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第39話 アンダーグラウンド

「リリーさん、アンティーク通りのお店からお洋服が届いてます」


 翌朝、そんなマリスさんの声で叩き起こされた。


 部屋の鍵を閉めていたにも関わらず、合い鍵を持ってる彼女は、おつきのメイドとしてずかずかと入ってきたのである。プライバシー皆無。どうやら貴族としての生活ってそういうものらしい。寮の一人部屋は良かったなあ。自分の時間は持てたし、寂しくなったら適当な部屋に押しかければよかったし。


「ワンピースと靴と鞄のようですね」


 アンティーク通りのマダムたちが送りつけてきたのは、夏狙い撃ちの真っ白なワンピースであった。裾は長め。腰の部分は黒い紐で絞るようなデザインになっている。清楚でフェミニンなお嬢様ファッションというよりは、スマートでスタイリッシュな格好いい系だろうか。バッグは白、シューズは黒のミュールで思いっきりモノトーンコーデである。


「ミュールはちょっとなあ……。ブーツにしようかな」


「夏にブーツは暑いですよ。なぜです?」


「私たちの本職は?」


「騎士候補生」


「なにかあったときに走れないとまずいでしょ」


 感心した目で見られた。


「私が護衛でつきましょうか?」


「そこまでは。でも、今度、暇なときに一緒に出かけましょう」


 着替えを手伝おうとするマリスさんを追い出して、ワンピースにチェンジ。羽織るものなしか。もともと露出が少ない服だからいいけど……


 ダイニングルームに行くと、出勤前のアレン王子だけがいた。私を見るなり、目を見張る。


「おはよう、黒髪の君……。今日はいちだんときれいだね」


「おはようございます、殿下。普段はそうでもないということですね」


 王子からの答えはなかった。どうやら本当に驚いているらしい。これって普段は舐められてるってことだよね……。マジむかつくわ。


「ところで、そのお顔はどうなさったんです?」


「ああ、騎士訓練でちょっと怪我をしてね」


 ちなみに王子は顔を腫らして、絆創膏をあちこちに貼っている。


「夜間訓練とは熱心ですわね」


 誰に稽古を付けられたのかは、だいたい想像がつくところだ。


「婚約は破談になったよ……」


 アレン王子はぽつりとつぶやいた。まあ、私にとってはどうでもよく、関係のない話である。不幸な女性が世界から一人減ったことを密やかに喜ぶ程度の話だ。




 朝食後、ゆっくりした私は、昼前にヴェルリア邸を出て、大型スポーツ用品店に向かった。とりあえずミュールを履いていったのだが、やはり長時間歩くようなものではないな。


 店でブーツを買う。ヒールのある可愛いものではなく、「ちょっと山に行ってきます。3000メートル級の」といった感じのごついアウトドア用ショートブーツである。白のワンピースにブーツだから店員さん驚いてたよ。足下だけ格好良くなってしまった。


 さて、どうしようかな。お昼は外で食べるとマリスさんには言ってある。しかし、このシーズンだけあって、飲食店はどこも混んでいるようだ……。


 仕方なく、昨日の公園に行って、屋台でカレーパンみたいなものを買った。具はお肉とお野菜。ピロシキなのかな? こういうのってお外で食べると美味しい。


 適当な昼食を済ますと、私にはやることがなくなった。軽く市内の観光でもしたいところだが、どこも混んでるだろうな。アンティーク通りは昨日行った。王都最大の観光地は、いま住んでいる。というわけで私が足を向けたのは、もっと私らしいところだった。


 イーグル通り。冒険者向けの店が揃うところだ。


             ■


「おっ、ユニークアイテム。【氷竜の息吹】、12万クラウンか……」


 なんて風にウィンドウショッピングする。ここらに集まっているお店はちょっとした「高級店」ばかりである。入店にはそれなりの〔名声〕が必要。マオンさんの店よりいいものがいいお値段で売っている。


