第41話 王家の冒険はゴージャスですね
まだ日の明けぬうちに、2台のキャンピングカーは出発する。
先頭の一号車は、アレン王子、ラウル先生、フィーン先生の男性組。後方の二号車は、マリスさんと私の女性組。もう一人女性メンバーが欲しかったな。王都のどこかにいるはずのマルグレーテを誘拐してくればよかった。結局、夏休みの間、一度も会わなかったな。わざわざマルグレーテが王宮まで尋ねてきたことがあったらしいが、そのときは修行中だったのである。
まだ眠いので、私は後ろで休ませてもらうことにする。キャンピングカーの内部は、ちょっとしたワンルームマンションだった。シャワー、トイレ付き。ソファにベッドにミニキッチンまで付いてくる。冒険の間、ここに泊まるということだろうか。これが王家の冒険。体力を温存できるし、大量に荷物も運べるし、すばらしいかもしれない。
キャンピングカーは空いた道を北上する。王都の外は農地であった。のんびりした風景が延々と広がっている。途中、ロードサイドのレストランで休憩。ごく普通のお店に王子も一緒に入る。サングラスで顔を隠しているが、キラキラして目立つんだよね。
「あの……、アレン殿下ですよね?」
すぐに女性たちが近寄ってくるんだ。
「ああ、その人、よく間違われるんですよね。あんなバカ王子と一緒にしないでください」
私が追い払うと、その後は誰も近づかなくなった。
昼食後、ちょくちょく休憩を挟みつつ、さらに北へと向かう。夕方まで走ると、だんだん道路の状況が悪くなってくる――舗装されてない道に入ってきたのだ。周囲はなにもない。延々と続く荒れ地、野原。家どころか森すらなくなってしまった。地平線まで見えるかのようだ。
出発から十二時間以上経って、やっと車は目的地に到達する。小さな村の『ハンターズ・イン』という宿であった。誰を対象にしているのか一目で分かる店名だ。王子様が泊まる高級旅館には見えないが、狭いキャンピングカーよりはずっと疲労回復に有用だろう。
「ここはサマー・ビレッジといいましてね。夏の間だけ猟師村ができるんですよ」
フィーン先生が解説してくれる。他の客さんたちはそれなりに裕福そうな人たちが多い。この国においてハンティングは、金持ちや貴族のお遊びなのだろうか? みんな王子の存在に気づくのだが、さすがお上品に素知らぬ顔をしている。
長時間運転でへろへろになったマリスさんが、それでもなお世話を焼こうとするので、食事のあとすぐに寝かしつける。私は一日中ごろごろしていたので、なかなか寝付けなかった。エリアとマルグレーテにいやがらせのメールをしておく。やーい、おまえらが遊んでるあいだに冒険に来ちゃったぞ。別に遊んでないと思うけど。
翌日、みんな(私以外)長距離移動で疲れていたので、チェックアウト時間ぎりぎりの正午まで宿に滞在して出発する。なんか、サマー・ビレッジの先がもう〈北の大氷原〉らしいんだけど、冒険に出るには遅すぎる時間かもしれない。
ハンターたちは、サマー・ビレッジの周辺に四輪駆動車を止めて猟をしているようだった。我々はさらに先を目指し、やがて道なき道に入る。
周囲は大氷原どころか草原であった。夏の間だけ、氷が溶けて生命が息吹くのである。
「〈エバーグリーン大草原〉みたいですね」
マリスさんがつぶやいた。〈エバーグリーン〉と違うのは、ここに出現するモンスターのレベルが高いことであろう。〈北の大氷原〉は中上級者向けのマップなのだ。
このマップの目標は、氷原を踏破して、遠くに見える富士山のような〈ピックレー火山〉にたどり着くことである。我々の場合は、ただ移動するだけでなく、この地の魔物を倒してレベルアップせねばならない。
窓の外、ツルらしき鳥が飛び立つのが見えた。あれはモンスターでなく単なる動物。
