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第25話 やりこみプレイヤー百合佳!


 さて、何度も何度も同じことの繰り返しになってしまって真に申し訳ないのだが、リリーさんの中の人こと、私、坂城百合佳はゲーム『乙女の聖騎士』を徹底的にやりこんでおり、自然と攻略法についても熟知している。


 どれくらい詳しいかと言うと、ゲームが苦手な女性プレイヤーたちのために、日々、攻略サイトを更新していたほどだ。


 そんな私が本気で大会に勝つためのスケジュールを組んでみた。


 今回、重視したのは剣術と魔術の授業である。このゲームは剣術レベルと魔術レベルを上げれば手っ取り早く強くなれる。本来であれば、基本性能である〔知力〕〔体力〕を上げたほうが後々有利なのだが、一ヶ月というスパンで考えると、やはり剣術レベルと魔術レベルを上げたほうが効率的がいいだろう。〔知力〕と〔体力〕は今後じっくり育てればいい。


 放課後には、〈疲労回復〉のパッシブ・スキルをレベル2に伸ばすため、プールに通った。レベル1の〈疲労回復〉を獲得するのには、五日程度かかったと思うが、レベル1からレベル2に上げるのには、二週間、平日のみの都合十日ほどの時間を要した。ゲームでもこんなものだったと思う。


 ちなみに、よくプールについてきたエリアやマルグレーテも〈疲労回復〉レベル1を獲得している。ついでに金髪くんと眼鏡くんもこのスキルをゲットしたようだ。あいつら、筋トレの後でプールに行くという私のジムメニューを真似しているのである。


 そして、週末には冒険でレベリングだ。


 ここで問題になるのは、学園の仲間たちを連れていくと、自分と一緒に彼らまでレベルアップしてしまうことである。トーナメントで当たるライバルたちを強くするというのは間抜けな行為だと思われる。ゲームでやっていたときはそこまで気にしてなかったけど、今回は決勝でエリアを待つというリリーとしての義務があるからね。


 問題を解決するため、私はあまり使われない手段を解決策として採用することにした。



             ■



 5月12日、金曜日。遠足が終わった翌週である。


 私は学園都市のいかがわしい一角に足を運んでいた。週末の夜だけあって飲み屋はどこも(数軒しかないけど)繁盛しているようだ。私はその中でも一番怪しくて薄汚い店に入る。


 西部劇のような扉を押し開いたとたん、むさ苦しい空気が押し寄せてくる。客席はほぼ満席のようだった。店の隅々まで、武装した荒くれ者どもで溢れている。ゲームじゃなかったら、こんなところには足を踏み入れたくない。


「なんだ、騎士様か?」


「おーい、姉ちゃん、俺たちと一杯飲もうぜ」


 近くのテーブルの男どもに声をかけられる。こいつら名前なんだっけ……出てこない。でも、使えないことだけは覚えている。


「あなたたち、弱いくせにギャラが高すぎるのよね。飲んでる暇があったら、訓練でもしたらどう?」


 簡潔にレビューを伝えると、そのテーブルはしゅんとしてしまったようだ。


 私はカウンターの向こうにいるマスター(名前設定なし)に声をかける。


「――学生さんに酒は出せませんぜ」


「仕事の依頼ですわ。ドーターたちはどこにいますの?」


 マスターが指さした先、隅っこのテーブルに三人はいた。貧乏くさそうにちびちびと酒をすすっている。


「はあ――情けないわね」


「なんだよ、おまえー」


 テーブルの横で思わずため息をつくと、一人が顔を上げて私をにらみつける。ボンデージ的な衣装を身につけた女性であった。しかし、ボンデージを着るには、ちょっとばかり身体のメリハリが足りないんじゃないだろうか? 高校生くらいが無理をしてコスプレをしているようにも見える。女王様というよりは、勘違いしたお姫様ってところか。髪型は片側だけのサイドポニテである。


「私はリリー。エリスランド学園の一年生よ」


「リリー? どこかで名前を聞いたような……」


 私の名はこんなところにまで広まっているようだ。


「仕事の依頼に来たの、ドーター」


「仕事!?」


 三人が期待の目で私を見た。


 そう、私は彼らを雇うために来たのだった。


 彼らの職業は冒険者。ここはプロの冒険者が集まる酒場なのだ。


 『乙女の聖騎士』には、冒険のメンバーが足りない時に、学園外の冒険者を雇用できるシステムが存在する。ある種の救済措置なのだが、しかし、雇用にはかなりのお金がかかる上、メンバーが足りないという状況がまず発生しないので、事実上、このシステムが使われることはない。


 特に問題なのは、冒険者たちはみなレベルが低いわりに、日当だけやけに高いことだ。冒険で黒字を出したいのなら、コストとパフォーマンスを吟味した上でマップを選ばねばならない。それなら人数不足の状態で冒険に出たほうがまだマシというものだな。最序盤でもレインくんとマルグレーテは、エリアについてきてくれるからね。


『冒険者を雇用するくらいなら、さっさと王子様たちの好感度を上げよう!』


 なんてことをかつて私は攻略サイトに書き込んだ記憶がある。


 いま考えてみると――この部分のゲームバランスがおかしいのは、仕様通り、つまりわざとかもしれないね。冒険者たちに頼るくらいなら、さっさと王子様たちと交流して冒険に誘えってことだ。だって『乙女の聖騎士』は乙女ゲームなんだから!