 いつもの鍛冶屋さんの横を通過する。魔石を剣に埋め込むのにお世話になっているお店だ。


「ん……?」


 私はひらめく。鍛冶屋と言えば、この辺には()がいるのではなかろうか。


「失礼、ちょっと人を訪ねたいんですが……」


「おっ、いつもの騎士のお嬢ちゃんか。きれいなおべべ着てるから誰かわからなかった」


 ハゲた鍛冶屋さんが笑顔を向けてくれる。この人、多島海のリゾートで羽目を外して官憲のお世話になったというあの人である。彼の失敗はだれしもが教訓として胸に刻むべきだろう。異世界で羽目を外し続けて、王家にまで乗り込んだ人間からの遺言だ。


「私と同じ黒髪の鍛冶屋さんを探しているんですが、ご存じありませんか?」


「知ってるが、あの人は金具や釘を打つ鍛冶だぞ。剣はやってないぞ」


「ああ、その人でいいんです」


 場所を教えてもらい、礼を言って店を出る。相変わらず見事なスキンヘッドであった。彼の欠点は奥さんがいることである。


 私はメモを頼りに裏道へと足を踏み入れる。あちこちからトンカンと金属を叩く音が聞こえる。雑然とした下町のようなところだった。昭和を思わせるような光景だ。


 メモがあっても迷ってしまう。こんな裏道に看板や案内図なんてないからね。場違いなところでうろうろしていると――


「おや、珍しい。拙者と同じシンのお方でござるか」


 と、声をかけられた。あばらやで鍋の修繕をしているおじいさまだった。六十代くらいだろうか。そのひげと髪は私のように黒い……といっても白髪交じりだけど。


「失礼。あなたを探しておりました」


「拙者を?」


「ええ。私は黒髪に黒目ですがシンの出身ではありません……あなたと同じように」


「どういうことでござる……?」


 なんて風にとぼける。ちなみにシンというのはこの世界にある中国っぽい国のことだ。


「騎士候補生のリリーと申します。実は優秀な仲間がいるんですが、今度、彼にニンジャの技を教えて頂きたいのです」


「ニ、ニンジャ? はて、なんのことかさっぱり……」


 とぼけかたが下手だった。


「ニンジャなんでしょ?」


「ニ、ニンジャなどではござらん」


「名前からしてニンジャじゃない!」


 この人はフウマ・ハンゾーさん。日本を模した国、ヒノモトから遠く逃げてきた抜け忍である。ゲームでは、スキル〈軽業〉をゲットしてから王都を尋ねると、イベントが発生し、ハンゾーさんが〈罠感知〉〈忍び足〉などの便利なスキルを教えてくれることになる。作中の台詞から判断するに、どうやら技を受け継いでくれる優秀な後継者を探しているようだ。


「ニンジャじゃないというのなら、忍びの者、草、らっぱなんて呼び方でどう?」


 ゲーム好きのリリーさんは微妙に戦国ものに詳しい。真田幸村が本名じゃないこととか、黒田官兵衛が軍師じゃないこととか知ってるよ!


「か、仮に拙者がそのニンジャとして、おぬしにはなにができるでござるか?」


「私? 私は、そうね、投擲には自信がある。特にコントロールは、ね」


「なら、あの猫にこれをぶつけることはできるでござるか?」


 ハンゾーさんは落ちていた石を私に手渡す。くだんの猫はゴミ置き場の横で気持ちよさそうに寝ていた。この距離なら簡単だ。


 私は軽く肩を回して、ウォーミングアップし……〈投げる〉! 


