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第36話 王都のバカンス

 バスで学園都市から川沿いに西へと30分ほど進む。


 トンネルを抜けると、そこは王都である。


 エリスランド王国の首都。政治的中枢。百万都市。ヨーロッパ的な古い建物と近代的なビルの入り交じった大都会である。


 道が混んでいるので、王都に入ってからはのろのろ運転だ。やがてバスは中央駅に直結した巨大ターミナルに入って止まる。


「うわ、暑いな……」


 それが王都に降り立った私の第一声であった。一山越えただけで気温がこんなに変わるとは思わなかった。制服を着てきたのは失敗だったかもしれない。学園都市って湖畔だけあって涼しかったんだね。


 さて、どこに行こうか。王都に到着してからの予定はまるで立てていなかった。完全ノープランである。


 地図を見ると、近所の川沿いに大きな公園があるようだった。大きなトランクをガラガラ引いてそっちのほうに向かう。


 それにしても王都は人が多かった。以前訪れたときよりあきらかに多い。夏休みでやってきた観光客なんだろうか?


 公園もまた観光地になっているようで、ごった返している。お土産の露店や軽食の屋台なども出ているようだ。空いているベンチなどなかったので、私はきれいな芝生の上に腰を下ろした。走り回っている子供たちがいる。川を眺めている人たちがいる。のんびりした光景であった。これを見ていると――


 冒険がしたくなってくる!


 なにもない退屈な日常なんていやだ! 敵を倒してお宝を奪いたい……


 だが、それは最低でも8月中にできるかどうかという話。とりあえず私は学生証をスマートフォン代わりに使って、適当に今夜の宿を探す。リリーさんは冒険でがっぽり稼いで金持ちなので、一ヶ月のホテル暮らしくらい楽勝だぞ。


「あれ……どこもいっぱい?」


 ホテルの価格比較サイト的なところを見ているのだが、上から下まで全部満室だった。ウィークリーマンションのたぐいも全部予約を閉め切っている。


「………………」


 これは……ひょっとしてヤバいのか? もしかして、このシーズンに今さら宿を探すなんて虫が良すぎた?


 まずいぞ。宿がないなら、マルグレーテさんのおたくに突撃するしかない。実のところ、昨日のうちに誘われてはいたのだ。「リリーさんの10人でも20人でも養う余裕はありますわ!」との頼もしい言葉を頂いている。さすが私の嫁。


 しかし彼女の実家、ラ・オーツ家にはひとつの欠点がある。大きな欠点が。だから絶対行きたくない。というかラ・オーツ家なんてないし。ちなみに金髪くんにも誘われたのだが、もちろん即却下だ。


 ああ、どうしよう。


「あの……写真いいですか?」


 と、突然、顔を覗き込まれる。修学旅行中らしい制服姿の二人組であった。どうやら記念撮影を頼みたいらしい。中学生くらいだろうか、可愛いものである。


「ええ、いいわよ」


 と、答えると、二人はカメラのレンズをこちらに向けた。えっ、写真を撮ってくれってことじゃなくて、私を撮るの!? 学園の制服を着ているから、騎士かなにかと間違えられたか?


 仕方ない。立ち上がった私は腕を組みびしっとポーズを取る。コスプレイヤーを想像してもらいたい――リリーのコスプレだ。マイナーキャラ過ぎて、コスプレ広場に立っていても、『乙女の聖騎士』ファンにすらわからんぞ。それから、その辺のおじさんに頼んで、三人で写真を撮った。


 二人がお礼を言って去って行くと私は歩き始める。


 さて、これからどうす……


 ん?


 向こうの方、公園の出口あたり。観光客たちの頭上に星が飛んでいるのが見えた。覚えのあるようなエフェクトであった。私は露店のお土産屋さんで丸っこい謎の置物を購入する。


 キラキラ輝く星の下には、大勢の女性が集まっていた。半数は若いお姉様方だが、半数がおばさまたちなのが何ともまあ。その全員が中心に向かってハートマークのエフェクトを飛ばしている。女性に囲まれている人物は見えないのだが――見なくてもわかった。私は手にした丸い置物を〈投げる〉!


