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第38話 王家のメイヘム

 お夕食は一時間後であった。


 ディナー用の衣装はどうしようかと思ったが、アレン王子がいるのでそのまま学園の制服にしておいた。私服とか見られたくないし。


 ダイニングルームはもちろん広い。……のだが、そっちは広すぎて普段使ってないということで、厨房に直結した小さい方を使うようだ。それだって充分に広くて豪華なのだが。


「やあ、待ってたよ」


 アレン王子はラフなシャツにパンツという装いでワインを飲んでいた。胸元からアクセサリが覗いていてチャラい(多分マジックアイテムだろうけど)。ファンにとっては、私服を見られるイベントかもしれないが、王子のファンとかいるのかな? 公式の人気投票第8位だからなあ……


「王家だからって固くならないでいいよ。中に入ってみると単なる一般家庭さ」


「コックさんがいて給仕される一般家庭はありませんけど」


 今夜はこの人と二人で食事(ディナー)ということになるのだろうか。招待されてほいほいついてきた身だから文句は言えないのだが……いやだなあ。


「ご安心を。普段は王子殿下も両陛下もここで食事を取ることはほとんどありませんから」


 グラスを持ってきてくれたマリスさんが、私の心中を察したのか、そんなことを教えてくれる。


 家で食べるのか食べないのかわからないんで困るんです――なんて風に彼女の話は続いた。確かにその部分は一般家庭に近いかもしれない。


「特に王太子殿下はお外のお店に行かれることが多いので、この時間に家にいるのは久しぶりです」


「外の店? ああ、要するにお姉ちゃんたちのいるお店のことね……」


 キャバクラであった。


「いやいや、仕事のうちだよ。接待されることが多くてね。たまにきれいどころのいる店にも行くというだけ。今夜はそれに負けない美人が二人もいるね!」


 安い軽口であった。


 マリスさんがすごい目で王子をにらんでいる。怖い!


 私はグラスに軽く口を付ける。薄い甘みと酸味のついたジュースのようなものであった。さすがにお酒を出されることはなかったようだ。


「あら、リリーさんって、あなただったの」


 しばらく料理を待っていると、ダイニングルームに人が入ってくる。スーツを着た上品そうなおばさまだ。見た顔である……。それもつい最近。


 たとえば、さっきのロビーとかで。


「知り合いだったのですか、母上」


「ええ、先ほど少しお話したの。あなたについて」


 母……?


「挨拶が遅れたわね。アリアナ・ヴェルリアです」


 と、再び力強い握手。


 アリアナ・ヴェルリア。


 ――王妃陛下だ、この人!


 つまり、国王の嫁さんで、アレン王子のかーちゃん。


 まずい。


 ……お母さんに息子の悪口吹き込んじゃったよ!


「大変参考になりましたよ、ええ。この馬鹿!」


 スーツのまま席に着こうとした王妃は、アレン王子の後頭部をぶん殴った。


「!?」


 マリスさんはいつものことって感じでスルー。アレン王子だけが、たはは……って笑ってごまかす。しかしごまかせないくらいに痛そうだ。


「リリーさん、お国が滅亡したそうね。好きなだけここにいてもいいんですよ」


 その設定広まってるのか! 滅んでないよ、日本!


「いえ……、帰れないだけですから」


「あら、クーデター? 国交があれば外交でどうにかできるんだけど、東国は遠いのよね」


 なんだかとんでもない方向に話が飛んでいく。さらに訂正しようとしたところで前菜とスープと魚料理がまとめてやってきた。


「初夏のサラダと、スズキでございます。東国は魚の本場ということで、リリー様にあわせて魚料理にいたしました」


 なんてシェフが説明してくれる。料理的には、フレンチとイタリアンを混ぜたような感じだろうか? いちいちコースにするほどには気取ってないようだが、これ、王妃、王子との会食なんだよね……。本当になんでこんなことになってるんだろう。


 ――もはや気にしても仕方がない。私は食事に手を付ける。王家に供される料理ってどんな味なのかな。


「あ、美味しい」


 私の感想にシェフが安心した顔になる。サラダは素材からして違うという感じ。瑞々しくて味が濃い。これなら野菜嫌いの子たちでもたくさん食べられるぞ。さすが、日常的にいいものを口にしてるんだな、この人たち。


 さて、お魚の方は濃厚なソースのたっぷりかかったムニエルで……濃厚なソースが……ソースが……


「ソースの味しかしない……」


 私が漏らすと、シェフが固まった。


「も、申し訳ありません。王都ですと、どうしても新鮮な魚介類が手に入りませんから――」


「ソースでごまかすしかないということだね」


「東国の人たちは生でお魚を食べていると聞きました。リリーさんの舌は騙せないでしょう」


 王妃と王子が、こいつわかってるなという目で私を見る。いやこんなの誰にでもわかりますから! あーあ、シェフの人、汗だくで涙目になってるよ。別にクレーム入れたわけじゃないですからね!


