第32話 友情の丘
学内騎士競技大会の本番は二年生部門である。
中でも金曜の夜に行われる準々決勝からの勝ち抜き戦は王国中の市民が注目するという。
どうやら、この大会は現代日本で言うところの甲子園のようなものであるらしい。市民たちは、若い騎士候補生がひたむきに戦い、泣き、笑いするところに、感動を覚えたりするのだろう。おそらく。
不届きなことに、この大会を賭博の対象にする者たちまでいるというのだから恐れ入る。一応、合法だというが、大会に参加した立場としては気分の悪い話である。
今年の二年生部門で勝利したのは、キリル・デミトフというオールバックで寡黙そうな男子だった。一部の女子たちは、相手を見下ろすようなその鋭い目つきに熱視線を送っていたようである。私は、面識のあるマリスさんを応援していたのだが、残念ながら準々決勝で敗れてしまい、私の500クラウンが泡と消えた。
この国の騎士は人と戦うことがないのに、なぜ学内騎士トーナメントが行われるのか――この大会を通してだいたいわかった気がする。たぶん、お披露目みたいなもんだ。騎士はこういうものですよ、騎士団の若手にはこういう子たちがいますよというアピール。貴族なんかは、もしかしたら中継を見て結婚相手を探したりするかもしれないね。
「彼らはまだ来てないようね」
深夜に入りかけた時間帯だった。二年生部門の決勝が終わってから数時間が経過している。いま、学園都市は静かである。祭りの後の寂しさというものが街から感じられるかもしれない。さっきまで騒いでいた候補生や騎士たちも寮に戻ったようだ。
一方、寮からこっそり抜けだした私たちがやってきたのは男子寮の裏手のあたりである。階段を上った先。公園のように整備された小高い丘の上は、街の明かりでそれなりに明るくて、そして重要なことに誰もいない。
「ここで試合するんですか?」
エリアがきょろきょろする。
「ここなら充分戦えますわ」
マルグレーテがレンガできれいに舗装された地面を蹴る。彼女の言うとおり、広さも足場も、二人の騎士候補生が戦うのにおあつらえ向きの環境であった。
「リリーさん、よくこんな都合のいい場所知ってましたね」
「実はね――ちょっとした伝説の地なのよ、ここは」
「伝説の地ですか?」
不思議そうな目をしているエリアに私は説明してやる。
「5年前かな。この日、この時刻、この場所でアレン王子とラウル先生が戦ったの」
「えっ、そうなんです!?」
「当時、アレン王子とラウル先生は学園でライバル関係にあったらしいの。そして互いを認め合う友人同士でもあった。腕を競い合うような健全な関係だったんでしょう」
「男同士の友情。なんかあこがれちゃいますね」
「が、しかし、些細なことで二人の間に亀裂が走ってしまったの」
「いったいなにが――」
「アレン王子が騎士トーナメントの開始時間を間違えて伝えたの」
「総長さん間違わないでください!」
「当然、アレン王子の不戦勝。ラウル先生としては優勝するために、王子が嘘を教えたと疑わざるを得ない」
「そんな嘘はつかないと思いますが……」
「つきかねない男ですわ」
彼をよく知るマルグレーテの声には説得力がある。
「ここで登場するのが共通の友人であるフィーン先生よ。彼は一計を案じ、5年前のこの時間、ここに二人を呼び出した。アレン王子とラウル先生は試合をやりなおし、友情を取り戻したというのがお話の結末」
「良かったです……」
「いつからか、誰が呼んだかここは『友情の丘』と呼ばれるようになったわ」
そう考えてみると、なんか恥ずかしいな……。なんで私が友情の丘とやらで金髪くんなんかと戦わなけりゃならないんだ。
「それじゃ、やる気もなくなったことだし、さっさと帰りましょうか」
「いきなりやる気なくさないでください!」
「元々、どっちが強いかなんて、私、興味ないのよね……。そういうの気にするのって男子だけでしょ。あいつら、いい年して、地球人で一番強いのは誰かなんて議論してさ。もう帰って、ポテチでも食べて寝るわ」
