第33話 決着
この三日間の話である。
謎の乱入者が金髪くんをボコボコにする事件が起きてから「友情の丘」での再試合が行われるまでの三日間。
私は神殿にこもり、一心不乱に祈りを捧げていた。
学園の人たちはこれを反省の表れと見なしていたらしい――大会で暴行事件を起こした加害者が女神に祈り、許しを請うているだなんて思ってしまったのだろう。もちろん飛んだ勘違いである。ごめんなさい、暇だし、せっかくだからと信仰レベルを上げていただけです!
神殿にいた実時間は一日にせいぜい2時間ほどだったし、お祈りに関しても、エルシスのゴシップ語りを聞いていただけだった……どこぞの貴族が殴り合いの喧嘩したとか、某男爵夫人が某侯爵と不倫してるとか、面白い話知ってるんだこいつ。まさに人間ワイドショーと言っていい(※人間でなく神様です)。
ちなみに神殿にはエリアがついてきてくれたのだが、エリアは「私はどうなってもいいので、これ以上、リリーさんが他の人に迷惑をかけませんように」なんて祈っていたらしい(※エルシス調べ)。それじゃまるで、リリーさんが他人に迷惑かけまくってるような言い方じゃないか(※自覚症状なし)。
さて、午前中に2時間の神殿通いしたわけだが、午後は当然カフェ通いである。というか、最近は、お気に入りのウェイトレスがいるとはいえ、カフェにばかり行きすぎだった。ほとんど全メニュー制覇する勢いでお茶を飲み、お菓子を食べまくっている。
そんな生活だと太ってしまいそうなので、夕方には仲間を誘い、ハードな自主トレで汗を流した。ランニング、インターバル走、ウェートトレーニング、剣の素振り。こういうのは強制的にやらされると嫌なものだが、自分でやりたくてやっている場合はキツいのがむしろ快感ですらある。結果、水曜・木曜の二日間で〔体力〕2アップを達成した。
脳震盪で運動禁止のエリアはこのトレーニングに参加させなかったのだが、後で聞いたところによると、我々が自主トレしている間、私に関する「誤解」を解くため学園内をかけずり回っていたらしい。
つまり――リリーさんが金髪くんに暴力を働いたのは、リリーさんが暴力的でヤバい人だからではなく、エリアが試合中に反則行為を受けたと勘違いし、思わず飛び出したとかそんなようなことを吹聴していたのである。
一応それは事実であるが……今度は学生たちから友誼に厚い人として生暖かい目で見られるようになってしまった。エリアに心配をかけたのは申し訳ないし、フォローしてくれるのは嬉しいが、色々と恥ずかしいので勘弁してもらいたい。
……さて、今の話の中に少しだけヒントがあります。
「なんでおまえだけダメージを受けていない!?」
に対する答えが。もちろん、いまここで金髪くんには教えることはできないけど。
「さあ――決着を付けましょう」
私は無造作に剣を肩に乗せる。それにしても防具が白くて驚くって、まるで洗剤のCMのようだね。
「くそっ!」
金髪くんは瀕死の状態――あと一撃で負けるというところまで追い込まれている。私がこの剣を叩き込めば、それで勝負がつく。だが、それでは面白くないだろう。
「いいわよ? 先に打ってきても」
と、笑顔を送ってやる。私に余裕を持たれるなど彼にとっては屈辱そのものであろう。だが、選択肢はなかったようだ。金髪くんは屈辱に耐えながら、アクティブ・スキルを発動する。このゲームの最強技――
「〈スターダスト・ストライク〉!」
金髪くんが剣を振ると、光が夜空から流れ、次々と私に飛び込んでくる。流星雨なんか比べものにならないような天体ショー。神秘的体験を私は正面から受け止めた。ああ、これが試合じゃなかったら、大ダメージなんだろうなあなんてことを思う。
「わあっ、すごいです!」
エリアが賞賛の声を上げる。もちろんそれは金髪くんの剣に対するものではない。
「嘘だろ……」
金髪くんはほとんど呆然としていた。
彼の視線の先にあるのは私の防具だ――いまの一撃を受け、かなり赤くなってきたがまだまだいける。おそらく、あと一回の攻撃に耐えられるだろう。
それが私と金髪くんの歴然とした差だ。スキル二発分、いや三発分の差。金髪くんは存分にそれを思い知ったようである。信じられないという風に動きを止める。
私はその一瞬の隙を逃さなかった。
「ていっ!」
剣を水平に振り回し――胴に一発叩き込む。わざわざスキルを使うまでもなかった。それで勝負がつく。
ピー! と甲高い電子音が響いた。金髪くんの防具が完全な赤に染まる。
「お嬢ちゃんの勝ちだ」
グリー様が高らかに宣言する。
「ふふん」
そう。私の勝ちだった。
多少のダメージを受けているが、予定通りの完全勝利と言っていいう。まあ、ドヤ顔するほどのことではないから、軽くお澄まししておこうかな。あ、これドヤ顔だ。
「すごいです、リリーさん!」
エリアが笑顔で駆け寄り、抱きついてきた。フフフ、ういやつじゃ。
「やりましたわね!」
マルグレーテは――――バンと私の尻を叩いた! うわっ、油断したぞ!? こんなところでいつもの逆襲か! 体育会系っぽい行為ではあるが、グリー様が見てるところではやめてほしい。この女、いやらしい変態です!
