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第23話 最後まで勝ち抜くために

「――そういえば、昨日のあれはなんだったんです?」


「なんのことかしら……?」


「ほら、総長のところから帰る途中にやったアレです」


「ああ、あのコントですわね!」


「コント言うな! こっちは本気! 本気で言ったの」


「なんで私とリリーさんがライバルなんです?」


「運命で決まってるの!」


 そうなんですかと興味なさそうに言い残し、エリアはバシャバシャとバタ足で遠ざかっていく。


 やれやれ。私は水に浮かんで天井を眺める。


 放課後のプール。ジムでの筋トレの後、ゆるめのトレーニングを行っているところだった。


 マルグレーテも一緒にいるが、サービス的なイベントCGは期待しないでいただきたい――競泳水着で喜ぶ男子諸君は少数派だろうからね。アニメ版のギャグみたいな紐ビキニでも見てくれたまえ。


 ちなみにエリアの場合は、華奢な体型というか、つるーんとかすとーんとかそんな感じなので、さらにマニア向けである。


「おまえ、なにやってるんだ?」


 と、上の方から声をかけられる。


 海パン姿のやせっぽちは――金髪くんであった。そういや、さっき筋トレ用のジムで入れ違いになったな。こっちにも来たのか。マルグレーテの水着を見るためにプールまで追いかけてきた、なんてことは絶対にないだろうけど。


 それにしても――


「ちっとも筋肉がつかないわね」


 金髪くんの肉体を見て、情けなくも悲しい気分になった私は見てられなくて手を顔に当てる。


 この一ヶ月間、私はちょくちょく金髪くんの筋トレと食事を指導しているのだが――成果はいっこうに上がっていないようだ。腕なんか枝みたいに細いし、胸も板みたいに薄いじゃないか。一ヶ月でムキムキにパンプアップするなんてことはありえないにしても、もう少し目に見える成果がほしいものだ。


「なに言ってるんだ、見ろ。この割れた腹筋を」


「腹筋は誰でも最初から割れてるの。あなたは痩せてるから腹筋が見えてるだけ。むしろ体脂肪率落としすぎ」


 減量中のボクサーじゃないんだから……。


 もしかしたら肉がつきにくい体質なのかもしれないな。筋肉がなかなかつかないという意味では、女子に近い体つきかもしれない。もともと顔が女っぽいのに、身体まで女とは、女装するために生まれてきたようなやつだ。


「それより、黒髪。おまえら、昨日、もう一緒にいないとかなんとか騒いでなかったか? みんな気味悪がってたぞ」


 それである。


 ――そういえば、昨日、そんな感じの台詞を格好良く決めた気もするのだが、いったいどうなっているのだろうか。よく考えると、今日は朝から晩(現在)までエリアとずっと一緒にいるぞ!


 私の中の人、聞いてる?


 (聞いてない)


 うん……、ほら……


 私とエリアが騎士トーナメントの決勝で当たることになるからといって、別に一緒にトレーニングしちゃ駄目ってわけじゃないし。ゲームでも、もしかしたら、エリアとリリーは普段から仲が良かったりするかもしれないし。画面に映ってない部分でなにが起きているかなんてプレイヤーには分かりっこないでしょう?


 リリーさんだって、クールでミステリアスな美人のふりをして、実はなにもないところでド派手に転ぶようなポンコツヒロインかもしれないし。クールキャラはちょっとお間抜けな部分があったほうが人気出るよ、きっと。


「今週末の冒険はどうするんだ?」


「冒険?」


 急に話が飛んで私はちょっとだけ混乱する。だが、ちょうどいいじゃないか。


「行きたいなら勝手に行けば? 少なくとも私があなたたちと一緒に行くことはないわ」


 実際、ここが重要なのである。


 私は大会まで仲間と一緒に冒険をするつもりはなかった。なぜなら、ゲームのシステム上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。この部分、ゲーム性の低い『乙女の聖騎士』では珍しく、ジレンマ的な部分と言えるだろう。


 慣れたプレイヤー(あるいは姑息なプレイヤー)は、冒険に行くメンバーをローテーション制にして、主人公(エリア)のレベルを上げつつ、他のメンバーの成長を抑えるという対策をとったりするぞ。


 ちなみに昨日の「エリアと一緒に行動しない」という台詞は、一緒に冒険には行かないという意味を込めている。けして無意味な発言じゃないのだ。


「そうかよ」


 金髪くんは不機嫌になっているようだった。そんなに冒険行きたかったのかな? まあそれはどうでもいいんだけど。


「プール上がりたいから手を引いてくださる?」


 私はまるで貴婦人のようにプールの中から手を伸ばした。


「…………」


 渋々といった様子で紳士たる金髪くんは私の手をつかんだ。


 だが、ここで私の中の〈影〉――つまり芸人の血が発動した。ぐいと手を引くと、金髪くんがプールにダイブ! はい、大きな水しぶきが上がりましたね。


「なにしやがるんだ!」


 お約束だから仕方ないのだ……。バラエティ魂で手助けを失った私は、自力でプールサイドに上がろうとし、


「相変わらずですね、リリー様は」


 見たことのない男子に引っ張り上げられた。ビキニのブーメランパンツが気持ち悪い。なんだこいつ、変態か?