「ダメですよ、リリーさん!」
「ダメですわ、リリーさん! 寝る前に食べたら肌荒れの原因になりますわ!」
マルグレーテは帰ってもいいと思っているようだった。
「そ、それより、王子様と先生の勝負はどっちが勝ったんですか!?」
私にしがみつきながら、エリアは尋ねる。
「それがわからないのよね……。王子に聞いても教えてくれないし、このあいだラウル先生に聞いてもはぐらかされたし」
「勝敗を語るのは野暮っていうことでしょうね」
「そうかしら?」
なんてことを言ってるうちに男子たちがやってきた。
階段を上ってくる金髪くんと眼鏡くん。それに試合用の剣と防具をかついだレインくんとセナくんが続く。
「ふん、逃げなかったようだな」
金髪くんは鼻を鳴らす。
「あ、そういうの面倒なんでカットでお願いします」
金髪くんはなにやらわめきだしたようだが、無視無視と。
「どうやらうまくいったようね」
私はセナくんをねぎらう。試合用の剣と防具をこっそり持ってきてくれたのは彼であった。優勝が決まった直後、会場に人が大勢出入りして警戒が緩む瞬間を狙って持ち出したのである。〈忍び歩き〉、〈隠れる〉スキルを思う存分活用したに違いない。
ちなみに、セナくんが失敗していたとしても、金髪くんがアレン王子に泣きつけば、簡単に道具を貸してもらえたことだろう。お兄ちゃんは年下の従兄弟に弱いのだ。万一それでもダメだった場合、私がラウル先生に泣きついても良かったな。彼は熱血キャラだからこういうこと好きそうだし、場合によっては脅迫するネタにも事欠かない。
「これのお礼をするべきかしら?」
「礼はいいから、それより冒険行こうぜ」
それがセナくんの返答。
「今週末と来週末は冒険行かないから、行きたいなら適当にメンバー集めて勝手に行って」
「またかよ!」
お礼は別に考えておこう。私はセナくんが持ってきてくれた防具を身につける。ストラップをパチンするが……
「ん……前の試合で赤くなった部分が残ってるわね」
「本当だ。これどうやってリセットするんだ?」
金髪くんのほうの防具も赤くなっている。というか真っ赤である――試合に負けた人が使ってたものだろう。これを両方とも白くしないと試合にならない。どうしたらいいんだ?
「詰めが甘かったようですね。この鍵を使うんですよ」
と、フィーン先生は騒いでる私たちにカードキーのようなものを振る。
……フィーン先生!? なぜここに!?
「やれやれ、剣と防具が2セット足りないと思ったら、やっぱりここか」
「やあ、麗しのレディたち。レーネが突然昔のことを聞いてきたからピンと来たよ」
ラウル先生とアレン王子までやって来た!?
「ここで面白いものが見られると聞いてな」
私は気絶しそうになる。
ま、まさかの、愛しいグリズムート・マルタン様まで……!
ど、どうしよう。
「はい、リセットしましたよ」
フィーン先生は防具の隅のチップにカードを当てて、真っ白にもどしてくれる。どうやら、試合を止めに来たわけではないようだ。
「懐かしいね、この場所」
「まさか俺たちと同じことをするやつが現れるとはな」
ラウル先生とアレン王子はにやにやしながら懐かしい思い出のように語り合っている。
「おい、この二人はどっちが強いんだ」
グリー様は楽しそうにその太い腕を組む。
「そうですね、私はリリーくんに賭けましょうか」
「俺はリリーに」
「ぼくは最初から黒髪の君だよ。きみが生まれたときからずっとね」
全員が私に票を投じた。というか、ラウル先生、あなた金髪くんに賭けてるんじゃありませんでしたっけ? たしか王子がそんなことを言ってたぞ。
「なんだ、みんなお嬢ちゃんばかりか。相当やるってこったな」
「リ、リリーです」
「リリーか。じゃあ、俺はレーネに賭けようか」
ああ、今ので名前を覚えていただけただろうか。仕方なくという感じで賭けてもらった金髪くんが憎い。レーネとか名前を短縮してるあたりが親しいっぽいし……殺す! 恨みはあるが殺す!