「見事だな、リリー。やはり、現段階での一年生筆頭はおまえか」
「おいおい、きみはレーネに賭けていただろう? 彼女に賭けてたのはぼくだよ。おめでとう、黒髪の君。ぼくだけは最初からずっと信じてたよ」
「それにしてもずいぶんと差があったようですね。非常に興味深い。単に腕だけでなく、戦術の差があったのでは?」
ラウル先生、アレン王子、フィーン先生が次々と声をかけてくる。
「神の加護をうまく使ったようだなァ、お嬢ちゃん」
そしてグリー様がにやりと笑いかけてくれた。彼はわかっている。私はまるで美人のようにほほえむことできた。
「そういえば、リリーさんに神様の力が流れ込んでましたけど、なんだったんでしょうね」
エリアってそんなことまでわかるのか。
そう。
問題の答えは女神の力。
エルシスにもらったパッシブスキルである。
〈リジェネレーション〉 LV.2
なにもしないでも、自動的にヒットポイントが回復していくという優れものスキルだ。これがどれくらい役に立つかと言うと、金髪くんの顔を殴って手を腫らしても、寮の自室に戻ったころには治っているくらい役に立つ。
〈リジェネレーション〉はとくに今回の大会のような舞台で有用になってくるスキルだろう。スキル発動に1ターン使わなくても、戦ってるあいだずっと回復の効果があるからだ。
気軽にHP全回復してくるような連中――たとえばエリアと剣を交えるのには、〈リジェネレーション〉が必須に違いない。レベル1でも充分役に立つのだが、例の「リリーに身体を乗っ取られたと勘違い事件」の際、エルシスに頼んでレベル2に上げてもらっていたのだ。
一方、プリムや金髪くんのような火力馬鹿を相手にした場合――このパッシブスキルはちょっと有利すぎるかもしれないね。ただでさえ私のほうが最大HPが大きいのに、ダメージを負っても自動的に回復していくのである。これでは、彼らに勝ち目はないではないか。
さらに……さらにである。ここからが重要である。プリム、金髪くんとの戦いの最中に、リリーさんが、突然、無駄話を始めたことは覚えているだろうか?
なぜそんなことをしたかというと――はい、その通りです。リリーさんはHP回復の時間を稼ぐために、わざとガールズトークを始めたのです! そんなことつゆ知らず、プリムも金髪くんも私の長話につきあってくれたよ、ククク。
――汚い、さすがリリーさん汚い。普通に戦っても充分勝てるのに、小細工まで弄するリリーさんマジ汚い。
最低だぞおまえ! そこまでして勝ちたかったのか! いや別に……、ほら、私がリリーなら大会で勝たないといけないって思い込んでたし……。なら仕方ないな、許す!
「よくわからないけど、またリリーさんが悪事に手を染めた予感がするわね」
マルグレーテがいつものように鋭く真実を言い当てる。リリーさんの行動がワンパターンだからすぐ分かるともいう。でも、グリー様だって認めてくれたんだから、私の勝利でいいじゃないか。
「そうそう。勝者である黒髪の君には褒美を上げないとね」
「ええ、ぜひ勝ったご褒美をグリー様にいただきたいですわ」
アレン王子には引っ込んでいてもらうのが最大のご褒美である。
「うーむ、俺にできることならなんでもするが……」
グリー様はあごの短いおひげを指先で軽くいじる。このハンサムから受け取りたいご褒美。それは――
「か、簡単なことですわ。ただ……抱き上げていただきたいのです」
言っちゃった! 勇気を出して言っちゃった!
そう。それは乙女の夢。素敵な殿方によるお姫様だっこであった。緊張でぶるぶる脚が震えてきた。
「抱き上げる? ……そういうことか。まあ、それくらいならまったくかまわないがなァ、お嬢ちゃん」
「本当ですか! そ、それなら早速……、あと私はリリーです」
「よーし」
無造作に近寄ってくるグリー様。年月によるしわの刻まれたお顔立ち。刈り込まれたおヒゲ。ああ、すごい。理想のすべてがこんなに近くにある。
いま……グリー様のお手が私の肩と膝裏にかかった! 触られてる! 身体が熱くなって倒れてしまいそうだ。いや倒れてもいいんだ!
私はおずおずとグリー様に体重を預ける。鋼のように固く、そして柔らかい筋肉の感触。ぐいっと私の身体が持ち上がる。なんてたくましさだろう。女とは言え、人体はそう軽くないはず。それをこんなに軽々持ち上げるなんて……
「よし、行くぜ」
グリー様は軽く私を抱きしめて身体を支える。そこに一同が集まってくる。
「……えっ?」
「リリーさん、優勝おめでとうございます!」
「さすがリリーさんですわね!」
「バンザーイ」
「わっしょい、わっしょい」
私の身体が何度も宙を舞った。
ん……?
これって……
なんか違くね?
優勝の後でわっしょいわっしょいするのって……
「フフフ、ぼくは最初からきみが勝つと信じていたよ」
「今後は問題起こすなよ!」
「ぜひ、あなたの力、研究させてください」
年長組も私の胴上げに参加してくれる。
って、そうじゃないよ!
なんで胴上げしてるの!
胴上げじゃないから!
お姫様だっこだってば!
「違うって!」
下りようとして身体をひねると、肘がアレン王子の頭頂部に衝突した。昏倒する王子。
「遠慮する必要はないんだぜ、お嬢ちゃん」
違うんです、グリー様!
お姫様だっこされたいんです! せめてあなた一人で胴上げして下さい! あなたならそれができるでしょう!
私の心の叫びを知ってか知らずか、仲間たちは何度も何度も私を空中に放り投げてくれた。
これが私に対するご褒美であった。




