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第40話 闇を継ぐ者

 翌日、制服に着替えて、久しぶりにエリスランド学園を訪れた。


 三週間ぶりの学園は、騎士候補生たちがいないので静かだった。こっちは涼しくていいなあ。


 教務棟のフィーン先生の部屋を尋ねるが、ノックしても返事はない。あの野郎、約束をすっぽかしやがったか。


「フィーン先生?」


 中に入ると、ソファで白衣の男性が眠っていた。眼鏡も外さないでなにをやっているんだろう。壊れちゃうぞ。


「先生……」


「あっ、もう約束の時間でしたか」


 フィーン先生はびくんと跳ねるように起きた。先生の素の姿という感じだ。無精ひげまで生やしており、お疲れの様子が見てとれる。


「先生、ずいぶんいい男になりましたね」


「申し訳ありません。学会が終わってそのままなんですよ」


 あごのひげに触れ、フィーン先生は身だしなみの不作法を謝ったが、私にとってはプラス要素なので心配ご無用である。むしろこのキャラで通してほしい。


「冒険の話ですよね? 大丈夫ですか?」


「ええ、問題ありません」


 一瞬で覚醒したフィーン先生はシームレスに地図を広げた。


「〈北の大氷原〉、〈ピックレー火山〉、〈ケストラルの水上都市〉です」


 地図によると、〈北の大氷原〉と〈ピックレー火山〉はエリスランド最北端にある。夏に氷が溶けてやっと人が入れる土地である。ゲームだと、まず〈北の大氷原〉を踏破してから、〈ピックレー火山〉に行くようなシステムになっている。マップ解放というやつだ。


 〈ケストラルの水上都市〉はエリスランド学園の遙か東側。かつてのゼー帝国の奥深くに位置する。厳重に管理された研究都市だったという設定で、警備ゴーレムや特殊なキメラがモンスターとして登場する。ついでに湖の上に作られているので、水生モンスターも出る。攻略難易度はこのゲームで最高クラス。二年の夏休みにここを踏破するのが一応の目安であろうか。しかし、私は一年目にクリアしたいのだ! なぜなら、私が私であるから! そうなのだが――


「三箇所すべてを回るとスケジュールの問題が……」


 私は声を落とす。


「そうですね、ぼくの計算だと〈ケストラルの水上都市〉を攻略するのに最低でも3週間かかります。遺跡への移動だけでも、片道で3日以上は必要でしょう」


「そんなに……」


 移動と攻略あわせて、8月をそのまま使ってしまうということか。だとすると、今回は〈水上都市〉にしか行けないということになるが……


「私たちだけで〈水上都市〉をクリアするのは難しいでしょうね」


 パーティーのレベルが足りない。現状、アレン王子、ラウル先生、フィーン先生の三人ですら、〈水上都市〉を攻略するには力不足である。その上、回復役がいないんじゃどうにもならないだろう。


 本来のプランでは、上記の三人に、私、エリア、マルグレーテを加え、まず〈北の大氷原〉でレベル上げし、〈ピックレー火山〉でアイテム獲得してから、〈ケストラルの水上都市〉に挑むつもりだったのだが……


「今年は無理ですわね……」


「ですね……」


 我々は地図を前に肩を落とす。無理だった。スケジュールが足りない。冒険は8月からというゲームのシステムには打ち勝てなかったのだ。


「でも、〈水上都市〉行きたいですよね……」


「ですね……」


「無理して行こうと思えば行けますよね……」


「ですね……」


 現在が7月の末である。学校は9月の第二週から再開する。つまり5週間くらいは使える日程があるわけだ。


 〈ケストラルの水上都市〉に3週間かかるとして、〈北の大氷原〉と〈ピックレー火山〉を2週間でクリアすればなんとかなる。というか、一箇所につき一週間とか余裕じゃないか? 平日の授業もないし、簡単なんじゃないか?


