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第37話 王宮のオペレッタ

 というわけで、一流美容師の手で、ビフォー・アフターした。


 制服姿のもさい女子が……なんということでしょう、制服姿のつやつやした女子に!


 ――はい、髪をトリートメントして、軽くメイクしてもらっただけです。服も着替えていません。


 私服はあったんだけど、協議の結果、王宮に行くなら学園の制服のほうが良かろうということになったのである。まあ、この格好のほうが怪しまれる度合いが減ることは間違いない。


 王宮までは、車やバスだと渋滞で逆に時間がかかりそうということで徒歩移動である。親切にもアレクサンドがエスコートしてくれた。「アンタ一人じゃ心配だからね」とは彼の台詞。地元の人間がいてくれると心強い。


 エリスランド王国の王宮は川沿いにあるとのことだった。地図で確認すると、先ほどの公園のすぐ近くだ。


 十五分ほど歩くと、巨大な城壁が見えてくる。これが道沿いに延々と続いているのだ。この向こうが全部王宮というわけか……。


 その先に観光客で埋め尽くされた広大な空間があった。王宮の正門前。「聖騎士の広場」である。命名の由来は、言うまでもないだろう。かつて最初の聖騎士たるエリスがここで兵を揃えたとかなんとか。まあ、「聖騎士」という単語自体が怪しいことを私は知っているわけだけど。広場に面して、剣の神と愛の神の神殿まであるけど、ここはエリスランド最大の観光スポットなのかもしれないね。


 正門前に大行列ができている。観光客も王宮の中に入ることができるようだ。


「あれは美術館とか旧宮殿を見学する列ヨ。アタシたちはこっち」


 そこは出入りの業者が使うような狭い門だった。アレクサンドは手持ちのカードをピッとタッチして簡単に入ってしまう。警備の騎士たちもまったく不自然に思ってないようだ。


 私はおそるおそる学生証でタッチする。すると、自動改札のようにゲートが開いた。よかった、ちゃんと入ってもいい人間として登録されてるようだ。一人だったら怖くて通れなかったかだろうし、この門の存在にすら気づかなかっただろうな。アレクサンドに感謝である。


 中に入ってみると、王宮内は意外と殺風景であった。道路があってその左右に古ぼけたビルが並んでいる。通勤用なのか、バスが来て職員たちを下ろしていく。官公庁街といった雰囲気である。趣があるのは、砦らしき高い塔のみ。王宮というのは政治の実務が行われる場所であるから、豪華さや壮麗さはいらないのかもしれない。そういうものは、物々しいバリケードで区切られた観光客向けのあちら側にあるのだろう。


 迎賓館は別のゲートの先であった。ピッと学生証でタッチして通ろうとする。


「……なっ、クリアランス6!?」


「お、お待ちください! どちらまで?」


 と、警備の騎士が慌て出す。


「この子はアレン殿下に呼ばれてるの。余計なまねすると首が飛ぶわヨ?」


 アレクサンドが騎士たちを脅す。おい、その人たちは我々の先輩にあたる人たちだぞ。


「聞いてないぞ!」


「確認しますので、し、しばらくお待ち頂けますか?」


 アレクサンドは無視して進もうとしたのだが、あまり彼らをいじめるのもなんなので、私は少し待つことにした。近くの建物のロビーみたいなところに通される。残念ながら、アレクサンドの業者カードではそれ以上進めないということでお別れである。彼にもいずれきちんとした礼をしないとなるまい。ハイセンスな人へのお礼とかどうすればいいのやら。返せない借りになったかもしれない。


 その広いロビーには、着飾った貴族みたいな人たちが大勢いた。どうやら、国王との謁見の順番を待っているようだ。ゲームのイベントCGで知る限り、国王――つまりアレン王子の父親――はひげをたくわえた威厳のある人物であった。もちろん見事な金髪である。残念なのは、細すぎて、きれいすぎることだろうか。身体に肉がつかない家系なのかな? ゲームにおいては出番が少ないので、どういう人物なのかはよくわからない。


「あら、学園の候補生?」


 ソファに座っていたところ、声をかけられる。スーツを着た上品で有能そうなおばさまだった。有名企業の女性CEO、あるいはヨーロッパの女性首相、そんな感じの人物である。後ろにSPっぽい女性騎士がついているので、その印象がさらに強まる。


「ええそうです、奥様」


 私は立ち上がり一礼する。貴族の婦女子がするスカートをつまむ奴じゃなくて、騎士っぽい格好いいやつである。


「懐かしいわね。私も通っていたのよ」


 怖そうな顔が少しやわらぐ。となると、この人も騎士なのかな? それとも現役を退いた元騎士か。


「学園で騎士団総長の評判はどうかしら?」


「総長の評判……? 申し訳ありません、奥様、お答えできません。こんなところで騎士団の恥をさらすなどとても」


「恥……そんなに評判が悪いの?」


「仕事はしない、女性には手を出す――学園の候補生にすら声をかけるていたらくでして。最近では悪行が広まって、みんな殿下を避けるようになりました」


「そ、そこまで……」


 奥様は額に顔を当てる。ちなみに、アレン王子の評判が悪いのは、私が彼の悪評をせっせと流しているからでもあったりする。事実だから別にいいよね?


「あんなのは廃嫡して、マルグレーテを後継者にしたほうがよろしいでしょう」


「マルグレーテを?」


「ええ。マルグレーテ・ラ・オーツ。腕が立つ上に、誰にでも気を使える。最高の女性ですわ」


「なるほどね。良い話をありがとう」


 がっしりとした握手の後、女性は行ってしまう。外部の人に遠慮なく騎士団の恥をさらしたような気もするが、事実だから別にいいよね?