「だれ?」


「ルークです! なんでわからないんですか!?」


「ルーク?」


「私です!」


 その男子は水中眼鏡をかける。


「……なんだ。眼鏡くんの台座の人か」


「台座――!?」


「台座の人としゃべるのは初めてね」


「ひどすぎます! これまでは眼鏡としゃべってるつもりだったんですか!? ひょっとして、まだ怒ってらっしゃる!?」


 眼鏡くんは本気でショックを受けているようだった。


 そういえば――冒険に行ったとき、眼鏡くんは私にウザい発言をしたので、やり返してやったことがあったな。それは今の今まで忘れていたくらいどうでもいいことなのだが、お約束というものにはあらがえないのだ。


「ほら、それはいいから金髪くんを引っ張り上げてやりなさいよ」


「まったく、リリー様は……」


 と、かがんで手を伸ばしたその無防備な背中!


 ドボーンと眼鏡くんは金髪くんを巻き込んでプールに落ちた。リリーさん大暴れである。いるよね、テレビの真似してこういう芸人ぶったことやるやつ。


「なっ、なにを!?」


「いい加減にしろ、黒髪!」


 水がしたたって少しはいい男になった二人が私のことを見上げる。


「そこの二人に、ちょっとお得なアドバイスをしてあげるわ」


「……なに?」


「来月の騎士競技大会(トーナメント)は棄権したほうがいいわよ? 私と当たったら恥をかくだけだから」


 両腕を組んで、プールの男子二人を見下ろす。


 またリリーとして無駄な挑発をしてしまった……単にいやみを言いたかっただけという説もあるが。これ以上なにか言ったらまた余計な騒ぎになる。ここはクールに去って行くか。


「大会だと? はっ、大会なんざに興味はないが、勝つとしたら俺様だ」


 なんて金髪くんの声が後ろから聞こえる。


 それは無理だ。


 大会の優勝者は私である。


 ゲームのストーリーでそう決まってるし、ゲームのストーリー通り進まないとしても、『乙女の聖騎士』やりこみプレイヤーの私にかなう者などいるはずがない。


 優勝するためのスケジュールをがっちり組んである。



             ■



 それからの一ヶ月間、私はリリーとして過ごした。


 騎士トーナメントに優勝する者として。


 一年生最強の候補生として。



             ■



 エリスランド学園の騎士競技大会(トーナメント)は、ほぼ一週間にわたって開催される。


 一年生は前座扱い。最初の二日が全日程としてあてられている。


 初日に一回戦を行い、二日目に残りの全試合をすべて消化するというハードスケジュールだ。疲れた場合は、大会スタッフに魔法で回復してもらえるらしい。


 トーナメント表は、大会の数日前、放課後に発表された。


「見てください、対戦表が出てますよ」


 食堂での夕食後、エリアが学生証を指さす。


 私も学生証に対戦表を映すが、小さい画面で大きな表は見づらいもんだな。


「私はAブロックの……知らない人と対戦です」


「わたくしも知らない人ですわ。アレクサンドってどこのどいつですこと?」


 エリアとマルグレーテがそんな会話を交わす。


「リリーさんは――あっ、見て見て、Bブロック、対戦相手がルークですわ!」


「……ルークってだれだっけ?」


 私は首をひねる。その名称に聞き覚えはあるのだが、顔と名前が一致しない。


「まだ名前を覚えてくれいないのですか!」


 などと頭を寄せて言い合ってる後ろに、眼鏡くんが現れた。そうか、彼がルークくんだっけ。入学して二ヶ月も経つのに名前を覚えないのはさすがにひどいだろうか。


「そうね……。じゃあ、私に勝てたら、名前覚えてあげるわ」


「フフフ、それでは覚えていただきましょう。楽しみなんですよ、あなたのような生意気な女性を地べたに這いつくばらせるのが」


 眼鏡くんはものすごく久しぶりにドSキャラみたいなことを言った。しかし、地べたに這いつくばらせたいとか、ゲームには出てこなかったタイプの台詞だな。ゲームでは「あなたは本当に間抜けな馬鹿ですね」みたいな罵倒系の台詞が多かったはずだ。ストレスが溜まって、本性が出ているのだろうか? それにしたって――


