第24話 第一回戦
女子寮から会場の練兵場までは歩いて20分ほどである。
控え室に入ると、大会スタッフに試合用の真っ白な剣と防具を渡された。それは思ったよりハイテクな品である。アニメやゲームに出てくる近未来の特殊部隊みたいと言えば伝わるだろうか。
防具をストラップでパチパチ留める。プラスチックのように軽いが、固さと厚みがあるので着たままだと、いささか準備運動がしづらい。いったん外してしまう。剣はカーボンファイバーのようにしなる。
わっと控え室内で声が上がった。顔を上げると、設置されているモニターの中で、プリムが派手な戦いを見せていた。〈ブレイズ・ブレード〉を連発。一方的に攻め立てる。防戦一方になっているのは……セナくんだ。初戦から強敵とぶつかったようだ。
セナくんは反撃を試みるが失敗。そのまま、いいところなく負けてしまう。
「…………………………」
まあ……、セナくんは冒険用の便利なスキルを持ったキャラだからね。正面から打ち合うのは専門じゃない。
ウォーミングアップ(かつてスポーツジムで教わったもの)をしていると、試合を終えたプリムとセナくんが入ってくる。プリムは私の視線に気づいたようで、明るく手を振る。
「あっ、リリーさん、私の戦いぶり見ててくれた?」
ずいぶんと得意げに、嬉しそうにしている。
「見たわよ。よくも……うちのセナくんを負かしてくれたわね。あまりの完敗ぶりにどう声をかけていいか困るわ。いったいどうしてくれるの」
「えっ、そう言われてもこっちが困るけど……」
「横でそんなやりとりされる俺が困るよ!」
セナくんが叫んだ。
「男にはプライドってものがあるのよ。同じ騎士候補生相手と言えど、女にあれだけ派手に負かされたら、もうプライドはズタズタでしょうね。かける言葉も見つからないわ」
「それ以上、俺を辱めるのはやめてくれ!」
セナくんは泣きながら(泣いてない)控え室から逃げていった。
「傷口に塩を塗るとはさすがリリーさん。勝って喜んでた自分が恥ずかしくなってきた」
「勝負の世界は非情なものなのよ」
別に私が勝ったわけではないが。
「決勝で会いましょ、リリーさん」
プリムは自信満々で去って行く。会うとしたら準決勝なんだけどね――この時間帯に戦ってるのはみんな同じBブロックだから。私と決勝でぶつかることになるのはAブロックのエリアだ。
一通りのウォーミングアップを終わらせる。出番はそろそろだろうか。今、やってる試合の次の次かな。
「あっ……」
そのとき誰かが息をのんだ。だが、モニタ上の試合に何かしらの変化があったわけではない。――急に部屋が光り輝いたのだ。
振り返ると、アレン王子が控え室に入ってきたところだった。突然の総長の登場に候補生たちが目を白黒させる。王子は愛想を振りまき、とくに女子に対してはいちいち手を握って挨拶する。これが殿下の通常モードである。私は関係ないから剣の素振りでもするかな。
「やあ、黒髪の……あぶなっ!」
私の振った剣がたまたま王子に当たってしまいそうになる。やっぱりしなるなこの剣は。
「あら……どなたでしたっけ。ここは関係者以外立ち入り禁止ですわ」
「ぼくは関係者だよ。主催者の一人だよ」
「選手の邪魔になりますので、出て行ってくださいます?」
「ハハハ、ひどいな。きみを応援しに来たのに」
王子オーラ全開。しかし、嘘くさい笑顔に私が騙されることはなかった。
「実は賭けをしてるんだ」
「賭け?」
「この大会でだれが優勝するかをね――ラウルはディレーネに賭けた。フィーンはマルグレーテ。ぼくは――きみさ、黒髪の君。きみが優勝する」
と、壁に押しつけられる。
あれである。
壁にドンみたいなやつ。
安アパートで騒いだら隣の住人に壁を蹴られるほうではなく、少女漫画のヒーローがヒロインにやる壁ドンのほう。
「きみは特別だ。きみからは他にはない何かを感じる。ぼくにはわかるんだ」
「……賭けですって?」
「そう、ぼくはきみに賭けた」
「こっちが真剣にやってるのに、そっちはのんきに賭け事!?」
一ヶ月かけてこの大会のために準備してきたんだぞ!?
それを賭けの対象に!?