「行ける! これ絶対行けますよね!」


「ですか?」


 フィーン先生が首をひねる。そこは乗って欲しかった。



             ■



 とにかく、8月1日に出発するということで話がついた。


 まずは、最初のプラン通り〈北の大氷原〉に向かう。その次は〈ピックレー火山〉。〈ケストラルの水上都市〉にまでたどり着けるかは、スケジュールと応相談である。


 王都のヴェルリア邸に戻ると、もうアレン王子が帰宅していた。最近の彼は帰りが早いのだ。


「フィーンから連絡あったよ。冒険、楽しみだね」


「殿下も参加されますの? 忙しいのでは?」


 というか、これまで彼と冒険の約束自体をしていなかった。もちろん戦力的には来て欲しいわけだが。


「この時期は、家にいたくないんだよ。夏の舞踏会があるからね――それも2回」


 王太子殿下でも、社交の場というのはできたら避けたいものなんだろうか? それともお母さんにやいのやいの言われるのが嫌なのか。


「じゃあ、私と、殿下と、ラウル先生、フィーン先生で4人ということになりますけど……少々心許ありませんわね」


「このぼくと学園の教官を前にしてずいぶんな言いぐさじゃないか。きみをエスコートするのに不足はないよ!」


 アレン王子は普段より上機嫌であった。意外と冒険好きだったりするのかな。


「でも、回復役……エルシスの娘がいませんから」


「それについては心当たりがある」


「本当ですの?」


「ぼくに任せてくれ。冒険の先輩たるぼくにね。準備はすべてこちらでやるから、きみは剣の準備だけしておくといいよ」


 なんてウィンク。


 アレン王子たち3人が冒険の先輩であることは事実である。レベルを見ればそれがわかる。少々不安であるが、そこまで言うのなら、全部彼に任せてしまうか。


 私は私の準備をすることにする。




「なるほど、来月頭から冒険に行くでござるか」


 翌日。


 私は師匠の元へと足を運び、事情を説明した。修行を中断することになるので怒られるかと思ったが、師匠は理解を示してくれた。


「おぬしはすでにそれなりの技を身につけているはず。足りない部分は次の機会にするでござる」


「かたじけない、師匠」


 私はニンジャとして膝を突いて頭を垂れる。


「危険かもしれぬが、無事に戻るでござる。おぬしは拙者のただ一人の弟子でござるからな」


「御意にござる」


「いずれこれを託す日が来ることもあるやもしれぬ」


 と、師匠はどこからともなく――本当にどこからともなく手品のように一本の剣を取り出した。


 反りのない和風の直剣。


 これは……忍者刀か!


「拝見するでござる」


 私は師匠より剣を受け取った。忍者刀らしく、実用一点張り。どこもかしこも真っ黒で飾り気がない。しかし、なにかしらの迫力のようなものが握った手のひらから伝わってくる。


「我がお師匠様より賜った魔剣。これを奪われそうになり、拙者、はるばる西国まで落ち延びてきたのでござる」


 初耳であった。師匠にはそんなストーリー上の設定があったのか……


「通称【濡烏】。残念ながら拙者の剣ではござらん」


「師匠の剣ではない?」


 鞘を握り、親指で鯉口を切る。


「我がお師匠様曰く、影の力を持つ者のみが、これを抜くことができるでござる。残念ながら、拙者にも無理でござった」


 遠い目で語る師匠。その視線の先にあるのは、遙かヒノモトか。


 しかし、選ばれしモノだけが使えるだなんて、なかなかファンタジーっぽい剣であった。


「では、私がもらい受けます」


 私は剣を抜き放った。


 銘は【濡烏】と言ったかな。名前の通り、上から下まで漆黒の刃である。刀身から闇が溢れそうだ。


 おそらくは闇属性の武器。師匠の言葉からすると、闇属性のキャラクター専用かな。私が使うと闇に闇がプラスされて真っ黒になりそうだった。


「なっ……!!」


 抜き放たれた剣を見て師匠が絶句する。


「師匠、影の力とはこれのことですよね?」


 魔力を解放すると【濡烏】からもわもわと影があふれ出る。いや――刃そのものが影と化している。格好いいじゃないか。


「――――――!!」


「これが師匠言うところの影の力ですよね?」


「その影は我が師匠と同じ――まさに」


「ってことは、これ、もらっていいんですすよね?」


 コクコクコクコク。師匠は何度も首を縦に振った。


「わーい」


 いいものもらっちゃった。


 どうやら、これは一連のイベントであったらしい。


 後で自分のステータスを確認したところ、〈影を操るもの〉というパッシブ・スキルがリストに追加されていた。〈忍び足〉〈奇襲〉など忍びっぽいスキルにプラスの補正がかかるスキルである


 おそらく、闇属性のキャラクターが、フウマ・ハンゾーの下で修行すると、〈影を操るもの〉と【濡烏】をゲットできるようになっているのだろう。ゲームにそんなイベントはなかったのだが、ゲーム的に解釈するとそうなる。まあゲームでは、そもそも闇属性が存在しなかったからね。3週間も厳しい修行に励んだ甲斐があったというものだ。


 我、己が身に暗闇の皇子プリンス・オブ・シャドウランドを宿した冥翳の騎士(シャッテンリッター)なり。そしてその正体は……ニンジャであった!


 このネタまだ続けます(気に入ってるらしい)。



             ■



「リリーさん、冒険の時間ですよ」


 8月1日の早朝、マリスさんに起こされた。うっすらと夜が明けているが、まだまだ眠い時刻である。


「あれ……マリスさん、冒険のこと知ってるの?」


「ええ、王子から聞いてます」


 聞いていたのか……。このお堅いメイドさんには黙って出て行くものとばかり思っていた。


「荷物は全部運んでおきました。装備はどうしますか?」


 装備……しまった、アクセサリ以外の武具は全部寮に置いてきた!


 剣についてはちょうど昨日もらった【濡烏】があるからいいが、鎧がない。どこで手に入る? この時間でもイーグル通りのお店は開いてるだろうか……?


鎖帷子メイルシャツなら、予備がありますが使いますか?」


「お願いします」


 マリスさんったら、実に気の利く人だった。


 制服に着替えて、軽く朝食を取ってヴェルリア邸の外に出る。


 そこには二台の大型車が止まっていた。キャンピングカーだ。


 まさか――これで行くの?


「この車をベースキャンプ代わりに使うんですよ」


 制服姿のマリスさんが運転席にのぼってエンジンをかける。


「えっ、運転できるの?」


 というか、マリスさんも行くの? アレン王子が集めた五人目のメンバーって彼女のことだったの!? でも、マリスさん、回復系の魔術を使えるのかな……トーナメントで使ってなかったよね?


「使ったら興ざめですから」


 聞いてみると、大会のときは自発的に封印していたらしい。まあ、確かに回復系のスキルはバランスブレイカーで試合を壊すからね。エリアとマルグレーテの戦いなんて泥仕合だった。となると、マリスさんが実質的に二年生で最強だったりして?


 こんな頼もしい旅の仲間はなかった。


 王子、教官、教官、二年生最強、一年生最強の5人パーティーだ!

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