助手席の私は固いシートに背中を預ける。せっかく、冒険に来たというのに意外と退屈であった。その理由は、全部人任せにしてることにあるだろうか。あらかじめ王子たちに準備してもらって、後をついて行っているだけなのだから、面白いわけがない。もっと自分から積極的にコミットしていかないとね。
「狼がいる、止まろう」
一号車から無線が入った。キャンピングカーがゆっくりと草原のど真ん中に停止する。
下りると、肌寒い。学生証の表示によると気温は14度。長袖の制服を着てきてよかった。
風に揺れる草原。その向こうに、銀色の狼の群れがいるのが見えた。あれは、〈北の大氷原〉の雑魚敵、ムーンウルフだ。むろん、雑魚といっても強い。初心者マップのボスと同じくらいの強さではないだろうか。
狼たちはこちらを見ると……足早に立ち去っていく。
「――逃げましたわね」
「大きな車に驚いたのかもしれないね」
「ムーンウルフは夜行性ですから、不利な戦いはしないでしょう」
車に戻って移動を再開する。キャンピングカーは通れる道を探るように進んでいく。小さな川くらいならそのまま突っ込んで超えてしまうのだからすごいものだ。そういえば、この車、四輪駆動車みたいに車高が高いよね。
一時間ほどうろつき、高台の上に停車する。
「このあたりを探りましょう。水場に近いから興味深いなにかがいるかもしれません」
とは、フィーン先生のお言葉であった。ここからやっと冒険になりそうだ。
「先生方はいつもどういうフォーメーションを組んでるんですか?」
「フォーメーションか?」
「考えたこともなかったね」
「いつも適当です」
おい、おまえら! ちゃんと戦闘態勢を整えろよ!
いや……この三人の場合は、それで充分連携が取れてるのかもしれないな。私とエリアとマルグレーテも、三人のときは適当にやってるし。
「じゃあ、ラウル先生が先頭で進んでください。殿下が右、フィーン先生が左。真ん中がマリスさんで、私が後衛を勤めます」
「黒髪の君、後ろは危険だよ。待ち伏せされて襲われる危険性がある」
「先輩冒険者らしい助言をありがとうございます」
そんなことはとっくに分かっている。
みんな、私が提案した十字型のフォーメーションに依存はないようで、周辺の探索を開始する。
草原の草は足首まで程度のこともあれば、胸元あたりまで来ることもあった。まだ夏が始まったばかりなのにこれほど育っているとは驚きだ。羽虫が多いのでマリスさんに虫除けスプレーをかけてもらう。臭いがついてしまうが、そもそも人間の臭いは目立つので大差ないらしい。
ちなみに私が履いているのは、このあいだスポーツ用品店で買ったブーツである。これが、軽い上に、防水で、蒸れないという優れものなのだ。ぬかるみがあってもへっちゃらだぞ!
ラウル先生は草をかきわけながらどんどん進んでいく。
私はそれに気づく。
「総員、停止」
〈敵感知〉が教えてくれる。草の中になにかがいる。
「総員、そのまま。周囲を警戒して」
私は怪しいほうに剣を向ける。草の中から、がさがさと出てきた巨体。黒と黄色のストライプ。
それは虎だった。大型の虎。タイガ・タイガー。
〈北の大氷原〉の中ボスだ! いきなり出てきやがった!
だが、奇襲を食らわずに済んだのは僥倖。私は〈シャドウ・スラッシュ〉を繰り出す。
「てぇっ!」
【濡烏】は闇属性の力を引き出すアイテムだ。闇が刃となり、刃が闇となり、タイガ・タイガーを切り裂いた。
「GAN!」
猫のように情けない声を出しながら、虎は横に転がった。そこに、マリスさんが〈コールド・ブレード〉を浴びせる。二連撃。しかし中ボスは負けなかった。立て直すと、全力で私に飛びかかってくる。
〈回避〉!
