表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/69

第43話 真の王者

 なによりの問題は後手に回ってしまっていることだった。


 敵ボスに主導権を取られてしまっている。


 こちらがリアクションする側に成り下がっている。


 本来であれば、先手先手で押しまくって勝たないとならないのに。


「前列、ポーションで……!」


 回復しろと言いたかったが、痛みでうめいてしまった。それを見て、マリスさんが私に〈女神の癒し〉を飛ばす。痛みが嘘のように引いていく。


 ああ、私なんか回復する必要ないのに! 〈リジェネレーション〉があるし、必要なら自分の判断でポーション飲むのに! 回復役が一番重要なんだから、まず自分を回復して!


 前列の三人は私の指示を聞いてポーションを飲んだ。そこを再び〈北の王者〉の〈大暴れ〉でもみくちゃにされる。だが、これで一手分巻き戻ったぞ。あとはマリスさんが自分に〈女神の癒し〉すればいいんだが、〈大暴れ〉は全員攻撃であり、エルシスへの祈りが届く前に、よだれを垂らしたシロクマがマリスさんに襲いかかってくる!


 もう余裕がない。


 私は立ちふさがった。巨大クマの前に立ちふさがらずを得なかった。マリスさんのHPは厳しい。私を優先してくれた彼女を守らないとならない。


 〈北の王者〉の太い爪。こんなので切り裂かれたら人間などあっという間に死んでしまうだろう。だが、近ければ近いほどいい。その真っ赤に充血した目。絶対に話は通じないという狂乱した目。


 手首をひらめかせた。


 私はたくましい男性が好みだが、きみはちょっと毛深すぎるよ。


「GRUAAAAAAAAA!?」


 まさに襲いかからんとした〈北の王者〉は大きくのけぞった。その右目には、鉄の棒が突き刺さっている。これこそ対ボス用の秘密兵器――ではなく、師匠から受け継いだ棒形手裏剣である。深く刺さった手裏剣は奥深くに達しているのではないだろうか。これ、クリティカルでしょ!?


 ワンテンポ遅れて、白い光が背後で輝く。この隙にマリスさんが自分を癒やしたのだ。よし、体勢を立て直したぞ!


 両目を失ってなおボスクマは〈大暴れ〉する。〈回避〉できなかった者がはね飛ばされるが、単調な攻撃はまるで怖くない(痛いけど)。


 マリスさんが順番に回復、残った四人がスキルアタックのルーチンを組む。立て直した我々にとって、〈北の王者〉はもはやテディベアも同然である。単独出現ボスなんて、HPが高いだけの雑魚って言ったでしょ? ゼンゼンビビッテナイヨ。


 〈大暴れ〉で防御力低下していたからか――思ったよりずっと早く、〈北の大氷原〉のボスは動かなくなった。我々の勝利である。


「――どうしようかしら、これ」


 大地に横たわる死骸はもうずたずたでぼろぼろ。毛皮の商品的な価値はありそうにない。トロフィー的に持ち帰って自慢するのも趣味が悪いので、この地に置き去りとし、自然に任せることにした。


 でも、その前に写真だけ撮っておく。比較対象として、私が横に寝そべると、いい感じに猟奇的な画像が完成する。どうすんだ、これ。動物の死体と寝る女。炎上一歩手前である。いやがらせとして、エリアとマルグレーテに送っておいた。


「結局、これ、使わなかったなあ」


 私は懐から丸いものを取り出す。


「それはなんだい?」


 【コショウ爆弾】というアイテムであった。これを投げつけると、コショウが破裂して1ターンだけ敵の動きを封じることができるのだ。特に動物系のモンスターに有効で、ボスにさえ通用することが多い。


 今回、これを使わなかったのは、〈北の王者〉に先手を取られ、こちらが後手に回ったからである。先手を取っていたら、毎ターン投げてハメてやったのになあ。といっても、おそらく目が赤くなって狂乱モードに入った時点で通用しなかっただろうけど。


 さて、冒険四日目で最初のマップをクリアした。もう少し行けば、〈ピックレー火山〉にたどり着けるだろうが、例によっていったん宿に戻ることにする。


 ここで休息を取り、準備し直し、明日から本番に臨むという判断であった。多少の苦戦の末に〈北の大氷原〉を踏破したが、ここまでは「通勤時間」のようなものだ。我々はまだ冒険の入り口にも立ってないのである。



