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第3話 失礼、子供は相手にしませんので

 馬鹿みたいに偉そうな態度であった。


 ……馬鹿みたいにっていうか実際に馬鹿で、偉そうなっていうか実際に偉いんだけど。


 食堂にやってきた少年。


 やってきたそれだけで周囲の注目を集めたその少年は――ヴェルリア公国家の長男なのだ。もっとわかりやすく言うと、現エリスランド国王の弟の息子、つまり王様の甥にあたり、王位継承権を持つ高貴な身分なのである(継承順位5位くらいだっけ?)。


 高い地位を持つ貴族らしく(?)、こいつの性格はわがままかつ自己中心的で傲慢そのものだったりする。なにをしても自分なら許されると思っているとんだ勘違い野郎だ。


 要するに性格最悪のスーパークズなのだが、これでゴージャスな金髪の美少年だから始末が悪い。ほら、生で見ると、キラキラしたものがまわりを飛び回ってるよ。リアルでエフェクト出すやつ初めて見た。後ろをついていけば、金貨が落ちているかもしれないね。


 名前は……思い出せない。ヴェルリアという名字(王族はみんなこれ)は思い出せるんだけど、名前のほうはすぐに出てこない。興味ないキャラだから覚えられないんだよ。まあ、いつものように「金髪くん」とでも呼べばいいか。


 その金髪くんは傍若無人に食堂を闊歩していた。まわりからそそくさと学生たちが去って行く。入学初日にこれとは、えらい嫌われっぷりだな! だれも、身分の高い最低野郎となんて、つきあいたくないのだろう。いつ自分が被害に遭うのかわからないからね。


「殿下、あちらが空いているようです」


 と、言ったのは、殿下(金髪くん)の取り巻きの眼鏡くんであった。取り巻きというと、モブキャラと思われてしまうかもしれないが、目を引くルックスからわかる通り、実は攻略キャラの一人である。知的でクールで性格のキツい眼鏡男子だ。


 立場上、金髪くんの家臣ということになっているが、この眼鏡くん、実際は馬鹿殿下のおもり役にしてお目付役であり、馬鹿がなにか馬鹿をしでかすたびに馬鹿のケツを全力で蹴り飛ばすのがお仕事となっている。


 眼鏡くんによる金髪くんお仕置きシーンは一部の人たちに人気があり、完全版ではいくつかのイベントCG(通称、調教シーン)が追加されていたほどだ。名前はやっぱり思い出せないので、そのまま「眼鏡くん」としておこう。


「チッ、邪魔な奴らだ」


 金髪くんは食堂が混んでることに怒りを感じてあらせられるようだが、自分でトレーを持っているので王族のオーラは感じられない。せめて、お供に運ばせるくらいじゃないとね。初登場からすでにキャラ崩壊気味である。


「そこにするぞ、ルーク!」


 と、金髪くんがあごで示したのは……私の隣の席である。想像はしていたが、やはりこうなったか。


 金髪くんは隣の席にガチャンとトレーを叩きつける。皿は料理が山盛りになっていた。こんなに食べきれないだろ、子供かこいつは。思わずぷっと吹き出してしまう。


「あーん?」


 金髪くんがぎろりと私のことをにらんだ。近くで見ると、本当に美少年だなあ。むしろ美少女にさえ見える。まつげが長い男子って実在するんだと感心する。


「おまえ笑ったか?」


 笑ったもなにも笑い続けている。今の私はさぞや小馬鹿にした笑みを浮かべていることだろう。


「舐めてるのか、この女!」


 激高した金髪くんは、いきなり怒鳴る。耳元でうるさいからやめてほしい。


「おまえ、俺様のことを知ってるんだろうな……?」


「知ってるわよ。ヴェルリア公爵家の馬鹿息子でしょ」


 答えてやると、瞬間、周囲の空気が凍り付いた。


「だれが、馬鹿息子だ!」


「――殿下のことですよ」


 ぼそっと突っ込みを入れたのは、私ではなく眼鏡くんだった。金髪くんににらまれると、わざとらしく目線を反らす。


「この女、俺様のことを舐めてると……」


「どうするの?」


「それはだな……」


 金髪くんは急にもごもごとし始める。どうやら、なにも考えてなかったらしい。


「はっきりしなさいよ。どうするの。王族の権威をかさに来て嫌がらせするとかどう?」


「そんな恥ずかしい真似が出来るか!」


「じゃあ、怒りにまかせて殴るのはどう?」


「女を殴れるか!」


「万一、そんなことをしたら、死ぬまで蹴っていいとお父上から許可を得ています」


 眼鏡くんが再びぼそっとつぶやくと、金髪くんはびびっていた。


「そ、それじゃあ……ん、なんだ、この黒髪は……?」


 怒ったりびびったり忙しい金髪馬鹿は、移り気に話題を変え、私の髪に触れた。うぎゃ、気持ち悪い。こんなやつに髪を触られるとか最悪だ。本当にどうしようもないな、こいつは。


