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第45話 リリーさんは気前がいい

「それであなたたち何しに来たの?」


「ひどいです、リリーさんが呼んだんじゃないですか!」


「別に呼んでないけど……」


「メールで画像を送ってきたじゃないですか! ちゃんと拡散しておきましたから!」


「ちょっ、余計なことしないで!」


「みんなに自慢したかったんでしょう?」


「違うから!」


「やっと会えたのに、こんなことを言われるとは思いませんでした……」


「というか、なんでここにいるの? 帰省してたんでしょ?」


「八月には戻ってましたよ。マルグレーテさんのところに泊まってました」


「早く言ってよ!」


「電話しても出ないじゃないですか!」


「リリーさんのことだから、急に誘いに来ると思ったら、そのまま行ってしまうんですもの」


「八月から冒険できるのなら早く言ってよ!」


 ちゃんとゲーム通りのシステムになってるじゃないか!


 女性専用車両ことキャンピングカーの中は暑かった。目の前に乳脂肪分の高い金髪女がいるからかな? あっ……、私が虎皮を着込んでるからだった。いやあ、失敗失敗。


 私と対面しているのは、エリアとマルグレーテの二人である。急にやってくるものだから、とりあえずはキャンピングカーの中に招いたのだ。


 マリスさんはミニキッチンでお客様をもてなす準備をしてくれている。


「電話がつながらないから、王宮まで会いに行ったのよ。リリーさんいつ行っても留守だったけど、いったい何をしてましたの?」


「二人が遊んでくれないから、人には言えないことをしてたのよ」


 ニンジャというのはその正体を知られてはならないのだ。


「リリーさんのほうが私のことを無視してたんでしょう」


「もうあなたたちのことなんて忘れたわ。私にはマリスさんという嫁がいるから」


 私が軽く手を上げると、目の前の小さいテーブルに冷たいお茶が置かれた。


「本当に夫婦みたいになってます!」


「女性と結婚するつもりはありません」


 マリスさんはエリアとマルグレーテにもお茶を出す。まあ、後ろのミニキッチンでお茶を作っているのを、さっきから見ていただけなんだけどね。


「フフフ、口ではいやがっても、この光り物にかなう女性がいるかしら」


 私はドラゴンくんから譲ってもらったジュエリー類をずらりと並べる。


「ぐほぉ」


 庶民のエリアが悶絶して倒れそうになった。この首飾りとかすごいぞ。あまりに豪華で大きすぎて、首から胸元にかけて全部ゴールドとダイヤモンドで埋まる勢いだ。


「マリスさん、どれでも欲しいものを持っていっていいのよ」


「あまり興味はありません」


「えっ、欲しくないの?」


「ものは必要ありませんから」


 マリスさんはソファの隅に座って自分の分のお茶に口をつける。どうやら本当に興味のない様子だ。


「じゃあ、マリスさんはなにがほしいの?」


「そうですね……、じゃあ、騎士団副総長の座とか」


 副総長の座だって? マリスさんは野心的なキャリアウーマン志望だったのか!


「冗談ですよ?」


 なんだ。現副総長のグリー様を追い落とす気なのかと思った。


「私は普通に結婚して普通に暮らしたいだけです。たいそうなものはいりません」


「結婚ねぇ……」


 確かにしっかり者の嫁タイプなのである。ぜひとも息子の嫁に欲しいほどに。おそらく元々から出しゃばらず誰かを支えるような気質なのだろうけど、王家での勤務でさらに鍛えられている感じだ。


「お相手は?」


「特におりません」


 なんだつまらない。でもこういう人はいきなりいい男捕まえてゴールインしたりするんだよね。


「貴金属が必要ないというのなら……実用品ね」


 私はマリスさんに冒険で入手した【守護の御守り(アミュレット)】(中)と【抵抗の指輪(レジストリング)】(中)を渡した。前者は防御力アップ、後者は属性攻撃への抵抗アップの効果がある。回復役がこれを持ってないと始まらない。というか、冒険に行く前に多少高くても同じもの買いそろえておくべきだった。そうしていたら、冒険がもっと楽になっていただろう。


「ほら、あなたたちも好きなの持っていっていいのよ」


「好きなものって言われても……こんなのもらえません!」


 エリアは財宝のキラキラに耐えられず目を回している。


「趣味の悪いものばかりねぇ。こういうのって博物館行きじゃないのかしら?」


 ガチお姫様のマルグレーテにはそんなことを言われてしまった。たしかにそうかもしれない。持ち帰ってきたのは、これでもかと細工が施され、宝石がびっしり取り付けられたゴージャス系ジュエリーばかりなのだ。現代ではもっとシンプルで洗練されたものが尊ばれるのかもしれない。王家の邸宅もそんな感じの建物だったしね。


「強いて言えばこれくらいかしら」


 と、マルグレーテはあまりゴージャスじゃないほうの王冠を手に取る。


「それが欲しいの?」


「あくまで強いて言えば。別にいらないわよ」


「じゃあ、これをあげるわ」


 私はミスルル製のメイルシャツを2揃い引っ張り出し、エリアとマルグレーテに押しつける。


「これ……なんか軽いですね?」


「軽くて強い。最高の防具よ。使いなさい」


「すごいです!」


「私が使っているものと同等品ね。サイズが微妙にあわないわ」


 メイルシャツを広げて、マルグレーテは眉をひそめる。


 ちょっと、どこのサイズがあわないのか言ってみろ、この深夜アニメのサービスシーン女め!