「ぼくたち全員が非公式決勝の立会人だよ。総長に副総長、教官二人。文句ないだろう?」
本来ならグリー様だけでいいんだけど、今回だけ特別に存在を許そう。
「始める前にルールと条件を決めるぞ」
唇をとがらせ子供のような顔で金髪くんは言った。
「あ、面倒だからそういうのは一切なしで」
「なんでおまえは俺様の言うことを聞かないんだ!」
「いつも怒鳴ってて、うるさくて、言ってることが馬鹿みたいだからだけど……」
「なんだと!」
「ハハハ、黒髪の君にはかなわないね、レーネ」
アレン王子が合いの手を入れる。
「しかし、ルールは決めたほうがよろしいでしょう。特にリリー様の場合はなにをするかわかりませんので。たとえばいきなり石を投げたりとか……」
「いいわね、それ。最近、コントロールには自信があるのよ」
「剣の勝負って言ってるだろうが!」
「じゃあ、剣のみでアイテムは抜きね。私が本気になれば、こういうこともできるんだけど」
私は胸ポケットに入れておいた【やすらぎの鈴】を鳴らす。
「おっ……?」
金髪くんは額を抑え――そのまま崩れ落ちる。ついでに私たちの仲間も一緒に寝てしまったようだ。みんな、状態異常対策が甘いなあ。
【やすらぎの鈴】はごらんのように鈴の音を聞いた者たちを強制的に眠らせるアイテムである。なにかあった場合の護身用として、制服の胸ポケットにいつも忍ばせてある(使う事態に陥ったことはないが)。
この場で起きてるのは、グリー様とアレン王子とフィーン先生だけだった。教官のくせに眠ってしまったラウル先生はアウトである。
「ふーむ、お嬢ちゃんは勝つためにはなんでもするタイプか」
グリー様は輝く頭頂部に手を当て、眠気を払うように、頭を振る。
「リリーです」
しまった、グリー様の前で変なことをやってしまった。私の姿勢は彼に評価されるのだろうか、それとも騎士らしくないということでマイナスか。そもそも強い女は好きなのだろうか。
「黒髪の君にはかなわないなあ」
アレン王子は苦笑しつつもラウル先生を揺り起こした。【やすらぎの鈴】による眠りの効果はそれほど強いものではない。「ん……」とすぐに目を覚ます。
私は地面に転がってる金髪くんの頭を剣先で軽くこづく。ほら、ここから立派にハゲろ。
「……なんだ?」
むくりと起き上がった金髪くんはなにが起きたのかよく理解できてないようだった。
「実戦だったらきみの負けだね、レーネ」
「――なにが?」
本当になにもわかってないらしい。とにかく、他のメンツも起こして仕切り直す。アイテムで眠らされたのだとみんな気づいてないようだね。
「グリー様。試合開始の合図をおねがします」
「俺がか?」
「ちょっと待て、条件を決めてない! 俺が勝ったら――」
「それでは始め!」
アレン王子が面白がって横から合図を出した。調子に乗りやがって、こいつ。事故に見せかけて頭皮に一発行くぞ。
「くそっ」
横に剣を構える金髪くん。今のが正式な開始の合図となってしまったらしい。ええい、仕方がない。私は鷹揚に両手を広げる――どこから打ち込まれても対応できるようにという自然体の構えだ。
「行くぞ!」
金髪くんが突っ込んできた。魔術でなく近接戦がお好みなのだろうか。私は前に出して剣で受ける。
「いい気になるなよ!」
そこから打ち合った。二合、三合。たったそれだけで私の体勢は崩れる。防戦一方だ。くっ、剣の技術が全然違うな。剣術レベルでは私のほうが上のはずなのにまったくかなう余地がない。ゲームでない素の部分で大きく負けている。
思えば、金髪くんは公爵家の長男である。子供のころから、剣の修行を積んできたに違いない。それに引き替え、私は数ヶ月前に剣を握った本物の素人だぞ!? こんなの勝てるわけがないじゃないか。
「どうした! たいしたことないな、打ってこい!」
そうさせてもらおう。私はバックステップ。距離をとって、剣を掲げる。
「いでよ〈影〉。闇よ、星を埋め尽くせ。見よ、漆黒の剣――〈シャドウ・スラッシュ〉」
「むっ、あれが例の……」
フィーン先生がつぶやくのが聞こえる。
「そんなのが俺様に効くか! 〈スターダスト・ストライク〉!!」
その瞬間、夜空が光り輝いた。
流星が降り注ぐ。私に向かってまっすぐに落ちてくる。だが、光は闇に囚われ、飲み込まれる。スキル同士がぶつかり、互いのエフェクトに干渉し合ってるのだ。星属性攻撃は、その身に受けてみるとなかなかに面白かった。アレン王子や金髪くんやマルグレーテのようにまぶしい。あいつらが振りまいてるキラキラって、星の光なんだね。せっかく真夜中に試合してるのに、目立ちすぎだ。
「くっ!」
〈シャドウ・スラッシュ〉を受けた金髪くんは苦しむかのように一歩下がる。私も衝撃を受けたが、うめくほどではない。