「いや、賭けといっても実際にお金とかなにかを賭けてるわけじゃなくて……」
「ふざけるな、死ねっ!」
腹パンしてやった。腹にパンチである。拳がみぞおちにめり込む。
「ぐぶうっ!?」
油断してるところに一発食らってアレン王子は悶絶した。というか、勝手に壁ドンするな。しかも人目があるところで。周囲はざわめいてるようだが、私には関係のない話だ。
「なにか?」
「いえいえ」
笑顔を向けると、みなさんは顔を背けた。なんてシャイな方たちなんでしょう。
「ごめんあそばせ」
私は控え室を出て、会場へとつながる通路を行く。さて、余計な奴のことは忘れて試合に集中しよう。
――静かであった。大会が開催されている最中だなんて思えない。壁に貼られた案内を頼りに通路を進むと、
「あら」
そこにはすでに眼鏡くんが待っていた。私と同じように試合用の白い防具をつけている。
「リリー様、この日を楽しみにしていましたよ」
眼鏡くんは本体である眼鏡をきらりと光らせる。
「楽しみ? ああ――女を地べたに這いつくばらせたいの件ね」
「それはお忘れください」
ちなみにこの件はすでに女子のあいだに出回っており、眼鏡くんの評判が急降下中である。どうせ試合中のダメージはデータで計測されるから、負けても這いつくばったりしないしね。
「負けてもらうわよ、眼鏡くん」
「そうはいきません。私の腕を披露しましょう。リリー様に馬鹿にされないように。そうすれば、名前もおぼえてもらえるはず」
「勘違いしないで。私は命令しているの、負けなさいって」
「いくらリリー様の命令でもそれは――」
「あなたの妹がどうなってもいいというの?」
「!?」
「可愛いわよね、ココアちゃん。エリスランド学園入学を目指しているのよね」
「な、なぜそれを……!」
なぜ知っているかというと――
妹のココアちゃんは『乙女の聖騎士2~新入生風雲記~』の登場キャラクターだからだよ! 乙女ゲーには必須な主人公の親友ポジションである。ゲームの途中で眼鏡くんが兄だと発覚するエピソードがあるのだ。
「ココアちゃんの身柄は私が預かってるわ」
「なっ、ゆ、誘拐……!? いくらリリー様でもそこまで――」
「勝つためならなんでもやるわ」
「い、妹をどこにやったのですか!」
「フフフ、今ごろは自宅で夕食を食べてるころでしょうね」
「家にいるじゃないですか!」
もちろん誘拐なんてするわけがなかった。完全に口からでまかせである。
「遠いしね、あなたの故郷。ツリスタ村だっけ?」
「ツイリスタ村です。なぜそんなことまで知っているのです」
「リリーさんはなんでも知ってるのよ。あなたの家の経済状況なんかもね」
「くっ、そこまで……」
眼鏡くんの実家の経済状況――端的に言うと、彼の家は貧乏なのである。田舎の貧乏貴族だ。
眼鏡くんがエリスランド学園にやってきたのは、学費・生活費が無料だからという設定になっている。さらにバイトとして金髪くんの付き人的なことをやって、給料を全額実家に送金するという涙ぐましい面もあった。こう見えてなかなかの苦労人なのだ。
「この大会の初戦で負けたら、妹さんもさぞや悲しむでしょう……いや、あの子の場合は手ひどく罵倒してくるかしら?」
妹のココアちゃんは、金にがめつく、兄に厳しいキャラである。それでいて、エリスランド学園に入学できたのはお兄ちゃんのおかげなどと影で感謝するような会話もちらっと出てたきりする。
「い、妹の話を出して、ど、動揺させようとしても無駄ですよ」
「そのつもりはなかったけど、けっこう効いてるみたいね、お兄ちゃん」
「妹は、そ、そんな風に呼びませんから。いつも『おい』か『おまえ』ですから」
「他の人と話すときは、あなたのことお兄ちゃんって呼んでるわよ?」
「本当ですか!」
喜んでるんじゃないぞ、シスコンお兄ちゃん。ただでさえキャラが崩壊してるんだから。クールなドS眼鏡で通せ。
「ところで、なんでこんな会話してるのかしら?」
「それはリリー様が妹を誘拐したとか言い出したからです」
「ああ……なんでそんなこと言っちゃったのかしら」
「知りませんよ!」
眼鏡くんの緊張が解けちゃってるな。……まあなんでもいいか。
「行きましょう」
係の人に促されると、私たちは会場に入る。
ちょうど前の試合が終わった直後だった。
■
円形の練兵場はそれなり以上に広かった。
野球ができるくらいのスペースがあるかもしれない。騎士団という軍隊が演習するんだから、これくらいの広さは必要なんだろう。
観客はまばらだが思ったよりはいる。けっこう注目されてるんだろうか?