「――国王陛下がご帰宅なさいました」


 コース料理的な順番無視してスープを飲んでいると、音もなく突然老執事っぽい人が現れ、そんなことを告げた。


 ――国王?


 まさか、王様来ちゃうの!?


 私以外の面々はそんなことどうでもいいとばかりに食事を続けている。しかし、こっちは動揺しないわけにはいかない。だってエリスランド王国の国王だぞ!


 こつこつという足音で向こうから誰かがやってくるのがわかった。私は目を見開く。


 姿を現したのは、ヴァツラフ・ヴェルリア陛下。


 まさに国王その人であった。立派なひげ、見事な金髪。ゲームで見たそのままだ。


 陛下は何気なく入室し――


「うわー、晩餐会疲れたわー。ママ、途中で逃げるんだもん。ボクは抜けられないよねー、王様つらいわー」


 と、椅子に腰掛ける。


「あっ、マリスちゃんいる。最近見なかったけど、どうしたの? ああ、学校の夏休み。いや、食べないから。晩餐会でたらふく食ったから。コーヒーもらえる? うーんと濃いやつね」


 その視線がちらりとこちらを向いた。


「うわっ、なんか黒髪の美人ちゃんいる! めっちゃエキゾチックな美人じゃなーい? なになに、どういうこと!? えー、亡国の姫君? なんかそれ格好良くない? うちで保護しちゃう? 格好良くない? 異国の姫君匿うとか格好よくない?」


「………………………………」


 軽ッ!


 エリスランド国王軽すぎ!


 ゲームでは威厳のありそうな人だったのにどうなってるのよ! 家庭では別の顔を持つ王様とかそういうレベルじゃないぞ!


「どうする? 黒髪の美人ちゃん、うちの養子になっちゃう? お婿さん探しちゃう? あっ、アレンくんは婚約者いるからダメね。一年遅かったなあ」


「……リリーと申します。しばらくこちらでお世話になります。それ以外のことはお気遣いなく」


「えー、そうなんだ? なんかいい光景じゃない? お客さんまで来て、家族で食事って感じでよくなーい?」


 国王は上機嫌でそんなことを言う。その王様とは思えぬ口調はともかく、ひとつの単語が私の心に引っかかった。


 家族。


 家族か……


 その言葉を聞いて私が思い浮かべるのは日本に残してきた両親のこと――


 などではなく、まったく関係ないことであった。


「家族といえば、エリーゼさんはいらっしゃいませんの? ぜひ、お会いしたかったんですが」


 私の一言で家族の食卓が凍り付いた。


「エリーゼとはどなた?」


 王妃は平然としたふりを装っている。


「し、知らないなあ……」


 国王の手が震え、コーヒーカップがカタカタ鳴った。


「――これは失礼しました。エリーゼさんの件は秘密でしたね。でも、ご両親とお兄様しかいないので大丈夫かと」


 私が謝罪すると、王妃がスパーンとアレン王子の頭を叩いた。


「なんで言うの!? この馬鹿! 馬鹿息子!」


「言ってない、言ってない! だれにも言ってない!」


 ボコボコにされる頭を王子は必死に守る。


 ここで解説。


 私が口にした「エリーゼ」とは、このロイヤルファミリーの一員であった。


 国王と王妃の末娘。すなわちアレン王子の妹である。


 本来、この場にいるべき金髪の女の子だ。


 しかし、アレン王子に妹がいると知っているのは、王家周辺のごく一部のみだったりする。暗殺を避けるため、あるいはのびのびと育てるため、エリーゼは身分を隠し、シュヴァーロ伯爵家の一人娘として暮らしているのだ。夏には実家に戻ってくるんじゃないかと思ったが、特にそういうことはないようである。


 さて。


 なぜ、私がそんな重大機密を知っているのかって?


 それはなぜかというと――


 エリーゼちゃんは『乙女の聖騎士2』の主人公だからだよ!