「眼鏡くん、趣味悪いわね。本当にそんなことしたいの? 女を地べたに這いつくばらせるとか」


「本当。こいつ気持ち悪すぎ……」


「最低です……」


 マルグレーテ、エリアからの集中砲火を浴びる。周囲の女子もひそひそ言い合ってる。


「くっ……!」


 不利を悟った眼鏡くんは背中を見せて逃げていく。


 どんなにドSキャラを気取ったところで、女子の集団には勝てるはずもなかった。ちなみに私は生意気な男子を這いつくばらせる趣味はないのだが、試合ではちょっとばかり恥ずかしい目にあってもらうことになるだろう。



             ■



 六月十二日、月曜日。


 大会初日。


 試合は、エリアやマルグレーテの属するAグループから行われる。


 リリーこと私の出番は、Bグループなので午後。それもかなり後ろの方であった。よって、マリスさん(アレン王子の秘書っぽいことをしていた二年生女子)のアドバイス通り、部屋でごろごろする。


 試合の方は、騎士用の練兵場(観客席あり)で行われているのだが、試合の模様が全国に中継されており、学生証のテレビ機能で見ることができる。


 午前中、試合があるエリアに控え室までの付き添いを頼まれたが、お断りした。た、大会期間中はライバルなんだからね! 勘違いしないでよね!


 ちなみに試合の方は、エリアがほぼ瞬殺で勝利した。おとなしそうな顔してものすごいダメージを叩き出すものである。ほら、エリアって最強主人公だからね……。少しレベル上がったらボスとかバンバン殺すからね……。


 マルグレーテも一回戦を勝ち上がった。対戦相手のアレクサンドというのは、プリムのパーティーにいたオネエのことだった。このオネエってば、強い上に神の奇跡でHPを回復するものだから始末に困った。まあ、うちのマルグレーテの方が根本的に強いんだけどね。その上、いつ覚えたのか、〈女神の癒し〉でHP回復さえしていたぞ!


 打ち合いの末、オネエ……アレクサンドは壮絶に散った。だが、彼女の評価が下がることはないだろう。あまりのレベルの高さに、この試合が事実上の決勝なんて意見が飛び交ってるほどだ。うーん、今度うちのパーティーにスカウトしようかな。プリムのやつ怒るかな?


 他に、知っている子では、レインくんの試合があった。それなり以上のレベルを持つだけあって、レインくんは危なげなく勝利を収める。正面から斬り合って対戦相手を倒したのだ。エリアを守りたいならそれくらいやってくれないとね。


 あとは金髪くんの試合もあったようだが、あまり興味ないし、マルグレーテが帰ってきたのでランチに行くことにした。〈スターダスト・ストライク〉あれば負けるはずがないわな。


 昼食を終えると、私は試合まで暇なのでうとうとする。


「――なにやってるの、リリーさん! もう出番よ!」


 と、マルグレーテに叩き起こされた。どうやら本格的に寝入ってしまっていたらしい。


 こんなことがあっても寝過ごさないように、わざわざエリアの部屋で横になっていたわけだが、そのエリアはラーくん(ミニミニドラゴン)を抱きしめ、一緒にうたた寝している。まるで天使のような可愛い笑顔だ。私が乙女ゲームのヒーローだったら、ちょっとしたイベントを起こしてしまうところだった。


「寝ている子を見てにやにやしないで」


 冷たい視線を向けられた。最近、マルグレーテの私に対する態度や言葉遣いが乱暴かつ適当になってきた気がする。まるで、アレン王子を相手にしているときのような――。つまり、それだけ近しい関係になったということだよね?


「いいから、早く準備して」


「どうせ、試合押してるでしょ」


 時刻は夕方だった。本来ならもうそろそろ試合の始まる時間帯だ。しかし大会スケジュールを確認すると、私の出番はまだ先である。他の試合が長引いているのだ。一回戦をむりやり一日に詰め込んでいるから、スケジュールが狂いやすいのだろう。今からゆっくり出ても試合には余裕で間に合うはずだ。


「そろそろ夕飯の時刻ね。食堂に行きましょう」


「会場に行くのが先よ!」


 冗談であった。食事は三時間ばかり前に済ませている。消化が良くてエネルギーになりやすいパスタ食べたのだ。


「マルグレーテ、飴持ってない?」


 と、聞くとまるで関西人のおばちゃんのように、バッグからアメちゃんを出してくれた。これで糖分補給だ。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


「みんな見てるから、変なことしないでよ」


 もはや「頑張って」とも言われない。

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