「いいか、顔への攻撃は禁止だぞ。さっさと始めろ。後がつかえてる」
そう言ったのは審判役のラウル先生である。急かさないで欲しい。
「ご心配なく、手早く済ませますから」
準備は万端とばかりに、眼鏡くんは剣を構えた。
「待ちなさい。このままじゃ不公平よ」
「どういうことですか?」
私は制服の胸ポケットに手を突っ込み、あらかじめ入手しておいたイベントアイテムを取り出し、装着する。
「これでイーブンね」
「って、眼鏡をかけただけじゃないですか!」
昨日買ってきた伊達眼鏡をかけたのだ。これで眼鏡同士対等になった。眼鏡デスマッチである。
「それからハンディとして、私の方は魔術を使わないでおいてあげるわ」
「おいおい、余計なことすんなよ。全力で戦え」
ラウル先生から突っ込みが入る。
「その余裕、すぐに消してさしあげましょう」
と、眼鏡くんが飛び込んでくる。
試合が始まったのだ。
私は一歩引いて、正面から突っ込んでくる眼鏡くんに剣を打ち込んだ。
受けられる。そこから、二、三合ばかり打ち合う。
「フッ、やりますね」
余裕を装った声で眼鏡くんは下がる。
そう。やれている。
身体が動く。
人間同士の戦いだからといって、臆することなくやりあえている。
単なる女子大学生がこの世界に来てから二ヶ月。
私は騎士っぽいことが充分にできているようだ。
「行きますよ!」
眼鏡くんと正面から打ち合う。
私たちは剣豪でも何でもないので丁々発止、鍔迫り合いでやりあうことなんてとてもできない。
不格好に互いの防具を打つ。
打たれた部分がピンク色に染まっていく。これが赤になると、ピーと電子音が鳴って、戦闘不能の扱いになるのだ。
剣の腕はやはり、貧乏貴族とはいえ、生まれつきの騎士階級である眼鏡くんのほうに軍配が上がるようだ。きっと幼いころから修行しているのだろう。私は不格好についていくのが精一杯だった。
「くっ」
だが、眼鏡くんは焦っているようだった。
それは、素人である私に有効打を与えられない――いや、有効打を与えているのに効果がないことが原因だろうか。
「〈コールド・ブレード〉!」
耐えきれなくなったのか、とうとう眼鏡くんは魔術を使った。
冷気の波動が私を襲う。
いきなり魔法を打ち込まれてびびったが、試合用の剣と防具が眼鏡くんの魔力を単なる数値に変えてくれる。ちょっと冷たい程度で、私が凍りつくことはなかった。
「なっ――効いていない!?」
平然としている私を見て眼鏡くんが愕然とする。それは驚くだろう……必殺技を打ち込んだというのに、私の防具はたいして赤くなってないからだ。
「隙だらけよ!」
私は突っ込んで体当たりした。
「ぐう」
ふきとんだ眼鏡くんは、地面に這いつくばる。
「――あなたの攻撃なんか効くはずないじゃない」
見下ろした私は思わず笑みを漏らす。
そう、眼鏡くんの攻撃は効かない。いや、効いているのだが、痛痒を感じない。
「だって、私のほうが最大ヒットポイントが大き……ずっと強いんだもの」
それが理由だった。
レベルの高い私はそもそものヒットポイントが大きいので、魔術スキルで一撃されたくらいじゃどうということはないのである。
「おかしい。入学時点で素人同然だったはずなのに――そんなに強くなれるはずがない」
眼鏡くんはまだ私の方が圧倒的に強いというのが信じられないようだった。
「なれるわよ。どうやったか、聞きたい?」
私は得意げに伊達眼鏡をくいっとさせる。
「いったい――なにをしたのです?」
「実はちょっとズルをしたのよ」
「ズル?」
そう。私はズルをした。
「私は――綿密なスケジュールを組んで、この一ヶ月間、一日も欠かさず努力を続けたのよ!」
ステータス
ルーク・コーディル
レベル 5
HP 30/30
SP 36/36
スタミナ 100
体力 39
知力 47
剣術レベル 4
魔術レベル 3
信仰レベル 1
スキル コールドブレード LV.2
回避 LV.1
疲労回復 LV.1