「ふん、この髪は珍しい。わかった。謝るなら、俺様のメイドにでもしてやってもいいぞ?」


 などと、突然ろくでもないことを言い出す。


(はあ……)


 頭が痛くなってくる。


 はっきり言おう。


 私はこういうタイプのキャラクターが嫌いなのである。乙女ゲー、あるいは少女漫画には、よくこういう男が出てくるでしょう? ほら――偉そうで強引な男が。おそらく多くの女子はこの手のキャラがお好みなのだろう。


 一般論で考えると、向こうから積極的な美男子がやってきてぐいぐい引っ張ってくれるというのは、乙女にとって都合のいい展開なのかもしれない。それはわかる。私だって、意中の男性に自分からアプローチするなんて無理だからね。できたら向こうから来てほしい。


 でも、私は偉そうで強引な男というのは、本当に苦手なのだ。だって……ウザいでしょう? ゲームに出てくると、画面越しにぶん殴りたくなってくる。これは、私が乙女ゲー全般を苦手とする原因のひとつでもある。どの作品にも必ずこういうのが出てきて人気キャラだったりするからね。


 さて、今回はデジタルの垣根を跳び越えてしまっているわけだけど……私はトレー上から食べ終わった食器をいったんテーブルに移す。


「おい、俺様を無視してるんじゃねーぞ!」


 またも、金髪くんは怒った。あー、はいはい、相手してあげるから……


 私は立ち上がる。


 ところで――


 この金髪くんに関して、私はひとつ言い忘れていたことがあった。立ち上がって、正対してみると……まるで威圧感がない。


 なぜかというと、小さいから(・ ・ ・ ・ ・)。派手で偉そうなキャラのくせに、身長が低いのである。


 といっても、身長160センチメートルの私より低いなんていうことではない。180センチ級の長身男子が揃っているこのゲームにおいては低い方というだけだ。相対的に低いだけなのに、眼鏡くんから身長をネタに延々といじられるので、ファンの間ではチビキャラというのが定着している。


「な、なんだ!?」


 金髪くんはひるんでいるようだった。私に何かされるんじゃないかと気づいたらしい。なかなかいい勘をしているじゃないか。


 なにをされるのかとこうされるのである。


 この重くて固いトレーを持ってですね。


 金髪くんの頭を上からこうやって――


 ガン!


 と。


 食堂に金属の音が響き渡る。軽くやったわけではない。体重を乗せて思いっきりぶん殴ったのだ。


「~~~~!?」


 金髪くんは声も出せず、頭を抱えてしゃがみ込む。相当に痛かったらしい。なにせ金属製のトレーで殴ったわけだからね。


 あーすっきりした。


 これまでゲームをやりながら溜めてきたストレスが一気に発散された。


 殴りたい奴を好きに殴っていいって、なんと素敵なことなんだろう。ゲームデザイナーのみなさんには、もっと自由度の高いゲームを作ってもらいたいものだ(ちなみに、洋ゲーの中には、好きに人を殺しまわれるものがあるが、結局のところ、重要キャラは殺せない設定になってるのであまり意味がなかったりする)。


