第26話 冒険者にはプライドがある
エリスランド学園周辺の地勢は、おそらくはスイスをモデルにした山と湖の世界である。
学園から西に行けば、山という天然の要害に守られた大都市『王都』があり、東に行けば山を抜けて〈エバーグリーン大平原〉に出るということになる。ちなみにエリスランド学園(すなわち騎士団本部)があるのは、王都につながる渓谷の入り口部分である。東の魔物から西の王都を守るのが騎士団の役目というわけだ。
王都から西は肥沃な平原が広がっているわけだけど、王国の首都って安全な西側に遷都した方がいいんじゃなかろうか? なんで一番危険な東端にあるんだろうね?
私たちを乗せたボートは、山間部(帝国の背骨こと、ゼーガイメルソル大山脈)に沿って川を北上し、目的地の近くで止まる。学生証のマップで位置を確認(ドーターたちも似たような端末を持っていた)。
下船して、ちょっとした苦闘のあげく、〈ミスルル廃鉱山〉の入り口を発見する。そこは樹木ですっかり覆われていたが、人が入れるくらいまで切り開くことができた。
「よし、行くわよ。フォーメーションはドーターが前。私が真ん中で、トントンが左、ガリが右ね」
「ホーイ」
「アイサー」
「フォーメーションってなんだ?」
若干不安な声が聞こえたが、私は気にしないことにした。とにかく前に行くがいい、ドーター。
たとえ割高でも、私が彼らを雇ったのは、主にダンジョン内部で周囲を警戒させるためである。何かがあったら吠える番犬代わりになってもらいたいのだ。万一、一人でダンジョンに入ったりしたら、どこからなにが出てきて死ぬかわからないからね。若干細めだが、彼らは私の命綱なのである。本来なら、私の盾をやってもらいたいところだが、残念ながらそれほどの戦闘能力はないだろう。
かまぼこ状の坑道がまっすぐ続いていた。足下にはぼろぼろになったトロッコ用のレールが残されている。舗装されているので歩きやすいが、錆びたレールで躓くのは避けたい。
ライトをつけて進んでいくと、あちこちに水が溜まっていたり、天井が崩れた箇所があったりする。これ以上崩落する恐れはないのだろうか。心配である。
「前からなんか来たぞ!」
ドーターが警戒の声を上げた。
やってきたのは――二体の大きなネズミ。ジャイアント・ラットだ。お察しの通りレベル1の雑魚モンスターで、ドーターたちでも倒せるくらい充分に弱い。
「〈アックスボンバー〉!」
「〈ドリルキック〉!」
トントンとガリがそれぞれアクティブ・スキルを繰り出した。こらっ、勝手に動くな。左右ががら空きになってしまったじゃないか。
「えいっ!」
ドーターは金属製の鞭で大ネズミを攻撃する。見る限り、射程が2あるっぽいな。後列に移すべきだろうか。
「集え影よ、〈シャドウ・スラッシュ〉!」
私もスキルを繰り出す。四連続の攻撃。二体のジャイアント・ラットは反撃の余地もなくあっという間に消し飛んだ。
「へへへ、楽勝だな」
鞭を鳴らし、ドーターは大きく胸を張った。素人同然の冒険者と言えど、この程度の敵に後れをとるようなことはないようだ。レベル1と2の違いは想像以上に大きいのかもしれない。
ネズミや蛾(ジャイアント・モス)を掃討しつつ奥に向かう。道を下っていくと、ぼんやりまわりが明るくなっていく。魔法の金属である『ミスルル』が坑道の壁に若干残されているのだろう。さらに行くと、中ボスの影が見えてくる。
「うわあ、なんだあれ!」
それは〈ジャイアント・モスキート〉である。空中に浮かぶ巨大な蚊だ。
坑道をふさいでいるのは二匹。このうちどちらかがメスでどちらかがオスとなる。メスの方は〈吸血〉してくるので一気に片を付けたいのだが――
「うっ!?」
私は耳をふさいだ。〈ジャイアント・モスキート〉が先制攻撃で〈超音波〉攻撃を仕掛けたのだ。激しく五感を揺さぶられる。この攻撃で初めて私はゲームの世界に来たという実感を持ったかもしれない。――『乙女の聖騎士』は戦闘が重視されるゲームであり、戦闘では自分の生命を賭け金にするのが当然なのだ。
私たちがひるんだ隙に、もう一匹の巨大蚊が躍りかかってくる。〈吸血〉だ!
「お嬢、お助けー!」
ガリが〈ジャイアント・モスキート〉に捕まって血を吸い上げられる。ということは、こっちがメスの個体か。それにしても、痩せていて一番不味そうなガリに吸い付くとは間抜けな蚊である。それに、HP最大の状態で〈吸血〉しても、HP回復はできないぞ。先手をとられてしまったが、これはこちらのチャンスか。一気に主導権を取り戻す!
