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第29話 リリー登場

 会場内の通路。


 プリムが後から追いかけてくる。


「それでリリーさん、一ヶ月前の約束覚えてるの!?」


「それが正直言ってさっぱり……」


 私、なんか約束したっけ?


「本気であたしと戦ってくれるって言ったでしょ!?」


「ああ……。その件ならご心配なく。私の〈影〉をお見せするわ。あなたは本物のリリーと戦うことになる」


「本物……?」


「あなたにだけ教えてあげる。私、本当はリリーじゃないの。本名は坂城百合佳(さかきゆりか)。地球の日本から来た大学生」


「ユリカ――なにそれ? リリーさんの言うことはさっぱりわからない」


「謎めいた言葉を残すのが私の役目」


「いったい何がしたいの? 遠足のとき、あたしたちに勝ちを譲ったのはなぜ?」


「エリアと決勝で戦うのが私のリリーとしての役目よ」


「役者かなにかのつもりなの?」


「近いかもしれないわね」


 私は含み笑いを漏らす。


 だが、本当にそうなんだろうか?


 私がリリーなのか、リリーが私なのか。


 あれっ?


 おかしい区別が――


「時間がないんで、急いで下さい」


 大会スタッフの指示に従って、花道から会場に出る。


 意外なことに、観客が大勢いた。ぎっしりとはいかないが、客席の前列くらいは埋まっているかもしれない。その大半は、仕事が終わった騎士たちだろうか。副総長のグリズムート様はいないようだな……。きっとお仕事で残業なんだろう。私と仕事どっちが大事なの!?


『これから、学内騎士競技大会(トーナメント)、一年生部門、準決勝第一試合を始めます』


 なんてアナウンスまで入った。レフリーは――げっ、アレン王子じゃないか。こんなところでなにしてるんだ。暗くなってきたから照明のつもりか? おまえが本部で残業しろよ。


「初めまして、ぼくの騎士候補生。本日、きみたちのレフリーを仰せつかる名誉に預かったアレン・ヴェ――」


「プリム、準備はいい?」


「ええ、リリーさん。いつ始めてもいいわよ」


「そう。なら、見せてあげるわ。私の中の〈影〉を」


 私は剣に魔力を集中させる。身体の奥から少しずつ何かがあふれ出てくる。


(……!?)


 まずい。


 それはまずい。


 いや、待ってほしい。


 私が……私が飲み込まれて……


「――――――――――」


 私の中から這い出てきたモノ。


 それはもう一人の私――などではなかった。私の中の住んでいる別のモノだ。


 冗談のつもりだったのに。もう冗談などではない。


 私の中にはだれかがいる。


 だれかが私を乗っ取ろうとしている。


 いや、()()()()()()()()()()()


 いつからだろう。いつから私は私でなくなっていたのだろう。


 ゆっくりと変わっていったのか、それとも急激に変わったのか、入れ替わったのか、同化していったのか――いずれにしても私はもう坂城百合佳ではない。


 だが、それがどうしたというのだろう。私の中で闇が膨らむごとに、百合佳としての想いは薄れていく。


 ここに来て、やっと私は思い至った。□□□とはいったいなんなのか。なぜ、私が□□□になったのか。そうか、そういうことであったのか。


「リリーさん、なにこれは!? こんなの見たことが……」


「初めまして、プリム。これが私の真の姿よ。あなたが望んだ本気、受けてもらいましょうか」


 剣を横に構え――


「影よ、彼の者を討て!」


 それは〈シャドウ・スラッシュ〉。


 私が振るった刃から闇が伸びて、プリムを捉えた。


「くっ!?」


 なんとか避けようとしたプリムは、しかし、防具を赤く染めてしまう。


 会場がざわついているようね。


 初対面の挨拶としては過激すぎたかしら?


「そ、その攻撃は……? いや、あなたは――」


「打ってきなさい、プリム」


「くっ、〈ブレイズ・ブレード〉!」


 プリムによく似合う炎の一撃。薙ぐような太刀筋を躱そうとして……なにかにぶつかった。


「ぐげっ」


 なにか金色に光るのものが吹っ飛んで倒れた。くっ、障害物があるタイプのステージだったのか。油断してしまった。


「ふっ……」


 プリムのアクティブ・スキルを真っ正面から受けてしまった。私の防具もダメージに応じて色を変える。


「なかなかやるわね、プリム――ご褒美に教えてあげてもいいわ」


「――なにを?」


 油断なく剣を横に構え、じりじりと間合いを計りながら、プリムは尋ねる。


「遠足のときのこと。知りたがっていたでしょう、なぜ私があなたたちに勝ちを譲ったのか」


「…………」


「はっきり教えてあげるわ。第一に、私ばかりがボスと戦うとフェアでないから。第二に、あの遠足ではたいしたアイテムが出ないから。第三に、私たち以外の騎士候補生を育てたかったから」