「ぐえっ!?」


 ぱかーんという置物が割れる景気のいい音に続いて、誰かが倒れる。女性たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。


「なにをしてらっしゃるの、王子殿下?」


 頭をおさえながら立ち上がろうとしている人物。それはこの国の王位継承第一位にして騎士団総長、アレン・ヴェルリア王子だった。


「やあ、黒髪の君。ちょっと道を尋ねられてね、公僕としてのつとめを果たしていたところだよ」


「そうですか。それではグリー様にお電話して、それが総長の職務に含まれるのかどうか確かめてみましょう」


「それは勘弁して欲しいなあ……」


 まわりに群がっていた女性たちはまとめて逃げ去っていた。それにしても、王子様が首都のど真ん中に護衛もなしにいるとかこの国は大丈夫なんだろうか? 観光客が騒いでもっとパニックになってもおかしくないぞ。なぜか、私がいると、だれも近づいてこないけど。


「王都で観光かい? 黒髪の君は実家には帰らないのかな?」


「どうやって帰れと言うんです?」


「そうか、君の祖国は少々遠かったね」


 王子が思ってるよりずっと遠いよ。


「それじゃ、ホテルにでも滞在するのかな」


「ええ、そのつもりだったのですが、どこもいっぱいで」


「そうか、この時期だからね。それじゃあ、ひょっとしたら宿に困ってるのかな?」


「ええまあ。最悪、ヴェルリア家のおたくにでもご厄介になろうかと」


「うち?」


「おたくじゃないほうのヴェルリア家です」


 あなたのいるおうちには死んでも行きたくありません。


「うちに来てもいいよ?」


「おたくって宮殿ですよね……?」


 ヴェルリア家です。ヴェルリアの本家です。王家です。


 王族が住んでいる場所といえば、もちろんこの王都の中心にあるお城だ! 国王と王妃、護衛に大勢のメイドたち。そんな世界である。しかも、最悪なことに、この国の王子まで住んでるぞ。


「ハハハ、宮殿といっても城に住んでるわけじゃない。敷地内に現代的な住居棟があるんだよ」


「そうなんですの?」


「地方から出てきた貴族のための迎賓館もあるよ。王家が運営してる無料のホテルみたいなもんさ。もしよかったら、僕の賓客としてご招待するよ」


 マジか……! 迎賓館がどういうところかはよくわからないが、宿泊先の条件としてはかなりいい。なにしろ無料の豪華ホテルである。


「よ、よろしいんですの? こんなにいきなり」


「ああ――これから君が行くって連絡しておいたから、学生証を見せれば中に入れるよ」


 と、王子はすぐに携帯端末で手続き的なものを済ませてくれる。あれ……ひょっとしてアレン王子って親切な人だったの……? 何かの罠や落とし穴がありそうでいまいち信じられないわけだが……


「――こんなところにいやがったか!」


 そのとき、突如として、聞き慣れた素敵な声がした。


 これは……グリー様! 副総長のグリズムート・マルタン様じゃないか!


「おや、嬢ちゃんじゃないか。嬢ちゃんが捕まえてくれたのか」


 やってきたマッチョなハゲオヤジは私の顔を見た。グリー様が私を認識してくれてる! 名前はまだ覚えて頂けてないようだが……


「まったく、こいつァすぐ仕事を抜けてサボるんだ。おい、連れていけ」


 駆けつけてきた部下っぽい人たちが王子を連行していく。


「あ、あの、グリー様は夏休みの予定がおありですか?」


「夏休みか? 交替で勤務したあと、田舎に帰る」


 ああ……彼もまた帰省組であるか。


「良かったら私も一緒にグリー様の実家に……」


「またな、嬢ちゃん」


 残念ながら、話の途中でグリー様は行ってしまわれる。背中の広さがすごい。アレン王子の倍くらいの生地を使ってるぞ、あれは。


 今日はいい日である。宿も決まったし、グリー様にも会えた。世の中そう捨てたものじゃない! 一気に私の心はこの夏空のように晴れ晴れとしたものに変わるのだった。




 そのままアンティーク通りに足を運ぶ。


 そこは様々なブティックの立ち並ぶ、王都で一番ゴージャスなお洒落スポットである。私は私服を持ってないので――トランクにはせいぜい三日分しかない――夏ものを買いに来たのだった。


