団副総長の隣に立つのをこの「ゲーム」の目的とすること。
ハゲ、ヒゲ、オヤジ、マッチョと四拍子揃ったグリズムート・マルタン様は私にとって最強の萌えキャラである。しかし、彼はゲームにおいて攻略キャラではない……「完全版」開発に際して、攻略キャラ化を望む要望をメーカーに出したのだが、それがかなえられることはなかった……。エリアと一緒に訓練をするというスチル(イベントCG)が、もしかしたら私の執念のおかげか、一枚追加されはしたのだが。
いま私がいる世界は、乙女ゲームの世界であり、そしてもうゲームのシステムには縛られてない現実の世界だ。だから、私が好みの男性キャラクターを攻略するのは当然のことだし、ゲームでは攻略対象になってないキャラを狙うことも可能なのだ。私の目標は、副総長の隣に立つこと――それが訓練場でも、戦場でも、プライベートでも(キャー!)。
盛り上がってきたぞ。
■
さて、目覚めると、日本に戻らずゲームの世界のままだったので、私は制服に着替えて食堂に向かった。
「うげっ、昨日の黒髪女!」
ビュッフェの食事を取る列に、昨日の金髪男がいた。なぜか怯えたような目で私のことを見る。そんな目で見られるようなことをなにかしただろうか?
「おや、あなたは……おはようございます」
横にいた眼鏡くんが丁寧に挨拶してくる。このように眼鏡くんとまともに会話ができるということは、私の〔知力〕が高い証拠である。一定の値以下だと、この眼鏡くんはほとんど無視し、馬鹿にしてくるのだ。生意気な野郎である。
「おはよう、金髪くん、眼鏡くん。あなた、王族で公爵の長男のくせに列には並ぶのね」
「うるせぇよ、並んでなにが悪いんだよ!」
「割り込んだりしたら、私がしつけますので」
眼鏡くんの眼鏡が光る。
「そういえば、昨日は朝食のあと見かけなかったけど、どうしたの?」
「はい、殿下はあなたに言われた通り朝食を残さず全部食べて、お腹を壊して寝込んでいました」
「あら、意外と素直なのね」
「負けず嫌いですからね、これは」
「余計なこと言うな!」
私と眼鏡くんの会話に金髪くんが怒鳴る。
順番が来ると私はトレーを手に取る。金髪くんは昨日のことがあるからか、なにをどれくらい食べるべきか迷っているようだった。
「そのプレーンオムレツとお豆のサラダを取りなさい。タンパク質の中心のメニューね」
ああん? と金髪くんが私のことをにらむ。
「なに、偉そうに口出ししてるんだ、この黒髪女が。おまえには関係ないだろ」
「しっかり食べないと、大きくなれないわよ」
私の言葉を聞いて誰かがくすっと笑った。
「俺は小さくねぇよ!」
金髪くんは口癖的な台詞を叫んだ。いつも眼鏡に身長のことをいじられると、こう言うのだ。
「ああ……私が言ってるのは、身長のことじゃないわよ」
「うるせぇ!」
「大きな声出さないの。筋肉のことよ」
「あ? 筋肉……?」
「あなた騎士の候補生でしょう。剣を振るには鍛え上げられた肉体が必要。わかる?」
「いや……わかるが」
「だから、しっかりトレーニングして、しっかり食べる。これが候補生の仕事よ。はい、オムレツとお豆。あとはフルーツのヨーグルト和えで、糖質とタンパク質をゲット。ヨーグルトもタンパク質だからね」
私は料理を皿に盛って、金髪くんのトレーに乗せてやる。
「な、なに勝手なことしてるんだよ!」
「黒髪のメイドをほしがってたじゃない。ほら、食べなさい」
「すばらしいメニューですね。これはメイドというよりトレーナーというところですか。私も剣技の授業がありますから同じものをいただきましょう」
金髪くんはぶつぶつ文句を言いながら、私のタンパク質中心メニューを食べる気のようだった。
ちなみに私は炭水化物を控えめにして、タンパク質とお野菜中心のメニューにしておく。午前は座学だからね。
■
「おはようございます。ぼくが座学で科学や歴史を教えることになるフィーンと言います」
大学に似た講義室で教壇に立った講師(教官)は、眼鏡男子だった。
金髪くんのお供の眼鏡くん(ドSキャラ)とは違って、おっとりとした優しい男性である。ただし、おとなしくて軟弱なタイプでもなく、とにかく大人で落ち着いているというのがフィーン先生の特徴だ――落ち着いているようでいて、とある分野の話になると、興奮して見境なくなってしまうのが悪い癖だが。ファンにとっては可愛いポイントかな?