「育てる……?」


「ねぇ、プリム。遠足のときにあなたが倒したボスのことおぼえてる?」


「……あの大きな猪のこと?」


「あれはあの森に住む聖獣よ。それが〈手負いの聖獣〉として暴れていた。なぜかわかる?」


「……?」


「私にはわかる。あの森では重大な変化が起きている。いや大陸の東側で何かが起きている」


 ここまでヒントを出すと、さすがにプリムはぴんときたようだった。


「まさか――〈大進軍〉が起きるというの!?」


 〈大進軍〉。


 それは歴史上何度も発生したモンスターの群れによるエリスランド王国侵攻である。聖騎士エリスは最初の〈大進軍〉を破ってエリスランド王国を作った。最後に〈大進軍〉が起きたのは、80年も前のこと。以降、王国は平和の中にあるがしかし――


「私はそれに備えて仲間の候補生たちを育てたかったの」


「――先のことまで見ているのね」


「人より少し知っていることが多いのよ」


「リリーさんの言いたいことはわかった。全部はわからないけど……少しだけわかった気がする。でも、そんなの関係ない。この試合では負けない。あたしがリリーさんに勝つ!」


 〈ブレイズ・ブレード〉が飛んできた。そこにカウンターの〈シャドウ・スラッシュ〉!


 かなりの手応えがあった。そうなのだが、しかし――


「さすがね、プリム。まだ立ってるなんて……」


 私は感心する。二回連続の〈シャドウ・スラッシュ〉に耐えたということは、よほどHPがあるということだ。彼女は入学してから真摯に自分を鍛えてきたに違いない。レベル6以上にはなっているんじゃないかな。でも、防具の色から判断するに、もうやられる寸前だ。


「――とどめを刺してあげる」


 剣を振り上げる。それにプリムも応じた。


 互いの剣が交錯し、そして――


「あたしの負けよ」


 いつもより肩の力を抜いたプリムがいた。この戦いにはなぜかレフリーがいない。なので防具が真っ赤になったプリムは自分から敗北を宣言したのだ。一方、私の防具は白と赤の中間くらい。HPが半分は残っているということになる。ヒットポイントの差が勝利に結びついた――そう表現することもできるかもしれない。


「リリーさん、強いんだね」


 それでも不満そうな顔のプリムが手をすっと差し出す。握手を求めてるのだ。


「ところで、プリム。ひとつだけ訂正させてもらいたいことがあるの」


「――なに?」


「私のやりたかったことについて」


「…………?」


「はっきり言うわ。あなたと会ったときから……私のやりたかったことはこれよ!」


 私は握手するふりして横にステップし、プリムの大きなお尻をバチーンと叩く!


「ひゃっ!?」


 慌てて尻を押さえるプリム。一瞬の静寂の後、会場が沸いた。みんな爆笑しているようだ。


「また会いましょう」


「ちょっと、リリーさん!?」


 怒るプリムに、身を翻して逃げる私。


「ぐげっ」


 なにかやわらかいものを踏んだようだが、カエルか何かいたのかな?


 観客の拍手喝采。


 だが、通路に戻ると、声援が聞こえなくなって、闇が私の心に落ちる。


「はあ……」


 どんなにおどけても私の心はまったく晴れなかった。


 恐怖、焦燥、そういったものが私の中から沸き上がり、私を追いかけてくる。


 私は矢も盾もたまらず再び走り出す。


「あ、リリーさ……」


 だれかとすれ違ったようだが無視して、会場を飛び出す。




 すでに日の暮れた街――


 怖かったのだ。逃げることしかできなかったのだ。


 全力で走った。


 だが、それは私を追ってくる。私が私を追ってくる。どうしようとも逃げ切ることは絶対に不可能だ。


 なぜなら、追いかけてくる私は私の中にいるから。


 目覚めてしまったのである。完全に目覚めてしまった。


 彼女が目覚めた。


 ()()()()()()()()


 もう私のものじゃない。私は、もう私のものじゃない。


 彼女が運命を握っている。


 はたしていまの私に百合佳としての部分があるのか、誰が私の肉体を動かしているのか、そんなことさえわからなかった。


 いったいどうしたらいいんだろう。何ができるのだろう。いつのまにか涙が出てきていた。


 私は学生街を走り続ける。

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