 もし本当に王家の客室に泊まるのだとしたら(口約束なのでいまいち信用できないが)、それらしい衣装が必要になるだろう。Tシャツに短パンで貴族たちとすれ違うのは少々気が引ける。


「でも、なにを買えばいいのかな……」


 私はもちろんファッションには疎い。しかも貴族が実在するこの世界だ。ちょっとお高めの夏ものってどういうのになるんだ? 靴もあわせないといけないだろうし、どうすりゃいいんだか。


「リリー! こっち!」


 急に背後から声をかけられた。振り向くと、そこにいたのは……アレクサンド!?


 プリムのパーティーに所属するオネエのあいつである。いつもお洒落な彼(彼女?)はこのアンティーク通りにふさわしい人間だろう。でも、なんで腰に美容師みたいなシザーケースをぶら下げてるんだ?


「やあねェ、アタシ美容師の見習いなの」


「えっ、そうなの?」


 尋ねると、彼女はそう答えた。


「実家が美容室なの。休みの間だけお手伝い。ほら、そこの店ヨ」


 と、指さしたのは、緩やかにカーブする通りの向こうだった。どうやら私に気づいてわざわざ店を出てきてくれたらしい。


「こんな人が多いのに、よく私がわかったわね」


「そりゃ、その髪、一目でわかるわヨ」


 そうだ、私の黒髪は目立つのだ。黒髪を持つ人物は、この王都にはもう一人しかいないからね。


「時間があるなら、アタシの店に来ない? お友達価格・見習い価格で整えてあげるわヨ」


「本当? いいの?」


「いいわよ、だってその髪、触りたいし。アンタ、最近、毛先整えてないでしょ? それに前髪も自分で切って失敗してる感じ。そういうの見てるとむずむずするのよネ」


 しまった、感づかれてたか! おのれオネエめ!


 というわけで、彼女の実家の美容院でご厄介になることにした。




 お店はどこからどう見ても高級店だった。貴族とか、ほんまもんのセレブが、いつ訪れてもおかしくない、そんな雰囲気が漂っている。だが、現在、お客さんはいない――美容師のお母さんとお姉さんが休憩中で一時的に店を閉めているのだそうだ。


「んー、リリー。アンタってずぼらよね」


 軽くシャンプーしたあと、私の髪をしげしげと眺めていたアレクサンドがつぶやいた。


「わかる?」


「そりゃわかるわヨ。髪を見てもわかるし、普段を見ていてもわかる。アンタ、美人ぶってるくせにいつも適当」


 別に美人ぶってはいないが、適当なのは事実だった。でも、ヘアケアだって、元の世界にいたときよりはちゃんとしてるんだぞ! この世界はゲームがないから、風呂上がりはずっと髪の手入れしてるぞ!


「まあ、髪にダメージはないわネ。悪くはないかな」


「料金払うからトリートメントしてもらえる?」


「言われなくてもやるわヨ」


 まずは毛先のカットから始めるようだった。シャキシャキという小気味良い音が美容室内に響く。よく考えると、男性と二人きりなのだが、緊張したり身構えりせずリラックスできた。これがオネエ特有の力か。


「ねぇ……アレクサンド、聞いてもいい?」


「なにヨ?」


「アレクサンドって……なんなの?」


「ちょっと! 自宅まで知ってる相手にそんなこと言われても困るわヨ」


 いや、そうではないのだ。アレクサンドがどういう立場で、どういう認識なのかをちょっと聞きたかっただけなのだ。ほら、オネエってひとくくりにされるけど……中身が男とか女とか色々あるじゃない?


「ああ、ひょっとして、アタシのセクシャリティに疑問があるわけ?」


 口ごもってるいると、アレクサンドは私の言いたいことを察してくれた。


「アタシはれっきとした男ですからネ。美容院に生まれて姉と妹が多いから、ちょっと女性的なだけで」


「ふーん、そうなんだ。知らない男性に髪を触られるのはちょっと……」


「ここまで来てなにヨ、もう!」


 というわけで、トリートメントに入った。


「美容院に生まれたから女性的になるのはわかるけど、なんでメイクまでしてるの?」


「アンタみたいな化粧気のない子にメイクするときの練習みたいなものヨ」


「泥だらけで訓練するのに化粧なんてできないでしょ」


「してる子多いけどネ……」


 私だってたまにするぞ、たまに。現実世界では、大学やバイトにはちゃんとメイクして行ってたからね! そこまで手抜きじゃないからね!