今日の授業は、数学と歴史だった。私は文系であり、理系ではないのだが、数学に関しては中学生レベルの内容なのでなんとかなった。数学って騎士に関係ないんじゃないかと思ったが、魔術の開発に微積とか関数とか使うらしいですよ……。
一方、歴史の方は最初からわりと得意分野である。
「リリーくん。あなたは、異国出身だそうですが、エリスランド王国の歴史についてご存じですか?」
フィーン先生にそう尋ねられる。
「ええ、存じております」
私はそう答えた。
だって、歴史についてはゲームと設定資料集で裏設定まで知り尽くしているからね。たとえば神様の正体とか、この世界の人々が知らないことまで色々と。
「王国の成り立ちについて、簡単に説明していただけますか?」
「わかりました」
私は軽く咳払いする。
「現在エリスランド王国の領土となっているこの周辺地域は、かつて小国に分裂し、戦乱が絶えない地域でした。終わらぬ争いに、民は疲弊し、大地は荒れ果て、絶望が人々の心を支配していたといいます。追い打ちをかけるように、最悪の危機が国々を襲いました。東から魔物の軍勢が襲いかかってきたのです」
というような話は、ゲームが始まった直後のグランドオープニングで語られる。無印はオープニングが飛ばせないひどい仕様なので、延々見せられた結果、完全に記憶してしまったのだ。
「そこに現れたのが、後に最初の聖騎士となるエリスです」
わあっと、聖騎士マニアのエリアが歓声を上げた。
「エリスは農村出の田舎娘であったとも、愛の女神の御使いであったともされていますが、事実は伝わっていません」
ここでネタバレ。両方正解です。
「エリスは諸国をまとめ上げて、魔物と戦い、見事に勝利を収めました。戦後、この土地はエリスランドに改名され、エリスが女王として治めることになったのです。それが今のヴェルリア王家です」
国がまとまったことで、従来の貴族制度は解体され、ヴェルリア王家が大きな力を持つようになったと設定資料集からの解説である。文系学生的に言うと、絶対王制ってやつですな。かつての貴族は宮廷貴族……官僚みたいなものになったと。ちなみにヴェルリアの名字は、エリスが結婚した亡国のイケメン王子様から来ています。この王子との共同統治ってやつだ。
「すばらしい説明ありがとうございます」
フィーン先生が拍手してくれる。一緒に授業を受けている学生たちも感心したようにどよめく。おいおい、ゲームの知識を披露して褒められちゃったよ、恥ずかしい。
「建国の母エリスは、愛の女神に仕える聖女であり、史上最初の女性騎士でした。いつからか、民衆は彼女を『聖騎士』と呼ぶようになったそうです。現在でも、エリスランド王国では、民衆を救うような立派な女性騎士を聖騎士の称号で呼んでいます。みなさんのなかに聖騎士を目指している方はいらっしゃいますか?」
「はいはい!」
と、エリアが元気よく手を上げてみんなに笑われる。
このエリア・シューシルトは、田舎出身のど素人でありながら、聖騎士エリスの逸話に憧れ、エリスランド学園に入学したという設定である。そういえば、関係ない話だけど、エリスとエリアって、たまたま名前が似てるね。ちなみに名字も両者シューシルトで同じです。偶然に違いない。
さて、歴史の授業では、ゲームに出てこないような細かい部分を学ぶことができた。うん、充実の午前中です。これなら、いけるんじゃないかと学生証のステータス画面を見ると……はたして〔知力〕が51から53に跳ね上がっていた。よし! これは大成功だ。
このゲームでは、〔スタミナ〕が最大などいい条件で勉学やバイトに励んだ場合、一定の確率で「大成功」することがあり、ステータスの伸びが良くなったり、スキルを獲得できたりするのだ。ちなみに〔スタミナ〕が低い場合は、「失敗」してひどいことになる可能性があるので要注意である。
「リリーさん、今の授業難しかったですね。でも頭が良くなってきた気がしました!」
一緒に授業を受けていたエリアも大成功したらしく、〔知力〕が24から26に上がっている。
しかし、この子は発言がアホっぽいな。ゲームではこんな性格だったっけ? 乙女ゲーの常として、主人公の性格はルート(担当シナリオライター)によってかなり変わるわけだが、やはり乙女ゲーの常として基本的にキャラの薄い子だったと思う。リリーさんルートだとこんな性格なのか? こういう元気で素直なアホの子というのは、どちらかというと少女漫画の主人公っぽいかもしれない。
午後の授業は体育だった。昼食の後、更衣室に向かう。前も言ったと思うけど、私は根っからのインドア派で、根本的に運動が苦手な人間である。と言いつつも最近はジムで少しだけ身体を動かしてたりするが、だからといってアスリートになったわけでもなく、この体育の授業でどうなることか先が思いやられる次第だ。
さて、更衣室で学校指定の体操着に着替え終わった直後であった。突然、周囲がまぶしく光った。
「おおっ!?」
どうやらそれは謎の発光現象ではなく、とある人物が更衣室に入ってきただけらしい。その人物とは……
女子更衣室に入ってくるのだから、当然女性である。
女子の騎士候補生だ。
こ、これは――人気キャラ!
乙女ゲームにおいて、女子でありながら、公式の人気投票で五位に食い込んだ人気キャラの……
(パ、パイオーツさんだあああああああ!)
私は心の中で叫んだ。
ジェイソン・ステイサムは、イロモノとかじゃなくて普通に格好いいので、ぜひ一度いめぐぐってみてください。ただし出演作は総じてアレです。
金髪くんは、TSさせると、金髪ツインテールロリ(CV釘宮理恵さん)みたいなよくいる感じのキャラになります。ただし語尾はアル。