「これが闇属性ですか、珍しい」
「ううむ、これまでに一回だけ見たことがあるな」
「ダメージのほうは、ほぼ同じってところだね」
アレン王子が冷静に論評する。
私と金髪くんの防具は同じくらいピンクに染まっていた。ちなみに〈シャドウ・スラッシュ〉より〈スターダスト・ストライク〉のほうが基本性能が上なので、同ダメージなら私の方が腕は上ってことになるのだが、ちょっとわかりづらいし、誰も賛同してくれなさそうだ。
「変な攻撃しやがって……、だが、俺様の方が上だ」
私の方が上って言ってるでしょ。でも、まあ、このあたりがタイミングか。
「それで……なんだっけ?」
「あ、なにがだ? 時間稼ぎか?」
「あなたさっき条件がどうとか言ってたでしょう。勝ったらどうしたいの? なにか要求があるの?」
「俺が勝ったら――やっぱりいい」
「なにを恥ずかしがってるの? みんな見てる前で恥ずかしいこと要求しようとしてたの?」
「きっときみとデートする権利が欲しいんだよ、黒髪の君」
「……んなわけないだろ、黙ってろ!」
金髪くんは外野のアレン王子を怒鳴りつける。
「僭越ながら、ここは私が殿下の条件を提案いたしましょう」
そこで前に出たのは眼鏡くんであった。
「殿下がリリー様に勝った場合、殿下にはこれまでの態度をすべて改めていただき、リリー様に対して敬意を持って接していただきます」
「ふーん、面白いね」
アレン王子が感想を漏らす。
「逆だろ、それ! 黒髪が俺様に敬意を持て!」
「だから、それでは一生相手にされないのですよ……」
「でも、おとなしいレーネなんてレーネじゃないからね。一生相手にされないままでいいんじゃないかな。少なくとも、それでぼくは得するよ」
王子様は明るくからからと笑った。このどうでもいい会話はいつまで続くのだろう。まあ、私としてはそれもまたどうでもいいんだけど。
「それで――きみが勝った場合の要求はなにかな、黒髪の君。ぼくが代わりにご褒美をあげてもいいよ? 王都のレストランで食事なんてどうかな」
「いえ、けっこうですわ、殿下。私はなにもいりません」
「遠慮しなくてもいいんだよ」
にやにやしているアレン王子が予想以上に気持ち悪くて私はため息をつく。
「わからないようだから説明してあげるけど、殿下も金髪くんも私がほしいものはなにひとつ持ってないの。だから、この戦いで勝ってもなにもいらない。おわかり?」
「なっ!?」
王子と金髪くんの両殿下は、私の言い様にショックを受けてるようだった。
「それより――ご褒美はグリー様にいただきますわ」
「えっ、俺か? 俺ァなにもないぜ。期待されても困る」
いえ、期待させてもらいます。萎えかけていたやる気が出てきた。
「おしゃべりはここまでよ。〈シャドウ・スラッシュ〉――!」
「くっ、〈スターダスト・ストライク〉!」
唐突に試合再開。互いの放ったアクティブ・スキル同士が衝突する。エフェクト的なものは干渉しあうのだが、威力そのものが相殺されることはない。私たちは正面からダメージを食らう。互いにスキルの火力は相当なものだが――
「私の剣を二度受けてまだ立ってるとは……それなりに鍛えているようね」
「こんなんでやられてたまるか!」
ぐっと堪える金髪くん。だが、ちらりと自分の防具に目を走らせ、ダメージのほどを確認したとき……その事実に気づいたようだった。
「なっ!?」
驚愕で顔が固まる。
「おっと、これはどういうことでしょう」
フィーン先生もすぐに気づいたようだが、要因を特定するまでには至らない。
「なるほど……なかなかやるな、お嬢ちゃん」
一方、経験豊富なグリー様は要因にまで思い当たったようだ。
「ん? どうしたんでしょうね?」
「なにがあったのかしら……」
そして、エリアとマルグレーテは何が起きたかにまるで気がついていない。
「いったい、どういうことだ!」
金髪くんがわめき、私の防具を指さす。
「なんでおまえだけダメージを受けていない!?」
そうなのである。
私と金髪くんはまったく同じ防具を使っている。そして似たような火力のスキルを互いに二発ずつ食らった。だから多少の誤差はあるにしろ、両者の防具は似たような色になっているはずだった。
ところが、比べると私の防具だけ圧倒的に白い。金髪くんの方はほとんど真っ赤になりかけてるのに、私の方はせいぜいがピンクである。
私だけダメージを受けていないのだ。
ステータス
ディレーネ・ヴェルリア
レベル 6
HP 40/40
SP 39/39
スタミナ 100
体力 44
知力 36
剣術レベル 5
魔術レベル 4
信仰レベル 1
スキル スターダスト・ストライク LV.3
回避 LV.2
強打 LV.1
疲労回復 LV.1