「なに……じゃあ、私からの贈り物は受け取れないってことなの……?」


「現状、必要がないだけですわ!」


「マルグレーテは私のことなんかどうでもいいのね!」


「あ、これ、リリーさん、面倒臭いモードに入ってますね」


「じゃあ、これでどうよ!」


 私が取り出したのはそれ自体が宝石で固められたような宝石箱だった。


「わっ、すごいです!」


「リリーさん、そのジュエリーボックス気に入ってませんでした?」


「だからあげるのよ」


「だから?」


「気に入ってるからこそあげるの。さあ、マルグレーテ、これを受け取って、私に愛と忠誠を誓いなさい」


「相変わらず、リリーさんは愛が重いですね」


「これ、昔流行ったタイプの宝石箱ね。母の遺品に似たようなのが三つばかりあったわ」


「おい!」


 なんでも持ってるマルグレーテに私のプレゼント攻撃は完全無効であった。


「もういいわ……私からのプレゼントなんていらないってことね!」


「わ、私だってリリーさんから贈り物を受け取りたいですわ! 心がこもってるものならなんでもいいんです!」


「命がけで冒険して取ってきたのになんの文句があるのよ!」


「それは殿方がやることよ!」


「もういい! マルグレーテなんて全裸で学園を走り抜ければいいのよ!」


「どんな状況なの!?」


 深夜アニメでよくあるシチュエーション?


 とにかく、捨て台詞を残した私は剣を一本ひっつかんで車外に出る。




「おっ、リリー」


 いつものように屈託のない笑顔でセナくんが声をかけてくる。私はその顔に御守りを投げつける。


「な、なにすんだよ!?」


 セナくんはスポーツ少年らしく簡単にキャッチしてしまう。ちなみに防御力を上げる【守護の御守り】(中)である。


「眼鏡はどこか! 眼鏡を呼べ!」


「……ルークなら、その辺にいるよ」


 眼鏡くんは、アレン王子と話す金髪くんの後ろで退屈そうにしていた。


 私はまだ着ていた虎皮を脱ぎ捨てる。その下から現れたのはマントであった。黒くて超格好いいマントである。勇者とか王者とか暗黒騎士とかそんな感じの。


「おい、捨てるな!」


 ラウル先生が地面の虎皮を回収してくれる。


「どうしたのです、リリー様?」


 眼鏡くんはいつものことといった顔をしているがつきあってくれる。


「汝、王に剣を見せよ」


「はあ……ありますが」


 それはロングソードであった。古ぼけた単なる剣。魔石による強化すらされていない。


「何の価値もない剣であるな」


「祖父から受け継いだ大事な剣なのでやめてください」


「汝、名前は」


「ルーク・コーディルです。覚えてもらってないことくらいでくじけはいたしません」


「汝、ルークなんとか!」


「名前のほうだけでも呼んでもらえたことに感動しております」


「汝にこの剣を授ける!」


「これは……?」


 私が〈ファイア・ドレイク〉の洞窟から持ってきた逸品である。


 眼鏡くんが鞘から抜き放つと、刀身が炎のように波打っているのがわかる。否、それは炎そのものだ。


 【フランベルジュ】。火属性が強化された上級のユニークアイテムだ。


「汝は氷の技を使うであろう。そこに炎の剣を使えば……どんな魔物でも必ずや討ち取れるであろう」


「は、ははぁ!」


「汝、我に愛と忠誠を誓え!」


「リリー様に愛と忠誠を誓います!」


「どういうことだよ!?」


 まったく関係ない金髪くんが話に割り込んでくる。


「リリーさん、勘違いされるような言い方よ、それは!」


 私に愛と忠誠を誓わなかったマルグレーテがやってきた。


「汝、名もなき眼鏡男よ! 汝の愛と忠誠は受け取らぬ!」


「ひどすぎます、リリー様!」


 あとはレインくんなのだが――いた。


 キャンピングカーの影からエリアを見守っている。


「あなたにはこれよ」


 ドラゴンの巣穴に落ちていた【勇者の腕輪】である。剣術レベルを2上げる(つまり攻撃力を上げる)代物だ。


 よし、これでアイテムによる強化は終わった。


「総員集合。あなたたちはこれから数日、〈北の大氷原〉で冒険して、レベルを上げてきなさい」


 と、6人の騎士候補生たちに命じる。


 リリーさんとレベル差がつきすぎると困るからな。


「それはいいが……リリーはどうするんだ?」


「どうするって、帰るに決まってるじゃない」


「もう冒険は終わりか」


「いいえ、また行くのよ?」


 ひとつの冒険が終わり、次の冒険の準備があるのだ。



             ■



 2台のキャンピングカーは一足先に王都へと帰還した。


 話を聞きつけた騎士団の車が先導してくれたとか、新聞記者の取材を受けたとか、地方貴族の邸宅で接待を受けたなんてエピソードもあったが、それはどうでもいいだろう。

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