「アンタの本質は地味でずぼらだからね。少しは派手に着飾らないと」


「派手にねぇ……夏ものの服買おうと思ってるんだけど、どういうのがいいかな?」


「モノトーンだと普通過ぎるから赤はどう? サングラスでもして、大きな帽子で派手にネ」


「場所柄、あまり派手なのは困るのよね」


「アラ、どこか行くの?」


「王宮」


「ああ……、舞踏会に出るのネ。舞踏会なら派手なのでも大丈夫ヨ。早くドレス用意しないと間に合わないわヨ」


「そうじゃなくて、王宮に泊まるの」


「泊まる?」


「王子に誘われてね」


 カラーンと軽い音がした。アレクサンドがくしを落としたのである。


「どうしたの?」


「ご、ごめんネ、新しいの持ってくるから」


 なぜか動揺しているアレクサンドはもう一回くしを落とし、ようやく『滅菌済み』と書かれた袋から新しいものを取り出す。


「いま、ちょっと理解できなかったんだけど……リリー、王宮に泊まるの?」


「そうよ。最低でも一ヶ月くらいはいるから、服がたくさん必要なのよね」


 アレクサンドはまたも新しいくしを落としてしまう。いったいどうしたのだろう。


「――そうか、そういうことだったのネ。さすがリリーというところネ」


「?」


「でも、いいの? あの男……信用できないわヨ?」


 あの男というのはアレン王子のことであろう。


「私も不安だけど、まあなんとかなるでしょ」


「さすが、リリー。度胸一発ネ」


 アレクサンドはなにかに感心しているようだ。


「大丈夫よ、全部アタシに任せて。ここらあたりの店はどこも知り合いだから。必要なもの一式全部用意してあげるから」


 えっ、それは助かるけど……別にそこまでしてもらわなくても。


「ママ、お姉、早く来て!」


 オネエがお姉を呼んだ。現れたのはド派手な美人母娘である。


「あら、きれいな黒髪。ひょっとして、あなたが噂のリリーさん?」


「それどころじゃないのヨ!」


 母娘と息子(確定)はひそひそ何かの打ち合わせを行う。アレクサンドが急に走って店を飛び出した。トリートメントの続きは、お姉さんのほうが受け持ってくれることになったようだ。


「大変ね、こんなことになって」


「えっ? あっ、はい」


 確かにこの数日は怒濤の展開であった。アレクサンドはそんなことまでお姉さんに話したのかな?


 やがて、アレクサンドが呼んだマダムっぽい人たちが入ってくる。どうやらみんなブティックの店員さん(あるいは貫禄があるので店長さん)たちのようだ。私のことをしげしげと眺めると、メジャーで身体のサイズを測るのである。髪を切る用のクロスを羽織ってるのにうまくやるもんだ。


「ご確認させて頂きますが、王宮で過ごされるのですよね?」


「ええ、まあ……」


「期間はどれくらいですか?」


「3週間くらいかな?」


 3週間も……と、後ろがざわざわする。曜日ごとに1着で7着くらい欲しいんだけど……。


「20着も作る時間が……」


「ドレスも用意しないと……」


 そんな方向にまで会話は発展する。


 いや、既製服でいいんだからね!? ドレスもいりません!


「でも、王子ってどこかの令嬢と婚約してるんじゃ?」


「アイツ、遊び回ってるし、うまく言ってないって話も……」


 なんて、声まで聞こえてくる。なんか激しく誤解されてる気がする!


「違いますからね、ちょっとそういうことじゃないですからね! ただ王宮に泊まるだけですからね!」


 私はわめき立てる。すると、笑みを浮かべたお姉さんが私の両肩に手を置くのである。


「大丈夫よ、代金はバカ王子にツケておくから」


 いや、そういうことじゃないから! マジで違うから!


 泊まるのは迎賓館だから!


 王子とはなんでもありませんから!

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