〈軽業〉スキルで〈回避〉を効果を増強しているが、それでも避けきれなかった。爪で一撃されるのは免れたものの、大型獣の体重にはね飛ばされてしまう。
「リリーくん!」
地面をごろごろ転がる。草がダメージを多少は吸収してくれる。
フィーン先生が射程2の〈コールド・ブレード〉を一発。続けて星が降りかかる。アレン王子の全属性攻撃、〈スターダスト・ストライク〉だ! 星にばっさりやられたタイガ・タイガーは身を横たえ、二度と起き上がることはなかった。
……よし、中ボス撃破。1ターンで倒せるとは弱かったな。ゲームではもっと苦戦していたような気がするけど。それだけ先生たちが強いということだろうか。
「リリーさん、大丈夫ですか」
マリスさんが即座に〈女神の癒し〉をかけてくれる。これくらいの傷なら〈リジェネレーション〉で回復できるのだが、敵地でわざわざSPをケチる必要はないだろうか。
「――先生、敵を見逃しましたね?」
傷の癒えた私は先頭のラウル先生を糾弾する。
「えっ、あっ、はい。申し訳ありません」
素直に頭を下げる先生であったが――その顔がこわばる。わずかな目の動きで、耳に集中しているってことが伝わる。
「もしかして……まだいます?」
「いるぞ!」
今度は正面から虎が出てきた。それも三頭。中ボスとの戦いは終わっていなかったのだ! そういやゲームでも数頭まとめて出てくるやつらだったね。
「GAHHHHHH!!」
タイガ・タイガーは激しく吠えて私たちのことを威嚇する。
「虎って群れを作りましたっけ?」
「いいえ。そもそも、針葉樹虎は、森林に住む生き物で、夜行性です。おそらく、草原の動物を狩るために出てきたのでしょう」
しかも群れを作って――と、フィーン先生が解説してくれる。この季節、〈北の大氷原〉には草を食む草食動物が集まるという。そして、それを狙ってハンターや肉食獣もまた集まってくる。今日、虎たちの獲物は我々になるというわけか。おまえらが『ハンターズ・イン』に泊まれよ。
「前衛、一人一匹引き受けて! マリスさんは回復に専念!」
後衛の私は、後衛の義務として、まず背後を警戒する。
と、そこで気がついた。
これ、さっきの虎が後ろから襲いかかってくる予定だったんじゃないだろうか……前の三頭が戦ってる間に。虎さんってば、なんて陰険な作戦を立てるんだろう。〈敵感知〉のおかげでタイガ・タイガーが隠れているのに気づき、背後からの奇襲を受けずに済んだ。これもくのいち修行のおかげである。
「――君たちに虎皮をプレゼントしよう」
星が舞った。アレン王子が〈スターダスト・ストライク〉を放ったのだ。レベル5まで成長したこのスキルは攻撃範囲が〔一列〕となる。つまり前線に並んだ敵をまとめて攻撃できるのだ。
星を浴びて三頭すべてのタイガ・タイガーがうずくまる。傷は浅くなさそうだ。
「食らえ!」
ほぼ同時にフィーン先生が〈コールド・ブレード〉を、ラウル先生が〈ブレイズ・ブレード〉を、それぞれ打ち込む。見事な連携だ。さすが王子と教官だけはある。
そこに虎の反撃。全力で飛びかかる三頭のタイガ・タイガー。
三人が〈回避〉!
三人とも失敗!
アレン王子、ラウル先生、フィーン先生が虎の巨体に押さえ込まれた。〈のしかかり〉である。そこは華麗に躱してよ! ちょっと格好いいとか思ったんだからさあ。全員ダメージでマリスさんがてんてこ舞いだ。
となると……ここは彼女の出番ですね。
くのいちリリーさんの!
背後の安全を確信した私は前に突っ込む!
ステータス
マリス・ブランド
レベル 14
HP 97/97
SP 110/110
スタミナ 65
体力 71
知力 79
剣術レベル 9
魔術レベル 7
信仰レベル 9
スキル コールド・ブレード LV.4
女神の癒し LV.4
乙女の祈り LV.2
聖なる光 LV.2
聖女の護り手 LV.1
回避 LV.1
強打 LV.1
軽業 LV.1
ステータス
アレン・ヴェルリア
レベル 20
HP 152/152
SP 154/154
スタミナ 76
体力 95
知力 95
剣術レベル 15
魔術レベル 15
信仰レベル 1
スキル スターダスト・ストライク LV.5
回避 LV.2
強打 LV.1
軽業 LV.2
剣の名手 LV.3
英雄の資質 LV.2
指揮統制 LV.2