 それはさておき――


「私ね、子供は嫌いなの。あなたがもっともっと大人になったら、メイドにでもなんでもなってあげるわよ」


 私はへこむこともない丈夫なトレーに食器を乗せ、返却口へと向かう。金髪くんは私の話が聞こえたのか聞こえなかったのか、頭が痛くて反応できないようだった。


「おっと。子供っていうのは身長が低いという意味じゃないわよ。あくまで中身のことね」


 私は振り返ってそう付け加える。他人の身体的特徴を揶揄するのはよくないからな。


 だが、それを聞いて、これまで緊張していた食堂の面々がどっと湧いた。どうやらみなさん、身体的特徴を揶揄するのがお好きらしい。


 うわっ……眼鏡くんまで笑ってるよ。おまえ、笑顔がレアなキャラだろ。最後のほうでやっと笑うキャラだろ。こんなところでイベント通過してしまった。


「そうそう、それ、お皿にとった分だけ全部食べなさいよ」


 私は金髪くんのトレーに向けて軽くあごをしゃくる。


「食べ物を残したりしたら、食堂のおばさまたちの代わりにもう一回なでてあげるからね」


 私はもうひとつだけ言い残し、食堂をあとにするのだった。


             ■


 入団式(イニシエーション)は、校舎の前、屋外で行われた。きれいな芝生の上に、私を含む新入生たちが集まっている。


「あれがリリーさんか……」


「馬鹿殿下に求婚されて、殴って骨折させたらしいよ」


 周囲の候補生たちの噂話が聞こえてくる。食堂での騒ぎからほとんど時間が経ってないのに、ずいぶんと話がゆがんで伝わっているようだった。


 それにしても――


「――私ね、子供は嫌いなの。あなたがもっともっと大人になったら、メイドにでもなんでもなってあげるわよ」


 あのとき口を突いて出た言葉が脳裏に蘇る。


 テンションが上がっているとはいえ、王族相手によくこんな啖呵が切れたものである。


 まあ、あいつは怖くも何ともないからな。ぶっちゃけ女の子みたいだし。不敬罪で逮捕なんてことだってありえないし(王家の人たちはみんなまともなので)。


 ちなみにこのとき言った「子供は嫌い」というのは、単なる口から出任せなどではなく純然たる事実である。


 私は子供が嫌い。より正確には、年齢の割に子供っぽいやつが嫌い。私は()()()()()()()()()()()なのだ。そして……まさにいま年上の男性が入団式の場にやってこようとしている。


 待ちかねた候補生たちがざわざわしていた。そして、とうとう壇上に彼があがったとたん――ものすごい歓声に包まれる。


「アレンさまああああああああああああ!!!」


 女子が黄色い歓声を飛ばした。なんだ、ここはロックコンサートの会場か。女の子たちの目がみんなハートマークになっているぞ!?


 いま、壇上で女子の熱視線を浴びているのは、エリスランド騎士団の総長、アレン・ヴェルリア王子だった。


 王子というのは、アレである。


 国王の息子という意味の王子。王位継承権第一の王子。


 つまり比喩抜き掛け値なし本物の王子様だ。


 アレン王子は24歳の年上キャラ。当然のごとく金髪イケメンのスーパーリアル貴公子さまである。剣の腕が立つ上に、女性に優しく、誰からも愛されるまさにパーフェクトなヒーローだ。女子たちからアイドル扱いされているのも当然と言えるだろう。


 外見的な特徴は、その見事な金髪がロン毛になっていることだろうか。でも、このロン毛ってちょっとばかり古くさいデザインじゃないか? 昔は美形キャラといえばロン毛だったよね……最近はあまり見かけないけど。


 それが祟ってか、アレン王子の公式人気投票順位は下から数えた方が早い八位とかなり低いものになっちゃってたりする。まあ……他にも、不人気な理由はあるんだけどね。


 一方の私もアレン王子には興味がなかった。私の好みは年上であると先ほど述べたが……4歳年上の彼は()()()()()()()()のだ。


 つまりだね。


 私が好きなのは――壇上にその姿が見えた。


「ああああああああああああああああああああ」


 私の喉から震えるような何かが出た。幸いにして、野獣のような声を上げてる女の子が周囲にたくさんいるので、気にする必要はないだろう。


 壇上に上がり、王子の横に立った人物。


 彼こそが、エリスランド騎士団、副総長。


 グリズムート・マルタン様である。


 私の想い人。


 私が『乙女の聖騎士~エリスランド学園青春記~』をプレイし続けていたもうひとつの理由だ。


 ふあああああああああああああああああ……


 すごいよ、本物があそこにいる……。二次元だった存在が一人の人間として目と鼻の先にいる。ゲームの世界に入れるって、なんとすばらしいことなのだろう。私は腰が砕けて倒れそうになるのをどうにか堪えていた。


 グリズムート副総長は、乙女ゲーム史上に残る超萌えキャラなのである。


 全体的に、金髪王子様であるアレンさんと対比するようなキャラクターデザインと言えるだろう。


 年の頃は四十過ぎ。


 禿頭であった。剃っているのか、年齢によるものか、つるつるのハゲなのである。


 全身はまさに筋肉の塊。鍛え上げられた戦士の体つきである。数多の修羅場をくぐった猛者中の猛者であり、ゲームデータは不明ながら、作中最強の騎士という設定が存在する。


 副総長の仕事は、若く経験不足の王子を補佐することである。懐が広く、器が大きく、王子からは信頼され、若い騎士たちからは頼られている。そんな立派な中年騎士様なのだ。


 どうだ。こんな理想的なキャラは他にいないだろう! どうだ!?


(…………………………)


 などと言ったところで……


 だれにも、受け入れられないのは知ってる。


 理解してもらえないのは知っている。


 だって、これまで同意してくれた人なんていなかったからさ。


 残念ながら、この世界で主人公の好みのタイプの男性は、騎士団副総長のグリズムートさん以外ほぼいないと思われます。

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