「血を吸ったほうを全員で攻撃! ガリの仇を討つわよ!」
「ホイサ!」
といっても、ガリは別に死んでいなかったし、自分で真っ先に反撃を行ったんだけどね。トントンとドーターは私の指示通り、メスに攻撃を集中させた。
「〈シャドウ・スラッシュ〉!」
私は出し惜しみせずSPを消費してアクティブ・スキルをぶつけた。〈ジャイアント・モスキート〉が地面に叩きつけられてつぶれる。べっとりと出てきた血はガリから吸い取ったものか。よし、〈吸血〉でHP回復される前に倒し切れたぞ。
「もう一匹、全力でかかれ!」
オスの〈ジャイアント・モスキート〉はもう一度〈超音波〉を放ったものの、パーティー四人に切り刻まれ、あっという間にその生涯を閉じた。ゲームで言えば、2ターンでの勝利である。初心者用ダンジョンの中ボス程度とはいえ、私たちなかなかやるぞ。
「へへへ、姉御、その黒い煙の出る剣強いな」
ドーターは子供のようにニカっと笑った。
「だれが姉御よ」
私は自分の剣をちらりと見る。〈スターダスト・ストライク〉ほどにないにせよ、〈シャドウ・スラッシュ〉は火力のある優秀なスキルであるようだ。
しかし――
スキルを使うたび身体に何か違和感がある。これはなんだろう? まるで自分の中にいるだれかが魔術を使っているような……。
まさか、私の中に本物の闇の騎士さんがいちゃったりする? もしもーし、中の人聞いてますか?
――なんて話はさておいてだな。
「全員、ポーションを飲みなさい」
2ターンでの中ボス撃破といえど、パーティーの損耗はそれなりに激しい。先ほど雑魚敵のジャイアント・モスに〈鱗粉〉攻撃を食らっていたこともあるし、早めに回復しておく。
私はかがんで、黒い石を拾い上げる。中ボスのいわゆるドロップアイテム。これは闇属性の魔石か……。ドロップしたのはいいけど、闇属性を上げて役に立つんだろうか。
「それ、なんだ?」
「魔石よ。王都の専門店に行って、剣につけてもらうと、剣の性能を上げられるの」
たとえば、いま私が使っているロングソードを闇属性の魔石で強化すると、闇属性+1のロングソードができあがる。+1の分だけ、闇属性の追加ダメージが発生するのだ。魔石があと2個あれば、+1から+2にパワーアップできる。
「そっちはなんだ?」
ドーターはもうひとつのドロップ品に興味を持つ。古い道具箱に入っていたピッケル(小さいつるはし)である。たいした品ではない。ミスルル製ピッケルという名目の換金アイテムである。これを売却すれば、今回の三人分のギャラはペイできるだろう。だが、ボートのレンタル代と四人分のポーション・エリクサー代金もさらに回収せねばならないし、加えて私はもう少し野心的な人物でもある。
「先に進むわよ」
少しの休憩の後で廃鉱山の探索を開始する。
奥へ行くごとに坑道の分岐が複雑になってくる。学生証のオートマッピングと位置情報がなかったら、鉱山内で迷っていたかもしれない。
ところどころ行き止まりになっているのは、坑夫たちがそれ以上掘るのをやめた部分だろうか。この鉱山にはストーリー上の設定がない。どの時代に採鉱され放棄されたものなのか、それを示すヒントすらないのだ。去年廃鉱になりましたなんて可能性だってありえるのだ。
ジャイアント・ラットやジャイアント・モスを排除しつつ、さらに進む。昼食の休憩を挟み、内部をほとんど探索し尽くしたところで、ようやくマップの構造が見えてきた。ボスがいるのは、まだ足を踏み入れていない最深部だ。気づいた私は一同を導く。
「いい? この先に敵がいるけど、攻撃はしないこと」
「攻撃しないで見てればいいのか?」
「あなたたちは私の盾になるの。防御に徹して。下手に反撃しようとすると死ぬわよ」
「よくわからないけど……わかった」
「ホイホイサー!」
「わかりましたぜ、姉御」
ガリにまで姉御とか言われるようになった。おまえら、私より年上だろ。騎士候補生でないキャラクターは簡易ステータスしか出ないから年齢がわからないんだよね。ちなみに、装備欄もないので、武器のアップグレードが不可能である。どっちにしろ、ドーター用の強い鞭なんて持ってないし、トントンとガリは徒手空拳で戦うキャラなんだけどね。レベルについては、三人とも3に上がっている。ボスと戦う前にレベルアップして良かった。
そこは文字通り鉱山の一番奥だったのかもしれない。
待ち構えていたのは――光り輝く巨大なムカデである。体長はどれくらいあるのだろうか? 目測で三メートルか五メートルか。
こいつは単に大きいだけの敵ではない。ミスルル鉱を食ってパワーアップした巨大ムカデ、〈ジャイアント・ミスルル・センチピード〉なのだ。
「三人で抑えて! 絶対に攻撃しないこと!」
ドーター、トントン、ガリは私の指示通りに飛び出した。これほどの敵を前にしてもひるむことすらない。うん、立派な冒険者じゃないか。
邪道な冒険者であることに定評のあるリリーさんは、例のごとくゲームを知り尽くした行動をとらせてもらうことにする。バッグからあらかじめ用意していた【ホウ酸団子】を取り出して〈投げる〉!