「出発は日曜日の早朝。予定は――空いてるわね?」


「行く! 冒険行く! お金!」


 ボンデージ風衣装のドーターが椅子を蹴って立ち上がる。


「仕事ですぜ、お嬢!」


 残り二人の男――太ったトントンと痩せたガリもリーダーに続く。


「おいおい、そいつらはやめておけよ」


 隣のパーティーが声をかけてくる。そこそこ身体を鍛えてる感心な若者の集団だった(髪があるのと若すぎるのはいただけない)。


「そんな素人を雇うくらいなら、俺たちにしたほうがいいぜ」


 それは同業者の妬みや嫌みというより、親切なアドバイスだったかもしれない――なぜなら、ドーターたち三人は実際に素人同然の冒険者だからだ。その適当なネーミングやデザイン(懐かしのアニメ特集に出てきそう)を見ていただきたい。イロモノ担当でしょう?


「……素人ね。ドーター、冒険の経験はどれくらいあるのかしら?」


「経験は……じゅうぶんにある」


 ドーターはなぜかを下を向いた。


「つまりどれくらい?」


「一回行ったことがある……〈エバーグリーン大平原〉に」


 それだけか。まあ、そんなものなんだろう。なんたって三人ともレベル2だからね。この世界に来て、一ヶ月ちょっとの私より経験少ないぞ。


 ドーターは不安そうに私のことを上目遣いで見ている。依頼を撤回されないか、心配なのだろう。


「安心して、依頼をキャンセルするようなことはないから」


「本当か?」


「本当よ」


 だって、ギャラが一番安いからね! 一日一人あたり1000クラウンである。このあいだ、オークを倒してドロップした木片が3000クラウン弱で売れたので、ちょうど3人分の日当をまかなうことができる。


「やった!」


 ドーターの笑顔がぺかーと光る。さっきまで怯えていたのにこれか。なんか可愛いな。イロモノと思っていたけど、この子はちゃんとした美少女キャラなんだな……。でも、設定上の年齢は私より上なんじゃ?


「マスター、料理追加で! どんどん持ってきて!」


「好景気ですぜ、お嬢!」


「ヤッホホーイ!」


「ダメ! 無駄遣いしないの! まだ働いてないでしょ!」


 私はあわてて注文を止める。ダメな子たちであった。今からでもキャンセルしたほうが良かったかもしれないな。



             ■



 心配だったので、日曜の早朝、冒険者の宿に寝起きドッキリを仕掛けたところ、案の定、ドーターはすやすやと眠っていた。普段着は似合わぬ似非ボンデージなのに、寝間着はよく似合っているクマさんパジャマである。


 どうやら今日これから仕事というのはすっかり忘れているらしい。叩き起こして冒険の準備をさせる。着替えさせて食事まで用意すると、なんだかお母さんみたいな気分になってきたぞ。この子に比べると、エリアのなんとまともなことか。


「それでどこに行くんだ?」


 どうにか準備を完了し、船着き場からボートを出したあたりでドーターに聞かれる。


「〈ミスルル廃鉱山〉よ」


「ふーん、そうなのか」


「知ってるの?」


「知らん」


 ちなみにレベル1からでも安心の初心者向け地下ダンジョンである。この子は本当にプロの冒険者なんだろうか?


「ドーターは……なんで冒険者なんかやってるの?」


「なんで? 知りたいか?」


 いやあまり。暗に転職を示唆する発言である。


「実は――オレのパパとママは大怪盗なんだ!」


 ドーターがとんでもないことを自慢げに放言した。


「ヤッホホーイ!」


「お嬢万歳!」


 手下らしくトントンとガリがリーダーをもり立てる。


「大怪盗……?」


「王国中を荒らし回った大怪盗だ。だからオレも大怪盗になる」


「怪盗って泥棒のことでしょ? それがなんで冒険者やってるの?」


「墓をあらすのも立派な怪盗だろ。それに、町で盗みをやったら犯罪だし、あんな風に死にたくない……」


 台詞の最後で、ドーターの声は著しく小さくなる。


 ……いったい、誰がどんな風に死んだんだよ! ギャグ設定かと思ったら壮絶な身の上話をされてしまったかもしれない。


 旧時代の遺跡はいくら漁っても罪には問われないから、冒険者になるのは間違ってないだろう。


「でも、二度目の冒険なんでしょ? 普段はどうしてるの?」


「街のカフェでバイトしてるぞ」


「えっ、そうなの? 『リヴァージュ』で見たことないけど」


「平日の昼間働いてるから、学生と会うことはないな」


 そうだったのか……。思い返してみると、一度だけ会ったような記憶がないこともない。衣装が全然違うので、顔と記憶が一致しないのだ。ドーターは普通の格好だったら可愛いだろうから、今度、冷やかしに行こう。


 私たちを乗せたボートは川をひた走る。


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