 三十分くらい待たされた。


「リリーさんよね?」


 と、セミショートヘアの若い美人メイドさんがやってくる。それは顔なじみの人物だった。二年生のマリス・ブランドさんだ。かつて学園でアレン王子の秘書っぽいことをしていたのを見たことがある。


 それにしてもメイドである。貴族に仕える本物のメイドさんだ。こういうのがいるとは、さすがゲームの世界。いや本業は騎士候補生だからメイドじゃないはずなんだが。


「どうしたんです、その格好?」


「夏休みのアルバイトみたいなもの」


 うーむ、王宮でのメイドのアルバイトなんてあったのか。こっちはせいぜいカフェでウェイトレスの格好をするくらいである。


「こちらへどうぞ」


 と、美人メイドに招かれる。




「突然いらっしゃるので、みんな慌てていましたよ」


 迎賓館があるほうに移動しながら、マリスさんはそんなことを言う。


「申し訳ないわね……。急に決まったものだから」


「こういうのは急に決めるようなことではないでしょう」


 と、思いっきり叱られる。彼女は誰に対してもこんな風に物怖じせず話すのだろうな。


「次からは来賓用の入り口を使って下さい」


「それはどこ?」


「そちらです」


 と、指さす。ちょうど護衛付きの高級車が入ってくるのが見えた。なるほど……これが賓客か。


 マリスさんは魔法の通行証でどんどん進んでいく。王宮内は広い。歩いているうち、私は徒歩で業者用出口から入ってきたのが間違っていたことに気づく。そうか、王宮には車で乗り付けないといけないんだな……。タクシーですら場違いな雰囲気だ。最低でもハイヤーとか?


 案内されたのは、美術館のような品のある四角い建物であった。周囲には警備の騎士たちが立っており、入り口付近には警備が詰めるボックスまである。なるほど、貴族を招く迎賓館にふさわしいセキュリティであろう。


「リリー様をお連れしました」


 と、マリスさんが言うと、建物の中から騎士やらコックさんやらメイドさんたちが飛び出してくる。なんじゃこれ。


「ようこそおいで下さいました、リリー様」


 両側にずらりと並んで一礼。道ができる。庶民の私としては仰天せざるを得ない。


「……こんな出迎えいらないわよ?」


「お気になさらず、あなたの顔を覚えてもらうための手続きみたいなものなので。アルバイトの学生と間違われて、怒鳴られたりしたら嫌でしょう?」


 それはそうかもしれないが、本当に物々しいので困ってしまう。頭を下げた人たちの間を通り、建物の中に入る。中は二階建てになっているようだった。


「一階は近衛や侍従たちの住居になっています。私の家もあります」


「ここに住んでいるの?」


「両親が近衛なんです。いま、後ろにいます」


 そうなんだ! 言われてみると、それくらい身分がしっかりした人じゃないと王宮でメイドのバイトなんてできないかもしれない。


「王宮に住むって大変じゃないの?」


「いえ、みんな家族みたいなものなので別に」


 うーん、そういうものなのか……。ちょっと職住近接にもほどがあると思うけど。


 重いドアを二箇所抜け、エスカレーターで二階に上がる。案内されたのは、高級マンションのペントハウスのようなところだった。廊下も広いし、ホールも広い。天井だって高い。ただし開放感はなく、密閉されている雰囲気がある。窓もほとんどないしね。警備上の問題だろうか。


「リリーさんはここを使って下さい」


 と、マリスさんがドアを開けた。そこはベッドの置かれた寝室だった。広いし、本当に天井が高い。壁のパネルが木目調の茶色でお洒落だ。天井に照明があるようなんだけど、どこが光ってるのかよくわからない。窓はスリットのようなもので、人間が出入りできないようになっている。


「誰かが緊急で清掃したようですね」


 でも、急に来たからベッドメイクはしていませんよとマリスさんは付け加える。部屋にはバスルーム――トイレとお風呂がついていた。そこはまだ掃除していないと言うが、充分にきれいである。


「私は侍女としてリリーさんにつきます。そちらのメイド部屋に泊まるので、用があったら呼んでください」


「侍女!? そこまでしてもらわなくていいから!」


「でも、だれもつかないわけにはいかないでしょう」


「いやいやいや。せっかくの夏休みだし、マリスさんは一階でご家族と一緒に過ごして」


「親といると面倒ですし、ここにはアレがいますし、一応私がいたほうがいいかと」


「アレ……?」


「それはひょっとして、ぼくのことかな?」


 と、ひょっこり現れたのはアレン王子である。


「我が家にようこそ。異国からはるばるやってきて、いるところのない哀れな姫君」


「――我が家?」


「そうだよ、ここはぼくの家。この先の部屋がぼくの部屋で、主寝室には父上と母上がいる」


 ……ど、どういうこと?


 私は混乱する。


「ここ、迎賓館じゃなかったの!?」


「迎賓館……? 殿下の賓客を迎賓館に泊めるわけにはいかないでしょう。それにこの時期は地方からいらした方々でいっぱいですから」


 なんて、マリスさんは冷たい。


「いやあ、まさか迎賓館までいっぱいだったとはね。でも、招待したからには責任を取るよ。この家、自由に使ってくれていい。どうせ、部屋が8つほど余ってるから」


 王子はきらりと歯を光らせるのだった。


 いや、この家って言われても……王宮でしょ!? 国王と王妃が住んでるんでしょ!? 『王家に泊まろう~夏休み二ヶ月スペシャル』みたいになってるんですけど! ホームステイ先は、王様の家でしたとかどんなストーリーだよ!


「食事ができたらお呼びします。用があったら私までどうぞ」


 と、マリスさんは行ってしまう。


 本当にここに住むの!? 本当にどうなっちゃうの!?

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