             ■



 翌日の朝に出発。


 ルート開拓済みということもあり、ゆっくり走りながらも六時間ほどで目的地にたどり着いた。これ以上進むとパンクの可能性があるというあたりで停車。


「草一本生えていないわね」


 降り立つと、地面は固まった溶岩であった。即席の草原を抜けた先に灰色の光景が延々と続いている。


 そこは火山の麓だ。溶岩の噴出で作られたハの字型の山が目の前にそびえていた。


 夏専用ダンジョン〈ピックレー火山〉。


 この山では、奇妙なことに、冬でも雪が積もらず溶けてしまうという。その理由は心臓部に眠っているなにかだろうか。


「火山には来てみたもののどうしたらいいのかな?」


「中に入れる洞窟を探して」


 非常に見晴らしのいい山である。しかし、内部への入り口らしきところを探すのには手間取った……広いし、歩きづらいし、大変だ。


「興味深い。これは溶岩洞ですね」


 ようやく見つかったのは、三人ばかり並んで通れそうな洞窟であった。フィーン先生の説明によると、冷えて固まった表面の下を溶岩が通ってできたトンネルであるらしい。断面はかまぼこに近い形だろうか。チューブのように丸いのに、地面だけは探検を許可するかのように平らなのだ。


「最後にここを通った溶岩が足下で固まってこうなったんでしょうね」


 軽く足を踏み入れると、天井から水が降ってくる。


 日が暮れかけていたので、今日はベースキャンプたるキャンピングカーに戻った。しばらくはここが我が家である。ちなみに車の屋根にはバッテリ充電用の太陽光パネル・ミニ風車と、通信アンテナが立っている。補給がある限りは現代的な生活ができるぞ。


 メイルシャツと制服を脱いでゆったりとする。マリスさんはミニキッチンで簡単に暖かい夕食を作ってくれる。男どもは一号車で楽しくやっているようだ。


「これをどうぞ」


 食事を終えると、マリスさんはお茶を入れてくれた。火山での冒険の最中だというのに優雅なものである。


「――リリーさんは貴族ではありませんね」


 唐突にそんなことを言われる。


「しかし、教育を受けていて教養がありますから、おそらく商人か学者の出ではありませんか?」


 面白い分析である。サラリーマン家庭で私立大学の学生だから、だいたいあってると言えた。


「私の故郷には貴族がいないの。そもそも貴族制度自体がない。私は大学というところで一年と少し高等教育を受けてからこっちに来たの」


「そうだったんですか」


「みんな私を貴族と勘違いするんだけど、マリスさんには違いがわかるようね」


「ええ、リリーさんは人を使うのを嫌がりますから」


 なるほど、マリスさんに世話されると恐縮してしまうものな。でもご飯は美味しいので作って下さい。


「……苦労することになりますよ。覚悟はおありですか?」


「何が?」


「ただでさえ異国の出身なのに、その上、まったく違う世界に入ることになりますから」


「そうかしら?」


 たしかに日本とはまったく違う世界に来たのだが、ぶっちゃけ苦労なんてしていなかった。むしろ苦労してるのは周囲ではないだろうか。自覚はあるが、自重する気はない。


「そうでしたね、リリーさんがそんなくだらないことを気にするわけがありませんでした。出過ぎたことを言いました」


 どうやらマリスさんを心配させてしまっていたようだった。本当に大丈夫だから、気にしないでくださいね。




 冒険六日目。


 いよいよ、〈ピックレー火山〉の本格的な探索が始まったわけだが……


 端的に言おう。


 内部は探検しきれないほど広大だった。


 トンネルが樹形図状に伸びており、無限とも思える脇道が湧いて出てくるのだ。しかも、そのほとんどが、実際に入ってみると行き止まりだったりする。冒険がはかどらないことこの上なかった。結局、一日かけて入り口付近の地図を作成できた程度。敵どころか小さい虫にすら遭遇することがなかった。よほどの不毛な地なのであろう。


 ようやく、変化があったのは翌日の午前中である。暗闇の奥から、ばっさばっさと羽音のような音が聞こえてきたのだ。


「フライング・エコーロケーターよ!」


 私は他の四人に警告する。


「なんだいそれは」


「巨大コウモリです。〈超音波〉攻撃に気をつけてください」


 ゲームにおける〈ピックレー火山〉は、夏限定の特殊なダンジョンである。ギミックも特殊なら、モンスターも特殊。とある理由から、出現するモンスターはすべて中ボス級になっている。つまり――どいつもこいつも強い。


 フライング・エコーロケーターは三匹もいた。それらがほぼ同時に〈超音波〉を放つ。脳をかき回されるような衝撃。


「くっ……!」


 〈超音波〉は無差別攻撃。五人全員にダメージが入った。HPを大きく削られ、半分近くになる。これは〈北の王者〉のときと似たような状況だったかもしれない。しかし、激戦の経験と戦術理解の徹底により、マリスさんは回復の順番を迷うことがなかった。まず回復役の自分から。我々は必要なら自分でポーションを飲む。それでいい。