 ゲーム開始当初はエリーゼ・シュヴァーロとして登場するのだが、ゲームの中盤で実は王族と判明するシーンがあるのだ。


 最初から〈スターダスト・ストライク〉を使えるバランスブレイカーだが、『乙女の聖騎士2』は戦闘以外の要素が多いのであまり関係なかったりもする。


「申し訳ありません、奥様――殿下から聞いたのではありません。私はただ最初から知っていただけです」


「それはどういう……?」


「黒髪の君は予知能力があるんだよ」


「えー、なにそれ。すごくなーい?」


 アレン王子の説明に、国王陛下が目を光らせる。


「レーネ曰く、彼女はなんでも知っていて、未来のことすら知ってるそうだ。フィーンやマルグレーテもそんなことを言っていた」


「本当……なの?」


「人より少し知ってることが多いだけですわ」


 やべぇ、そこに突っ込まれると大変なことになる。うまく話をそらさないと。


「そうだ、王子の婚約と言えば……解消することをおすすめしますわ」


「それは……?」


 しまった、ごまかそうとして別の泥沼にはまった気がする。……まあいいか。少々僭越であるが、ここはイベントを進めたほうがいい。いや、イベントをぶちこわしたほうがいい。


「王子殿下は結婚する気なんてさらさらありませんし、お相手の姫君も将来を誓い合った想い人がおりますから、婚約解消するのがよろしいでしょう」


「なっ……!」


「!?」


 王家の面々が絶句する。


 ここでさらに説明させて頂こう。『乙女の聖騎士』攻略キャラのアレン・ヴェルリアは、王子であり婚約者がいるにも関わらず、女性を口説いて回るというプレイボーイ風キャラである。


 しかし、それは単なるポーズに過ぎない。アレンルートが進むに従い、彼の真実があきらかとなる。実のところ……王子は婚約者との結婚が嫌でそれを潰すため女遊びしているだけなのだ!


 えっ、なにそれ?


 ゲームでこの理由を知ったとき、私はよくわからなさに首をひねった記憶がある。婚約が嫌なら、わざわざ女遊びなんて回りくどい手段をとることなく、はっきりと断ればいいじゃないか。優柔不断というか、それ以前になんだかよくわからない――どうやらそれがアレン王子というキャラらしいのだ。まあ、このお母さんを見ると、断れない理由も多少はわかったのだが。


 ゲームにおいてアレン王子を攻略し、ハッピーエンドを迎えると、主人公であるエリアは王子と結婚することになる(おぞましい!)。では、婚約していたお相手はどうなるのかというと、実は恋人がいたことが発覚しめでたしめでたしと丸く収まる。わかりやすいご都合主義だが、ここで一波乱あっても困るからまあいいだろう。


 しかし。


 しかし……である。ここで現状を考えてみてもらいたい。


 アレン王子が婚約しているお相手――名前の設定もないような姫君なのであるが、彼女はいま何を思っているのだろうか。王子と婚約しているいまこのときにである。


 おそらく……引き裂かれるような思いを味わっているはずだ。


 彼女には恋人がいる。好きな相手がいるのに、親の都合で王子と婚約してしまっているのである。この王子、評判の悪い女たらしの駄目男だが、王子であるが故に姫の側から婚約を断るなんてまず不可能。どこからどう見ても立派な悲劇のヒロインである。


 しかも――私は気づいてしまったのである。この二人、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ゲーム中で語られることはないのだが……そのまま結婚せざるをえないのではないか? 共に望まぬ結婚をして共に不幸になるのでは?


「えっ、そうなると……うちって悪役じゃない? その子可哀想じゃない?」


 私の短い説明で国王は理解したようだった。


「アレン。ミーリアン嬢と結婚する気がないというのは本当ですか?」


「えっ、いや、その……」


 この期におよんでも、アレン王子は曖昧な態度を崩さない。ここはがつんと言ってやれよ……


「本当なのですね!」


 がつんと王子を一発殴ってから王妃は立ち上がる。


「リリーさん、あなたの話が本当だとすると、私は一人の女性を不幸にしたということになります。アレンとミーリアン嬢の婚約を決めたのは私だからです」


 私は肩をすくめた。へー、お相手はミーリアンさんというのか。


「今すぐ確認して参ります。失礼」


 王妃陛下は国王陛下と王太子殿下を引きずって出て行った。この家のかーちゃんはパワーがあるんだなあ。


 少々騒ぎがあったようだが、私は気にせずパンを食べる。この焼きたてパン美味しいんだよ。なぜか、一人になっちゃったからいっぱい余ってるし。


「リリーさん……なかなかやりますね」


 後ろからマリスさんがささやいた。どういう意味なのかはさっぱりわからなかった。

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