「SHGRRRRR!」
団子はムカデの胴体に命中してつぶれた。粉のようなものが散ると、このダンジョンのボスが苦しみ、長い身体をくねらせる――
〈ミスルル廃鉱山〉について少しだけ話そう。この初心者向けマップに出てくる敵モンスターは、どれもご家庭に出てくる害虫の大型バージョンである。鼠、蚊、蛾、百足――ね、そんな感じでしょう? これらの敵には等しくショップで買える【ホウ酸団子】が有効である。害虫にダメージを与える投擲武器のようなものだ。当たるとつぶれて、虫にだけ効果のある除虫成分を散布する。このマップ以外ではあまり役に立たないアイテムであるが、このマップでは格段に役に立つ。
私は団子を取り出してはSPを消費してアクティブ・スキルで〈投げる〉。魔力を団子に込めるようなイメージだろうか。ただ投げるだけよりも、命中精度・ダメージが上昇しているはずだ。
巨大ムカデに三発ほどご馳走を食らわせたところで、壁のほうが厳しくなってきた。ドーターが二回連続でムカデの大あごに捕らわれたのだ。〈ジャイアント・ミスルル・センチピード〉は攻撃力がある上に1ターン2回攻撃するので始末が悪い。
「ドーター、下がりなさい!」
四発目の団子をぶち当てながら、私は叫んだ。
「ダメだ、オレはプロの冒険者だ。依頼主を守る!」
ドーターは一歩も引き下がらない。そこに再びムカデが噛みついてくる。
このままじゃ本当にまずい。
私はドーターを突き飛ばし――代わりに噛みつかれた。
「くっ……!」
巨大なあごが私の胴体を締め上げる。安物とはいえ鎧を着ていなかったら、これには耐えられなかったかもしれない。
いま私の目の前にはモンスターがいる。現代日本にはいないような本物の化け物だ。それが私を食べようとしている。恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
しかし、ドーターのような可愛い女の子でさえ、女を見せたのである。このリリーが初心者ダンジョンのボス程度にひるむようなか弱い乙女であるのか。答えを見せてやる。
「これでも食らえ!」
私はジャイアント・ミスルル・センチピードの口に大量の【ホウ酸団子】を詰め込んだ。
■
「……というような冒険で腕を上げて強くなったのよ!」
と、地面に這いつくばった眼鏡くんに宣言する。
私が強くなれた理由――それは授業に出てステータスを上げ、週末は冒険でレベルを上げたからである。まさにゲームに精通したプレイヤーならではのチート行為と言えるだろう。
「リリー様、それは……努力の成果です。ズルの要素はありません」
眼鏡くんは、私を非難するようなことなく、むしろ認めてくれた。
「あら……そう?」
そういえば、普通にゲームをしていただけの気もするが……でも効率的なプレイをしてたし……なんだかよくわからなくなってきた。
私は眼鏡くんから本体である眼鏡を取り上げた。眼鏡くんは「くっ」とうめいて動かなくなる。これで私の勝ちだ。
「おい、リリー、おまえが努力を欠かさなかったのは教官として褒めたいんだがな――」
レフリー役のラウル先生がじろりと私をにらんだ。そういえば、まだ試合中だったっけ。
「おまえの話、長いんだよ! 長すぎるんだよ! 時間押してるって言ったろ!?」
ステータス
リリー
レベル 8
名声 71
HP 52/52
SP 60/60
スタミナ 100
体力 47
知力 59
剣術レベル 6
魔術レベル 6
信仰レベル 2
スキル 疲労回復 LV.2
リジェネレーション LV.1
投げる LV.3
指揮統制 LV.2
シャドウ・スラッシュ LV.3
コールド・ブレード LV.1
ブレイズ・ブレード LV.1
回避 LV.1
強打 LV.1