 前列の攻撃ですぐにフライング・エコーロケーターの一匹が落ちる。そういえば、この中ボスは高火力・紙装甲タイプのモンスターだったか。残った二匹が再び〈超音波〉。私のHPが大きく減ったが、あと一発なら耐えられる。ポーションを飲むかどうか迷っていたところで、マリスさんが私に〈女神の癒し〉。〈リジェネレーション〉あるから大丈夫だって言ってるのに、どうやら一番レベルの低い私のことを気にかけてくれているようだ。もう嫁にするしかない。さようならマルグレーテ、しょせんきみとは身体だけの関係だったよ。


 フライング・エコーロケーターはすぐに全滅した。ドロップアイテムは特になし。これもまたこのマップの特殊なシステムだ。


 マリスさんは順番にパーティーを癒やしていく。SPが減っただけで、損害はなかった。まだまだ探索を続けられるだろう。


 八日目、九日目。たいした成果なし。フライング・エコーロケーターと、ラーヴァ・リーヴァという動く溶岩の化け物が出たくらいだった。後者は、フィーン先生とマリスさんの〈コールド・ブレード〉属性攻撃であえなく散った。


 うーん、単調な冒険であった。どこもかしこも同じような光景。面倒臭く、退屈である。当たり前の話なんだけど、ゲームのダンジョンって面白くなるようにマップが作られてるんだね。リアルだと洞窟探検はもうお腹いっぱいである。


 ずっと暗いところにいるからか、アレン王子はキラキラしなくなってきていた。ちなみにリリーさんは引きこもり体質の根暗なので元気です。


 十日目の夜。とうとうフィーン先生が方針の変更を示唆した。


「細かく探索するより、もっと大胆に進んだ方が効率的でしょうね」


「大胆にですか?」


 作戦本部と化したキャンピングカーの車内で、先生は溶岩トンネルの地図を大きく表示させる。我々の通った道がまるで人間の血管のように見える。何日もかけたのに、まだ半分も進んでいない。


「なにか見えてきませんか?」


 うーん……この地図を人間の血管とすると、大動脈らしきものが見えるような気もする。それは火山の心臓へとつながる道――なのか?


「わかりました。脇道は捨てて、もっと奥へ奥へと進みましょう」


 私が地図を叩くと、周囲も賛成という風にうなずいた。


 ほとんど勘頼みだが、先を目指すしかない。


             ■


 方針を変えたからといって上手くいくわけではなかった。


 11日目は奥へ進んでいるつもりが、行き止まりに突き当たったり、引き返したりで過ぎていった。


 さて。


 とうとうあたりをつかんだのが12日目である。五人が横に並んで歩けるほどの太いトンネルから細い道に入ってしまい、引き返そうか考え始めたところでそれを発見した。


 広い空間だった。天井が大きく抜けている。もしかしたらそこは火山の火口かそれに類する部分だったのかもしれない。


 広い空間は埋め尽くされていた。


 赤いトカゲが身を横たえているのだ。ファンタジーによく出てくる大きなトカゲ。全身を固い鱗で覆われ、羽を生やしたトカゲ。


 もしくはドラゴン。


 真っ赤な巨竜がいままさに目の前にいる。


「〈ファイア・ドレイク〉です」


 広間を覗いてすぐに戻った私はごく小声でそう報告した。なぜ小声かというと、そのドラゴンは眠っていたからだ。


 火トカゲこと〈ファイア・ドレイク〉は、この火山の主である。生態系の頂点に位置するスーパーモンスター。あるいはこんな言い方だってできるかもしれない――エリスランドで最強の生物。


 ドラゴンといえば騎士や冒険者に退治されるべきやられ役と思われるかもしれないが、さにあらず。ぶっちゃけ、我々人類の手に負える相手ではない。レベルを最大まで上げても勝てるかどうか。この世界のドラゴンはそれほどの強さと神秘性を持っているのだ。神より古い種族なんていう設定までもがある。


 中でも、この〈ファイア・ドレイク〉は、光り物に目がない暴君として知られている。近隣の海賊同盟、ノースノルド、エリスランドを襲ってはお宝を奪い去り、ねぐらにため込んでいたそうなのだ。そうなのだっていうか、〈ファイア・ドレイク〉の周囲に山ができているでしょう? これ、全部、お宝。金銀財宝。


 そんな〈ファイア・ドレイク〉だが、実は可愛いところもある。休眠期にある彼は、普段眠っており、夏になると起きだして〈大氷原〉で獲物を平らげるという怠惰な生活を送っているのだが、ちょっとばかりお寝坊さんなのである。もうとっくに夏で八月過ぎてるのにまだ眠っている。


 ほーら、早く起きないとキスしちゃうぞ?


 お宝盗んじゃうぞ?


 いいの?


 近年、人間たちと〈ファイア・ドレイク〉は事実上の停戦状態にあるとのことだが……いいよね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