 ゴミ置き場に捨ててあった瓶に命中した。瓶の倒れる大きな音がして、猫が逃げていく。


「外れでござるな」


「いいえ、当たってる。だって最初から猫なんて狙ってないもの」


 私はもうひとつの石を拾って〈投げる〉。再び、同じ瓶に命中。


「おおっ!?」


「なんでも投げられるわよ?」


 紙袋に入っていたミュールを〈投げる〉。これまた瓶に当たる。


「――これでどうかしら?」


「むむっ、これは〈手裏剣〉を会得するにふさわしい確かな才能にござる」


「〈手裏剣〉?」


 そんなスキル、ゲームにはなかった。またも新ギミックの登場である。


「それはどういうものですの?」


「興味があるのなら……試してみるでござるか?」


 と、ハンゾーさんはどこからともなく棒形手裏剣と星形手裏剣の二種類を取り出した。




 その日から、私のくのいち修行が始まった。


 あれ……後日セナくんにスキルを教えてあげてほしかっただけなんだけど、なんでこんなことになってるんだ? まあいいや。暇だし。


 忍者の修行は厳しい。日々、ジャージ姿でこっそり王宮を出て、手裏剣を習う日々である。日曜日に休んだら、ハンゾーさん改め師匠に死ぬほど怒られた。でも、毎日毎日特訓メニューを入れると〔スタミナ〕が持たないからねぇ……。それは、〈疲労回復〉のパッシブ・スキルを持つ私ですら耐えられないほどのハードスケジュールなのだ。


 師匠は〈手裏剣〉のついでに、〈罠感知〉〈敵感知〉〈探索〉〈忍び足〉〈奇襲〉〈曲芸〉などのスキルも教えてくれる。


 〈奇襲〉〈曲芸〉に関しては上級スキルなので私が学ぶのは無理があった。だって〈曲芸〉ってアクロバットだよ? バク転して敵の攻撃を回避したり、屋根の上からジャンプとかするんだよ!? こっちはこのあいだやっと〈軽業〉を取得したばかりなのに無理をさせないでほしい。〈奇襲〉の前提スキルである〈忍び足〉に至っては、まだ取得してないというか、平行で教えてもらってる最中である。強引すぎるよ、師匠。ゲームシステムを超えようとしないで欲しい。


 その他のスキルに関しては、王宮で自主練を繰り返した。〈忍び足〉でVIPを尾行したり、〈敵感知〉で警備を避けたり、〈罠感知〉でセンサーや監視カメラを発見したり、〈探索〉で面白いものを探したりするのである。王宮って訓練場所としては最適だ。たとえだれかに見つかっても、「なんだ、リリーさんか」で済む。落とし物や不審物を見つけたりといったお手柄もあった。謎の行動ばかり取っているので、王宮内でも、絶賛、変な人扱いされつつあります。


 そんなある日のことであった。


 自主練中、警備の目をかいくぐり、ヴェルリア邸のあたりをうろちょろしていると、メイド姿のマリスさんがキョロキョロしているのが目に入った。もしかして……私を探しているのであろうか?


「いかがなさったでござるか」


「きゃっ」


 後ろから声をかけるとマリスさんが可愛い悲鳴をあげた。えっ、マリスさんって、クールなふりして実は萌えキャラなの? ギャップ萌え狙いなの?


「リ、リリーさん、いまどこから?」


「御免。拙者、修行中の身ゆえ、お気になさらず」


「???」


 私の受け答えは、マリスさんをさらに混乱させてしまったようだった。なにか変なところあったっけ?


「――リリーさん、昼間出かけているようだけど、どこに行っているの?」


「はて、なんのことでござろう」


 毎日、二人分の弁当(私と師匠の分)を持って出かけていき、夜に帰っているのでごまかすのは多少無理があったかもしれない。だが、忍びの者として正体を知られるわけにはいかない。


「口調も変わってるし……」


「さようでござるか?」


「さようでございます。実はこのあいだ、リリーさんの後を追いかけたの。そうしたら、イーグル通りのあたりで見失って……」


「あれはマリス殿でござったか」


 何者かに尾行されていることに気づき、〈忍び足〉でまいたのである。


「父がセキュリティの面で心配してるの。なにしているの?」


「拙者、ニ、ニンジャの修行などしておりませぬ」


「ニンジャ?」


 まずい私の正体が知られてしまう。


「よ、用件はそれだけでござるか?」


 ごまかしきれないので強引に話をそらす。


「いえ……殿下からの伝言があって」


「アレン殿から?」


「冒険の件でフィーン先生に連絡を取ってほしいって」


 ……それを待っていた。

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